あんスタ


「うぅーあー!!」

『?』

本を読むそれと背中合わせに座っていた月永くんは、唐突に頬をふくらませるなりうがーと声を上げてごろりと横に倒れた。

ごろごろとその場で二転、三転したと思えばばしばし腕を叩いて退かさせ、膝の上に頭を乗せる。ちゃっかり膝枕をしてもらって満足そうに笑うからそれは仕方なさそうに本を置いた。

「よし!」

『どうしたんです?』

「うん!やっと目があったな!」

『…読書していたんですから合うわけが無いでしょう?』

「そうだな!」

はぁと息を吐いてフリーになった左手を月永くんの頭にのせる。オレンジ色の毛を絡めて梳いていれば緑色の瞳を隠すように目を細めて口元を緩ませた。

「〜♪」

気分が良くなったのか、口ずさまれるその旋律は調子が外れているようにも聞こえるのになんでか馴染んで、耳から離れない。

不意にそれは微笑んだ。

『ふふ、懐かしい』

「だろ?」

普段の何倍も穏やかで柔らかな雰囲気に目を瞬いてしまい観察していれば赤色の瞳を隠した。

『〜、〜♪』

おそらくハミングの部類に入るそれは伸びやかで優しい声は聞いたこともないくらい透き通っていて、同じ旋律を歌っているはずなのに随分と雰囲気が違って聞こえる。

ぱちりと瞬きをして嬉しそうに笑った。

「お、乗ってくるなんて珍しい」

『ふふ、気紛れです』

「そうか」

手を伸ばしてそれの髪に触れた月永くんもハミングを再開させて音階の違う二つの音が重なる。まるで最初から重なることを前提に作られていたように合わさった曲はひっそりとした裏庭に響きわたっていった。

お互いに手を伸ばして髪にふれてはいるけど目を瞑っているせいで視線は交わらない。それでも妙に合ってる呼吸に胸のあたりが痛くなってきて、気づけば手のひらを心臓の上で握ってた。

ずきずきと疼くような、突き刺されてるみたいな感覚に眉根を寄せてしまう。

土を踏む音が聞こえてきて顔を上げると銀色の髪がふわりと揺れた。

「へぇ、珍しい。二人ともご機嫌だねぇ?」

ぱちぱちと瞬きをして首を傾げた瀬名くんに、近づいてきていたことを気づいてたのか月永くんは笑顔を向けた。

「セナ!セナもまざれ!」

「はぁ?」

「三人いなきゃ完成しないだろ!」

はやくはやくと手招く月永くんに顔を歪め渋る瀬名くん。

『泉さん、泉さん』

隣を叩いて微笑んだそれに観念したのかちょーうざぁいと口癖を吐いて、寄り添うように隣に座った。

「しょーがないやつら。………―♪」

満足そうに笑った月永くんと嬉しそうに微笑むそれを見て瀬名くんは息を吐き、呼吸を一つしてから音を紡ぎ出した。

合わせるように音を紡ぎはじめた二人。先ほどと同じ曲のはずなのに深みが増していて、全く違う曲に聞こえた。

さっき言っていたとおり、三人揃って歌うことが前提だったんだろう。奏でられる旋律は美しく繊細で、どこか聞き覚えがあるように思えた。

どこで聞いたのか全く覚えてはいないけど奥底にしまった記憶が主張を始めている気がして、なにか思い出しそうになった瞬間に音が崩れる。顔を上げると真ん中にいたそれが音を奏でるのを辞めていて、二人も連れられるようにして歌うのをやめてた。

どこか心配そうな顔をした二人に気づいていないのかぼーとしたそれは、不意に引き裂くようにして鳴り響いた音楽に目を丸くして慌ててポケットから携帯を取り出した。

『はい。…―え?あ―、すみません、はい。こんにちは光さん、ええ、元気ですよ?』

誰か確認しないで出たため耳に当てた瞬間に目を開いて、一度画面を見てから返事をしたそれに月永くんは未だに髪を撫でていて瀬名くんも同じように髪に触れてる。

電話の邪魔にはならないだろうけど気にはなるはずなのに、特に何を言うこともなく通話を続けてた。

『ちゃんと食べてますよ。昨日はシアンが泊まりに来てたのでシアンが作りました。ええ、朝もです。…今日はまだ考えてないですけど…』

妙に居心地が悪そうに話す様子を気に止めてるのは誰もいないらしく、その光さんという人と話す時のデフォルトなのだろう。

会話の内容がどうにも私生活に踏み込んでいて聞いてしまってることになんとなく居心地の悪さを覚える。

『え、今日ですか?そんなに用事はありませんけど…でも、忙しいんじゃ……―あ、待ってください、光さん…―はぁ』

どうやら切れてしまったらしい会話に携帯をしまえば息を吐いて、下がった視線の先で目があったらしい月永くんが微笑んだ。

「相変わらずだな!」

『…その笑顔、やめてもらえませんか?』

むっとしたそれはどうにも見たことないくらいに不貞腐れていて、隣の瀬名くんが息を吐く。

「光さんとご飯行くんでしょ?どこまで行くわけ?」

『本社に集合なのであっちだとは思うんですけど…』

「せっかくのご飯だろ!楽しんでこい!」

『楽しむというか…大丈夫なんですかね、光さん…忙しいって言ってたのに…』

「あーもう、あっちだって大人なんだから無理なスケジュールは組んでないでしょ。アンタが心配するべきなのはここから本社までの交通手段じゃないのぉ?」

頭を小突いて鋭い目つきで叱咤した瀬名くんに躊躇うような表情で頷いた。

『そう、ですね』

「特別に後ろ乗っけていってあげるから、必ず行くことぉ」

『…はい、…―ありがとうございます』

少し嬉しそうに笑ったそれに瀬名くんは鼻を鳴らして、月永くんも釣られたように微笑む。

「んん〜!霊感が湧いてきたぞ!いまなら4曲は行けそうだ!!」

「はいはい、じゃあ忘れないうちに武器を精製してねぇ」

用意周到に取り出された五線譜とペンを受け取って小さな音を立てながら次々と黒い点と線を書き込んでいく月永くんに、瀬名くんは息を吐いて顔を上げた。

「何時集合?」

『一応五時とは言ってましたけど…』

「ふーん、なら授業終わったら駐輪場まで真っ直ぐきて。さっさと出ないと間にあわなくなる」

『ありがとうございます』

「今度なんか作ってきてねぇ」

『はい、わかりました』

年上といるからか、それともこの二人とだからか随分と安心したように子供らしく微笑むそれにまた胸が痛くなる。

「………―はぁ、いつもこのぐらい素直だと可愛いんだけどねぇ」

深々としたため息のあと茶化すように続いた言葉に目を瞬いたそれは首を傾げた。

『俺はいつでも素直ですよ?』

「はいはい、そーだねぇ」

『冷たいですね』

「気のせいでしょ」




「ん、んん〜♪……違うのう…もっと…ん〜んん〜♪」

「なにやってんの、うるさいんだけど」

「!?」

声をかけられたことに肩を跳ね上げて振り返れば眉間に皺を寄せた凛月がこちらを睨みつけていてすこし恥ずかしくなる。

「お、起こしてしまったか?すまんのう」

「別に元から寝てはないけど…なに、カバーでもやるの?」

こてりと首を傾げられて今度はこっちが首を傾げた。

「カバー?」

「それ、今歌ってたの…なんだっけ、覚えてないけどなんかの曲だったやつでしょ?」

お菓子じゃなくて、旅行だっけ?あれ、違うかもとこぼす凛月におそらくCMやドラマの主題歌のことを指しているのだろうと見当をつける。

「あー、懐かしー。俺が小学生とかだっけ?探したら出てくるかなー」

気になってムズムズするらしく、すでに我輩のことは忘れて部屋に戻っていった凛月を見送って、自然と入っていた肩の力を抜く。

あの三人が歌っていたのがなにかの曲だとして、それを懐かしいと笑い合うのはどういうことなのだろう




お気に入りのスポットなのか、鼻歌交じりに紙にペンを走らせる月永くんを見つけて、声をかけようとしてやめる。

聞こえてきた足音は迷うことなくこちらに近づいてきて、月永くんを見下ろすように止まった。

『…………』

「お!随分と不貞腐れてるな!」

『…不貞腐れてません』

傍目にはさして変わらない表情を目にした途端に月永くんは笑い飛ばして見せた。

「光さんと飯食ったんだろ?」

『はい。食べましたね』

「なんだ?うまくなかったのか?」

『美味しかったです』

「ならなんでそんなテンション低いんだ?」

『……………』

どこか不機嫌そうで悲しそうなその表情に月永くんはやれやれと息を吐く。

「しょーがないやつだなぁ、ほら!特別に膝貸してやる!」

肩を掴み引き寄せ、難なく倒れ込んできたそれの頭を太ももの上にのせた。

手の届く距離になった髪に触れ微笑む。

しばらく撫でてたと思うとゆっくり覗き込んで首を傾げた。

「どうした?」

『………―光さん、また勝手に抜け出してたみたいです』

観念したようにぼそぼそと紡がれた言葉に月永くんはにかりと笑う。

「相変わらず元気な人だなぁ!」

『………――そんなに忙しいなら、俺なんか構ってないで少しでも休むべきだと思うんです』

「…それは違うだろ?お前に会うほうが休むより大事な用事なんじゃないか?」

『…………』

「セナも言ってただろ、光さんだって大人なんだから自分の限界くらいわかってる。光さんは無理なことは言わないって」

『…………――、』

何を口にしたのかわからないくらい小さく掠れた声に、聞き取れたのか月永くんはいつもと違ってえらく柔らかく笑った。

「おう!」

そのまま体制を崩すことなく大人しく膝枕をされて髪を撫でられてるそれは恐る恐るといったように手を伸ばして月永くんのブレザーの裾を握る。

「いい子、いい子。大丈夫だぞ」

気づいているのか嬉しそうに表情をくずしたあとにいい子いい子と小さな子どもをあやすような優しい声をかけた。

ぎりぎりと音を立てて締め付けられている心臓を握りしめても、痛みは収まらない。


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