あんスタ
2
天祥院くんとつむぎ、そして守沢くんと三毛縞くんのユニットはあえて手を取りわない対面式のようなパフォーマンスを見せ、奏汰くんと宗、渉と薫くんのユニットは最終的にはお祭り騒ぎとなっていた。薫くんは奇人三人も相手は無理だと汗をぬぐっていてもうやらないと飲み物を飲む。
最後のユニットは三人組で、板付きなのか、ステージか真っ暗になった。スモークが漏れだし、ひんやりとした空気がまとわりついてくる。そんな、どこかUNDEADを思い出させる演出。
ただ、次は蓮巳くんのいるグループのはずでどうにも雰囲気が違うそれに周りはざわめきはじめ、ゆっくり、ゆっくり灯るライトと同時に流れる前奏、そして視界に入った三人に息を飲んだ。
黒を基調としていてどこか重く、しかしながらフリルがついているおかげで動きが出ている。
まるで女の子のようなそれは所謂ゴシックというやつなのだろう。モノクルをつけた蓮巳くんに片目を隠すように蝶の羽の面をつける月永くん。小さな帽子からヴェールが垂れ、片目の隠れた瀬名くん。
前奏にあわせてかくりかくりと人形が糸に釣られるような動きの踊りをしていた三人は瀬名くんを中心にして、息を吸った瀬名くんはうっそりと笑って、背筋に冷たいものが這った。
「さあさあ始まるカーニバル 孤独のメリーゴーランド
クルクル回った 嬉しい 楽しい 寂しい」
軽快に跳ねる音楽と合うように舞う三人。しかしながら表情と声色が背反している。
「な、なんかいつもとちがくない…?」
「い、いずみちん…ゾッとしゅりゅ…」
「は、蓮巳と月永、あんなに幅があったんだな…」
観覧していた三年も感嘆というよりも驚愕で表情を固めていて、ステージから目をそらさない。
「遠くから聞こえる 何やら楽しげな音 憎たらしいね」
決して柔らかくはない。普段の三人よりも静かで、それでいて含みのある歌声と硬質な表情。しかし目が感情に濡れていてそれはとても憤っていた。なにかを訴えているような演技に全員が口を結って息を潜める。
「嫌だよ ずるいよ「嫉妬」嫉妬「嫉妬」
可愛いなんて言われたって 惨め」
「何処にもお祭りが無いなら 此処で一人踊ろうかな
華やかなパレード横目に 指を囓った」
淫靡で妖艶な雰囲気。通常の三人とは似ても似つかない表情。
サビらしく転調した曲を歌い、また少し静かな曲になる。段々と早くなるそれにちょうど真ん中に来た月永くんだけが口角を上げた。
「皆食べてしまった 誰も居ない 誰も居ない」
笑っているような、泣いているような、仮面により若草色だけが浮いているように見える月永くんの瞳に思わず息を呑めば転調をそのままに蓮巳くんと瀬名くんが声を合わせる。
「カーニバル カーニバル ずっとカーニバル 踊れないけど」
「カーニバル ずっとカーニバル 悔しいから」
「見たくない」「知りたくない」
「だけど見てしまう」「そんなもんでしょ」
「人の臭いと嫉妬と欲望」
責め立てられるようにつらつらと言葉を吐いて踊る三人は中心をコロコロと変える。動くたびに腰についた布や装飾が揺れ、不安を煽られた。
「一人遊び」「一人が好き」「独りきり」「独りは嫌」
「誰かと」「誰かと」「誰かと」
「――誰も居ない」
静かな声が響きぴたりと曲が止まる。真ん中にいる蓮巳くんに光が当たる。スモークにより揺らめく空気。光の下の蓮巳くんに全員が目を向けたところで小さく音がなり始め蓮巳くんが息を吸った。
「さあさあ始まるカーニバル 孤独のメリーゴーランド
クルクル回った 嬉しい 楽しい 寂しい」
「「さあさあ始まるカーニバル 孤独のメリーゴーランド クルクル回った 吐き気も愛しい
騒ごうカーニバル 真っ赤なメリーゴーランド
落ちてぐちゃぐちゃの 自分を笑おうよ」」
異様な空気感に誰もが声を失い見入っていた。そのまま続く二曲目は先程よりも曲調がおとなしく、どちらかといえば宗が好みそうな雰囲気で、振り払われるような振り付けの指先や一歩一歩進むように出される足のつま先まで注意が払われてる。
「愛以て くらくら舞って
私は蝶 あなたは虜」
「相まって はらはら振って
追いかけてね いつまでも」
どこか既視感のある、特徴的な演出。ふと見上げた先にいたそれはいつもの面子に囲まれていて、満足そうに微笑んでることに全てに合点が行く。
「ずるいのう…」
「ん?なにか言いましたか?」
隣にいた渉がぱちりと瞬きをして首を傾げる。なんでもないと首を横に振り、再びステージを見つめた。
いつの間にか二曲目も終わり、三曲目に入ってる。今までとは違い三人で横一列になり踊るらしくタイミングをずらしていたり、上げる腕、踏み出す足が逆にされている。
曲調もがらっと変わり、明るめで少し早い。
「どうしてか 昔憧れた
主役の象徴お面付けた 次の日から
ずっと笑顔崩れる事無く
誰からだって愛されてた 不幸な少年は」
「機会仕掛けの ブリキの心臓
蓋し眩々 千歳も待てば
何処からか 笑い方忘れ
算盤式 続き柄カタカタ」
蓮巳くんと瀬名くんが歌い、真ん中にいる月永くんはただ踊る。歌詞をよく聴いていればそれは月永くんのことを歌っているようで、先程までの表情が嘘のようにカラカラと笑う月永くんが恐ろしかった。
「惰性じゃもう何も助かりゃしない
限界寸前スリリング どうでしょうね?」
首を傾げた月永くんを先頭に、三人縦に重なると間奏の音にはめるように動き、また横並びに戻る。次に真ん中になったのは瀬名くんで、美しく笑んでた。
「どうしてか 昔憧れた
主役の象徴お面付けた 次の日から
ずっと笑顔崩れる事無く
誰でもずっと好きしていた 優しい少年は」
「行方知らずの 感情ガサゴソ
不貞腐れ々 千里も歩きゃ
何処からか 愛し方忘れ
算盤式 胸積もりカチカチ」
先ほどと同じように瀬名くんは歌わず踊りに徹する。三人とも笑顔を浮かべているはずなのに前の二曲よりも重くおどろおどろしく感じるのはきっと気のせいではないはずだ。
その証拠に誰もが手のひらで服を握りしめて真っ直ぐステージを見ている。
「誰か頼みの 飯事信託
不協和音は 今日も止まずに
どこからか 休み方を忘れ
漏電気味 クチャクチャのカタカタ」
真ん中に立った蓮巳くん。1番2番と似た曲調が流れたと思えば急にライトが絞られて音が消える。中心になったのは蓮巳くんで、目をつむりながら歩を進めた。
「遠く 遠く 聞こえるんだ」
「怒号に塗れた咽び泣きが」
「やめて やめて みんなみんな」
頭を抱えた瞬間、三人が同時に顔を上げる。
「「ボクをひとりぼっちにしないでよ」」
極限まで萎められていることで声が三つ、浮き彫りになる。揃っているようでばらばらなそれは恐らくそれぞれが別のものを見ているからだろう。
薄く笑みを浮かべた蓮巳くんに、笑顔を繕った瀬名くん。満面の笑みを見せる月永くんは誰もが息を呑んだと同時に弾かれたように跳ねて振り付けに戻った。
「「笑え 笑え 囚人達
ママの言うことは 聞けたのかな?
踊れ 踊れ 大人達の
手の平ダンサーなんだ キミもボクも
(Da Da Da Da Da Da) 打算的悲劇 奇跡も疎おろか
刺激的なチキンレース どうでしょうね?
それの解答は?」」
ウインクをしたり舌を出したり。それぞれの表情で問いかけてきた三人に本来であれば歓声を上げるべきなのだろう。けれど言葉にできない不気味さと勢いに気圧されてしまい、三人が踊りきって決めポーズを決め、ライトが落とされるまで誰一人として声を発することができなかった。
見に来ていた一般客と一年生、二年生たちの拍手によりようやく息を吸えた。どこかで急に酸素を取り込んだことでか咽ている音が聞こえたけれど恐らくこの場にいる三年生のほとんどが似た表情をしているだろう。
はっとして見上げた先には腰を上げている奴らがいて、ちょうど閉幕のアナウンスが流れ始めているところだったから人波に紛れて俺も後を追った。
人の波に揉まれて見失う。少し考えてから人気のない方に進んで行けば、よう!と明るい声がして咄嗟に身を影に置いた。
息を整えたあとに耳を傾ける。
「ありがとう。本当に楽しかった、迷惑をかけてすまなかったな」
『ふふ、いえいえ、迷惑なんてことはありませんよ。僕も楽しかったです』
「まさか一緒に舞台が作れるなんてな!」
『ええ、一生敵対しているものだと思ってましたね』
「おつかれさまぁ~」
『はい、お疲れ様です』
解散式を行っているらしい。三人に囲まれたそれは微笑んで答えていて先程まで一緒にいたはずの四人はいないらしかった。
ひらひらとした裾を掴んで振ったあとに月永くんは笑う。
「たまにはこういうのもいいな!」
『似合っていましたよ』
「正直合わないだろうと思っていたんだが…流石だ。お前の言うことに間違いはなかったな」
『素材がいいんです』
モノクルを外していつものシルバーフレームをかけた蓮巳くん。瀬名くんも帽子の位置をずらして目にかかっていたヴェールを退かした。
「今回は感謝してる」
『珍しいですね?』
「まぁやり残してたことをできたからねぇ。俺も気分があがってるのかも」
「おお!ならセナ!今からもっと激しいやつやるかぁ?」
「はぁ?!冗談じゃないんだけど!」
「突拍子もないことを言うのはやめろ、月永。…俺も疲れたし、それにこれはあまり連発できるようなものでもないだろう」
暴れたりないのか元気な月永くんに二人は眉根を寄せて息を吐く。首を横に振られたものの特に気にしていないのかにかりと笑った。
「仕方ないか!じゃあ今回割愛した分はやるよ!俺からの謝礼だ!」
『え?……いいんですか?ありがとうございます』
きょとんとしたあとに微笑む。口元の緩んだそれは柔らかく普段よりも幼く見えた。
月永くんは笑顔のまま少し背伸びしてそれの頭を撫でて、流れるように瀬名くんもぽんぽんと手を乗せる。蓮巳くんはその光景を見慣れたように三人を見つめて、頬を緩ませた。しかしながらわしゃわしゃと髪をかき乱されるそれに蓮巳くんは苦笑いを浮かべて息を吐く。
「月永、それくらいにしろ。紅紫の目が回っている」
「ん?おう」
ぱっと手を放した月永くんにもう一度息を吐いて、眼鏡を直すと腕を組んだ。
「できる事ならばもう少し話していたかったが、片付けがあるから俺はこの辺で失礼する。夜にでも連絡をするから起きていてくれ 」
「んー!俺もちょっと用あったの思い出したから行くな!」
重ねるように月永くんが笑い、瀬名くんとそれに見送られて二人は歩いていく。あっという間に静かになった空間で、瀬名くんの手があがり乱れたままのそれの髪に触れた。
「ぼさぼさだねぇ」
『ありがとうございます』
普段の見慣れた形になるまで触れて、手を下ろす。
瀬名くんは首元を締めているリボンタイを外して、自身の格好を見つめた後に笑った。
「面子見た時はどーなるもんかとおもったけど、案外纏まったものができたねぇ」
『ふふ、貴方に褒められるのは気分がいいですね』
にっこりと微笑んでるそれにやれやれと首を横に振り、外したばかりのリボンタイをそれの頭に回す。きょとんとしてるそれは言動を見守ることにしたらしく、首筋辺りから上に持ち上げてリボン結びにされ、まるでカチューシャのように留められた。
リボンの形を整えたあとに満足気に手を下ろす瀬名くんは、唇を結ったあとに視線を落とす。
「巻き込んでごめんね、しろくん」
『……今回のこれは、泉さんじゃなくて蓮巳さんからの相談ですから、気にすることではありませんよ?』
「うんん」
やけに落ち着いた声はなにか悔いているようでもあって、瀬名くんは首を横に振り額に手のひらをおいた。
「しろくんだけじゃない。蓮巳もレオくんも、俺の勝手に付き合わせた…本当は二人もアンタも、違うものを創りたかったはずなのに、あんな…」
そこで言葉を止め、唇を結ってしまう。罪悪感に駆られている瀬名くんにそれは瞬きをしたあと両の手を上げて瀬名くんの頬を包んだ。顔を上げさせ、柔らかく笑んで目を合わせた。
『そうですか?』
俺はそうは見えませんでしたと口にしながら額をあてる。近い距離に二人とも瞼をおろした。
『…泉さんも、あのお二人も振り回され、ちょっとした意趣返しを望んでいました。あれは、きちんと三人のご要望に添ってたでしょう?』
「………………はぁー…アンタ、本当に可愛くない後輩だねぇ」
『可愛さだけじゃ生きていけませんから』
額を合わせたまま笑った二人はほぼ同時に目を開けて離れる。
『楽しかったですね、泉さん』
「うん、楽しかったね」
頬に触れ合って頷きあう二人。瀬名くんはそのまま流れるように頬から首筋に指先を滑らせると胸の上で止めた。
「お疲れ様、しろくん」
『お疲れ様でした』
瀬名くんの跳ねる毛先を指先で遊ぶように触れたそれは柔らかく笑って、弾かれたように足を動かす。
これ以上、見ていられなかった。
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