あんスタ
『え、なんで俺が』
ぽかんとしたあとにぐっと眉間に皺を寄せた。初めて見る表情のオンパレード。その瞬間瀬名くんが噴きだして、これまた珍しい物を見た気がする。
『…何笑ってるんですか泉さん』
「しろくんの反応がおもしろいから?」
楽しそうな瀬名くんにそれは眉間の皺を更に濃くした。
1
三年が卒業間近のこの時期にアイドル課にはいくつかの特別なイベントが発生する。
その一つが、逆指名プロデュースだ。
ホームルームにて概要が伝えられ、そこからは自身でプロデューサーを探して交渉しないといけない。
大抵が後輩のもとに向かうが、一番に浮かんだ顔がわんこでもアドニスくんでもないのは、なんて薄情なのだろう。
教室を出てきたところを捕まえられて、空き教室に連れ込む。あからさまに嫌そうな表情をしてるそれは首を横に振った。
『嫌です、本当に嫌です』
「いやです。『いえす』か『はい』いがいにかいとうはうけとりませんよ?」
「むしろ指名してやるのだから感謝するのだよ」
[よろしくね♪]
ゴリ押す方向らしい二人に手元のマドモアゼルが微笑む。
「くまくんとなるくんに頼んだら何しでかすかわからないし、ゆうくんの手を煩わせるのは可哀想でしょ?」
『俺は可哀想じゃないんですかね』
「僕、君の事が気になっていたんだよね♪」
『…僕、会長に何かしたことありましたか…?』
まさか混ざると思っていなかった天祥院くんの笑みに表情をそげ落として、深く息を吐いたあとにじとりとした目でこちらを見上げた。
『うるさいです』
「何も言っておらんよ?」
『視線が、煩わしいです』
「気のせいじゃないかのう?」
『はぁ…』
素を知ってからというもの、あからさまになった態度は少々雑にも思える。
首を横に振り、ため息を吐いて、少しの間をおいて見えた赤い目は不服そうではあったが迷いはない。
『…もしも、お受けするのであれば斎宮さんですね』
「どうしてだい?」
間髪入れずに不思議そうな顔をした天祥院くんの問にそうですねと視線をまた下げる。
『まず、朔間さんを選んだら大神がうるさいので無理です。深海さんと絡むのはめんどくさい、嫌だ。天祥院さんは論外。そもそも選ぶなら泉さん一択ですけど、これ以上朔間くんと鳴上が煩わしくなるのは控えたいから無し。そうすると影片となら穏便に済むだろう斎宮さんかなぁと思ったんですが…』
ちらりと視線を向けた先につられれば、物陰から殺気に近い鋭い視線を投げつけてる夏目がいた。
気づいたように目を丸くする奏汰くんと宗に両手を叩き全員の視線を戻して、それはもう美しく笑った。
『僕は自分が可愛いのでお断りさせていただきます』
にっこり笑ったそれが立ち上がるとほぼ同時、近寄ってきたユニットの子の一人が腕を組んで、もう一人は隣に立った。
「はーちゃんもういい?」
『うん、いいよ。待たせたね』
「木賊と柑子も捕まってるから構わない。俺達は先に向かおう」
椋実くんに先導され、檳榔子くんと共に教室を出ていく。こちらに一瞥もくれず消えていったそれに心臓が痛んだ。
「おやおや、残念」
天祥院くんは断られることを前提としていたように笑ってあっさりとこの場を離れる。恐らくはユニットの後輩の元に向かったのだろう。
「うーん、しかた、ありませんかね?」
「……………」
ひどく残念そうに肩を落とした二人も俺に手を振って離れた。
残された瀬名くんは唯一、にんまりと笑ったまま携帯を片手に教室を出ていく。
一人空き教室に残されて、息を吐いた。近くにあった椅子に座ろうとしたところで目の前に誰かが立つ。俺よりも少し低い身長。揺れた灰色の髪の下から覗く瞳が俺を射抜いてるようだった。
「おっかけねーのかよ」
「……断られて、しまったからのう」
「あ?」
低くなった声。どうにも機嫌の悪そうなわんこは眉間に更に皺を寄せた。
「何簡単に引き下がってんだよ、アンタそんな奴じゃねーだろ!」
「…引きどころの見極めをしただけ、」
「ふざけんな、俺の知ってる朔間先輩はんな腑抜けじゃねぇ!」
唐突に吠えるから、ぴりりと肌に触れる空気が鋭くなる。
「そもそもなんも伝えてねーじゃねぇか!んなんでフラれたとか言ってんじゃねぇぞ!」
「、」
「勝負もしねぇで逃げた負け犬の世話なんて、俺もアドニスもしねぇからな!」
吠えるだけ吠えて、勢い良く扉を開けて出ていく。扉が叩きつけられた音に空気が張り詰めて、取り残された俺はいつの間にか止めてしまっていた息を思い出せば噎せてしまった。三回咳き込んで、息を整える。
ネクタイを握りしめて、目を瞑り、携帯を取り出した。
あまり使わない電子機器のそれには、いくつかの連絡先が入っている。迷わず操作をして呼び出した番号に発信すればすぐに受け取られて繋がった。
「どこに行けばアイツに会える?」
電話の向こう側の彼は笑ってから簡潔に部屋の名前だけを告げた。
携帯をしまって教室を飛び出す。早足で廊下を通り抜け、階段を降りて、校舎の外れにあるそこには遅いと携帯を片手に笑う瀬名くんと宗、奏汰くんがいた。
「諦めてなかったんだ?」
「諦めるっつーか、まだ何も言ってねぇから、伝えに来た」
「へぇ?」
片眉だけを器用に上げた瀬名くんは携帯に再び目を落とす。
不意に視界の端で何かが動いて、隣の宗が笑った。
「あの子に対しては奥手な君がらしくないね」
「…別に奥手じゃねーよ」
「ふふ、だれにせなかをおされたんでしょう?」
「俺様の熱狂的ファンだ」
目を逸らしたところで瀬名くんが携帯をしまって動く。ポケットに手を入れたと思うとそこからキーケースを取り出して、慣れた手つきで鍵を差し込んだ。
「ほら、さっさと中入ってよね」
開いた扉をくぐり、我が物顔でいる瀬名くんに一瞬呆けてしまい、慌てて続く。中にはまだ誰もおらず、冬らしく冷えた室内にはいつもの暖かさはなかった。
瀬名くんは空調の電源をつけるとどこかに消えて、戻ってくれば片手にペットボトルを持ってる。椅子に腰掛け、新品らしいミネラルウォーターを開けると口をつけ、ねぇ、と視線を突き刺した。
「言っとくけど、俺は俺のためだけにしか動かないから。アンタたちは自力で彼奴を説得してプロデュースしてもらわないといけないんだからねぇ?わかってる?」
「はい、もちろんです♪はくあには『ぼくじしん』がおねがいしてうなずいてもらわないと『いみ』がありません」
「アレには僕をプロデュースすることの尊さを学んでもらわないといけないからね。…あの子には、そろそろ僕の願いを叶えてもらわなければならないのだよ」
にこにこと笑う奏汰くんと静かに微笑んだ宗も同じように腰掛ける。
立ったままの俺に視線が集まるから噛んでしまっていた唇を解いた。
「いい加減、俺のことを見てもらいてぇ。俺はもう、一人で立って歩けるって、アイツの庇護を受けなくてもいいくらいにしっかりしたってわからせたい。これは、そのための第一歩だ」
いつの間にか握りしめていた手のひらが震える。ぱちぱちと音でも出そうなくらいに瞬きをした宗と奏汰くんは顔を合わせると眉根を寄せた。
「零、それはアレに直接伝えるべきだろう」
「とうとつにそんな、はくあへの『あいのこくはく』をされましても、ぼくたちにはなにも『おへんじ』できませんよ…?」
「んな?!告白じゃねぇよ!」
「そうにしか聞こえないのだよ…」
熱くなった体に頭を振って、落ち着くために近くにあった椅子に座る。気のせいでなければ頬が熱くて、火照っているであろう頬ごと顔に両手をつけた。
「あはは!さっくん先輩大胆だね!」
聞こえてきた明るい声に顔を上げる。そこには彼奴と一緒にいたはずの檳榔子くんがいて、隣には柑子が微笑んでた。部室の出入り口は背後にあり、開いた様子はない。
「ど、どうやってここに、」
「裏口から回ってきましたので普通に裏口から、でしょうか?」
「……いつから、聞いて…?」
「セッちゃん先輩がツンデレ発揮してみんなが一言ずつ宣誓したところからだよ!」
「ああああ!!??」
膝から崩れ落ちれば柑子が穏やかに笑って紅茶でも淹れましょうと扉の向こう側に消える。檳榔子くんは宗と奏汰くんに挨拶をして、瀬名くんにツンデレじゃないし!と怒られながら笑ってコートを脱いだ。
「ツンデレでしょぉ?セッちゃん先輩ってばほんとに素直じゃないよね〜」
「はぁ?アンタの目節穴じゃないの?」
「んー、見てはないから、耳がおかしいってことになるのかな??でも僕は、先輩のしてること全部素直じゃないなぁって思うんだけどしーちゃんはどう??」
「ああ。俺達にはくあを遠回りさせるよう指示をして時間を稼いだ上で、悩んでいる深海さんと斎宮さんを回収し、朔間さんを伴って部室に足を運んだ。更には自身が憎まれ口を叩いて全員の意志を強く、再確認させているんだから瀬名さんは自身のため以外に働きすぎていると思うな」
「は、」
「だよね〜。さすがにさっくん先輩の告白は予想以上だったみたいだけど、やる気確認してあげて〜とかすごく優しいよねっ!」
どこからか現れた椋実くんに瀬名くんが固まる。檳榔子くんと同じようにコートを脱いで鞄を下ろすと、少し離れたところにある椅子に腰掛けて本を広げた。檳榔子くんも棚から何かを取って、椋実くんの横の椅子に腰掛ける。棚から取り出した籠から菓子を取り出すと口に運んで笑った。
かちゃりと音が聞こえて開いた扉。目を向けると緑色の髪が揺れてる。
「なんや、むっちゃ人多いなぁ!」
「はくあくんのお客様ですから無礼がないようにお願いしますね、木賊」
戻ってきた柑子はトレーにカップを乗せていて、俺達に三つカップを並べると中心にポットと砂糖を置く。そのまま離れた場所にいる檳榔子くんと椋実くんにもカップを渡して最後に自身の分とおそらく木賊くんの分を並べた。
「はくあなぁ。じゃ、センパイらみんな逆指名プロデュースですか?」
「そうです♪」
「へー。あれ?せやけど柑子、はくあって……あ、えーと、断ったんやなかったっけ?」
椅子に座り、檳榔子の広げてるお菓子を一つ摘んで首を傾げる。問いかけられた柑子は目を細めて笑った。
「はい、予定通り一度断ったそうです。元から伝えられていたようにはくあくんなりに考えがあってのことだそうですから…時期と対人的な問題なので用事が済めばまた検討する余裕はできるとお話してましたよ」
「影片と鳴上と乙狩あたりはすぐに納得しそうだが逆先と朔間弟、大神はゴネそうだな」
「んー?そうかな?わんちゃんは案外あっさりオッケー出すんじゃない?なーちゃんと朔間くんはわかんないけどね?」
「はぁーん、来んの遅うなりそうやなぁ」
カップに注がれたお茶を飲んで息を吐いた木賊くんに檳榔子くんがかもねーと笑う。もう一つお菓子を口に運んで、こちらを見た木賊くんは瞼を下ろす。とても落ち着いた実年齢以上の笑みを浮かべた。
「けど、はくあが準備しとったもんが無駄にならなそうでよかったわ」
「事前の予想がここまで当たると中々怖いものもあるがな」
「はーちゃんだから、だね♪」
「それでは僕達はまた準備に取り掛かりましょうか。木賊、手伝ってください」
「ん」
「シアンくん、黄蘗くん、はくあくんがいらしたらよろしくお願いしますね」
「ああ」
「はーい!」
一礼して部屋を後にした柑子と木賊くん。残された椋実くんは読書を再開させ、檳榔子くんはハミングしながら携帯を触りお菓子を口に運んでた。
「…………」
会話の内容が気になったのは俺だけではないはずだ。それなのに宗と奏汰くんは用意された紅茶を美味しそうに飲んでいて、瀬名くんはどこから取り出したのか鏡で身だしなみをチェックしてる。誰も触れないから余計気になってしまって、気持ちが落ち着かないでいればそっと目の前にお菓子が置かれた。
「さっくん先輩、もうちょっとではーちゃん来れそうだから待っててね!」
「う、うむ、ありがとう」
渡たされた棒状のお菓子は筒になっていて中にチョコレートが入っている有名なもので、一本つまみ上げて口に運ぶ。食べなれないそれを食していれば扉が開いた。
じっと俺達を見定めたと思えば眉根を寄せて纏う空気を固くした。
『………どういうことですかね、これ』
「ひぇ、はーちゃん怒ってる♪」
「キレてるな」
一人はもぐもぐとお菓子を食べながら笑い、もう一人はちらりと視線を寄越しただけで手元の本に目を戻す。酷く淡々としているようで事態を楽しんでるそれになんとなくそれと同じ匂いがした。
俺達を見て眉根の皺を深くしたそれに瀬名くんは鏡をしまうと笑う。
「俺としろくんの仲だからいいでしょ?」
『ここは俺の城なんで、俺がルールなんですけど?』
今にも火花が散りそうな二人の間に立ち上がった奏汰くんが割り込んだ。
「ちあきとこどもたちにいちどえらんだのならつきとおしてこそ『ヒーロー』とせなかをおされてしまいました!…ですからはくあ、もういちどおねがいします。ぼくを『ぷろでゅーす』してください」
手を取って真摯に見つめる奏汰くんにたじろいで一歩足を引く。ふらついたそれの肩を支えた宗は鼻を鳴らした。
「執着するのは醜いとは理解しているけれど、君にしか頼めないことなのだよ。…小僧はかわいい後輩だからね。僕のわがままに巻き込むわけには行かないだろう?」
手を離して向かい合う。手元のマドモアゼルが可愛らしく揺れた。
[宗くんも私も、最後はあなたと一緒にいたいの。嫌かしら?]
「あの時契約した…マドモアゼルと僕の幕引きを、君にお願いしたい」
『、』
息を詰めたのは見定められたそれだけじゃなく、俺もだった。奏汰は少しだけ寂しそうに笑っている。思わず固まってしまった俺の袖を誰かが引いて、見ると瀬名くんが顰めっ面で俺の背を押した。
たたらを踏んで前に飛び出す。押し出された先には硬直してたそれがいて、転びそうな俺に慌てて手を伸ばし支えた。
驚きで丸くなっている大きな目が俺を映して、息を呑む。ブレザーを摘んで、聞いて唇を解いた。
「俺は、お前と対等でありたい」
『え?』
「きちんとステージ上の俺を見てほしい。だから、その、」
震える手に力を込めれば握りしめているブレザーに大きく皺が寄ったのが見えた。息を整えてから目を覗き込む。
「……昼間のお主を見てみたくなったなんて、それじゃ駄目かのう?老いぼれの最後の願いじゃ」
逃げが出てしまったのは理解できた。きっとあとでみんなにネタにされるであろうそれはどう届いたのか、目の前のそれは視線を下げる。ブレザーを掴んだままの俺の手を丁寧に解いて三歩下がって距離を取った。
視線を彷徨わせ、一度唇を結う。嫌な沈黙が流れて、それはいつもと変わらない笑みを浮かべた。
『俺がやるからには、俺がルールです。…ちゃんということ聞いてくださいね?』
躊躇いなく吐き出された言葉に脳が追いつかない。固まった俺と奏汰くん、宗に瀬名くんは笑ってマドモアゼルが揺れた。
[嬉しい♪頑張りましょうね!紅紫くん♪]
『こちらこそ、よろしくお願いします、マドモアゼル』
マドモアゼルの手を取り微笑む。やさしげな笑みに宗と奏汰くんも表情を緩めせて、俺も詰まってしまっていた息を吐いた。
「じゃあ早速、よろしくねぇ」
『はい、こちらこそ。では方針でも決めていきましょうか』
「きみのかんがえていたのはどんな『すてーじ』なんですか?」
奏汰くんの問いかけに一旦落ち着きましょうと席につく。詰め寄ってしまっていた俺も、宗も倣って腰掛け、不意に檳榔子くんと椋実くんか立ち上がり隣の部屋に向かった。
扉が閉まったのを確認するとそれはにこりと笑ってタブレットを取り出す。
『僕は四人の印象とは少し違うもので用意させていただこうと思っていました』
左上にそれぞれの名前、それとコンセプトらしき単語とモチーフが記されてた。
「えーと、ぼくは……わ!れいといっしょですね!」
「僕と瀬名がペアなのかね」
「へぇ、俺と斎宮は赤系統ねぇ」
「我輩は奏汰くんと青系…?」
『系統はまとめていますが、実際はそれぞれもう少し分かれます。大まかなテーマはこの通り。そこから少しずつ変えていく予定です』
タブレットに指を滑らせて目を輝かせる奏汰くんと宗。瀬名くんはじっと眺めていたと思うと顔を上げて目を合わせた。
「ここまで固まってるんだ?」
『はい』
「それにしてもこのテーマ…面子も予想してたとおり?」
『ご想像にお任せいたします』
二人の会話に再度手元に視線を落とす。俺と、宗と、奏汰と瀬名くん。それぞれの名前と作り込まれた衣装イメージやテーマは数分ではできないような見栄えでどこから準備していたというのだろう。
きっと聞いたところで答えは返ってこないだろうから衣装を眺めて、はたと自分に割り当てられた衣装に目を瞬く。
「の、のう」
『いかがなさいましたか?』
「この衣装はすでに作られておるのか?」
『ええ、もう着手しておりますが…』
「………我輩の衣装、足が出ると思うんじゃが…気のせいかのう?」
「…僕もだね」
「ぼくもですねー」
「あ、俺もじゃん」
自身に割り当てられた衣装を見直した三人にそれは不思議そうに首を傾げた。
『それがなにか?』
当たり前のような口調に固まったのは瀬名くんと宗で、俺も息が詰まる。奏汰くんは珍しいですねーと笑っていて、それの服を瀬名くんが引いた。
「俺もう十八なんだけど、わかってる??」
『えっと、存じ上げてますが……?』
「僕は180cm以上あるのだけど?」
『ええ、身長が高いだけじゃなくて、手足も長くて羨ましいです』
にこにこと笑ったそれに二人は固まって、奏汰くんとそれが不思議そうに目を瞬く。変な静けさが背中をせっついてくるから唾を飲んで口を開いた。
「…………我輩にいたってはもうすぐ成人じゃし、一般的に膝丈のズボンを履くような歳ではないと思うんじゃけど…」
ぱちぱちと音でも出そうなくらいに瞬きをして見せて、奏汰くんと顔を合わせたと思えば笑う。
『そんな気にすることありませんよ、みなさんなら似合います』
「似合う似合わないではないのだよ!」
『大丈夫ですよ。似合うものを用意してますから』
「そういうことじゃない!!」
「………これは…驚くほどに平行線な気がするのう…」
立ち上がった宗と瀬名くんに、主張が理解できないらしく不思議そうな顔で会話するそれに頭を抱える。とんと肩が優しく叩かれて顔を上げれば奏汰くんが澄んだ目でこちらを見てた。
「えっと…れいも『きにいらない』んですか…?」
「気に入らないというか…我輩、その丈の服を着ていい歳ではなかろう?」
「そうでしょうか?『にあう』とおもうんですけどね?」
「似合うではなくて…ううん」
「絶対に!この丈は着ないから!!」
『え?もっと短くしますか?たしかに三分くらいでもいける気はしますね』
「ノン!!何故短くしたのだよ!長くするに決まっているだろう!」
『でも七分ですと足元のデザインが変わってしまいますし、お二人の足の長さだとバランスが取りづらいと思うんですが…』
「十分で!良いだろう!」
『良くないですよ。せめて六分ですね』
「い!や!だ!!」
『どうしてですか?絶対似合いますよ?』
「だぁかぁらぁ!似合うとか似合わないとかの話じゃないってば!しろくんの鈍感さはなんなの?!ちょーうざぁい!!」
勢いに任せて叫んだ瀬名くんにまた不思議そうな顔で瞬いた。
『鈍感ですか?』
「鈍感というか、一般論で考えてほしいのだよ。従来、この年になると五分以下の丈は履かないだろう?」
『うーん?法律で決まっているものでもありませんし、着る人が少ないだけです。別にその人に似合っているのであればいいと思いますよ?』
「そりゃあアンタが用意して俺が着るんだから似合わない訳ないでしょ!でもこの丈は嫌!」
『わがまま言わないでくださいよ』
「嫌なものは嫌!」
『さっき俺がルールって言ったばかりだと思うんですが……』
「それとこれは別!」
『駄々こねないでくださいよ…』
眉尻を下げて息を吐くとタブレットに目を落とす。二人のデザインを眺めて、画面を指の先で叩いたと思うと目線を上げた。
『仕方ありませんから、五分丈か下になにか合わせるかであれば譲歩いたします』
「たとえば?」
『そうですね…たとえば………』
宗と瀬名くんがタブレットの画面を覗き込み、手元で何が起こっているのかこちらからは見えなくなってしまう。
最初から話に混ざっていない奏汰くんは仲がいいですねと三人の様子を見て笑っていて、そうは見えないがと微妙な顔をするしかなかった。
三人は話に話してようやく合点がいったのか満足そうに二人は頷いてそれは一人疲れたように息を吐く。タブレットに指を滑らせたあとに首を横に振って、顔を上げた。
『そうしましたら、ご存じだとは思いますが皆さんのプロデュースをサポートする面子の紹介をいたしますのでこちらへどうぞ。一緒にこの城の中も軽く案内しますね』
「はぁ〜い!」
待ってましたと言わんばかりに立ち上がった奏汰くんに頷いて扉を開く。とても広いこの建物の造り。その先は仮眠室とは別らしく初めて踏み入れる部屋で先程他の子らが中には行っていった場所だ。
促されて入ったそこには大きめのテーブルと椅子が並んでいて、広げられた布や壁にかけられた洋服。敷かれたカーペットに直で座り、膝の上のタブレットを覗き込んでいた木賊くんが顔を上げて笑った。
「あのはくあが折れるんなんてセンパイらすごいなぁ!!どんだけ押したん??」
「…はぁ。木賊、先輩に失礼ですよ。言葉を慎みなさい」
こちらをキラキラした目で見てくる木賊くんに柑子は息を吐いて首を横に振る。今にも落としそうなくらいに不安定な膝の上のタブレットを取り上げた柑子は床に置き直して未だ目を輝かせてる木賊くんに再びため息をついた。
「二人ともそんなのいいから!はーちゃんが笑ってる!怒ってるよ!!」
「手が止まってるぞ。お前らそんなに3倍にされたいのか?」
城と称すだけあって、役割が分かれているであろう部屋に、ここは衣装部屋なのだろう。既製品だけではなく、今もそうだが彼ら四人がせっせと手を動かして布を編んだり縫ったりしている。
どこか宗の拠点にしている被服室にも似ているここで、宗は周りに飾られた衣装を見ていたと思うと彼らの手元を覗いて更に表情を和らげた。
「おや、実物で見ると中々繊細なデザインなのだね」
[みんな手先がとても器用ねっ♪]
黒のレースを編む木賊くんと檳榔子くん。椋実くんは作られた型紙のとおりに次々と布を裁ってる。
「裁縫も入部テストに入っておりますから」
ふふと笑った柑子に首を傾げたのは奏汰くんで、合点が行ったように笑った。
「紅紫くんの創ったこの天文部には入部テストというものが用意してありまして、合格しない方は遠慮していただいてるんです。その一つが裁縫です」
「『てんもんぶ』なのにおさいほうをするんですか?」
「はい」
微笑んだ柑子に誰も否定しないから本当のことなんだろうと頷く。
両手を叩いて音を立てたそれに全員が視線を集めた。
『一応、形式的に紹介を始めます。今回プロデュースさせていただくのは瀬名さん、朔間さん、斎宮さん、深海さんの四人』
タブレットを片手にすらすらと言葉を並べていく。
『続いてはこちらの体制ですが、まず、基本的にレッスンを手伝うのはシアンと柑子です』
「補佐を勤めさせていただきますのでよろしくお願いします」
「俺はダンスを中心に見させてもらいます」
柔く笑んだ柑子と無表情のシアンくんは揃って頭を下げてあげる。次にと目を逸らしたところで、はい!と大きな声が聞こえた。
「僕は衣装制作と舞台演出担当だよ!なにか気になることがあったら言ってね!よろしく!」
レース編みを一度やめて明るく弾ませた声で宣言した檳榔子くんは返答を見てからまた編み物を再開する。
『最後、皆さんの補助を行うのは木賊です』
「あんまこういうんはガラとちゃうけど、精一杯フォローしますからよろしく頼んます。……細かいこととかには向いてないんですけど、まぁ、はくあに言いづらいことあれば俺に言ってください。代わりに直談判しますぅ」
ひらひらと手を振って笑うとまた手元に目線を落として作業を始めた。
順番に視線を移していって、最後、残ったそれに目を戻せば外で見るような整った笑顔を繕った。
『紅紫はくあです。まず、引き受けておいてなんですが…僕は序盤、少し立て込んでいるのでレッスン自体にはあまり顔を出せないと思います。ただ情報の共有などはこまめに行っておりますのでご安心ください』
丁寧に一礼するとそれではと目配せをする。いつの間にか消えていたらしいシアンくんと柑子くんが何かを机に並べていて、紙とペン。それと体操着のような飾り気のないシャツとパンツだった。
『軽いアンケート回答を頂いた後に着替えていただき採寸、確認を行いますのでご協力お願いします』
指定された席に腰掛けてアンケートを手に取る。ワードのようなもので作られたらしいそれはデジタルの文字で、テストでも受けてる気分だ。中身を読んでチェックを入れたり、言葉を書き込む。大体全員が同じタイミングで終わればアンケートが回収され着替えるように案内された。
更衣室代わりにそれぞれ部屋が分かれる。俺にはいろんな意味で馴染み深い仮眠室が割り当てられ、さっさと着替えてから元の部屋に戻った。
「頼んだよぉ、しろくん」
『ええ、もちろんです』
何か相談をしていたのか近い距離で話していた二人が頷いて離れる。たったそれだけで胸がざわついてしまい、着替え終わったらしく飛び込んできた奏汰くんがいなければ何か余計なことを口走ってしまっていたかもしれない。
「こうもサイズがぴったりな物を用意されると気味が悪いのだよ」
『皆さんの大体のサイズは把握していますから』
意味深な笑顔を浮かべて流す。そのまま次はこちらへと扉が開かれて進むと鏡張りの部屋が広がった。
奏汰くんが目を瞬いて首を傾げる。
「これは…すたじお、ですよね?」
『改造したスタジオ“風”の場所です。あくまでも“風”ですから、防音性は本物と比べると劣ります。けれど軽い練習なら問題ないので安心してください』
さらりと言ってのけるが、天文台に防音室がある意味がわからない。そもそも仮眠室や簡易キッチン、裁縫部屋がある時点で異空間だろうと思い出して息を吐く。感覚が随分と麻痺しているらしい。
同じことを思ったらしい俺達四人に苦笑いを浮かべた。
『気を取り直して…僕は用がありますので一旦席を外させていただきます。その間は柑子とシアンが代わりをいたします』
礼をして部屋を出ていたそれに椋実くんと柑子が目を合わせる。
一歩前に出た柑子がにっこりと笑った。
「早速ですが発声テストからはじめさせていただきます。歌っていただくのはこちらの二曲です。もしご存じでなければ遠慮なく申し付けください」
提示されたのは有名な演歌。男のものと女ものの一曲ずつ。曲選に意外性はあるものの、演歌は声量やリズム感、テクニックを測るためだろう。フルはともかく、知らないものはいなかったらしく、一度デモを聞かせてもらって歌詞を追えば把握できた。
30分後に順番に呼ぶと一度部屋を出て行った二人。
自由に使ってくださいと置いてかれたプレイヤーは音を再生しろということらしい。誰かの私物なのか、色も柄も個性が目立つそれは四つ。
その中で白色の見目は綺麗だけれど相当使い込まれてるそれを持った瀬名くんは首を傾げた。
「珍しいこともあるんだねぇ」
「なにがですか?」
「これ」
目を落としたその白いプレイヤーの表面を指でなぞった。
「しろくんが私物を貸すなんて、天変地異の前触れかもね」
事無しげにあっさりと言い放った瀬名くんに妙な違和感を覚えて、少し考えてみるけど理由は見当たらない。宗も奏汰くんも気にしてないのか近くにあったプレイヤーを拾い上げて自前のイヤホンを刺してた。