あんスタ

夢ノ咲に舞い込んだ依頼は僕の家の傘下の一つからで息を吐く。大きめの会場を用意されていて、僕たちだけではなくいくつかのユニットを用意してほしいようだった。

学園内で活動できて、他ユニットと衝突しなそうな、予定の融通がある程度きくユニットを考える。

「ねぇ、敬人」

「俺が学園祭の準備から抜けられる訳がないだろう。だいたいこの間のDDDの事後処理だって残って、」

「うん、紅月は無理だよね……そうしたら、後は…」

「Knightsは活動停止。2winkもまだ謹慎中。UNDEADは復活祭とやらを企画していたから首を縦に振るかどうかわからないな」

「うーん…Tricksterは今度の大きめのライブを任せちゃったし……」

「あ!待ってください会長!それちょっと見せてもらえませんか!?」

飛び込んできた真緒は両手に抱えてた書類をおいて頭を下げる。紙の向きを変えて差し出せば低頭な姿勢のまま手を伸ばして受け取った。視線を素早く動かして書面を確認したと思えば目を輝かせる。

「これ!これ出させてください!」

「おい衣更。次のドリフェスが控えているのにそんな詰め込んでどうする気だ」

むっとした敬人が眼鏡を直してから真緒に眉根を寄せる。珍しい真緒の様子に首を傾げて眺めているとふわりと視界に白い糸が待って赤いバラが差し出された。

「呼ばれてはおりませんが華麗に参上いたしました!貴方の日々樹渉ですっ!」

「おや、渉までどうしたんだい?」

「なんとなく来なければならないような気がしましてっ」

にこにこと笑う渉の言っていることはよくわからない。仕事をしていた桃李とお目付け役をしてくれていた弓弦。いつの間にかfine.が揃っているからスケジュールを見直す。

「英智!これは楽しそうですね!」

「嘘でしょロン毛。遊園地でライブなんて高貴なfine.のすること?」

「こちらの依頼は天祥院様に直接届けられたものですし、遊園地自体新しくできたばかりですから客寄せを兼ねているのでしょう」

「だぁからぁ。それ、fine.のすることじゃなくない?」

「差出人が天祥院グループの一つですから致し方ありませんよ。それに、参加ユニットには優待券が渡されるらしいですよ?」

「え!そうしたら遊び放題だ!会長!僕メリーゴーランド乗りたい!」

すっかりその気になってる桃李と渉。弓弦はいつものように微笑んで使命を待っていて、敬人を言いくるめたらしい真緒がTrickster全員の承諾を取り付けて僕に頭を下げてる。

「ふふ。そうしたら参加ユニットはfine.にTrickster…遊園地だから、折角ならもう少し賑やかなユニットも欲しいね。真緒、探しておいてくれるかな?」

「ありがとうございます!」

一体何が目を引いたのか。上機嫌な真緒はさっきまで書類整理に頭を悩ませていたなんて微塵も感じさせない表情で携帯に触る。真緒が連れてくるユニットならば余程のことはないだろう。

一つ用が済んだことに力を抜いて、机の上に置いたままのパソコンに目を向ける。ロックを解けば依頼を見る前まで作業していた画面が現れて、部費の割当をしている最中なのを思い出した。

上から目を通して、天文部の表示と隣にある部長名に口角が上がった。

「そうだ、彼も誘ってみようか」

手を叩いて笑えば隣の敬人は何故か顔をしかめ、渉は首を傾げた。





『お誘いくださいましてありがとうございます』

出演ユニットは僕達fineにTrickster。真緒が誘ったRa*bits。そしてpuppeteeerの4つだ。趣向も被っているわけではないそれになかなか幅広く集められたものだななんて我ながら感心してしまう。

時間もないからと早速開いた事前ミーティングに参加した各ユニットのリーダーたち。初対面なのは流石にいなかったらしいから互いに軽く自己紹介と挨拶をして会場の広さや時間、セットリストの確認を行っていく。生来真面目な気質な三人に滞りなく話は進んでミーティングは一時間もかからなかった。

「それじゃあ本番まで時間がないけれど、よろしく頼むよ」

会議室から出る。氷鷹くんは瞬きをして隣の紅紫くんを見据えた。

「紅紫、改めてよろしく頼む」

『こちらこそ。このメンバーに混ぜてもらえてとても光栄だよ。よろしくね』

ユニットの戦歴や数少ない合同ライブの履歴。それに自己紹介の時も口にしていたけれどTricksterとpuppeteeerは共演したことがなかった。理由として、今までの夢ノ咲の共闘は少なかったのが上げられるだろうけど一番はpuppeteeerの公式行事への参加率の低さだ。

「お互い同級生だけのグループ。負けないぞ」

『ふふ、今から肩の力を入れすぎてると疲れちゃうよ?』

ライバル視しているのか氷鷹くんの宣戦を軽く流すと二人の空気感を心配そうに眺めてた仁兎くんを見つめて人好きのする笑みを浮かべる。更には僕にも一礼して足を進めていった。その廊下の向こう側から、黄色い何かが凄まじい勢いで近寄り紅紫くんに飛びつく。

「はーちゃん!お仕事ってほんと?!学園内のライブ参加なんて珍しいね!!」

大きな声を出しているのは檳榔子くんで、難なく受け止めると髪を撫でて下ろす。手を繋いで一緒に歩き始めた二人はその先にいる遠目でも鮮やかな青色の、おそらく椋実くんと合流して角を曲がり、姿が見えなくなった。

ユニットメンバーの元に向かうことにしたらしい仁兎くん、氷鷹くんと別れて僕もレッスンのため予約しておいた防音室に向かう。

参加ユニットが決まるなり、打倒Tricksterに燃える桃李と付き添う弓弦が集まっているはずで、渉は最初の乗り気はどこに行ったのか時折困ったように表情を消していた。Tricksterがいることにか、それともRa*bitsの参加に問題があったのか

Ra*bitsには確か渉がとてもかわいがっている部活の後輩がいるはずだし気乗りしない理由が見つからない。エンターテイメントの権化のような渉のあんな表情はらしくないと同時に見たくないなと思った。

パスキーを入れて扉を開ける。ぴょこりと頭頂の毛先をゆらして、僕と目があった桃李は満面の笑みを浮かべた。

「お帰りなさい!天祥院様!」

「うん、ただいま。今は何をしてるのかな?」

「聞いてよ〜!ロン毛と弓弦が僕のこと取り囲んで虐めるんだよ!!」

頬を膨らませて眉根を寄せる。愛くるしい表情に頭を撫でて視線を滑らせれば渉と弓弦は小難しい顔で何か話していたようで、僕に気づくなり笑みを繕った。

「虐めるだなんてとんでもない。本番に向けて鍛えて差し上げているのですよ、坊ちゃん?」

「それが嫌だって言ってるの!サーカスの練習であの双子が僕のことビシバシしごいてくるし!弓弦とロン毛は結託してるしもう信じられない!」

思い切りよく顔を背けた桃李は汗をかいているようで首にかけたタオルで首筋を拭う。入ったときから少し暑く感じる防音室はどうやら三人の熱気により暖まってしまったせいのようで、二人のあまりの力の入れように首を傾げてしまった。

桃李に飲み物を差し出してる弓弦に声をかけるのは諦めて、渉を見つめる。

「今回の君は君らしくないね?」

「おや、そうですか?」

目を丸くして見せた渉は至って通常通りにも見えた。それが嘘だろうと本当だろうと、悪いように転ばなければ良い。

汗を拭い終わり一息をついた桃李、カップを片付けた弓弦に笑いかけてレッスン前に決まった内容を告げることにした。

「当初の予定通り参加ユニットは僕達を入れて4つ。形式はドリフェスのようなものだから出番が完全入れ替わり制に近いけど、外部ライブだからそこまで厳密に採点は行わないよ。曲もテーマも各ユニットの好きなように用意するけど一応この曲は全員で最後に歌うことになったから必ず覚えてね」

「はーい!」

「かしこまりました」

「全員で歌うんですか。珍しいですね?」

「うん。今回のこれは本気の勝負ではなくて互いの戦力確認の部分が大きいからね。遊園地のおすすめもしないといけないし仲良し風にしておいたほうがどのユニットとしても得だろう?」

意味ありげな含みを持った笑みで頷いた渉。桃李は今から始まるハードスケジュールに苦虫を噛み潰したような表情をしていて気づいていないのか触れることはなかった。

「こちらのスケジュール予定ですと他ユニットとの練習はほとんどないようですね?」

「流石に急だったからね。それぞれのユニット…TricksterとRa*bitsは桜フェスとその前夜祭。僕達はサーカスの公演があるし、puppeteeerも外部ライブがあるらしくて重なるのがこれくらいしかなかったんだ」

渡したスケジュールに納得したのか弓弦が唇を結ぶ。弓弦の気になっている通り、合同ライブの割に合わせる時間がないに等しい今回は失敗はしないだろうけど大成功できると言い切れるほど懸念がないわけではない。

すべてのユニットが集まるのは本番当日のみ。それ以外に本番までにある合同練習は必ずどこかしらのユニットが欠けていてそれでも三回しかない。

「ふっふーん!心配し過ぎ!会長がいて僕がいて、庶民に負けるわけがないだろうっ!」

「坊ちゃんの根拠もなく胸を張れるところは愚かと思いますがとても応援したくなるような、可愛いバカだと思っております」

「はぁ~??この僕にバカだなんて失礼だぞ奴隷一号!」

頬を膨らませて弓弦に反撃しようとして抑え込まれてる。いつも通りの二人の空気に口元を緩ませて、渉を見た。渉はすっかり仮面を被っていてそのまま目が合うなり鳩を出す。唐突すぎるようなそれもいつもと変わらないから目をそらしてレッスンを始めることにした。

レッスンは滞りなく進む。合同練習はほとんどないものの、各ユニットそれぞれ仕上げてきていたから、合同の際は流れを確認することにした。

次のイベントも合同の予定だからか比較的都合が合わせられるTricksterとRa*bitsは序盤で一緒に一曲歌うらしく、渉がちょっと羨ましそうにしてる。少しなら手を取ってみてもいいかなと考えてみたけどRa*bitsと絡むのは僕達に特はなさそうですぐにゴミ箱に投げた。

普段よりメンバー同士に交流があり練習をかわしているTricksterとRa*bitsは全く問題ないだろう。

問題は、本番まで一切合同練習の予定もなく情報が全く入ってこないpuppeteeerだ。

それなりに調査隊を忍び込ませようと使わせてみたけれどどれも成功した試しがない。まず入ることが難しく、入れたと思ってもそのたびにファンらしき人間に流されて隠されるか演出も演目も変わり、残念なことにデータとして使えそうにない。

一応リーダーである紅紫くんからは近況報告が来ているし、本番への心配はいらないらしいけど、どこまで隠しとおす気なのか。

時折氷鷹くんがpuppeteeerの近況を聞きに来るから毎回内容もない言葉を返すしかなかった。

どれだけスケジュールが詰まっているのだろう。最近では紅紫くんどころかpuppeteeer、ひいてはその周りにいるaddict二人も含めて学園内で見なくなっている。

本番前に、どこからか情報を手に入れたいところだ。

窓枠に頬杖をついて外を眺める。色づいた花弁がひらりと待って、薄いピンクの花の隙間から黄色と青色が見えた。

「あ、」

身長の違いすぎる二人は一つの紙を覗き込んでいて、そのうち紙を椋実くんに押し付けると檳榔子くんは何か言い始める。流石に距離が遠くて何を言っているのかまでは聞こえなかったけれど、途中で頭を掻き乱したからたぶん気分は良くないんだろう。

頬を膨らませた檳榔子くんに紙を渡して、今度は椋実くんが口を動かす。三十秒もかかからず、口を閉ざすと満足げに笑んだ。あの鉄面皮どころかロボットじゃないかなんて噂のある椋実くんの表情に驚きが隠せない。

檳榔子くんは嬉しそうに手を叩いて、紙を見据える。不意にそこに赤色と緑色が近寄って遠目にも色鮮やかなそこは花が咲いているようだった。

「英智?」

「ん?」

不思議そうな声はいつからそこにいたのか渉のもので、手招けば彼は目を瞬いてから隣に立つ。下を指せば視線が追っていって、きっと彼もあの彩りを見つけたところだろう。

「不思議だよね」

四つの色はそれぞれの主張がとても強いのに脆く、入学したあのままの彼らならば即座に周りの悪意に塗りつぶされてしまっていただろう。それが一番淡かったはずの色によってまとめられて、鮮やかさはそのままに色の深みを増し、今では他のモノを寄せ付けないほど濃くなってる。

「あの子達が在学して、進級できるなんて思ってもいなかった」

「ふふ、英智の予想も外れることがあるんですね」

「それぐらいにあの子達は危うい存在だったはずなのに……あの色は、不思議だ」

四つの色を見つけて混ざったのは間の赤紫色で、黄色に飛びつかれて頭をなでて、緑色が息を吐いて首を左右に降れば赤色と青色は笑う。赤紫色は笑みを崩すことなく何か言うと全員が頷いて流れるように歩き始めた。

「貴方は彼ことを勝っているのですね?」

「それは、どうなんだろう」

「と、言いますと?」

「僕は本来、彼を潰そうとしていた…それをアレがいびつながらも邪魔をして止めてこなければ、きっと今のこの世界は存在していない」

アレは止めようとしていたのか、本当に自身が欲しくて駄々をこねて邪魔をしてきていただけなのか、今でも僕はわからない。それでもアレがいなければきっとこの色彩を眺めることは叶わなかったんだろう。

「爆弾のせいで更地になりかけた場所にあんなに美しい花が咲くなんてね。人生捨てたものじゃない」

常であれば同意か茶化すか、そんな言葉が返ってくる。渉は少し難しい顔をしていたと思うと目を伏せて身を翻した。

「………彼は、いい仕事をしたと思いますよ」

僕に聞かせるための言葉ではなかったのか、小さすぎる声量。それでも耳が拾ってしまって振り返れば渉はいつものように笑っていた。

「本番が楽しみですね!」

「、ああ…そう、だね」

一体渉は何を僕に隠しているんだろうか






結局合同練習も情報を入手することもなく本番を迎えてしまった。リハーサルでもpuppeteeerは入りと位置、捌け方を確認するだけで流石に全員で歌う予定の曲の練習は行ったもののユニット自体での練習は一つとして行わなかった。

「puppeteeerどんだけ秘密主義なんだ?」

「ふっふっふ~。見てのお楽しみだよ♪」

思い返せば昨年も同じクラスだったはずの檳榔子くんと真緒は顔を合わせて会話をする。氷鷹くんと明星くんはRa*bitsと話していて、残りのTricksterを探せば少し離れたところに遊木くんと、紅紫くんのが向かい合わせにいた。

「紅紫くんと同じ舞台に立つのは初めてだよね!ああ、うまくできるかなぁ、心配だ…」

『うん。僕も緊張してて…ふふ、今日はよろしくね?』

「またそんなこと言って…緊張しすぎで心臓が口から出そうな僕とは大違いでしょ…。うう、お腹痛い……」

顔が青白くなっていく遊木くんに紅紫くんは苦笑いを浮かべて彼の手を取った。包み込むように両手で挟むと目線の高さまで上げて微笑む。

『口から出るのは困るけど…でも、今の君はTricksterだから、大丈夫、遊木くん』

「…………なんだか、昔みたいだね」

『ふふ、かもね。けどもう君は独りじゃないからおまじないの必要はないんじゃない?』

「……うん。そうだね、僕はもう独りでも、人形でもない…」

レンズの向こうにある瞳を隠すように目を閉じて息をしてる。ゆっくりと目を開くと紅紫くんが握る手に祈るように額をつけてから離れた。

「えへへ、ありがとう!」

『はい、どういたしまして』

繋いでいた手を離して笑みを浮かべ合う二人はどうにも昔同じモデルだったと言うだけには距離が近い気がして、瀬名くんもそうだけどモデルというのは距離感が無い人たちなのかもしれない。

「負けないよ!」

『お手柔らかに頼むね?』

笑顔を崩さない二人を見つけて、さっきまで話していた真緒と檳榔子くんがそれぞれ近づき声をかける。遊木くんは真緒に連れられてTricksterの元に戻り、逆に紅紫くんには椋実くんが寄って集まった。

「柑子と木賊の準備が終わったそうだ」

『そっか。じゃあ僕達も用意しないと』

「はーちゃんのは僕がつけるね!」

『うん、お願いしようかな?』

「わぁい!!任せて!」

二人を伴っておそらく控室に向かうことにしたらしい紅紫くんが歩き始める。廊下の向こう側に消えていくのを眺めていれば隣に小さな影が揺れて、桃李が笑った。

「会長!僕達も行こ!」

「坊っちゃん。天祥院様を引っ張るのはお止めくださいまし、はしたないですよ?」

「ふふ、姫君が退屈してしまっているようですね!さぁ!英智!私達も行きましょう!」

差し出された手を取り、準備に向かう。一応今回は各ユニットに一部屋ずつが割り当てられてる。それは着替えのためだけでなく休憩や打ち合わせの面も配慮されてのことで余計に他ユニットの動向が掴みづらく本来の親睦を深めたパフォーマンスからは離れているようにも感じた。

今回の僕達fineは高貴さはそのままに、遊園地という舞台と共演者の明るい雰囲気に合わせて少しだけ柔いものにしている。ユニット衣装の白いスーツベースは変えず、インナーとシャツ、ネクタイのデザインをカジュアルにしてあった。

タイを留めて、髪を流せば帽子を頭に乗せた桃李がいつもと少し違う衣装に目を輝かせて鏡の前で回っていて弓弦はそれを撮影してる。渉はハミングしながら髪を結っていていつものように各々が好きに動いて準備を終えていた。

「天祥院様、お身体の調子はいかがですか?」

飲み物を片手に目線をおろした弓弦は撮影を終えたらしく、カップを受け取り喉を潤す。礼を口にして返せば桃李が跳ねて隣に立った。

「うん、問題ないよ。……さぁ、舞台に上がろう」

道を開ける弓弦と渉。一歩後ろに立ってついてくる桃李。

控室から会場に向かう。観客たちの熱気が、僕達を求める圧が肌に触れて粟立つ。僕達が最後だったのか他のユニットも用意を終えていて裏に集まっていた。

スパンコールが散りばめられたキラキラしたTricksterに、普段よりもふわふわとした作りの衣装をまとったRa*bits。唯一puppeteeerはいつもと同じパーカーに見えたけどどこかに仕掛けでもあるのだろうか?三人は事前情報と同じくフードをかぶった完全体の格好で自然と全員の目が僕達に集まった。

「待たせてしまったかな?」

「だいじょーぶだぞ、天祥院。まだ集合時間前だしな!」

にっと笑った仁兎くんは本当に表情が豊かになった。きっと斎宮くんのもとにいたままではこの笑顔はなかっただろう。

「あー!俺、もう待ちきれないよ!」

「早く歌いたいんだぜ!」

明星くんとRa*bitsの天満くんが跳ねて、それを保護者のように同ユニットのメンバーが止める。

予定通り流れの再確認をして、場内のアナウンスに息を詰めた。

「先陣を切ってすべてを掴むぞ」

「じゃ!行ってきます!」

「いってらっしゃいスバル先輩!」

「北斗先輩かっこいい…!!」

Ra*bitsからの声援を受けて笑うTricksterの面々を見送る。

「やっほー!今日は来てくれてありがとう!」

「俺達は夢ノ咲学園から来たTricksterだ」

「僕達以外にも、たっくさんのユニットが出るけど!ぜひとも覚えて帰ってね!」

「んじゃ、早速!一発ぶちかましてやろうか!」

Tricksterがトップバッターを切って、場を盛り上げたところで当初の予定通りRa*bitsも混ざり入れ替わる。

可愛らしくもかっこいい、そんなそれぞれのユニットの特徴を生かした踊りとパフォーマンスを行い今度はRa*bitsだけの演目を見せて、そして僕達fineの出番になる。

僕達はTricksterに討たれたけれど、もとからいたファンは決して離れてはいないし、何より他ユニットとは違うのが地力だ。新規ファンを掴むパフォーマンスも、他ユニットのファンの目を奪う技術もある。故に僕達はいつもと同じかそれ以上に、命を燃やす程ではないけれど歌って踊る。

三曲。持ち時間と僕の体力に考慮したそれを終える頃には場内はまた違う色になっていて満足感に胸が高鳴る。息を吸って、吐いて、笑顔で手を振って捌けた。

僕達の出番が終われば次は最後のユニットだ。

全員で歌うためもあるけれど、基本的には他ユニットの実力や構成を学び、余すことなく取り込むために互いの舞台を見ていることが流れとして確立している。今回もその予定なのか僕達だけでなくTricksterもRa*bitsも舞台を見据えていて、ふわりと甘い匂いが薫った。

予定通り落とされた照明にとりあえず歓声をあげた観客。インカムが拾った笑い声とぱっとスポットライトに照らしだされたステージにおそらく、固定ファンからの絶叫が響いた。

「にゃんら!?」

「び、びっくりしました」

「なんかおいしそーなにおいがするんだぜ!」

「なんだろこれ、あまい…?」

この後のために全員が揃ってた舞台袖。驚いて大きく肩を揺らしたのはRa*bitsで、Tricksterも目を瞬く。

画面には照らされた三人が立っていてふわりふわりと揺れるように手を振っていたと思うと目を細めた。

『いつものみんなはこんにちは。初めての方にはよろしくお願いします。puppeteeerです』

puppeteeerが口上から始まるのは珍しいことではないらしい。けれどあまり説明などを長く話すことはないと事前情報にあっただけに唐突な挨拶に眉根を寄せる。

紅紫くんを先頭にするように三角形の頂点に立つ二人はくすくすと笑うと口を開いた

「俺達の今回のステージは対比。……星に羽、うさぎと、ねこ」

「にゃんにゃーんってことで」

『今日は久々に猫かぶりバージョンでいこうか』

「「みんな、ついてこれるよね?」」

揃って脱いだフードの下、えらく高性能で本物のような毛並みのいい猫耳が現れてファンは叫んだ。

かかった音楽に気取られるより早く息を吸う音を耳が拾う。

『君好みアーカイブ』

「惨敗もマージン」

「後悔しないの 君に近づいた」

「昨日の飾りを 引きちぎって」

『さぁ どうぞお好きなの 「「ear ear ear」」』

声が揃い響く。椋実くんの低音と檳榔子くんの高音を紅紫くんが場面に変えて寄せたり間取る。

「「君好みアーカイブ 惨敗もマージン」」
『後悔しないの 君に近付いた』
『「昨日の飾りを引き千切って」』
「ああこれじゃ駄目なの?」

歌って踊るのは他ユニットと変わらない。けれど本当に歌うことと両立するために用意したのかと不思議になるくらい激しく踊る三人は声を一切震わせることなく笑顔を浮かべたままで背筋に何かが這い上がって唇を舐めた。

「ああ、これは」

“puppeteeer”。コアすぎるファンの暴動や衝突が絶えないと話に聞いていたけれど理解できる。

「恋の敵のシルエット」
「重なる一秒前 瞬間に」

一線を越えもいいいと思えてしまうような艶やかさと妖しさ。色香に耐性がなければあっさりと足を踏み外してしまいそうだ。

「「警告はこれで最後よ」」

音が絞られて、二人が歌って黙った瞬間に真ん中の紅紫くんが妖しく笑った。

『…_その可愛い耳をくれないかな?』

終わらせないと嗤うその表情にぞくりとした感覚で肌が粟立つ。Ra*bitsの一年三人は腰を抜かし桃李も弓弦に体を支えられる。

元からのファンであろう観客の黄色い声援。はっとして見た客席は飲み込まれて陥落させられた観客と、とりあえず盛り上がっている観客で三分割されていた。

「やられましたね」

渉のどこか楽しそうな声が聞こえる。創立年数だけで言えばpuppeteeerは僕達と同じか、あちらのほうが少し長い。ユニットとしての見せ方も戦い方も熟知しているに決まっている。

ダークホースともいえる彼らの存在に心臓が大きくはねてうるさい。

早く高鳴る心臓に呼応するかのように彼らの曲調は早くなり勢いを増す。

「類似運命 本能相違 鱗粉で媚び売りの好意
「そばにいて?」 下らない誓い キミに捧ぐ啓示 」
「変装気味 Gimme グロスに混ぜる媚薬 偽装
秘密の嘘を知って LuLa-LiLa」
『Pay me 不安な Twinkle Venus 踊れ妖艶な Flow
終末の夜を買い込んで
運命の糸でキミを試すの』「Again」「Again」「「Again」」』
『愛ゆえに キャットダンス Baby 愛に従順で聡明に
誘えミザリィ 恋の有罪迷宮』
「相対ヒステリカ」「情の成す無条件に」
「「盲目のアイロニー」」

最初の言葉と格好のとおりに猫づくしの歌。曲調や歌詞、ダンスで可愛すぎないように仕上げられたそれはRa*bitsと似ているようで違う。

『「もし世界が消えて、私も消えて
そしたらアナタの所有権も消え去って」
「それじゃ底まで愛してから棄てるわ」
アダムとイヴに始まり、此処で終わる
さあ、禁断の果実 今。』

明星くんはキラキラだね!なんて瞳を輝かせ、遊木くんは紅紫くん引き出し多いなぁと零し、弓弦と真緒は学校とのギャップにか目を瞬いた。

三人の中心は基本紅紫くんのまま、巻き込めるだけのすべてを巻き込んで舞台は予定通り彼の合図で照明が落ちる。パッと暗くなったステージ。聞こえてきた声にはっとして顔を上げると先程までステージにいた彼らが戻ってきたところだった。

何か声をかけている暇はない。

明るくなったステージに思い出したようにTricksterがRa*bitsを掴んで一緒に走り出ていって僕達もそれを追う。再びスポットライトのもとに帰って全員が壇上すればファンの歓声が上がって、その中からどろりとした熱が溢れているのに気づいた。

隣の桃李がその狂気の熱を浴びて短く悲鳴を上げれば弓弦と渉が即座に桃李を隠す。熱の元を探れば黒を基調とした洋服をまとった観客たちが原因らしく、それらは全員ただ一つの方向を向いている。

まずいと思うよりも早く曲がかかりはじめてマイクを構えた。

舞台上のpuppeteeer、ひいてはそれぞれのメンバーを眺めているらしい観客たちは、たとえ隣同士にいたとしてもステージに向ける視線の先がバラけていた。

puppeteeerの三人は気づいているはずなのに笑みを絶やすことなく割り当てられている自身のパートをきちんとこなす。逆に視線と狂気に中てられた桃李とRa*bitsの一年の動きが崩れていっていた。

流石の仁兎くんも気づいたのか前に出るパートのはずなのに一年のフォローに回っている。それでも一人で三人をカバーするのは難しそうで、Tricksterは気づいているけれど位置的にも実力的にも助けに迎えないことに歯痒そうな表情を浮べている。

このままでは呑まれてしまう。

本来であればfineが前に出るけれど、桃李のカバーをしている弓弦と渉に合図を出して僕だけが前に出る。渉はRa*bitsに近寄り後輩である真白くんのカバーを始めた。それにはっとしたように動き始めた真白くんは隣で今にも固まってしまいそうになっている創くんの肩を叩いて手をつなぐ。仁兎くんは天満くんのカバーに専念し始めて、Tricksterはほっとしたように笑った。

「なんだ、想定よりも立て直しが早いな」

不意に聞こえた声に顔を上げれば感心したような表情の椋実くんと目が合って、檳榔子くんがにっこりと笑う。

「流石学園のトップユニットって感じじゃない?」

くるくると回る檳榔子くんにあわせて髪と衣装のフードがなびいて、歯が見えた。

「でも、もう遅いよねぇ?」

ぞわりとした感覚がまた僕を襲って、沸きあがった歓声に視線を奪われる。真ん中にいるのは予定とは違いTricksterと、僕と、紅紫くん。音を聞けば今はたしか全グループの見せ場のはずで、何故、檳榔子くんと椋実くんはあちらにいるのだろう。

「どうして俺達がここにいるのか、ということか?」

椋実くんは笑って、すべての視線を奪うように舞って、立て直したばかりのRa*bitsには檳榔子くんが踊って魅せる。

「「わかった?」」

二人が舞い、中央の紅紫くんが笑えばTricksterが霞んでしまう。観客の視線はすべて彼らが集めてしまっていて、気づいたときには遅かった。

僕達を脇役に据えてしまうような三人の動きと演出。決して出張っている訳でもあからさまな邪魔をされているわけでもないのに、目を引いて、会場は彼らのものになっていた。

「嘘、」

「これは…」

ようやく状態を飲み込めた桃李が絶句して、弓弦も眉根を寄せる。

「くっ、」

「にーちゃ、」

「大丈夫だ、前だけ見てろ!」

フォローの負担から崩れかけた仁兎くんは歯を食いしばり笑みを繕う。渉が観客から不自然に思われないように場所を変わって休めせるために動く。

「うさぎちゃんたち、無理が祟ってるんじゃなぁい?」

ひらりと舞い上がって笑った檳榔子くんは余裕な表情で汗の一つもかいていない。Ra*bitsを殺さない程度、最低限のフォローはしているけれど自身の見せ場も良さも消さないそれはこの異常事態に対して冷静に考え抜かれた動き方だった。

「黄蘗、その子兎たちは潰さないように気をつけろ」

「しゅーちゃん先輩に凄まれるのはやだもんね♪」

分断されているステージ。普通ならばその違和感に観客から戸惑いを覚えさせるはずなのにRa*bitsには檳榔子くんが、別れてしまった桃李と弓弦の元では椋実くんが合わせるように動いているからバランスが取れていてまるで最初から用意された配置のようだ。

「っ、これはどういうことだ、紅紫」

『ふふ、僕達はただバランスを取ってるだけ…どちらかと言えばフォローをしてるよ?ほら、今だって』

4対1にもかかわらずどんどんと抑え込まれていっているTrickster。氷鷹くんが歯噛みすれば紅紫くんは圧倒的存在感を放って笑う。

『これも…合同ライブの醍醐味だよね?』

予定通りpuppeteeerがセンターになる場面の音が近づいていた。Tricksterは場面転換のため少しずつ後ろに下がる。

「まっ、だめだ」

手を伸ばすより早く、サイドから檳榔子くんと椋実くんが上がり三人は寸分違わない動きで踊り始めて観客を沸き上がらせる。

「なん、で」

「何が起きて」

練習と同じように動いた明星くんと遊木くんは固まってしまって、氷鷹くんが表情を歪め真緒が悔しそうに顔を下げた。

「うそ…Tricksterが喰われた!?」

汗を拭うのもままならないのか、髪を頬に貼り付けた桃李が目を見開く。

「……“猫かぶり”なんて、とんだ大嘘つきたちですね」

「お師さんの言う通りかっ」

Ra*bitsの出番は最後の挨拶までもうない。同じく今の大一番のすべてを喰われてしまったTricksterもここからの再起はほぼ不可能だ。渉が真剣な表情でセンターを眺めて僕を見つめた。

このままでは終われない。

弓弦を見据えれば頷かれて、即座に桃李の肩を叩く。渉は仁兎くんと挨拶を交わしたと思うと仮面を押さえなおし、顔を上げる。

最後はpuppeteeerと僕達fineのセンター。ここで魅せられなければ勝機はない。

仁兎くんは一年たちに何か声をかけて指示を出し、下がってきたところのTricksterに合図を出している。puppeteeerに目を向ければ椋実くんがうっすらと笑んで僕達の動きを眺めていた。

「はくあ」

『来たみたいだね』

「真っ向対決って、初めてじゃない?」

にっと笑った檳榔子くん。真ん中の紅紫くんと二人は視線を絡め、練習通り僕達fineの場所を開ける。

「随分と好き勝手してくれたね!庶民の分際で!さっさと僕達にひれ伏せ下民め!」

「あはは!汗まみれで喚かれてもなーんにも怖くないよぉ?雛鳥ちゃん?」

「ええ、坊っちゃんだけでは些か心配ですから、私達がお相手いたします。お覚悟くださいまし、檳榔子様…♪」

「へぇ?」

飛び込んだ桃李と並んだ弓弦。愉快そうに口角を上げた檳榔子くんと、同じ表情の椋実くんの横に渉が立った。

「俺の相手は貴方か」

「ふふ!先程はたくさんの驚きをくださりありがとう御座います!さて、私達は共にトップを支える立場。ここで負けてしまっては合わせる顔がありませんよね…?」

その言葉に片眉を上げた椋実くん。渉は両手を広げて宣言する。

「さぁ、化かし合いましょう!そして勝利をこの手に!」

降り立てば、彼はわかっていたのか僕を見て柔く微笑む。先程までステージをかき回していた中心とも思えない穏やかすぎる空気に僕も表情を緩めた。

「随分と好きに暴れたね」

『そんなつもりはなかったんですけどね…?』

首を傾げて、その後に目線を落とす。

『本当はあの子達に協調性を身につけさせるために参加しただけなのに、誤算だ…俺もまだまだだなぁ……。うん、』

まとう空気が変わって肌を焼いた。

『今回の趣旨に合わないので争う気はなかったんですが…仕方ありませんね』

ゆっくりと上がる視線。弧を描いた唇と好戦的に光る瞳に鳥肌が立つ。予備動作なしに震わされた声帯。合図無しに揃った三人の声に会場が目を奪われ始めたから渉の声にあわせて僕達も歌い始める。

出遅れた、けれど、取り返せる。

伊達にトップに君臨していた訳ではないんだ。音を聴いて、対比するように踊った。

幾らなんでも、こんなところで負けては皇帝の名が廃る。

湧き上がる闘争心と自尊心。命を燃やす感覚に自然と口角が上がって笑顔を浮かべれば、向かいの紅紫くんも同じように笑った。






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