あんスタ
1
「すまない…少し、相談がある」
呼びだされたのは初めて会った場所でも弓道場でもなく、生徒会室に近い空き教室だった。
そわそわとして目線が落ち着かないその人は何度も眼鏡を直していて、そんなに直さずともズレてはない。
『俺にではなく、僕にですか?』
「…ああ、できれば紅紫に相談がしたい」
迷うわりに真っ直ぐとした言葉が返ってきて、ようやく眼鏡から手を離したと思うと両手の指を組んだ。
一回、二回、言葉を選ぶような間をおいてから頷き顔を上げる。
「三年の課題で、臨時ユニットを組むことになった。その助言を貰いたい」
『臨時ユニットですか…』
「面子は明日の授業で決めるらしいからまだ決まってはいない。…だが、今回は嫌な予感がしてな…」
心構えだけは先にしておきたいんだとため息と一緒に吐き出す。去年はなかった気がする課題にこれも時代の流れかななんて思いつつ、この人の嫌な予感はよく当たるから眉根を寄せた。
本来であればただ話を聞くだけで済むはず。けれどそんな嫌な予感がしてる相談事が話を聞くだけで済むわけがない。そうなった場合、俺はいつもどおり仕事をしないといけないだろう。
『………僕に相談なのであれば、話が進んで依頼になった場合対価を受け取りますが、それでもいいんですか?』
「ああ」
小さく頷かれて、何故か違和感を覚える。腹の底が炙られているような、擽られているような、今まで経験したことがないそれを気のせいだと思うことにしてわかりましたと笑った。
紅紫への相談は俺にかかってきた電話のせいで一度切れてしまい、二度目の顔合わせの前にメンバー決めをすることになった。
クラス合同の学年授業の一部として行われるライブはS2にあてられるらしくそれなりに大きな催しのため成績にももちろん反映される。
大きな箱に全員分の名前を入れて、それを椚先生が次々と引いていく。ネットを使わないのは不正がないようにという配慮で、十分もかからず箱は空になった。
引くと同時に黒板に書かれていった名前を元に集まる。四人組が二つ、三人組が二つで分けられるグループで、俺はどうやら三人組らしい。足を進めたその先で、胃が痛みを覚えた。
「何故こうなった」
「くじ引きらしいんだから仕方ないでしょぉ?」
「おお!なんだこの三人は珍しいな!」
纏まった先にいたのは既に会話をしていたらしい瀬名と月永で、再選出できないかと見上げた先では椚先生が入れ替えは一切認めませんと言い切ったところで腹を擦ってから顔を上げた。
不安しかないが、月永は瀬名がいれば比較的大人しい上言うことをよく聞く。それに瀬名は授業を真面目に受けるタイプだから今回のライブで投げやりになる可能性は少ない。
言ってしまえば、協力を仰いだのが紅紫で、面子がこの三人。出来すぎているような、仕組まれているんじゃないかと寒気を覚えるものの好都合に違いなかった。
「お互い顔合わせを行っていただいたところで今回のライブの概要を再度説明させていただきます」
1つ目、必ず選出されたメンバーで演目を披露すること。
2つ目、持ち時間は30分。超過は厳禁だが縮小は良しとする。
3つ目、授業なのである程度の資金援助は行うが、その都度内容の提出が必要。
「詳細はすでにお配りしている冊子を確認ください。以上でオリエンテーションを終了とし、各自準備時間に移っていただきますが不明な点はございますか?」
2つ、3つ、演出にあたっての質問がとんだあとに締められる。自由に集まってテーマや演出を決めるだけあり、本番まで内容を控えておきたいのかそれぞれが声を潜めて話すか場所を移している。
瀬名が場所を移すと口にしたことで俺達は連れられてスタジオまで進んだ。Knightsの根城ともなっているその場所には何故か炬燵が置いてあり、視界にいれるなり固まった俺に月永はいの一番に炬燵にもぐりこんだ。
「セナ!お茶ー!」
「はぁ?アンタねぇ…はぁ、蓮巳適当に座ってて」
「あ、ああ」
「ケイト!早く座れ!」
「ああ」
ばしばしと音を立てる勢いで炬燵の一辺を叩く月永に従い腰を下ろす。つい癖で正座をすれば戻ってきた瀬名がゆっくりすればぁ?と息を吐いた。
目の前に置かれたのはコップとお茶で、月永は一気にコップの中身を空にするとペンと紙を取り出す。瀬名は携帯を机に置くとどうする?と首を傾げた。
「俺と王様がでしゃばるとKnightsっぽくなっちゃうからねぇ、蓮巳はやっぱり和系がいいいの?」
「和にこだわりはないが…」
「一応成績に反映されるし、外部からも客が入るからねぇ。見目はいいものにしたいけど、二番煎じじゃ評価が下がりそぉ」
唇を結い、眉根を寄せる。紙にペン先を叩きつけていた月永は駄目だーと力なく叫びながら炬燵に上半身を乗せた。
「珍しい組み合わせすぎて霊感が沸かない…せめてモチーフの一つでも作ってくれれば考えられるんだけどなぁ」
「アンタが武器精製してくれないと話にならないんだけどぉ?」
「じゃーなにか面白いことしてくれ、セナ!」
「はあぁ?」
「じゃあケイト!」
「ふざけ……、」
切り捨てようとして、ふと、連絡を取っていないのを思い出した。携帯を取り出して会えないかと問えば驚くくらいに早く返信が来てスタジオを指定する。向かうと快諾されたそれに安堵から一度息を吐けば俺の言動を見つめてた月永が大きく瞬きをした。
「どーしたんだ?」
「ああ、説明が遅れて悪い。実は今回の授業が発表された時点で相談役を頼んでいてな。今来てもらうところだ」
「相談役?」
「転校生のことか?」
「いや、転校生は今回プロデューサーとして平等に動くらしいから専任してもらうのは厳しい。だから別の人間に頼んでいる。可能であれば四人で話したほうがいいだろう?」
校内にいたらしく五分もかからないらしい。俺の言葉に訝しげにする瀬名。目を瞬いた月永。あからさまに眉根を寄せた瀬名は不機嫌で、刺々しい雰囲気をそのままに口を開く。
「相談役って…誰呼んだわけぇ?あまり余計な奴入れたくないんだけどぉ?」
「安心しろ。瀬名と月永にとっては起爆剤になるであろう人間だ」
「起爆剤??」
黄緑色の瞳を丸くして言葉を繰り返した月永。コンコンコンと三回扉が叩かれる。俺が立ち上がって迎え出れば向こう側にいた紅紫は苦笑いを浮かべてた。
「急に呼び立ててすまない」
『あ、いえ、気になさらないでください……というより、えーっと』
苦笑いを崩して、次にはスタジオと俺の顔を見比べる。来訪者の声にか二人が顔を上げた。
「あれ?」
「しろくん?」
『こんにちは』
目を瞬く二人に笑みを返すと俺を見上げて眉尻を下げる。もう一度謝罪を口にした後に眼鏡の位置を直した。
「説明が後回しになって悪い」
『…えっと…スタジオ集合でしたのでそんな気はしてました。大丈夫です…』
「すごい相談役呼んだな!」
「へぇ…」
笑顔になる月永と何か見定めるような目つきで俺を見据える瀬名。二人の表情の違いに首を傾げそうになる俺に紅紫が笑った。
『相談役を仰せつかった紅紫です。お手伝いはあまりできないかもしれませんが、よろしくお願いしますね』
「おう!そんなとこ立ってないでさっさとセナハウスに入れ!」
『お邪魔いたします』
招かれ足を踏み入れた紅紫は少し迷った様子で、俺が元いた場所に戻れば唯一空いている一辺に腰を下ろす。真っ白な紙と投げ捨てられたペンに目を落としたあと、難しい表情をしている瀬名を見つめた。
『あの、』
視線を伏せたまま瀬名が息を吸う。
「役者も舞台も揃った…武器を、揃えなきゃねぇ」
『え?』
俺の耳には届いたけれど紅紫には聞こえなかったのか、聞き返すような雰囲気を見せた紅紫に答えることなく瀬名は顔を上げた。
「王様、曲はダークにして」
「んん?ダーク?」
「……どうしたんだ、急に…」
「蓮巳は作詞。アンタは俺と一緒に演出を考えるよ」
『は、はい』
勢いで頷いた紅紫は首を傾げていて、それはロクに説明されていない俺と月永も同様だった。三人で瀬名をみつめれば深くため息をついた後に鼻を鳴らす。
「俺たちはそうだねぇ…例えるのなら今のUNDEADとかpuppeteeerみたいな方向性のライブにするよ」
「UNDEAD…?だいぶ方向性が違うが大丈夫なのか?」
脳裏に浮かぶのは背徳、過激を謳うユニット。記憶に蓋をしているものの、昔はデッドマンズに属していた俺はまだしも、発案者の瀬名と月永にもそんな雰囲気はないからまったくイメージがつかめない。
訝しげな目を向けてしまっていたらしく、眉根を寄せていた瀬名は自信満々に笑みを携えると紅紫を見た。
「だからこそだよ。ほら。…アンタ、こういうの得意でしょぉ?」
『………俺の、好きにしていいんですか?』
首を傾げる紅紫はおもちゃを見つけた子供のようで、そんな表情を初めて見たかもしれない。瞳の奥を輝かせてる紅紫に瀬名は是を返して、そのまま俺を見た。
「俺達のテーマは復讐。見てる奴ら全員に怒りを返してやる」
「復讐…」
「どうしたんだセナ、なんか物騒だなぁ」
「いーの。アンタはあんまり気にしないで。でも武器は鋭くしてね」
「ん?おう!」
溌剌とした返事をして紙にペンを走らせ始める。先程までの迷いはどこにいってしまったのか、凄まじい勢いで音符を並べ立てていく月永は無表情でどこか恐ろしい。
意図が読めず仕方無しに視線を逸した先では紅紫がゆるい笑みを携えながらどこからかノートを取り出してペンを走らせているところで、最後に見つめた先の瀬名は俺を見ていたらしく目があった。
「…………蓮巳、アンタは今まで復讐したくなったこと、ない?」
悪魔の囁きのような問いかけ。次の瞬間には俺も同じように笑みを浮かべてペンを走らせていた。
どれだけ集中していたのか、ふと顔を上げるといつの間にやら時計の針が進んでいてノック音が響く。見渡すと月永は何故か眠っていて、紅紫と瀬名は紙を覗き込みながら話をしていた。
もう一度響いたノック音に紅紫がようやく気づいたらしくどうぞと声をかける。恐る恐る恐る開かれた扉から顔を覗かせたのは転校生で、どうやら順番が回ってきたところらしい。
転校生は俺達の中に紅紫がいることに驚いたのか目を瞬いたあとに入室してきて、どこにいけばいいのかと困ったように眉尻を下げた。俺が立ち上がるよりも早く炬燵から抜け出した紅紫は月永の隣に入り込んで、一瞬目を覚ました月永は膝の上に上半身を乗せてまた寝息を立て始める。
『気にしないで座って?』
「はい、アンタの分の飲み物」
紅紫の笑みと、用意されたカップに転校生は礼を口にして腰を下ろした。
一度お茶で口を潤した後に息を吐いて、こちらを見つめる。
「これからよろしくお願いします。…あの、早速ですが蓮巳さんたちのグループは今どんな状況ですか?」
「すまない。俺も今までずっと下を向いたから把握しきれていない…紅紫」
ちょうど飲み物に手を伸ばしたことで視線を逸らしていた紅紫に声をかければ、聞かれることを察していたかのように淀み無く言葉を紡ぐ。
『月永さんは一度休憩のために仮眠を取ってもらっています。完成度は一曲と半分といったところですね。僕と瀬名さんは演出と衣装を考えているところで、仮案はこの三つ。あと、こちらが完成している分の曲です』
楽譜と図案を渡され覗き込む。跳ねるような音符。これに関しては紅紫か瀬名が歌詞を書き込んでいてぱらぱらと言葉も並んでる。譜面は読めるものの、イメージがつかない曲に対して、もう一つ並べられた図案は衣装案らしくわかりやすい。
ただ、視界に入ったその服の形を脳が理解した瞬間に首を傾げてしまった。
「誰が着るんだ?」
『もちろん皆さんです』
「………………」
聞き間違いだと思いたかったが、隣の転校生も絶句しているところを見ると正しい事実らしい。はっとした転校生が恐る恐る手を上げる。
「あ、あの。えっと…」
『うん?』
「結構、手が込んでるものが出来そうだけど、時間大丈夫なんですか?」
『舞台装置は僕達のユニットのを貸し出せば比較的手間はかからないからね。その分衣装とかは手のこんだものを用意するけど一応みんなにも手伝ってもらうつもり』
「そうなんですか…」
感心したように頷く転校生が紅紫に対して敬語を使っているのは気になるが、紅紫が触れてこないということはこれが通常なんだろうと処理して流す。
図案を再度のぞき込んだと思えば転校生は感嘆の声を時々上げ、これで仮段階なんだと更に驚きを声にする。時折紅紫に仰いでは頷いてメモを取った。
「ちょっとぉ?アンタたち本題忘れてない?」
談笑というよりは普通に勉強をし始めている転校生と紅紫に鋭い声を上げるのは瀬名で、二人は顔を合わせると苦笑いを浮かべてる。そんな二人に瀬名は呆れたように息を吐いて紙を取り出した。
「しろくんはどう思う?」
『プロデューサーに聞いてくださいよ…』
「はぁ?俺は今、アンタに聞いてんの、さっさと答えてよねぇ」
『………はぁ。もしその曲調なら並びはこっちのほうがいいと思いますよ、個人的にはですけどね』
「ふーん。じゃあこっちは?」
『…………』
二つ目の質問も諦めたように答えて、瀬名は満足したのか目線を落とし再び何かを考え始める。転校生は何故そうしたのかと紅紫に問いかけ始め、その合間に小さくぐずるような声が聞こえた、
「んん~…」
ぐずっているのは眠っていた月永で、紅紫は気づいたように髪を撫でる。
『おはようございます』
「ん…んー…?」
『一応三十分くらい眠ってましたよ。そろそろ再開しませんか?』
「ん~」
首を横に振った後に紅紫のスラックスに顔を押し付けて、仕方なさそうに体を起こす。紅紫は何かに気づいたのか、肩を落として息を吐いた。
『度し難い…』
「真似をするな、度し難い」
「ん??なんだなんだ!ケイトが二人になった!面白いな!」
反射的にそう言ったものの、肩を落としたままの紅紫を不思議に思い目線の先を終えば、口を拭われたのかスラックスの一部が変色していて、見てしまったこちらの頭が痛くなる。
「大丈夫ですか?」
気づいたらしい転校生の労るような声に紅紫は苦笑いを返して立ち上がった。
『うん。ただちょっと着替えてくるよ』
ひらひらと手を振り、目があった俺に頭を下げた。
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