あんスタ
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「どうして、そんなにもお主は自分自身を卑下しておるのじゃ?」
「………卑下?そんなことしてないよ?」
不思議そうに揺れる瞳に少し言葉を選び直す。
「先程から、あやつと比べて劣るようなことを言っておるが、そんなことはないんじゃ、」
「ううん、はーちゃんはすごいの。僕なんかが比べられることも烏滸がましいような、すごい人なの、わかりやすく言うなら、神様」
「かみ、さま?」
「はーちゃんはね、僕だけじゃなくて、しーちゃん、くーちゃん、こーちゃんも掬い上げてくれた恩人なの。はーちゃんがいなかったら、僕は今頃不良に強姦されてひきこもってただろうし、こーちゃんは生き方が下手っぴなまま一人で泣いてて、くーちゃんはあのとき自分で死んじゃってた。しーちゃんのことは僕より前からはーちゃんに出会ってたからよくわかんないけど、たぶんおんなじなのかなぁって思う」
同じ穴の狢なんだろうねと淡々とした口調に冷汗が流れる。あだ名が柔らかい分相反する内容がヘビー過ぎて思わず奏汰くんの方を見れば納得したような顔で溢した。
「そうですね、あのこは『かみさま』…たしかにとっても『いいえてみょう』です。そんなこがとなりにいれば、『しぜんと』じぶんをしたにみてしまったり、『くらべる』こともしなくなってしまうんでしょうね」
「本気か、奏汰くん」
「『へんなこと』をいったつもりはありませんが…ううん、おそらく、れいはあのこと『おなじ』、『かみさまのたちば』なのでいまいち『かんかく』がつかめないのかもしれませんね。すこしずれていたら、あのこはぼくたちとおなじ『きじん』とよばれ、『はくがいされるがわ』だったでしょう」
「そうだよぉ。天祥院先輩がはーちゃんを面白がって仲間に入れようとしてたから奇人にならなかっただけで、実際なっちゃんよりも奇人って言葉が似合うもん」
それもはすみん先輩のおかげで流れたみたいだけどなんて声が続く。多すぎる情報、冷静に分析をする奏汰くんに頭が痛くなってきた。
知らないだけで、知ろうとしなかっただけであれは思ったよりも周りと関わっていて暗躍していたらしい。
神様と呼んではいないが、同じように救われてる宗と支えられている影片くんも同じように思っているのかもしれない。
オーバーワークの頭にため息をついて、すっかり存在が忘れ去られていたお茶に口をつけて息を吐いた。
「神様、か…ずいぶんスケールが大きいのう」
「僕が一年の頃のさっくん先輩も、一部の人からはそうやって崇められてたよね。よくあるよ、そういうの」
「………はて、そんなこともあったかのう?いかせん昔のことはあまり覚えておらぬ」
「そうなんだぁ」
言葉通りに受け取ったのか頷いて、画面に触れていた指をどかす。きゅっとまた寄せられた眉根を誤魔化すように頭を振って顔を上げた。
「はーちゃんはそれだけ人に影響を与えられるから、はーちゃん自身悩んでる部分もあるみたいだけど、僕ははーちゃんのそんなところ全部まとめて尊敬してるし大好き。でも、今回は酷いこと言っちゃったから、いくら優しいはーちゃんでも怒ってると思う」
「なんて『いった』んですか?」
「………はーちゃんの浮気者」
流石に二度目になれば吹き出すことはない。
乱されかけてる思考に咳払いをして目を逸らした。
「……ここでやっと最初の言葉に繋がったのう」
「どうしてそう『いった』んですか?べつに『おしごと』でこういったものを『とる』のはいままでもあったことなんじゃ…」
「違うの!今回のは!今までと違うから嫌なの!」
ばんと両手をついてテーブルが音を立てる。勢いに揺れたカップの中身に気を取られていると檳榔子くんの指が画面をタップして、画像がアップになった。
「ここ!これ!見てよ!」
催促されるまま二人で画面を覗き込む。アップにされたのは凪砂くんと映る広告の方らしく、解像度が高いのか写真が荒くならずに大きくなってた。指されているのは凪砂くんの首元のようで、白い肌に咲く赤い痕が確認できた。
「………キスマークか?」
「そう!」
ほっぺたを真っ赤にして眉間に皺を寄せる檳榔子くんに言いたいことを理解したけれど、奏汰くんも俺も首を傾げた。
「それがどうしてはくあが『うわきもの』というとこになるんですか?」
「はーちゃんがつけたから」
「「え、?」」
「はーちゃんが!つけたの!!」
興奮のあまり大きくなる声とまた浮かび始めた涙に顔を合わせて言葉を探す。俺達が言葉を見つけるよりも早く結ってた唇を動かした。
「はーちゃんいつもなら断るのに何があったかは知らないけどこいつに痕つけるし、帰ってきたときにはもう一人の方の着せ替え人形させられて疲れてたし、はーちゃんに迷惑かけんなよこの下等種族!ぶっ潰してやるんだから!」
「きいくん『おちついて』ください。はなしがそれてしまっていますよ」
物騒なことを口走るその子の髪をなでて笑む奏汰くんはすでに物事を理解し呑み込んだ顔をしてる。
ざわつく心中をどう落ち着けたらいいのかわからず心臓が痛み、心ない言葉を口走ってしまいそうで黙っている俺を察してるのか落ち着いた声が室内に響いた。
「『やきもち』なのはわかりました。でも、はくあがひとを『ひきつける』のも、たのまれたら『ことわりきれない』のも『いまさら』じゃないですか?」
「そう、だけど、でも、」
「…よくもわるくも、あのこは『ひと』として『できすぎ』ている。もとめられるものとじぶんにできることを『せいかく』に『りかい』して、『さいてきなこたえ』をだすことにたけているのは『ちょうしょ』だとおもいますが、それがひとを『しんぱい』させてること、ばあいによっては『かなしませて』しまうことをまだうまく『わかっていない』ようにみえます」
頭を撫でられ落ち着き始めたのか黙って奏汰くんを見上げる檳榔子くん。奏汰くんの言葉はその子に向けられているはずなのに俺の中にもゆっくり染み渡って心を落ち着かせる。
「あのこもきみたちも、まだじゅうななさいの『こども』です。いくら『じんせいけいけん』が『ほうふ』だろうと、あゆんできたみちが『こんなん』だろうと、『そうめい』で『おとなびて』いたって『まちがえ』たり『なやむの』はふつうです。きみたちはぜんていが『ふくざつ』みたいなので、きっといままで『じぶんのことば』でおはなしたことがないんじゃないですか?」
「自分の、言葉?」
「はい。あのこだって『みずしらずのひと』にいわれたのならわかりませんが、『きみたちのことば』なら『きこえる』とおもいます。ですから、なにが『いや』だったのか、こう『してほしくないこと』がある、そんなふうにきちんと『ことば』にしてみるだけで『ちがいます』よ」
丁寧な言葉は人を落ち着かせるだけではなく導いていって、奏汰くんは今までの穏やかな笑みにほんの少しだけ悪戯を混ぜこんだ。
「だれだって『しらないこと』はできないんです。ですからきみたちがあのこに『おしえて』あげましょう?」
ぽんぽんと髪をなでてね?と首を傾げた奏汰くんにぱちぱちと音を立てそうなくらいにまばたきを大きくして、その子は笑った。
「そうだよね!僕達ちゃんと言ってなかったや!ううん、でも僕達の中じゃ言葉にできるのは僕くらいかな?…よし!僕ちゃんとはーちゃんに言うよ!ありがとうかなちゃん先輩!」
「はい、どういたしまして」
まるで幼稚園児を手懐けるような手腕だ。眺めているうちに俺の心も落ち着きを取り戻していて、奏汰くんはカウンセラーや教師に向いているのかもしれない。
「元気になったようでなによりじゃなぁ」
「さっくん先輩もありがとう!話聞いてくれたお礼は必ずするからね!僕のはーちゃんコレクション楽しみにしてて!」
「我輩は何もしておらんし、全く持ってそれは楽しみにしてないんじゃけど…」
「ぼくも『みたい』ので、れいといっしょにたのしみにまっていますね〜♪」
「か、奏汰くん?!」