あんスタ



1


小さな悲鳴が聞こえた気がして、思わず足をそちらに向けて駆け出せばそこにはこの場所で滅多に見ることのない長い髪が上から降ってくるところだった。手を伸ばしてその体を受け止めれば重力も手伝った重みがかかり、勢いを殺すように足に力を入れながら一緒に倒れた。

『っ、』

打った腰と背中に声を上げそうになってしまって、歯を食いしばる。その際に力を込めてしまった腕に上に乗ったその子が身じろいだ。

痛みを逃すように息をしたあとに目を開けると天井が映って、体を起こせば一緒に抱きかかえてたその子も起きる。覗きこんだ顔は驚きからか目が丸くなっていて、目が合ったから笑った。

『大丈夫?』

問われている意味を理解できなかったのか、固まったままのこの子に向ける笑顔を苦笑いに変えざるをえなくて、仕方無しに目を逸らして拾おうとした視線の先に映ったそれに眉根を寄せる。落ちてる二人分の鞄。俺の物じゃない鞄は開いていたのか中身がひっくり返っていて、そこから飛び出している汚れたノートと衣服。ゆっくりと視線を戻せばしまったとでも言いたげな表情が目についた。

『コレ、誰にも言ってないの?』

唇を結ってまっすぐ俺を見据える。

仲がいいわけではないし、どちらかと言えば俺たちとこの子は相容れない存在に近かったから積極的に関係を持ったこともない。逆にTricksterを始めとしたほとんどの在籍ユニットと面識のあるこの子からすれば馴れ合わない俺達のほうが異色のはずで、証拠に俺の名前を知っているかどうかも怪しいだろう。

本来なら俺から首を突っ込むのはルール違反だけど、今回ばかりはそうも言っていられない。

『少し、手を出してもいいかな?』

得意の笑顔を向ければ万人受けするはずのそれに表情を固くされ、逃さないように手を取った。

『僕からすれば君に何が起きたとしてもあまり気にしたことではないんだけど、君に何かがあることで影響が出る可能性がある』

仕方無しに表情をいつもどおりに戻して紐解くように言葉を紡ぐ。

『例えば君に何かがあったとして、遊木くんが気に病んだとする。それに気づいた瀬名さんがモチベーションを崩せばKnightsだけでなく、面識のある人間の調子が狂うかもしれない。これはただの仮定にすぎないから、本当はそうならないかもしれないし、もっと酷いことになるかもしれない』

せっかくここまで立て直したのに、横やりが入れられるのだけは避けたい。

どうせこの子に嘘を言ったところでいつかはバレるだろうし、考えるのも時間の無駄だから真っ直ぐ見据える。相手の目に映る俺は無表情に近かった。

『現状の君が彼らの中でどれだけの存在なのかはわからないけど、君に僕達の重ねてきたものを崩されるのだけは困る』

諦めたような、悟ったような、俺が引かないことに驚いているくせに表情を変えないからあの天祥院さんが面白がって手を伸ばす理由が少しわかったような気がする。

『君は僕のことを嫌いかもしれないけど、利害の一致と割り切って一時的に付き合ってもらえないかな?』

「………………わかった。…それで、何をすればいいの?」

静かに、それでいて芯のある声が踊り場に響いて、俺達の協定が結ばれた。





「転校生ちゃん!」

授業が終わって、元気な声で呼びかけられる。すっかり定着した転校生呼びもなんだか親しみを覚えてしまっていて、否定せずに顔を上げれば遊木くんがお疲れ様と笑ってた。同じように帰り支度をして近寄ってきた氷鷹くんと明星くんにもお疲れ様と挨拶をして鞄を肩にかける。

いつもならこのまま練習のために別の場所に向かうけど、今日はみんなのスケジュールを考えて久々に用意した休息日だった。

「何するか決めた?」

「いつもレッスンしていたからな…急に休みとなっても何をすればいいのかわからない」

「あ!じゃあさ!みんなで遊び行こーよ!最近全然行ってなかったじゃん?」

「いいねいいね〜!じゃあ衣更くんも集まったら五人で行こっかー!」

手を上げてにっこりと笑った明星くんに賛成する遊木くんと氷鷹くん。盛り上がっている三人になんて声をかけたらいいかわからなくて、転校生はどこがいい?とキラキラした目で振り返られると言葉が詰まってしまった。

言葉を返そうとして、どう切り出そうか悩めば明星くんが大きな目を不思議そうに丸くしてぱちぱちと瞬きをする。

こんこんと響いたノックにはっとして顔を上げると黒髪が揺れてて柔和に笑った。

『ごめんね、待たせちゃったかな?』

まだ残っていたクラスメイトの目線が音源のその人に向く。あれ?っと首を傾げる遊木くんたちにごめんね、今日は用事があるからと横を抜けて向かいに立った。

「あ、ううん、全然。…お疲れ様、です」

『うん、お疲れ様です』

妙に敬語混じりになってしまうのは事前情報とつい先日の出来事のせいでできてしまったぎこちなさによるもので、あまりに私の肩に力が入ってるからか苦笑している。そんな表情でさえ絵になるから現役のアイドルは凄いななんて思ってしまって、表情はそのままに扉押さえて一歩足を引いた。

『じゃあ行こうか』

「うん」

教室を一歩出てから振り返り、ぽかんとしてるさっきまで話していた三人に手を振ってから扉を閉める。ようやく遮られた視線に自然と息を吐いてしまえば三歩離れたところにいたその人は小さく笑い声を転がした後に足を進めた。

歩調を合わせてくれているのか早足にも大股にもならないで横に並べる速度で歩く。気の使い方が瀬名先輩や遊木くんのようにスマートだなぁと思いながら歩き、そのまま靴を履き換えて校舎を出た。

学校の敷地を出ると同時に眼鏡をかけた隣のその人。小さな仕草や気の配り方が瀬名先輩と似てるというか、でも、かけているシルバーフレームの眼鏡がなんとなくどこかで見たことがある気がするのは私の気のせいだろうか。

首を傾げながら黙々と歩いていって、最寄りの駅につく。促されるまま改札口を抜けて、ちょうど来た電車に乗り込んだ。放課後とはいえまだ普通の学校なら部活をしているような時間だからか人が少ない。席は空いているけど別に座るような距離でもないからそのまま近くの鉄棒を掴めば同じように吊革を持ったその人は窓の外を眺めてた。

会話をするほど仲が良好なわけでも、お互いを知ってるわけでもない。だからなにも言葉を交わすことがなくて、なんとなく横顔を眺める。

手入れのされた黒髪は赤みが強くて、黒髪というよりは紫にも見える。対象的に肌は白くて、毛先や襟元から覗く喉と同じ色だから焼いたことがなさそうだ。携えるように緩く弧を描いたままの口元。濃い色の瞳を縁取る長い睫毛は少し伏せるだけで頬に影を落とす。

ちらちらと周りから視線を受けていても気にしていないのかそっちを向くことはなくて、不意に揺れた車内に思わずぐらつけば体が支えられた。

『座らないの?つくまでそれなりに長いよ?』

下げられた眉尻に純粋に心配されているのはわかったけど首を横に振る。そうと頷くと支えてた手を離して一度扉から離れる。

さっき揺れたのは停車駅についたからだったらしく、扉が開いた。降りる人と乗り込む人。乗り込んできた三人組のうちの一人にぶつかってふらつくと背中がまた支えられて、今度は深々と息を吐かれた。

『お願いだから、座ってもらえるかな?』

有無を言わせない表情に背筋が寒くなって、仕方無しに頷いて指し示された席に腰掛ける。スカートに皺が寄らないように手で折り畳み、膝の上に鞄を乗せて、少し視線を上げた。

向かいに立つでも隣に座るでもなく、さっきと同じ場所に立って今はなにか携帯を操作してる。時折眼鏡の下に指を入れて目を擦るのは睫毛がレンズに当たって違和感があるからかもしれない。

不意に視線を落としたことで目があって、微笑まれる。

『どうかした?』

「………なにも」

首を横に振れば特に気にした様子もなくまた携帯に目を戻した。

私も視線を逸して手元に落とす。

【紅紫はくあ】この人の名前はふとした瞬間に、それはもう色んな人の口からいたるところで耳にした。

遊木くんいわく、とても優しい人。
氷鷹くんいわく、理解できない人種。
衣更くんいわく、天才。
朔間先輩いわく、信頼しきってはいけない人間。
深海先輩いわく、綺麗で優しいこども。
瀬名先輩いわく、気味が悪い、弱い弟。
斎宮先輩いわく、美しく繊細な生き物。
蓮巳先輩いわく、優秀で利口すぎる後輩。

上げれば、キリがない。

直接評価をしていたわけではないけど、時折逆先くんも目で追っていたりするから無視できるような存在じゃないんだと思う。そうでなければさっき教室であんなに視線を鋭くするわけがない。

彼の所属するユニットは方向性の違いからか私がプロデュースさせてもらったことはない。極まれに私の手伝ったイベントに参加しているようだけどそれも恐らくは単位のためで興味を惹かれたからとかそういうわけではなさそうだ。

B組の、更には特定の人と話しているその人は周りの壁も手伝ってか少し閉鎖的で、あの時私の落とされた先にいなければ、この先も付き合うことはなかったのかもしれない。

小さな揺れと適温に保たれた車内。少し離れた場所に座る高校生たちの声は耳につくものの、あまり気にならなかった。視線が下がった先の自分の手を見つめているうちに瞼が重くなってきて、瞬きの回数と目を閉じる時間が長くなる。そのたびに顔を上げるけど自然と落ちていってしまってを繰り返して、どれぐらいそうしていたのか、小さな揺れのあとに前に影が立って目を開ければその人は微笑んでた。

『次で降りるよ?』

居眠りしてしまったことに少し恥ずかしさを覚えて、頷いて立ち上がろうとすれば肩を押されて椅子に戻る。

『危ないから止まるではそのままのほうがいいよ?』

にっこりと笑われれば否定することができなくて、駅につき揺れがおさまったところで立ち上がった。

流れに乗って電車を降りて、そのまま隣を歩く。複数の路線がまとまっていて乗り換える人が多いのか、足早に歩く人たちの波。帰宅ラッシュの時間も被っているせいかだいぶ人が多く、ぶつからないよう気をつけて歩けばいつの間にか隣を歩いていたはずなのに見失っていて、思わず足を止めそうになったところで手を取られた。

『こっちだよ』

少し強く手を引かれて一緒に波を抜ける。駅ビルの一つの一つに入ったのかお店が並ぶその場所は賑わってはいるけどさっきの人波とは比べ物にならないくらい穏やかで、思わず息を吐けば小さな笑い声が落ちてきた。

『急に引っ張ってごめんね?もうすぐでつくから、行こうか』

またゆっくり歩き始めて、だいたい十分くらい。通り過ぎていくお店や道に目を奪われているうちについたそこはひっそりとした路地裏にある喫茶店で、躊躇いなく扉を開けるとからんからんと鈴が鳴った。

押さえられてる扉に礼を言って中に入れば入ってすぐ、目の前にレジとショーケースがあって中にケーキが並んでる。後ろから入ってきたその人は中から出てきた店員さんに会釈すると慣れた様子で奥に入っていく。進んだその先には木でできたテーブルやチェアが置かれていて、窓際の二人がけの席に腰掛けるから目配せされたとおりにだいたい真反対の位置に設置されてるもう一つの椅子に座った。

ゆるいクラシックがほんのりと耳に残るくらいの音量で流されていて、向かいのその人は眼鏡を外すとケースにしまって鞄に入れる。顔を上げたと思えば微笑んだ。

『作戦会議を始めようと思うんだけど、ケーキは何がいい?』

「え?」

『うん?』

こてりと首を傾げると髪が流れて首筋が顕になる。白い肌に目を瞬いてから差し出されてるメニューと言われた言葉。いつの間にか横に立つ店員さんに意味を理解して目を落とした。

「……えっと…モンブランで」

『飲みものは?』

「…紅茶にします」

「温かいものと冷たいもの、どちらもご用意できますがどちらにいたしましょう?」

「ぁ、温かいのでお願いします」

「はい、かしこまりました」

にこにこと笑う店員さんはアイドル科の人たちにも負けないくらい整った顔立ちをしていて、私のオーダーを聞くとそのまま去っていく。あれ?と顔を上げれば特に何も頼んでいないはずなのにその人は気にした様子もない。

さてと用意したらしいタブレットから目を上げた。

『いくつか情報を整理させてもらえればと思うんだけど、いいかな?』

「……うん」

うっすらと微笑んだ表情はとても柔和で人当たりがよく見える。

『ありがとう。それじゃあまず、犯人に心当たりはある?』

「………わからない、けど、この間のは緑色のネクタイの人でした」

『その前には、何かあったの?』

「…学園の外で、みんなに近づかないようにってちょっとだけ囲まれて……」

『へぇ』

「たぶん、うちの学校の別学科の人達で、いろいろ凄まれたけどそれだけでした」

『別学科か…』

一瞬目を伏せたのはなにか考えるためにだろう。何をしても絵になるのは日頃から見られてることを意識してるからだろうなぁと思っていれば足音が近づいてきて、顔を上げた先にはトレーを持った店員さんがいた。

ポットとティーカップ。モンブランの順で私の目の前に置かれて、向かい側にはアイスコーヒーが置かれる。先ほどと同じ店員さんのはずなのにその人はさっきとは似ても似つかないくらいにんまりと笑った。

「珍しいなァ?」

『……ふふ、人目につくと困るんです。いつもお世話になってます』

「はぁ、どいつもこいつもウチを密会所に使いやがって…純粋にケーキ食いに来てくれんのは白くんだけだっつーのォ…」

深々と息を吐いた後に首を横に振って、眉間に皺を寄せると向かいの彼の頭を撫でてからごゆっくりと離れていく。撫でられたことで混ざった髪を少し摘んで戻すその横顔はどこか緩んでいて、驚きからか目を瞬くと気づいてしまったのかもとに戻った。

『ごめんね?話を戻そうか』

タブレットをなにか操作したと思えば私に視線を戻す。

『大体でいいんだけど、いつからかわかる?』

「直接的なのはほんとうに最近…ここ一週間くらい。少し前から手紙とか物が無くなったりはあって…あ、それは一ヶ月くらい前からだと思います。………ただ、」

『うん』

「物言いたげな視線を向けられてたり、みんなのライブが終わったあととか、最中とかに睨まれたりとかか、わざとじゃないのかもしれないけどぶつかられたりしてたのはよくあった」

『………それは最初のうちから?』

「…結構序盤から」

『そう』

一度区切りをつけるように彼がアイスコーヒーに手を伸ばすから私も思い出してカップに口をつける。ふわりとした香りがする紅茶は天祥院先輩や紫之くんが用意してくれる紅茶のようでとても美味しい。小さく息を吐いて入っていた力を抜く。一緒に用意されたモンブランにフォークをさして、一口サイズに切ってから運べば栗の渋みとクリームの甘さがとても合ってた。美味しいと思わず零せば向かいで影が揺れて、嬉しそうに笑ってた。

『口に合ったようでなにより。ここのケーキは美味しいらしいから、好いてくれる人ができて嬉しいよ』

アイスコーヒーをかき混ぜて笑う。言い回しにふと違和感を覚えて口に出した。

「食べたことないんですか?」

『うん、ないね』

にっこりと笑う彼の手元のアイスコーヒーはブラックのようで、あわせる甘味もないからもしかしたら甘いものが好きじゃないのかもしれない。大神くんと一緒だなぁとぼんやり考えながらモンブランをもう一口食べて、フォークを置いた。

咀嚼して、飲みこんで、一拍置く。

「………ありがとう。もう大丈夫です…続けてください」

『うん、わかった』




転校生ちゃんが紅紫くんと学校を後にしたことで、一部始終を見ていたA組のみんなは固まってた。

あの明星くんでさえぽかんとしてるからどうにかならないかと視線を迷わせれば、氷鷹くんも同じ表情でとても厳しそうだ。突き刺さってくる後ろからの視線にさり気なく主を探せばそこには無表情に含みをもたせた複雑な表情をしてる逆先くんがいて、ああ、なんだか嫌な空気。

どうしようか、どうしたら打破できるのだろう。ただただ時間が過ぎていって、時計の長針がとても早く進んでいってた。顔を見合わせた乙狩くんと神崎くんが首を傾げて何か言おうと思ったのかこちらを見る。

だだだと足音が近づいてきて、スパーンっと大きな音を立てて開かれる。いつかにもあったような光景に、今回は緑色じゃなくて黄色がそこに立ってた。

ぐるりと視線を探らせて、たまたま目についたらしい僕で止める。

「はーちゃん見なかった!?」

凄まじい剣幕にひっと声を短く上げてしまって、どきどきとうるさい心臓を抑えながら言葉を吐いた。

「見、見たけど、もう帰っ」

「はーちゃん一人だった?!」

「ひひひひとりじゃないよ」

「差し支えなければ教えていただけるととても助かるのですが、どなたと一緒でしたか?」

「?!」

いつの間に現れたのか、すぐ横にいた赤色に目を瞬いて、明星くんですら瞬間移動?!と目を白黒させてる。扉のところにいたはずの檳榔子くんも僕のすぐ近くにいて、代わりに扉のところにはぴりぴりとした空気をまとった椋実くんと木賊くんが立ってる。後ろには困った顔をした衣更くんがいて、目が合うと後ろの扉に回って中に入ってきた。

「落ち着けよ、な?」

「僕達はとても落ち着いておりますよ?」

にっこりと笑う柑子くんは不気味で、そんなことよりも!と声を荒げた檳榔子くんが強い目つきで僕を見上げた。

「はーちゃん!誰と!帰った?!」

思わず涙目になる僕にはっとした氷鷹くんが首を傾げる。

「て、転校生とだが…?」

「はぁ?」

扉の方にいた木賊くんが苛立ちげに声を上げて、すぐさま椋実くんと携帯に目を落とした。

「なにやってんねんあの阿呆。ほんま救いようない馬鹿や」

「何故自ら渦中に…はくあの考えることはわからない」

むっと唇をへの字にする二人に檳榔子くんが焦り気味に声をかける。

「はーちゃん見つかった?!」

「まだや。…ちっ、携帯の電源落としとる」

「………GPSも駄目だ。部室に置いていかれてる。気づかれてたか…」

「僕のほうでも引っかかりませんね…となると人目を避けて行動しているのかもしれません」

一部恐ろしい単語が聞こえたような気がする。四人の会話に引いてるのは嫌でも聞こえてきてしまってる神崎くんと乙狩くんで、僕と衣更くんは苦笑いをこぼす。GPSって探偵みたいだねーと明星くんは目を瞬き、氷鷹くんが頷いた。

ぴりぴりとしてる四人に空気が異様に重くなっていって、あっと思うより早く明星くんが近寄っていった。

「ねぇねぇ。コッシー、どうして転校生と帰ってったの??」

「わからない」

椋実くんが携帯から視線も上げずに返す。答えてくれないと思ってたのかぱちぱちと瞬きをしてからじゃあと首を傾げた。

「どうしてそんなに焦ってるの?」

「…はくあの単独行動は別に珍しいことではない。だが、一緒に帰ったことがとても問題だ。だから俺達は焦っている」

「転校生と帰ると、なにがまずいんだ?」

乙狩くんが不思議そうに聞き返すとはぁ?と木賊くんが眉根を寄せる。

「なにがて、あの子と一緒におったら、はくあ関連で標的にされるかもしれんし、逆にはくあが標的にされるかもしれんやろ?はくあのことは俺らで何とかするけど、自分らあのお姫さん囲ってるんやったらお姫さんのことはきっちり守りぃや。こっちに火の粉かかったらただじゃおかへんで」

「火の粉…?」

「はくあもはくあや。なんで次から次へと問題に首突っ込んでくん…馬鹿なん?死ぬん?」

ぶつぶつと文句を吐く木賊くんはもう僕たちの様子を見てない。四人はもう用が済んだと言いたげに教室を出ていくため扉にむかう。不穏な空気に何か口にしようとして、ねぇと代わりに言葉がかけられた。

「探すの手伝うカラ、君たちの持っている情報を教えてヨ」

ずっと黙って様子を見ていた逆先くんは木賊くんに視線を合わせて見つめる。声をかけられた四人のうち、木賊くんはちらりと柑子くんを見て、檳榔子くんは椋実くんを見上げた。

椋実くんと柑子くんが目を合わせて、柑子くんが手元の端末に目を落とすから椋実くんが口を開いた。

「それは逆先にとってどんなメリットがある」

「君たちの情報をもらえるのは得以外の何物でもないと思うけド?」

「俺達の持っている情報が、本当に逆先にとって有益な情報になるかもわからないのにか?」

「そうだネ。でも僕は、君たちの持つその情報は僕にとってとてもほしい情報の一つだって確信していル」

「…どうやってはくあの場所を探り当てるつもりだ?」

「占いは願い事を叶えたり未来を見たりするだけじゃない。失せモノ捜しにだって昔から使われているヨ」

じっと真意を図るように、お互い目を逸らさずに無表情で淡々と言葉をかわしていてぴたりと二人とも口を閉ざす。嫌なじっとりとした空気に妙に喉が渇いて、空気を動かしたのは顔を上げた檳榔子くんだった。

「しーちゃん。GPSでも人海戦術でも見つからないはーちゃんを探すには占いでもなんでも、使うしかないと思うよぉ」

「俺達の情報を対価にするだけの成果があるのか?」

「さぁ?そんなのわかんない」

首を横に振ったあと檳榔子くんはその大きな瞳で逆先くんを見据えて目を細める。

「でももう猫の手も借りたいくらいに僕達行き詰まってるんだから、この際ちょっと非科学的なことだって使わないとはーちゃん見つけられないでしょ?」

がんっと大きな音が響く。机に右手を振り下ろしたらしい木賊くんはあー!と叫んだ。

「本気ではくあのやつ隠れとる…ごっつ腹立つ………っ!夏目!占いでもなんでもええ!はよ見つけてあの馬鹿に一突きいれてやらなぁ気ぃ収まらんわ!」

頭を掻き乱して騒ぐ木賊くんに逆先くんがにんまりと笑って、椋実くんを見上げた。

「交渉成立だネ」

「ああ。逆先の成果が出る出ないに構わず、俺達は協力してくれるのであればそれに限り見返り分だけの情報を提供しよう」

相変わらず無表情の椋実くんはまた携帯に目を落として、逆先くんは近くの机に座る。机になにか置き始めたのは見覚えがあるようなないような、とりあえず日本製ではなさそうな縦長のカードで、カードを切りながら逆先くんはちらりと僕達を見たあとに口を開く。

「君たちが焦ってるのは、子猫ちゃんが一緒だからってことだけど、その口振りじゃあ、子猫ちゃんが要因ってことでしょ?」

「うん。だって今のあの子、置かれてる場所がすっごく不安定で何が原因で爆発するかわからない状態でしょ~?だからはーちゃんには絶対に近寄ってほしくなかったの」

「不安定?」

手を止めて、束を等分しはじめた。真意を図るような目で檳榔子くんを見据えて、当人の檳榔子くんは視線を気にもとめずいつの間にか開いたパソコンを叩く。

「不安定でしょ、あんなの。危なっかしい。一人でどうにかできるならあれでもいいと思うけど、囲まれたら男だって危ないのにあんな細い女の子じゃ見てられないよ。よく耐えてるほーだとは思うよぉ?でも周りに話さないのって良くないよねぇ~」

「………なんの話?」

「なんの話って…?……大体僕はああいうふうになる前に対処したほうがいいって言ったのに、………あー!もう!こっちも駄目ぇ!はーちゃんのばかぁあ!」

僕のこと嫌いなんだぁあ!!とパソコンに額をぶつけて呻く檳榔子くんは話が続けられそうにない。逆先くんは六等分にしたカードを前に息を吸って、吐いた。

「………檳榔子の話、続き」

「最近は抑えが効かなくなったのか、派閥が動きはじめて実害が出るようになっているではありませんか?ですから特にはくあくんには関わり合いになってほしくな………はぁ、こちらも駄目です」

もっと潜ってみましょうか…と難しい表情でもう一台の携帯を取り出す。忙しなく操作してるから柑子くんも口を挟む余裕がなさそうで、山にしたカードを一枚めくった逆先くんは唇をゆって、もう一枚捲る。

「派閥ってなんのことかな」

「ああ、すまない。派閥というのは俺達の中での位分けだ。便宜上そう呼んでいる。目立つのは三年B組の三人組と一年A組の五人だろうな。だが、俺は三年A組の二人組もなかなかに姑息でうざったらしいから即座に潰すべきだと考えている。…しかし、最近は普通科のほうも殺気立ってきているし、流石にそろそろ対処するべきだと思うが…どうする気なんだろうな?」

「……………君たち、どこまで把握してるノ?」

「大まかに、深くはないが何かあったときに即撃退できるくらいには掴んでいる。はくあに1ミリでも危害が加わる空気に変わるようならば再起不能になるまで潰す気だ。……駄目だ、俺の方も引っかからない」

ふむと息を吐いて首を横に振る。それでもまた視線を戻して端末を睨みつけるから逆先くんはカードを捲りながら、最後、完璧にふて腐れてるらしく携帯を投げ捨ててる木賊くんを見た。

「僕には理解できない部分があったんだけど、説明してもらえるノ?」

木賊くんはへの字口に親指を当てていて、目があったのか息を吐き首を傾げる。

「どこのことや?」

「派閥とか、実害とか、なんの話なのサ」

「はぁ?」

諦めたのか端末をおいた木賊くんはどこか非難するような目で僕達を見て、見渡したあとに誰一人として理解できてないことにまた息を吐いた。

「あの転校生、嫌がらせされてるやろ?それが最近悪化してきて見てて危なっかしいてのが前提や。自分らと一緒にいるところならまだなんとかなる。せやけどぱぺ…puppeteeerの人間と一緒におるところ見られるのはいただけへん。今でさえ命綱なしで綱渡りしてるようなもんなのに、その綱を揺らされとるようなもんやん?」

ちゅーか火ぃつけられてるっていうんか?とわかりやすい例えを探そうとしている木賊くん。一発目に口に出された文にすでにパンチを食らっていた僕達は目を丸くさせていて、逆先くんですらカードを捲ろうとしてた手を止めてた。

「今、なんて…」

「火ぃつけられてるて話か?」

「その、前」

「ぱぺのことかぁ?身内の恥晒すみたいで嫌やけど、まぁぱぺの同担拒否は冗談抜きで流血沙汰になるからなぁ。せやからあの転校生が巻き込まれるの可能性もあるし、それだけとちゃうくてはくあまで標的にされたら危ないゆーて、」

「それはそれで気になるけどその前!!え?!転校生ちゃん嫌がらせされてたの?!いつから!?」

思わず会話に割り込んだ僕に木賊くんははぁ?と首を傾げて眉根を寄せる。

「何を今更…いつからて、最初っからやろ、あれ」

「最初、から?」

「ねちねちねちねち……。芸能界らしく陰険なやつらが多いからなぁ。センパイらも何回か躱したりしてあげとったみたいやけど、まぁ当人が言わなぁ手ぇ出しづらかったんやろ。歯がゆそぉにしとったし…でも最近の嫌がらせは直接的なの増えてきたみたいでこの間も囲まれとったりとか、あれ放っとくともっとエスカレートするんとちゃう?」

そろそろ実害でてもおかしくなさそうなんやけどなぁと零した木賊くんに背筋に冷たいものが這って、ばんっと大きな音がした。両の手を机に叩きつけたのは神崎くんだったらしく、目を見開いて四人の方を見てた。

「貴殿らはいつから知っていた!」

「いつからぁ…?情報収集したら出てきたことやしなぁ、割と序盤からなんとちゃうか?なぁ?」

「そうですね。僕がはくあくんに対して規制をかけたのが夏頃ですし、その前からですよね?」

「ん〜、たぶん六月くらいじゃなーい?」

「ろく、がつ?」

唖然とした神崎くんに椋実くんは不思議そうに瞬きをして、無表情のまま口を開いた。

「今までの怠惰な安寧を崩されたことに対してのアイドル科の底辺たちの謂れもない恨みは元から燻っていた。ちょうどよく、的になりそうな女子生徒がいればそれは格好の餌食だろう。更には男子生徒しかいなかったアイドル科にプロデュース科という別学科の試運転とは言え、女子生徒が一人だけいるんだ。普通科からの妬みもかうに決まっている」

「な、に、それ」

言われていることの意味がわからない。固まった僕達に四人は首を傾げていて、明星くんがかろうじて言葉を溢し、逆先くんは手からカードを落とした。

乙狩くん、氷鷹くんが息を止めて、神崎くんが視線を揺らす。

「なら、転校生殿は?六月から嫌がらせを受けていて…今も、その脅威は去っていない、と……?」

「そうなんじゃなぁい?だってあの子自身、どうにかする気なさそうだし?」

「あの方から言わなければ、朔間先輩たちも動こうにも動けませんからね?」

「悪縁ほど切りにくいものはないとはくあも言っていたからな。さっさと処理す、」

言葉を遮るように大きな音が響いた。

神崎くんの両手は机に叩きつけられていて、肩は震えてる。ゆっくり顔を上げた神崎くんは強い目で四人を睨んでいて、力の込めすぎで白んだ両手をもう一度叩きつけた。

「何故、何故貴殿らは知っていながら手助けしない!」

「え?なんで僕たちが助けるの?」

「知っているからだろう!転校生殿が危機に晒されているのに何故助けなかった!」

「はぁ………?事態は把握しておりましたが、誰かから依頼されたことでもありませんし、わざわざ僕達が手を貸す必要性はないでしょう?」

「大前提として俺達はきちんとはくあに害が及ばないように対策は整えていたんだ。一体何故神崎は怒っている?意味がわからない」

「何を言って…正気か貴様ら!苦しんでいる人がいるというのに、助けないなど人道に反するだろう!!」

平行線だと思った。怒る神崎くんに三人は不思議そうな顔で首を傾げて、ただ一人、木賊くんが唇を曲げて息を吐く。

「ごちゃごちゃと戯れ言抜かすな。俺らにとって唯一ははくあや。それ以上もそれ以下もないし、ましてや見知らん転校生でもない。困っとる奴探して駆けつけるほど俺らは暇やないし、慈善事業家でもないんや。唯一を優先するのが当然やろ」

不愉快だと眉根を寄せる木賊くんに神崎くんは刀を抜いて、乙狩くんが止めるよりも先に振るう。その瞬間に木賊くんが身を反らして避けたあと、いきなり踏み込んで距離を縮めた。凄まじい反射神経に神崎くんが体制を整えるよりも早く、伸びた手が胸ぐらと手首を掴んで締め上げた。

「…なぁ…今の今まで気づきもしなかった自分のことを棚に上げ過ぎなんとちゃう?あんな少し調べれば出てくるようなこと知らんかったのは自分らの怠慢の結果やろ。無能さを人のせいにしてこれ以上鬱憤ぶつけてくるゆうんなら、容赦せんで」

瞳孔が開いた木賊くんは完璧にキレてて、どう考えても歯止めがきかなそうだ。縋るように見つめてしまった先の三人はやれやれと息を吐いていて、檳榔子くんが頬杖をついた。

「僕はくーちゃんの言うとおりだと思うけどなぁ。僕は皆より人並みの道徳観は持ってると思うけど、ヒーローでもないし、僕ははーちゃんのためにいるだけだから。そんな他人に対してのボランティア精神を求められても困っちゃうよ」

目が据わっている檳榔子くんに背筋が冷たくなる。同じようにどうでも良さそうな表情の椋実くんが無表情に近いその顔のまま息を吐いた。

「手を貸したところでこちらに利があるとも思えない。彼女は優秀のようだが俺達には必要のない才能だ。助けたその後の処理にかかる手間を考えれば、俺達にとってマイナスになることが確実だろう。それならば依頼された訳でもないのに手を出すのは無意味だ」

「ええ。…それに、神崎くんのその理念でお話をするのであれば、僕達だけでなく皆が困っている人間の全てに手を差し伸べ、救い上げなくてはなりません。……僕達に善意を求める貴方は、生を受けてから今に至るまで、すべての人間を救い上げてきたのでしょうか?」

にっこりと笑った柑子くんも目が据わっていて直視してしまう前に目を逸らす。冷や汗が止まらない。

木賊くんは柑子くんに声をかけられて締め上げていた手を離す。神崎くんは即座なその場からとびのいて距離を取った。険悪な空気、眉根を寄せた神崎くんが息を吸った瞬間にそこまでとストップがかかった。

みんなの動きを止めて視線を奪ったのは逆先くんで、落としてしまっていた最後の一枚を捲る。

「君たちの主張はわかったヨ。たしかに関わり合いのない人間が不幸だからって全てを救い上げられるわけじゃないんだから、無理に手を出さないのだって理解できる」

「そうですか、話が伝わったようで何よりです」

柑子くんがあまりににっこりと笑う。今度は氷鷹くんが話そうとして止められた。

「僕達はただの高校生で神様じゃないんダ。起きている出来事に対して動く動かないはその人の勝手だヨ」

「だが、転校生だぞ?」

「相手があの子と考えるからそうなるんだ、所謂、主観の違いだネ」

乙狩くんの言葉に首を横に振る。例えばと口を開いた逆先くんは僕に標的を定めたようで、じっと見つめられた。

「一度も話したことがない相手が目の前以外の別の場所でいじめられていると知って、その情報だけでわざわざ駆けつけてまで手を貸すかい?」

「それは、………」

「……彼らにとってのあの子の立ち位置はそういうことサ」

息を吐いて瞼をおろす。さっきまで静かに憤っていた木賊くんも、怒っていた神崎くんも耳を傾けてた。

「目の前で起きた出来事ならばまだしも、ただの情報として知っただけで動こうだなんてそれは偽善者や後先を考えられない人間だけだろうネ。誰だって自分や自分にとっての一番が大切で、それ以外は二の次になるはずダ。自身が被害を被ってまで見知らぬ人を助けに行く奴なんて滅多にいないヨ。ましてや、その行動のせいで自身だけじゃなく自分の大事な人が危険な目に遭うかもしれないのに、他人を優先なんて出来るノ?自分ができもしないのに、それを人に強要するのは、傲慢以外の何物でもなイ」

結ばれた言葉に神崎くんは目を丸くしていて、木賊くんは瞼をおろし柑子くんの隣に戻る。明星くんと氷鷹くんはなんとも言えなそうな顔でお互いに目を合わせていて言葉を発さない。衣更くんは神崎くんと乙狩くんの背を叩くと息を吐いた。

「俺達は、大切なものは違うだけでやってることは一緒だろ。大切な人に危害が及ばないように努力するし、大切な人が危険に晒されれば怒るし、助けに向かう。自分の大切なものは自分で護らないとって話だ」

「、衣更殿。……しかし…」

「価値観の押しつけは争いの元だ。神崎と木賊たちは大切なものが違う。それを受け入れるのも否定するのも構わないけど、我を通すって言うならそれ相応の根拠と覚悟を持つべきだ。今の神崎は、木賊たちの紅紫が一番大切って気持ちを別の人間に置き換えろって言ってるようなものだ。神崎だって紅月や部活、大切なものがあるだろう?それを今から置き換えられるか?」

「それは………」

言葉を失って頷いた神崎くんに衣更くんはホッとしたように息を吐いて今度は向こう側を見た。

「木賊たちだって別に目の前で起きた出来事に関しては別って感じで言ってるんだし、見て見ぬふりではないんだろ?」

「まぁ、流石に後味悪いからねぇ〜。この間は服汚れてたからジャージ貸してあげたよぉ?僕偉くない??」

「はい、とても立派ですよ、黄蘗くん。……朔間先輩の情報提供と相談は僕が請け負っておりますし…そろそろ強制排除の予定でしたからね?」

「案外皆手を貸しているんだな。そもそも俺は遭遇率が低いんだが…見つければ守沢先輩か三毛縞先輩に連絡を入れるくらいはしているぞ」

「はくあ、あーゆー小賢しいのむっちゃ嫌いやしなぁ。いつかこーなりそうやからって転校生に危害及ばんよう逆に絡まんようしとったくらいやし、俺らん中じゃはくあが一番気ぃかけとったんとちゃう?」

柑子くんに頭を撫でられて目を閉じたまま、さっきよりも随分とおっとりとした口調で木賊くんが告げる。椋実くんも檳榔子くんも、柑子くんも同意する言葉を吐いて、さてと椋実くんが顔を上げ空気を切った。

「かなり話が脱線してしまったな。それで、逆先、はくあの居場所は掴めそか?」

「あ、」

「そうだ、コッシーと転校生の場所!」

思い出したみたいに短い言葉を溢した氷鷹くん。明星くんは逆先くんの手元のカードを覗き込んで、逆先くんは首を傾げた。

「一応、これが占い結果だけど…本当にここにいるのかナ?」

カードと、照らし合わせられた地図に全員が目を見開いて、同時に通知音が鳴り響いた。

「っ、はぁ」

「あーあ」

「なるほど」

「ちっ」

音源は椋実くん、檳榔子くん、柑子くん、木賊くんで、携帯に目を落とすなり全員がそれぞれの表情を浮かべる。

「柑子」

「情報規制が突破されました。一緒に僕達のまとめていた資料が消されており、朔間先輩へ応対要請をあげたようです」

「黄蘗」

「明日は一日用事ができたからレッスン含めすべて予定は繰り下げだって」

「木賊」

「誰も傷つけんかったのは偉いけど、全員、もうちょいオブラート包んで話せて。…シアンは?」

「これはおそらく黄蘗の続きの文だな。明後日は話し合いに変更だ」

眉根を寄せていたと思うと揃って顔を上げてじっと視線が一箇所に集まった。

なんとなく釣られて僕達もそちらを見てしまって、その先にはいつの間にいたのか、存在感をまったく悟らせなかった伏見くんがにっこりと笑ってる。

「ふふふふふふっしー!?」

「い、いつの間に…?」

「序盤から見守らせていただいておりました」

一度礼をしてみせた伏見くんの右手には携帯が握られていて、椋実くんが深く息を吐いた。

「はくあにすべて流していたのか」

「はい、一時間ほど前に紅紫様からお願いを承っておりまして、ご依頼内容はもしも校舎を出るまでに衝突があった際、皆様の一部始終を撮影し、動画をお届けしてほしいとのことでした」

「なるほど。流石はくあだ。俺達の言動は想定済か……それで三毛縞先輩からも連絡が来たわけだな」

感嘆してるような、納得してるような、頷いた椋実くんは手元に視線を落とす。

「あ、待て……、伏見、…一部…始終…撮っとったって…?」

「はい」

木賊くんは目を丸くして、口を開けたり閉めたりしたと思うと顔を覆った。

「ああああああかん、あかん、俺、俺さっき、」

「あ、」

「あー」

「ああ…」

三人は木賊くんの様子を眺めて思い当たったのか、固まったと思えば一番に檳榔子くんが笑った。

「あははは!!くーちゃんガチデレしたの、はーちゃんに筒抜けだねっ!!」

「ああああ!!消せ!もう今すぐ跡形もなく消せ!!」

「申し訳ございません、既に紅紫様に送付済となっておりますので厳しいかと思われます」

「んんんんんっ!!」

耳まで真っ赤にして悶える木賊くんに、柑子くんは微笑ましそうに頭をなでて、檳榔子くんはそれはもうとても楽しそうに笑い転げてる。

椋実くんは首を横に振りながら息を吐いて首を傾げた。

「伏見、はくあの居場所は知っているのか?」

「ご期待に添えず申し訳ございませんが、位置情報までは存じ上げておりません」

「なら逆先が占った場所に向かうしかないな」

携帯をしまった椋実くんと目を合わせた柑子くんは木賊くんの頭をなでながら頷く。

「そうですね。ほら、木賊、いい加減に諦めなさい」

「うう、」

「黄蘗くんも、あまりからかわないでくださいね?」

「はぁーい」

出していた携帯をすべてしまい、鞄を持ち直す。項垂れてた木賊くんはまだ少し赤い顔で唇を噛んでいて、柑子くんに背を押されながら歩き始めた。四人が出ていって、足音が聞こえなくなる。固まって一連の流れを眺めていた僕達に伏見くんが動いた。

「おや、皆様は紅紫様と転校生さんの元へ向かわれないのですか?」

「……僕は占ったものの結果を見届ける義務があるからネ。失礼するヨ」

カードを片付け終え、箱にしまった逆先くんは鞄を肩にかける。飛び跳ねるように荷物を持った明星くんが逆先くんを追いかけて教室を出ていった。




.
59/83ページ
更新促進!