あんスタ


待ち合わせに指定されていた場所に向かうと、すでに相手がいるのが見えた。約束の時間まではまだ大分あるはずだけど、相手のほうが気合が入っていたらしい。

最初からマウントを取られてしまったような気がして、息を吐いてから表情を繕い扉に手をかける。来客を知らせる鈴が鳴って、中にいたその人の視線が上がる。鴨頭色の瞳は俺を映すなり細められた瞼に遮られて、弾けんばかりの笑顔を浮かべた。

「おはようございます!本日はご足労いただき誠にありがとうございます!」

『おはようございます。おまたせしてしまい申し訳ございません』

「いえいえ、まだ時間には余裕がございます!自分こそ暇を持て余していたからと言って早く着すぎてしまい、お待たせしないようにとは思っておりましたが、紅紫さんに気を使わせてしまったのなら申し訳ございません!」

相変わらずの言葉数の多さに笑顔を繕って返事は控える。

七種さんが慣れた動きで椅子を引くから礼を言って腰掛ける。大体真向かいにある椅子に腰掛けた七種さんは立てられたメニューをこちらに差し出した。

「紅紫さんは何にされますか?」

『紅茶にします』

「承知いたしました」

右手を上げて呼びつけた店員に俺の分と自分の分の飲み物を頼んで下がらせる。人の少ない店内はこの店の人の趣味なのかオルゴール調にされた楽曲が微かに流れていて、向かいの七種さんはにっこりと笑った。

「改めまして、紅紫さん。本日はお時間いただきありがとうございます。また、先日のタイアップもご協力くださいまして誠に感謝しております。我々は今回の企画の成功は貴方様のお力が大きいと考えております」

『こちらこそお声掛けくださりありがとうございます。ふふ。ご謙遜を。成功したのは紛れもなく皆様Edenの実力です。僕はただの飾りだったに過ぎません』

「ふふ、紅紫さんこそ、ご謙遜ですね」

二人で笑みを繕い合っていると飲み物が運ばれてくる。俺の紅茶と、七種さんのコーヒー。七種さんはコーヒーにミルクを淹れるとかき混ぜてから手を膝の上に置いた。

「Edenは今、閣下という絶対的王と比翼の殿下。そして近衛であるジュンに参謀の自分がおります。Edenとしてだけでなく、AdamとしてもEveとしても、コズプロの代表アイドルユニットであります。そこに揺らぎはございません。………つきましては紅紫さん_…」

今までの流れが切れる。じっと覗き込むように、絡みついてくるような視線が向けられた。

「我がコズプロに移籍されませんか?」

笑みを苦笑いに変えて、息を吸って吐く。

『唐突ですね?』

「以前よりお声掛けさせていただこうと思っておりましたが、中々タイミングが掴めず…この度は紅紫さんと仕事をご一緒させていただき、更にその意向が強く固まりましたため代表して自分がお誘いした次第です」

首を横に振った後に笑みを繕う。すらすらと言葉を吐く七種さんは視線を落とした。

「紅紫さんは他事務所からも引く手数多ですし、現在在籍されているプロダクションはとても大きく、知名度も歴史もある場所なのは存じ上げております。…我がコズミックプロダクションは新生ゆえ知名度、歴史は劣ります…けれど、勢力と実力であれば、差はないと断定できます」

強く言い切られる。表情を崩さないままにカップに手を伸ばして、口をつける。流し込んだ紅茶はとても美味しいけれど俺には合わなかった。

「閣下と殿下も望んでおられますし、ジュンにも良い刺激になると思っています。紅紫さんのお気持ちをお聞かせ願えますか?」

念押しのように上げられた名前に余裕ができる。小さく心の中だけで息を吐いて顔を上げた。

『七種さんは、僕がどうして今の事務所にいるのか理由を想像されたことはございますか?』

「……なんの根拠もない、自分のただの妄想でしたら…」

『差し支えなければお伺いしてもよろしいでしょうか?』

七種さんは驚いたような表情を見せて、眼鏡を直すと姿勢を正す。ゆっくり視線を上げると息を吸った。

「承知いたしました。……自分は、紅紫さんが以前ご加入されていたあのユニットが関係していると考えています。ユニットの強制解散後、押し寄せるメディアの脅威から元より友好関係にあったプロダクションの現社長であるあの方に保護されたのだと。そのまま所属されている理由は存じ上げませんが、入所されたのはそうではないかと考えておりました……」

こちらを気遣うような目線と声色。見つめられて笑みを繕い直した。

『ふふ、見られていたのかと思うほど差異がありませんね?』

「、」

『そうですね、七種さんは正解に限りなく近いですからもうこの際ほんの少しお話させていただきますが、大体そのとおりです』

どうしてか固まってしまった七種さんに一度手元の紅茶を口に含んでから開く。

『僕が入所したのは七種さんが考えられているので間違いがないでしょう』

「…………ならば、紅紫さんがそのまま所属されているのは恩義からですか?」

『うーん、どうなんでしょう。恩義もありますし…俺のためでもあります』

不可解だったのか、じっとこちらを見つめる七種さんに表情の筋肉を緩める。口角が下がったような気もしたけど言葉を吐き出すことで誤魔化した。

『俺は、この世界でしか息ができません。外では苦しくて、とてもではありませんが生きていくことができないため、ここに居続ける必要があります』

「……………それは、今の事務所でなければならないんですか?」

『さぁ…?…正直、条件さえ揃えばきっと、どこだっていいと思います』

「……その条件は、我がプロダクションだけでなく、他プロでも揃えることができないから、移籍はしない、と?」

『有り体に言えばそういうことになりますね』

もう一度紅茶を飲み込む。視線を落とした先にある時計はすでに長針が半周したところで、そろそろ本当の待ち合わせの時間だ。

七種さんは眉根を寄せて、きつくなってしまった目つきを誤魔化すように笑った。

「では、条件とは…紅紫さんが求められているモノとは、なんですか?」

ひくつく口角は笑顔の限界を物語ってる。

時間になる前に、この話は終わらせてしまうべきだろう。

『俺が俺でいられる場所であることです』

「それは、……?」

ほうけた表情にそれ以上何も続けずに笑みを浮かべる。考えるように視線を落としたから紅茶を飲み干して、ポケットの中で揺れた携帯にカップを置いた。

『…ふふ。深い意味はないと思ってくださって大丈夫です。……それで、申し訳ありませんが一つお願いしてもよろしいでしょうか?』

「、何をです?」

『今の会話の内容は、たとえEdenの皆さんに対してであったとしても内密にしていただけませんか?』

「それはまた、何故?」

『………恥ずかしいから、ということにしておいてください?』

からんからんと小さな鈴の音が響く。スキップでもするような軽やかな足音。それと一緒に落ち着いた足音が近づいてきて肩に腕が回された。

「紅紫くん!おまたせ!」

「ピッタリくらいにって話だったと思うんだけど…二人とも揃ってるなんて、遅れちゃったかな?」

にこにこと笑う巴さんと首を傾げる乱さん。その後ろからついてきた漣さんは意味有りげな目で七種さんを見据えた。

「茨、時間変えたんすか?」

「さぁ、なんのことでありましょう?」

「紅紫さん、ホントのとこはどうなんすか?」

『ふふ、皆さんと待ち合わせる時間に違いはありませんよ。すみません、皆さんが揃う前に先に飲み物に口をつけてしまって』

「うんうん!別に気にすることはないよ!ねぇ凪砂くん!」

「そうだね。何を飲んでたの?」

同じテーブルの席に腰掛けて笑う二人に七種さんは表情を作り直してメニューを差し出す。コーヒーと紅茶、それにケーキを見つけて目を輝かせる巴さんたち。

横の椅子が引かれて、ため息をついた漣さんが頬杖をついた。

「紅紫さん、茨に変なことされませんでした?」

探るとまでも言わずともこちらを見る目には疑心が浮かんでる。七種さんと俺を見比べる目に笑みを作り直した。

『大丈夫ですよ』

「嫌なこともっすか?」

『ええ、もちろん。むしろ僕の話を聞いてくださって…一緒にお話をして、少し、七種さんがわかった気がします』

「………ふーん。それ、」

「ジュンくん!ジュンくん!早く注文を決めてほしいね!何にする??」

「はぁ、おひぃさん声がでかいっす。えーと?」

つきつけられたメニューを眺める漣さんから視線を逸して向かいを眺める。何か言いたそうに表情をゆがめてる七種さんに、指を立てて口の前に置く。はっとしたように目を丸くして表情を繕い直したから安心して、注文が決まったらしく店員に声をかける巴さんたちの声に耳を傾けた。

「僕はアイスティー!ミルクはたっぷり!シロップはなしで良いよ!ケーキはショートケーキ!」

「えーと、俺は___………」

「紅紫くん」

不意に混ざった言葉に顔を向ける。呼びかけた張本人の乱さんはいつもより幾分も柔らかな表情で、口元を動かす。

「茨と、これからも仲良くしてね?」

一体、乱さんはどこまで把握しているんだろう。わかりやすく微笑むから頷いて笑った。

『もちろんです』



.
54/83ページ
更新促進!