あんスタ(過去編)
【紅紫一年・春】
「ぁ、」
クラス発表。貼りだされた名簿に見つけたその名前に少し足が竦んだ。
隣のクラスの明星くんや氷鷹くんみたいな二世として有名なわけじゃなくて、…自分だけで名を馳せこの学校に来なくてもすでに芸能界でやっていけてる彼も入学したらしい。
しかも同じクラスのようで、一度視線を落として息を吐いた。
「大丈夫、大丈夫。きっと気づかれない」
僕の予想通り、クラス全体の自己紹介後もそれ以降も特に目立った接触はなくてどうにも自意識過剰だったのかもしれない。
すでに学園生活は一ヶ月が経とうとしてるけど、授業もろくにないこの学園じゃ同じクラスでもほとんど顔を合わせることはなくて、今も扉に手をかけてる彼と窓際の自席に座る僕は物理的にも距離が開いてた。
『衣更』
「おお、じゃ行くか」
学級委員とやらはどうやら忙しいらしくて、流されるようになった衣更くんと微笑んでるうちに役についてた彼は月に一度の定例会に向かう。
学園どころか教室でも隅っこにいる僕じゃどれだけ大変なのかはわからないけど、最近は生徒会とかいうものに誘われてるところだったり、手伝っているところを見るからきっと忙しいに違いない。
放課後はゲー研に入り浸ってゲームしてる僕とは大違いな二人を見て、青春してるなぁなんて思った。
がやがやとした喧騒が遠くなりはじめてることに気づいてふと今日も騒がしいななんて息を吐く。
授業にも部活にも熱心な生徒はこの学園にはあまりおらず、嫌に自意識の高い人が多いここは今まで僕が身をおいてきたところと比べるとゆるいような印象を受けた。
そもそも、今までの例えではなく血肉を削るようなあの世界が異常で、こっちのほうが普通なのかもしれない。
『遊木くん?』
いつの間に終わったのか、定例会帰りらしい彼は一人ぼけーっとしてる僕に気づいて首を傾げてた。
肩と一緒に心臓がはねて痛む。
『大丈夫?気分でも悪い?』
そんな僕を見てなにか誤解してるらしく、眉尻を下げた彼は近づいてきて目線を合わせた。
懐かしい赤い目に映った僕はどうにも酷い顔をしてて首を横に振る。
「あ、ううん、えっと、そういうわけじゃ…、元気だから大丈夫!」
『…そう?ならいいけど、体調が悪いなら無理しないで保健室に行ったほうがいいと思うよ?』
深追いはしないけれど僕を気遣った言葉。優しく微笑んだその表情は昔に見たものとほとんど変わらない。彼の作られた表情をぼーと見てると本当に大丈夫?と目線を合わせられた。
「あ、う、うん、えっと、具合は悪くないんだけど…ひとつ、聞いてもいい?」
『うん?なに?』
「……どうして君みたいなすごい人が、ここにいるの?」
夕日に照らされて普段よりも赤く、暗く光った目は斜め下を見て視線が外れる。
『…たぶん、――のためだと思う』
「え?」
小さな声に思わず聞き返せばふわりと笑ってみせた。
『まだ僕の知らない世界があるらしいから、学んでこいってことじゃないかな?』
誤魔化された。直感でそう思ったけど僕にそんな踏み込んだ質問をする勇気も権利もなくて、嫌に綺麗な表情を繕うから今度は僕が目をそらした。
「あ、あのさ、えっと…」
吃って次の言葉をうまく吐き出せない僕に対して、笑顔を崩さない彼はお人形みたいに作り物めいてて、美しい。
「もう一個だけ、聞いてもいいかな?」
『うん』
この人もあの人と同じ、自分を繕える人だから。だからこそ、息を吸う。
「……君は…僕に、戻って来いって言わないの?」
かちかちと教室に置かれた時計の秒針がやけに大きく響く。秒針が半周するくらい黙っていた彼はうっすらと眉間に皺を寄せて目を逸らしてた。
『遊木くんはたしかに凄いモデルだし、正直その力を捨ててしまうのは僕も惜しいと思ってるけど……その人の意思に反してまで連れ戻すのはどうなのかなって』
道徳的な返しに目を瞬く。僕の周りにいた人はモデルから逃げた時、手のひらを返すか執拗に追いかけてくるかのどちらだったから今までにないそれは新鮮だった。
『またいつか同じ舞台に立てたら面白いけど、それはその人の傷が治ってからでもいいと思うんだ』
どこか遠くを見据えた言葉にきっと僕を通して違う人のことを言っているのはわかったけどその柔らかな声に心が軽くなる。
「優しいんだね」
『僕が?』
目を丸くして首を傾げた。
ただそれだけなのに人間みたいなその行動にどうにも安堵を覚えて頷いて返せば二、三度視線が迷って微笑まれる。
『ありがとう』
「うんん、こちらこそこんな僕に優しくしてくれてありがとう」
卑下しすぎじゃない?なんて笑い、彼は鞄を肩にかけなおした。
『遊木くん、モデル仲間ではなくなったけど…クラスメイトとしてこれからもよろしくね』
「う、うん!こちらこそ仲良くしてほしい!よろしく紅紫くん!」
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