あんスタ
2
「あ、あの、」
『うん?どうかした?』
「どう、というか…どうしてこんなことになっているんですか…?」
『こんなことって?』
目線を彷徨わせたあとに、どうにもならなそうで息を詰めて小さくこぼした。
「なんで洋服を選んでるんでしょう…?」
『制服でウロウロしてて声をかけられるのも嫌じゃない?せっかくなら君を着飾ってみたいし…久々に女性の洋服を見るとやっぱり楽しいからね』
にこにこと笑ってお茶を飲み、私を眺める。たじろぎかけたところで洋服を両手いっぱいに持った眼鏡のお姉さんが彼の隣に立った。
「紅紫くん!この子すごいかわいいね!なんでも似合っちゃう!」
『ふふ、そうですよね。せっかくなので練さんのおすすめで纏めてもらえますか?』
「うん!任せて!」
眼鏡を掛けなおすと、満面の笑みで私に洋服をあててアレもコレも!なんてテンションを上げていく。柔らかな素材のブラウスやしっかりとした生地のシャツ。ワンピースにと次々と出してきたは悩むその様子を眺めて彼は笑ってた。
喫茶店で事情聴取を終わらせたと思うと私を連れてそのままビルの中に入った。
そのビルもまた、ぱっと見なんの変哲もないビルだったけれど、中で待っていた眼鏡の女性は彼を見て再会に喜びを顕にしたあと、私を見て目を輝かせた。
背を押されて入ったその部屋で目を奪われる。大量の布。それは型を取る前の生地であったり、出来上がった洋服であったりと様々だったけど、私が固まるよりも早く、練さんと呼ばれたその人はあちらこちらから洋服を持ってきて合わせていった。
どうにも止める気はないらしく、彼は一言二言、たまに同意したり意見をしたりするだけで基本的には楽しそうに眺めてる。
「よし!じゃあこれにしましょう!」
「え?あ、はい」
ぼーっとしているうちに洋服を渡されて隔離された。
着替えろということであろう腕の中の布に息を吐いて、制服を脱いで、纏う。鏡が用意されていたからそこで自分の格好を見て目を瞬いた。
ふわふわとしていて温かいニットのトップスはオフショルダーなのか肩が出て入るけどストラップがついていてしっかりと支えられていて、深いピンク色。合わせられるスカートは六分丈くらいで、色はトップスと合わせてか少し暗めのボルドーだけど、チェックがホワイトだからあまり重たくなってなかった。普段自分から選んで着ないような洋服に前だけじゃなくて振り返って後ろも確認してを繰り返す。
私の身長や体型に合わせて作られたみたいにぴったりな洋服に思わず息をもらして、仕切り用の扉を開ける。足元にはローファーの代わりに黒のショートブーツが置かれていたから仕方なくそれを履いて、来た道を戻る。
最初に服を合わせられていたはずの場所まで戻ると話し声が聞こえてきて、顔を覗かせると腰を下ろしてる彼の向かいに立つその人が髪をセットしているらしいところだった。
「に、しても紅紫くんが女の子連れてくるなんて珍しいね?ていうか初めて?」
『確かにそうですね。初めてかもしれません』
「だよね〜。なぁに?彼女さん??」
『ふふ、同じ学校のプロデューサーさんです』
「プロデューサー?…え、紅紫くんたちプロデュースされてるの?」
『うーん。僕達はそうでもありませんが、同級生とかは結構一緒にお仕事してるみたいですね?』
「あ〜。まぁ、紅紫くんたち…というか紅紫くんは特に、タレント兼プロデューサーな感じだし、マネージャー業にも強いもんね」
『裏方も楽しいですから』
ぽんぽんとテンポ良く話して時折笑い声が交じる。練さんの手が止まって距離が開いた。
「相変わらずの万能タイプ〜。はい、できた」
『ありがとうございます』
いつの間に着替えたのか、制服から私服に変わっていて、黒のデニムに、カットソーは私のと少し似た色味の赤紫色。たぶんその上から羽織る気らしい上着が隣に置いてあった。どうやら髪型を変えてたらしくて、ワックスを片手に離れた練さんが物陰にいる私を見つけて笑った。
「あ!プロデューサーちゃんも準備万端みたいね!うふふ!やっぱりよく似合ってる!!ね、紅紫くん!」
『ですね。ありがとうございます、練さん』
上着と荷物を持って近寄ってくる。眼鏡をかけてるのもあるだろうけど、前髪が上がっていて毛先も跳ねてあってだいぶ雰囲気が変わっていた。
「うん!美男美女って感じ♪」
並んだ私達に親指を立てて頷いた練さんに彼は笑って流して、じゃあ次行こうかと足を進める。にこにことして手を振る練さんに見送られて、外に出て、はっとした。
「着たまま出てきちゃいましたけど…!」
『えっと…?着替えたんだからそうだね?』
「私、制服置いてきて、」
『大丈夫、持ってるよ』
ほらと左肩にかけてた鞄を見せる。綺麗に折りたたまれてるらしい制服は汚れないようにか袋に入れられた上で仕舞われていて、ちょっと卒倒してしまいそうだ。
「自分で持ちます」
『うん?その格好にこのリュックは合わないからオススメしないよ?』
何故か不思議そうな表情で首を傾げるからそうじゃないと首を横に振りそうになる。なるほど、これが月永先輩の言っていた、敏いのに鈍感の本質らしい。日々樹先輩が一度決めたことは貫き通すとも言ってたから鞄を受け取るのは諦めてよろしくお願いしますとだけ頭を下げておいた。
歩くこと十分くらい。目の前に現れた建物に目を瞬く。
「どうしてここに?」
『少し時間潰そうかなって』
「えー…」
『こういうところは嫌い?』
「ううん、そうではない…けど……」
『じゃあ行こうか』
コンビニでも行くような気軽さで口にして足を進めた。大きく賑やかな門を抜けて、その瞬間に大きな音に包まれる。きらびやかな作りの建物。流れる音楽は明るくて、横を走るジェットコースターに乗る子供の叫び声が抜けていった。
『遊園地って仕事以外であまり来たことがないんだけど、オススメってある?』
「オススメ…ですか?えっと……昔弟とはよくコーヒーカップとかに乗りました」
『コーヒーカップか…。ここはあるのかな?』
目線を動かして近くにあったパンフレットを取り目を落とす。三秒もしないで顔を上げると指をさした。
『あるみたいだね。乗ろうか?』
「あ、うん」
表情はそんなに変わっていないはずなのに、とても嬉しそうに見えて頷く。案内されるまま歩いて、目的の場所についた。スイーツをモチーフにしてるらしい遊園地だからかコーヒーカップの周りや看板はケーキやエクレア、シュークリームが描かれてる。遊園地自体絶叫メインの場所じゃないみたいで、小さな子供や若いカップルが賑やかにしてる。その様子をご高齢の夫婦がにこにこと眺めてた。
いつの間にかスタッフと話してたらしいその人は顔を上げて、目が合うと手招かれる。
『ちょうど乗れるって』
「本当ですか?」
駆け寄って、スタッフのお姉さんに誘導されてコーヒーカップに乗り込む。ささっとベルトが締められて、お姉さんの柔らかな声が注意事項を読み上げて、リズミカルな音楽が流れた。動き始めたカップに少しずつ回転がかかる。
『あ、結構緩いんだね』
瞬きをして首を傾げるから、最初は小馬鹿にしてた弟がしまいに目を回して泣きべそをかいたことを思い出して、真ん中のポールに手を伸ばした。
「では早くしますか?回しますよ?」
『うん?』
瞬きをしてるうちに円盤型の取っ手を掴み、力を入れる。ぐっぐっと、最初は重くて、回していくうちにどんどん楽になっていく。
『ぇ、んん?!』
「もっと早くなりますよ!」
次々と移り変わる景色、段々と回しているうちに楽しくなってきて少し童心に戻った気分になる。笑いながら回していれば隣の彼は頭が揺れたのか体を大きく揺らしたあとに前屈みになって、しばらく回っていたと思うとコーヒーカップの動きが段々と遅くなってとまった。
お姉さんの軽やかな声がベルトを外して、出口をどうぞとアナウンスする。ベルトを外して、顔を上げた。
「…………あの、大丈夫ですか?」
『う、うん、思ったより、早いんだね…』
目が回ってるのか俯いていて、額を抑えたと思うと顔を上げて笑う。
『まだ時間もあるし、次行こうか?』
ベルトを外すと扉をあけて、押さえている。私も続いて門から出て、目に入ったそれを指差した。
「そうしましたらアレに乗りましょう」
『………へぇ、絶叫系が好きなの?』
「いえ、折角なら目玉らしいアトラクションに乗りたいなって」
『そっか。じゃあ乗ろうか』
目についたのはさっき通り過ぎて行った大きいジェットコースターで、結構長めに走るのか園内をぐるっと回るようにレーンが組まれてる。乗り口は案外近かったらしく、チケット切りのお兄さんに何かを見せてそのまま通路へ通された。
「そういえば、ここのチケットってどうしたんですか?」
『さっき練さんがくれたのを使ってるよ?』
あれ?聞いてなかった?と首を傾げられて、記憶を探るけど思い当たらず視線を惑わす。小さな笑い声が落ちてきて、視線がそらされた。
『それならそれで別に問題はないよ。折角のフリーパスだから、時間に制限はあるけどたくさん遊ぼうね』
順番が来たのか溌剌としたお兄さんの声が私達を呼んで、コースターに乗せられる。さっきよりもしっかりとしたベルトをしめて、ついでにその上から掴まることもできそうなバーが下りてきて両手で掴んだ。
お菓子の国をモチーフに、少し不思議の国のアリスのようなテイストで代わりにパティシエになりたいというリスが伝説のレシピを探して旅をする物語。動き始めたコースターはゆっくりで、あらすじが語られ、建物の中から飛び出す。夕方に近いとはいえまだ明るい外に目が眩んで、眉根を寄せてから開き直した。
「すごい、ちゃんと物語があるんですね」
『普通は違うの?』
「物によりますけど、あまり大きな遊園地でもない限りは基本思いっきり走って終わりです」
『そうなんだ』
本当にあまり来ないのか、感心したような表情は少し幼くというか、年相応に見える。なんとなく気恥ずかしくなって顔を逸して、再び室内に戻ったから物語を眺めることにした。
リスは言葉も通じないような遠い場所をめぐり、あるかもわからないレシピを探し回る。そのうち、妖精が現れて、レシピはあの森を抜けたところにあるよと笑顔で説いた。
「ぅぁぁ、だめ、だめなのに…」
妖精は実は悪魔で、笑いながらリスを崖に招いていく。コースターがカタンと音を立てて、鈍く、高い音を立てながら、体が傾いていく。唾を飲んで、バーを握る力を強くする。
カタリと音がして、リスが悲鳴を上げた瞬間、浮遊感が襲った。
「きゃー!!?」
前に落ちるとばかり思っていたから思わず叫んだ。後ろにすごい勢いで落ちる感覚は普通に生きててなかなか味わうことが無いからもう、とりあえず叫ぶしかない。同じ号車に乗っている子供も叫んで、中にはどう面白かったのか笑い声も聞こえる。がっと急ブレーキがかかって、次は前に走り始めた。
ぱっと明るくなった周りにどうやら外に出たようで、叫びすぎたのか、咽ると隣から小さな笑い声が聞こえて背が撫でられる。
『すごく驚いてたね?』
「おど、おどろかないほうが、すごいと思います…」
『みたいだね』
同じ号車に乗ってた後ろの席の子供が泣いていて一緒に乗ってたお父さんらしき人があやしてた。
ぐるりと最初にくぐったゲートの近く、そしてまだ足を踏み入れていない最奥の場所まで回る列車。比較的ゆっくりな動きにようやく頭が冷えて息を吐いた。
「そういえばさっきのリスはどうなってしまったんでしょう?」
『ああ、そういえば』
話の要のはずなのに逆走したことにインパクトを持っていかれていて、隣のその人も今思い出したように首を傾げる。
コースターはやっと室内に戻って、ふわりとした甘い香りと、華やかな世界が私達を迎え入れた。そこは最初にリスが出発したはずの自分の生まれ育った国で、リスは自身が作ったのであろうスイーツを振る舞いながら友人や家族と笑っていた。
急展開な気がして目を瞬く。隣を見上げると唇を結ったあとに笑んだ。
『リスはレシピを手に入れて、皆を笑顔にするお菓子を作りながら、幸せに暮らしました。ってことじゃない?』
「……少し、雑な締め方ですよね?」
『ハッピーエンドが好きなんだろうね、きっと。それが一般的だ』
釈然としない私に苦笑いを返して、コースターが最初に乗り込んだ場所まで戻ってきた。見送ってくれたお兄さんが出迎えてくれて、ベルトとバーが退かされたからあとが支えないようにすぐに降りる。
薄暗いけれど足元は見える、そんな光源具合の通路を指示に従って歩いて、さっきとは真逆の場所らしい広場に出た。少し端に寄り、見上げる。
「次は何に乗りますか?」
『何がいいかな?』
パンフレットを取り出して広げるから覗き込んで、視線を動かす。メリーゴーランドは乗りたいけど、最後のほうがいいし、お化け屋敷は気になるけど、嫌いじゃないだろうか?目移りして、一つ特に気になるアトラクションを見つけて顔を上げた。
「このシューティングアトラクション気になりませんか?」
『うん、楽しそうだ。それにしようか』
ここからも近いようで歩いていく。途中でトイレに向かって、手を洗ってから、ふと鏡を眺めて目を瞬く。普段よりもだいぶ可愛らしい洋服は、浮かずに私に合ってた。これは練さんとあの人のセンスなんだろう。ふわふわとしたトップスを触って、慌ててトイレを出た。
外で待ってたらしいその人は私と目が合うなり笑んで、駆け寄ると謝るより早くペットボトルが差し出された。
『さっき噎せてたから、少し飲んだほうがいいよ?』
「あ、ありがとうございます」
ペットボトルを受け取り、お茶を飲み込む。叫んだせいか喉にあった熱が落ち着いて、冷たいお茶はとても美味しかった。
『じゃあ向かおうか、乗り口はすぐそこらしいよ?』
「はい」
飲み終わったペットボトルが自然と手の中から抜かれてリュックにしまわれて、流れるように誘導される。凄まじいエスコートのレベルの高さ。気づいたときにはまた乗り口にいてぽかんとした私の手を引いて乗り込んだ。
カップケーキのような見た目。ハンドガンも可愛らしく、なんでも撃つのはホイップクリーム。お菓子を無くそうとする悪魔をホイップクリームで包んで、お菓子の妖精にはホイップクリームで元気を当てる、らしい。
「これで撃てばいいんですよね…?」
『たぶん…??』
座った席の目の前にあるハンドガンの引き金に指を当てて首を傾げ合う。かたんと動いたアトラクション。ぐるりと場所が変わって、ディスプレイに絵が映った。
ここに撃ってみてね!というアナウンスに沿い、引き金を引く。だいたい狙ったところと同じくらいのところにホイップクリームがくっついて、同じように撃ったらしい隣にもホイップクリームがくっついた。
『あ、思ったより狙ったところにちゃんと当たるんだね』
「ですね…!」
試し撃ちが終了して、画面が切り替わる。撃ったものの難易度によって得点がついて、最後には集計されランクがつくらしい。
「勝負しますか?」
『うん、しようか。負けた方は罰ゲームね』
「うん!………え?」
よーい、スタート!なんて可愛らしい声が響いて画面が切り替わった。まずは材料集めステージだそうで、的代わりのフルーツやスポンジ、時折現れる妖精と悪魔は高得点対象らしく狙って撃っていく。弟とシューティングゲームをしたこともあるし、私もそうとはいえ、このゲームはお互いに初めてのはずだから負ける気はしない。
引き金を引き続けて、画面に終了の文字が現れ、乗り物が動く。反転しながら進んで、次は器具を的代わりに打っていって、その次はお菓子作り。キッチンのような画面。お菓子を作る横で現れる妖精と悪魔を狙う。
最後は飾りつけて出来上がったウェディングケーキも真っ青な何段にも積み重なったケーキが出来上がり、試合は終了した。
『はぁ、疲れた』
「うう、腕が…」
ハンドガンを置いて手首を回す。引き金を押し続けてた指は悲鳴を上げてて、どうにも真剣になりすぎたらしい。二人で顔を合わせてやり過ぎたねと笑っていると集計が終わったのかぱっと画面が明るくなった。
さっきのゲームで作り上げたケーキを背景に、点数が並べられていて、横にはゲームセンターで言うところの名前の部分に自分が乗り込んだ席の色が書かれていた。
私は水色、隣の席はオレンジ。それ以外の同じレーンに乗り込んでた人らしいピンクや黄色なんて色が並んでいて、下から自分の色を探していく。黄緑色の上に水色、その上にオレンジが連ねられて王冠に1の文字がちょこんと乗ってた。
「うっ」
『ふふ。やった、勝っちゃった』
「くやしい…」
勝てたと思ったのに。実際の点数は100点も差がないから的1つ2つ分くらいの本当に接戦だったはずだ。
妖精たちに見送られてアトラクションが最初の場所に戻ってくる。自動で上がったバーに流れで降りるようで、足を絡ませないように降りて、歩く。
「シューティング得意なんですね、言い方はあれですけど、意外でびっくりしました」
『そう?どちらかといえば君の銃を構えてるときの表情のほうが驚いたかな?』
「勝負はいつだって本気です」
私の表情にかくすくすと笑う。
「でも負けは負けです。罰ゲームは何をすればいいですか?」
『うーん。罰ゲームって普通何をするの?』
「普通、ですか?えっと、何か買ってくるとか、言うことを聞くとか…?」
『そっか。…特に思いつかないなぁ』
視線を上げて何か考えている横顔はゆるくて、本当にあまりこういうことをしたことが無いのかもしれない。悩む素振りを見せて、微笑んだ。
『今日中に頑張って考えてみるってことでもいい?』
「…、はい。なんでもどんとこいです」
私の返事にどうしてか笑って、前を向くと視界が開けた。
夕日によって目が眩んで、一度目を閉じてから開いた。ざわめきに耳が慣れて、隣を見ると彼は何かを見つけたのか微笑んで私もその視線の先を追う。
夕日に照らされて揺れる金髪。隣の揺れる赤色の瞳に目を見開いた。
「わ!その格好!!転校生ちゃんすっっつつごく可愛い!!」
「え、羽風先輩?」
「普段以上に可愛い転校生ちゃんと遊園地デートとか羨ましすぎるんだけど!」
『時間つぶしに協力してもらったんです。お疲れ様です、羽風さん』
「紅紫くんもだいぶ雰囲気違うね!格好いい感じだ~」
私と違ってまったく驚いていない様子に目を瞬いてしまって、ふいに羽風先輩が足を進めて私の前に立つ。不快にならない自然さで私の格好を眺めると頬を緩ませた。
「ほんとかわいい。もうセンスの塊だね!さすが転校生ちゃん!しかも___の新作でしょ?」
「そうなんですか?」
「え、自分で選んだんじゃないの?」
「彼と彼のお知り合いの方が選んでくださったんです」
「紅紫くん?!俺よりも先に転校生ちゃんに洋服選んで贈ったの!?なにそれ本当に羨ましい!!紅紫くんのセンス最高!!」
『ふふ、洋服はもとより、モデルの彼女がいいんですよ。彼女のために用意されたみたいにとても似合っていますよね』
「……あ、これ邪な気持ちがないやつか…」
なにか悟ったように遠くを眺めた羽風先輩に首を傾げる。不思議そうにして、初見したときから微動だりしていない朔間先輩に視線をうつしたと思うと笑って羽風先輩に近寄った。ポケットから何かを取り出して差し出す。
『それでは羽風さん、こちらをどうぞ』
「これは…?」
『フリーパスです。閉園時間まであまりありませんが、折角ですので利用いただけませんか?』
「パス、?え、紅紫くんの分は?」
『きちんと持っていますからお気になさらないでください。それでは彼女をお願いしますね』
「本当にいいの?」
『はい。僕は少し用事を済ませますので、ぜひ楽しんできてください』
にこにこ笑う彼に羽風先輩は一瞬目線をどこかにやってから頷いた。
「転校生ちゃん!楽しもー!」
「え、あの、えっと」
本当に良いのか。何故か気が引けて顔を上げると目があって微笑まれる。
『中途半端でごめんね、羽風さんと楽しんできてもらえるかな?少し連絡をしないといけないから…合流できそうなら連絡するよ』
「……わかりました」
『羽風さん、よろしくお願いします』
「任せて♪じゃ、転校生ちゃんどこ行こうかー!」
促されて足を進める。なんとなく振り返るとこちらを見送っていたらしい彼と目があって手が左右に振られる。人波に揉まれてあっという間に見えなくなって、胸がざわつく。
「大丈夫」
落ちてきた声に顔を上げると羽風先輩が普段とは違う笑みを浮かべていた。
「あの二人なら大丈夫だよ」
なにか言おうと思って、言葉にならなかったから飲み込む。
「……羽風先輩がそういうなら。…あの、羽風先輩は呼びだされたんですか?」
「朔間さん経由で紅紫くんに誘ってもらったんだよね。転校生ちゃんと遊園地デートのチャンス!ってさ」
「ええと、」
「本当に俺はそれだけ。ただ君と楽しく遊びたいだけだから。………さ、どこ行こうか!」
妙な間の後にいつの間に用意していたのかパンフレットが開かれる。あまり頭に入ってこない文字。首を横に振ってから指した。
「ゴーカートに乗りたいです」
「うん!いいよ!」
ほっとしたように笑った羽風先輩に、きっとこれ以上私が何かを言えることはないんだと気づいてしまう。
「俺もよくわかってないけど…今はあの二人に任せて俺達は少し羽を伸ばそう」
「………そう、ですね」
背を押されるから頷く。押されるままに目的地に向かうことにした。
.