あんスタ
1
「はーちゃんの…はーちゃんの!浮気者!!」
午前、午後と授業を終えて、さぁそろそろユニット練習に行こうかななんて外の陽が傾き始めたそんな時間。開放感から和やかな空気が漂ってたクラスに響きわたった悲鳴に、紅紫は苦笑いを浮かべた。
『仕事だから浮気ではないんだけど…そもそも浮気って…?』
困ったように笑う紅紫に周りにいた人のうちの柑子がそれはもういい笑顔を繕う。
「巴財団ですか?それとも七種を潰せばよろしいですか?」
『ううん?二人は何もしてないからそういうのはやめようね?』
「なるほど、元凶はコズプロだな」
『違うから、違うから携帯触るのやめようか?』
「………」
『ああ、もう、木賊もパソコンで連絡取るのはやめて』
せわしなく手を動かしてた椋実と木賊を無理矢理止めて息を吐いた紅紫はまだ一日が半分残ってるのに疲れた顔をしてる。
『仕事だし、それ以上でもそれ以下でもないからね?』
「それはないな。きちんと広告を見たのか?あの表情…確実に仕事以外の感情を持ってる」
『そんなことないと思うよ?』
「あるに決まっとるやん!その変なとこ鈍感なんやめぇや!おもろないわボケ!一人の仕事やけどなんも出ーへんゆうから見送ったんになんやねんこれ!」
『違うからね?一回落ち着いて…』
「うふふ、コズプロも巴財団も七種も潰せばはくあくんに邪な目を向ける者は少なくなりますよね?」
『そういうことじゃないか、』
「僕にはつけてくれないのに!やっぱり年上が好きなんでしょ!はーちゃんのばかぁぁああ!!」
きーんと高い声が劈いて周りの机や椅子にぶつかりながら檳榔子が教室を出ていった。
険悪どころか凍りついた周りに紅紫のため息だけが響く。
『三人は、どうするの?』
「……少し、考えてから行動することが正解だと結論づけた。故に、一度側を離れるぞ、はくあ」
『うん』
日本語は正しいけれど文法というか、普段の彼の言葉遣いらしくない言葉を吐いたにも関わらずあっさり頷いた紅紫に椋実も立ち上がって静かに出ていく。
「元から俺は自分と契約しとるだけでこいつらみたいに臣下なわけやない。好きにさせてもらうで」
『わかった』
「私事で恐縮ですが、僕も一時貴方のお傍を離れさせていただきます。どうかご容赦を」
『うん』
鼻を鳴らして踵を返した木賊と恭しく頭を下げた柑子の二人も教室を後にする。
音源がなくなり静まり返った室内に小さなため息が響いて、携帯を操作したと思うとしまった。
『騒いでごめんね』
「あ、うん…」
にっこりといつものように微笑むからなんと返せばいいのかわからず歯切れが悪くなってしまう。
俺達の反応に苦笑いを浮かべた紅紫の前に影がかかって、椅子を引いて向かいに座ったのはなんとも珍しい人間だった。
「喧嘩したん?」
『うんん、喧嘩ではないから大丈夫だよ』
不安そうに色違いの瞳を揺らす影片に柔らかな声が言葉を返して頭を撫でる。ついさっきまで隣に居たはずの影片の突飛な行動に目を瞬いた鳴上は、目が合うなり俺の隣に立った。
「修羅場だったわね…」
「ああ、ほんと、ひびった…」
教室で痴話喧嘩?いや、痴話喧嘩ってなんか違う気がするけど、前にあった喧嘩とは違うこの騒動に紅紫は苦笑を崩さない。
「きぃちゃんとくぅちゃんはよう怒るけど…みんななんであんな怒ってたん?」
『この間の仕事のことで少し意見の食い違いがね』
「なにしたん?」
『うーん、特に怒られるようなことでもないんだよ』
「?」
濁す紅紫にきょとんとした目をする影片。純粋な目に負けたのか携帯を少し操作したと思えば画面を向けた。
画面を覗き込み、一瞬眉根を寄せたと思えばすぐに柔らかな空気をまとい直す。
「……なるほどなぁ、嫌ったんやね」
『たぶんね』
あっさりとした返答にどうにも聞き身を立てていた俺達が気になったようで、紅紫が苦笑のまま画面を見せてくれた。
鳴上と顔を合わせてからのぞきこんだ画面にはなにかの広告らしく、恐らく隣に映る名前と商品から見て香水の告知なんだろう。
二分割された画面の左側はどこか見覚えのある金髪の人が目隠しのような仮面をつけた黒髪を組み敷いてるもので、右側は銀髪の人が黒髪の首に腕を回して笑んでた。
一瞬年齢制限がある物をを見せられたのかと目が泳いで、咳をしてからもう一度見つめる。
見覚えのある、金髪と銀髪。髪型が違うし、あまりに雰囲気が淫靡だから目をそらしてしまってたけど、これは
「あ、れ?巴さんと乱さんか?」
『うん、そうだよ』
悩ましげに眉を寄せた鳴上が頬に手を添える。
「……そうしたら、えっと…話の流れ的に…こっちの子は…」
『僕だね』
あっさりと頷くけどそれってEdenと仕事したってことで、紅紫がクラスメイトから一気に遠くの人間に思えた。
鳴上ももちろん在学しているあいだfine.として活躍していた二人を知らないなんてことはなかったらしく、目を瞬いて泳がす。
「ええと、広告の仕事なんて、すごいな…」
『事務所に来た依頼だったから、そんなでもないよ』
「え、紅紫って事務所入ってんだ?」
『うん』
真も昔入ってたっていうし、たとえば瀬名さんとか隣にいる鳴上も所属してるっていうから案外うちの学校でも所属してる人は多いのかもしれない。
「ううん、えっと…状況はなんとなく把握したけど、喧嘩しちゃって、五人でのお仕事に支障はないの?」
俺にとっては珍しいことでも鳴上からするとそんなに突っかかる点ではないらしく、さらりと違う話題になる。
話題が変わったことで紅紫は苦笑いを溢した。
『とりあえずは僕も今この仕事に手一杯だから箱の仕事はないよ。………ただ、また明後日もこれの打ち合わせがあるんだよね…』
「「あー…」」
広告を見てあれだけ拒絶反応を見せた四人に、追い打ちをかけるというか火に油を注ぎかねない。それを自覚しているらしく苦笑いのままの紅紫に影片は心配そうに手を伸ばして服を引いた。
「今日は時間あるん?」
『うん、ユニット練習もなくなったからね』
「なら手芸部来てくれへん?あんな、見てほしいものがあるんよ」
ノックの後に開かれた扉から覗いたのはめったに見ない人間で、近くにいた奴ら全員が目を瞬いたし中には知らないやつもいるのか首を傾げた。
探すように視線を彷徨わせたと思うと俺に定めて、まっすぐこちらに向かってきて足を止めた。
「こんにちは、瀬名さん」
くすりとも笑いもしない無表情に近くにいた守沢が不安そうに目を泳がせて、たまたま今日は朝からいたかおくんも俺達をみつめてる。
「急ですが、はくあのことで、少しお時間ください」
「はぁ~?」
出てきた名前に思わず眉根をぐっと寄せてしまったけど目の前のこいつは気にも止めないし、慇懃無礼な態度が鼻についた。
「なんで俺がアンタのために時間割かないといけないわけぇ?ちょーうざぁい」
「……………」
表情の一つも変えず、ポケットから取り出した端末の画面を向けられる。目を落として、息が詰まった。
苦しくなりそうな息を無理やり吐いて、気づかないうちに口元に持っていこうとしてた親指をポケットに突っ込む。
じっとそれを見ていたそいつは念押しのように口だけを動かした。
「場所は任せますので、お時間をください」
「…………行くよ」
立ち上がればかおくんと守沢、ついでに見守っていたらしい天祥院が目を瞬いてなにか声をかけようとしてきていたけど無視して教室を出た。
すぱんと音を立てて開いた扉にクラスにいた全員が固まって一斉にそっちを見る。
「夏目えええ!食べ放題付き合い!」
扉の音と同じか、それよりも大きな声で名指しされた逆先くんはぱちぱちと瞬きをした。
「え、なに急ニ?」
「だめー!夏目は俺と遊びに行くんだよ!」
今の今まで一緒に話していた明星くんが取られまいと二人の間に入って威嚇すれば、木賊くんは目くじらを立てる。
「はぁん?!甘いもん食いたい気分やねん!この際明星もおってええから付き合えや!」
「うええ?」
勢いに押されてる明星くんに見守っていた氷鷹くんが息を吐いた。
「まるで暴徒だな」
「ええと…強引すぎるんじゃないかな、木賊くん…」
「なんでもええねん!ああ!もう!」
あまりに荒れているから、逆先くんが心配そうに眉根を寄せて首を傾げた。
「随分と荒れてるケド、どうしたのサ」
「、っ…なんもないわ、甘いもん食いたいだけやねん」
問いかけられ、なにか言葉を吐こうとして呑み込む。辛そうに歪められた表情に明星くんか心配そうに見上げて逆先くんの服を引いた。
「ゴメンネ、バルくん。遊びに行くのは今度でもいいかナ?」
「たまには食べ放題もいいよね!ね!ウッキー!」
「え?!僕も!?」
「もっちろん!ホッケーも一緒!あ、サリーも呼んで平気?」
にっこり笑った明星くんに木賊くんは少し毒気を抜かれたように笑う。
「割り込んだのは俺やし、好きにしたらええ。それに大人数で食ったほうが楽しいて…、何でもないわ」
悲しそうに言葉を途中で切って、肩にかけてた鞄の取っ手を握りしめた木賊くんはなにか深い闇というか行き詰まってるようで、僕と氷鷹くん、そして丁度こっちに来て顔を覗かせた衣更くんの放課後が決まった。
決まったならさぁ行こうと明星くんが逆先くんと木賊くんの腕を取って歩き始める。
なんとなく後ろについていく形になった僕たち。木賊くんの荒れ具合の原因を見てなにか知っているのか、苦笑いをこぼしている衣更くんの横に並んだ。同じように氷鷹くんも並ぶ。
「衣更、B組でなにかあったのか?」
「あー…」
聞かれると思っていたらしい衣更くんは苦笑いを浮かべて口にする言葉を選ぶように魔を置く。
「クラスっつーか…木賊たちのグループがトラブってるていうのか?」
「グループ?」
「紅紫くんたちがトラブル?珍しいね?」
「…あれ?真って仲良かったっけ?」
不思議そうに首を傾げた氷鷹くんに対して僕の反応が意外だったのか目を瞬く。
そうだ、僕二人に伏せたままだった。
「あ、えっと」
「わ!見てみて!あれおひーさんじゃない?!」
明るい声が耳に届いて、三人で顔を上げる。元気に指差すそこはビルの上で、大きな広告はどうやら香水の宣伝らしい。艶美に笑んで誰かを押し倒してる巴さんはプロの表情で、昨日はなかったはずだから時間を見るに今日解禁の広告だったんだろう。
「すっごーい!」
「あっちのは漣と七種じゃないか?」
「へぇ、Edenだネ。それならあと一人の分もあるんじゃない?」
沸き立つ三人を横目に、なんとなくその広告が気になってじっと眺める。巴さんが押し倒してるその人は目隠しのような仮面をつけていて人相が掴みづらい。けど、誘うようにゆるく上がった口角と艶のある髪、巴さんのネクタイにかけられた白くきれいな手に既視感を覚えて記憶を探る。
ふと、首筋にかかるくらいの黒髪と作られた魅せるための表情がブレた。
「あれ…紅紫くん?」
一度答えを出せばもうそれにしか見えなくて、もう一枚の広告を探すのに忙しそうな三人に首を傾げた。珍しく参加してない衣更くんを見ればあわあわとしてて、視線の先は木賊くんだ。
「ちっ」
盛大な舌打ちを溢して、凄まじく鋭い視線をそらすと先を歩き始めた。普通に察して一度苦笑いをこぼしてしまう。慌てる衣更くんの肩を叩いた。
「あれが原因だったんだね」
「あはは、まあ、わかりやすいよな…」
「あ、あれが乱凪砂バージョンじゃないノ?」
「本当だ。…ふむ、随分と目つきか違うな」
「おお!?こっちもドッキドキな感じだね!」
ビル二つ分僕達から離れたところで見つけたらしく大きな声が聞こえる。その横を木賊くんが素通りして行って置いてかれてる僕達も早足で進んだ。
「かなちゃんせんぱぁぁいい!」
破裂したような耳を劈く音を出しながら扉が勢い良く開く。飛び込んできた黄色のそれはその場で滑って転んだ。
「おや、だいじょうぶですか?きいくん」
「な、何事じゃ?」
すんなりと状況を受け入れてるらしく目を瞬いてからいつものようにゆるい口調で首を傾げた奏汰くん。
転けたその子はぷるぷるとしたと思えば顔を上げた。痛かったのか涙をこらえてるとはいえ、眉間に寄せた皺がどうにも愛らしい表情を歪ませてる。
薄暗い室内でも容易に目視できたその子は、いつもアレの横にいる一人だった。
仕方なさそうに立ち上がって唇を噛んだと思えばこちらに寄って来て空いている椅子の一つに腰掛ける。
「あのね!僕の話聞いて!」
「はい、どうしたんですか?」
「はーちゃんが浮気したの!」
「げほっ」
中々に聞き慣れない単語に飲んでいたお茶が変なところに入り咽てしまった。檳榔子くんは俺がいることに今気づいたようで、目を瞬くもすぐに頬を膨らませて話を続けることにしたらしい。
「あ、さっくん先輩もいていいから一緒に聞いて!ねぇ!これ!見てよ!」
扱いの雑さに気にならないわけではないけど、当人はかなり苛立っているのか大きめの画面サイズのスマートフォンを取り出してテーブルに置いた。
香水の広告らしいそれは恐らくビルや街角に飾られるタイプのものだろう。大衆向けにしては際どく見えるそれは映っている誰もが脱いでいないのに不思議だ。
「『かっこいい』こうこくですね~」
「そりゃあはーちゃんが出てる広告だもん!かっこ良くないわけがないじゃん!」
「はくあはこれですよね?『いっしょに』うつっているのは…」
褒めた奏汰くんに嬉しそうに笑ったと思えば、瞬きの間に人でも殺してしまいそうな目つきになる。
奏汰くんが指したのはニ枚の写真両方に映る黒髪で、目元には渉のような仮面をつけているけど知るものが見ればすぐに気づくような軽い変装だった。
どちらの写真も相手に絡まれているような、誘っているような、淫靡な口元に思わず唾を飲みそうになるから目をそらせば、同時に檳榔子くんが口を動かす。
「Eden」
「「え?」」
「Edenの巴日和と乱凪砂」
気づけば人を愛称で呼んでいるイメージの強い彼は硬く、憎悪さえ含んだ声でその名を紡いだ。
巴日和と乱凪砂といえば、あのfine.で活動していて今や同世代アイドルのトップに君臨するEdenの一員のことで間違いないだろう。
奏汰くんと顔を見合わせてから目線を戻す。不機嫌というよりはどこか据わった瞳は危なさを感じて、口をゆっくり開いた。
「はーちゃん…今回のお仕事はタイアップだけどメディアには一緒に映らないって言ってて、だから僕もみんなもいってらっしゃいって言ったのに、こんな、こんなの」
段々と眉間に皺を寄せ始めて瞳が揺れる。あ、と思うよりも早く縁に涙が溜まり始めた。
「五人で所属してても、やっぱりはーちゃん単品だったり、はーちゃんのおまけみたいな扱いで仕事が来ることが多くて、はーちゃんは何も言わないけど、いつか、僕達のことお荷物だって…気づいちゃったら、」
しゃくりあげ始めて途切れる言葉。事情を知らないのは俺だけじゃなく奏汰くんもなのか、理解するために自然と耳を傾けることを優先してしまう。
「このはーちゃん、すごく楽しそうだし、僕達より…僕なんかより、あの二人のほうが実力も、ポテンシャルも、はーちゃんと近いから、きっと、はーちゃんには、そっちのほうがいいに、きまってて、でも」
口が挟めないでいればスマートフォンを握りしめて唇を噛んだ。
「この、まま、はーちゃんがいなくったら、ぼく、どうしたら、ふっ、うぇええん」
ぼろぼろと人目もはばからず声を上げて泣き始める。困ったように髪を撫でてあげる奏汰くんはゆっくり顔を上げると目を合わせてきた。
「ぼく、ひとを『はげます』のが『にがて』なんです」
「うむ、我輩もじゃ…」
「はぁぁちゃ、んっ、やだぁぁ」
仕方無しに俺も立ち上がって背中をさすって、顔を真っ赤にして泣く姿が小さな子どものようで、奏汰くんと目を合わせては首を横に振るか眉根を寄せる。
「きいくん」
「落ち着くのじゃ」
「はーちゃんのばかああああ」
「あまり『さけぶ』とのどが『かれて』しまいますよ」
「はーちゃぁぁぁあん」
「……声が枯れてしまっては、あやつの隣で歌えぬぞ?」
「っ、ふぅ、んひっく」
聞こえたのか無理やり唇を噛み、さらには両手で口を覆い堪えようと試みてる。小さくしゃくる声が隙間から漏れ、まだ涙は止まらなそうだが咽ばれるよりは良いだろう。
「うむ…まずは一旦落ち着くところから始めるべきじゃな」
「きいくん、ないていてはぼくたちも『わかりません』。きちんと『おはなし』をして、それからかんがえましょう?」
うるうるゆらゆらと涙が次第に溢れず目の縁に溜まり始めて、じっとこちらを見つめてくるから声は届いているらしい。
一度奏汰くんと目を合わせてから席に戻る。
「まずは状況の整理をしたいんじゃが…すまんのう、我輩はあやつとあまり話さぬ故、内情を全く知らぬ。奏汰くんはどこまで知ってるのかえ?」
「ぼくもそんなにくわしいわけではありませんよ。でも、あのこときいくんもふくめたのこりのさんにんのけいごにんがとても『なか』が『よく』て、『じむしょ』に『しょぞく』している…ということで『あって』いましたよね?」
「う、ん」
「ふむ、そして事務所を通しての仕事はあやつ単品、もしくはユニットであっても扱いに格差が出るようなものが多いと言うわけか。…ん?…何故そんなにあやつ指名が多いんじゃ?」
ふと思った疑問を口にすれば今まで泣いていた檳榔子くんは涙も止まるくらい驚いたように固まって俺を見つめてくる。居心地が悪くて目を逸らした先の奏汰くんも固まっているからなにか変なことを言ったのかと不安になった。
「ど、どうしたんじゃ?」
「れい…きみ、もしかして『しらない』んですか?」
「さっくん先輩って…あまりテレビと興味ないのぉ?」
「う、うえ?ううん、我輩世界を放浪していた期間も長かったし、テレビはあまり好まぬのじゃ」
「そうなんだぁ…」
泣くことも忘れてただ物珍しそうに俺を見つめてくる黄色の大きな瞳。たしかにそうかもしれないですねぇとゆるい奏汰くんの声が続いた。
「ぼくも『おっかけ』をしていたわけではないので『かるく』はなしますが、はくあはこの『がくえん』にくる『いぜん』からてれびやざっしにでている『まるちたれんと』というものなんです。なので『げいのうかい』であのこは『ゆめのさきのせいと』というよりも『まるちたれんとのこうしはくあ』としてのほうが『ゆうめい』だとおもいますよ」
「…………そうなのか」
奏汰くんが思っていたよりもきちんとした補足をしてくれるからいろんな意味で驚いてしまい短い言葉しか出なかった。
「あのね、はーちゃんはずーっと芸能界で生きてきてるからとっても顔が広いの。ここ二年は活動休止中なんだけど、今でもはーちゃん指名だったり、はーちゃんがいるならって条件つきの仕事が来ることも多いんだよ」
「………ほう、すごいんじゃな」
「うん!はーちゃんはすっごいの!」
キラキラとした目で自分が褒められたように笑う。さっきまで泣いてたことなんて目元が赤くなければ気づかないような笑顔に純粋に頷いてしまった。
「ふむ、我輩は意外と世間知らずであったようじゃ…」
「はーちゃんの仕事してるときの写真とか録画とか!集めてるからさっくん先輩に見してあげる!今度持ってくるね!すっごくかっこいいから!」
嬉しそうに表情を緩めて吐き出された言葉はファンと言っても過言ではなくて、苦笑いを返して咳払いをする。
「う、うむ、機会があったらで構わぬよ…話を脱線させてしまって悪かったのう。前提はわかったから進めようか?」
「ええ。…あのこがとても『ゆうめいなこ』だということを『ぜんてい』として、こんかいのおしごとはあのこ『たんぴん』にきたいらいだった…ほんらいなら『ろしゅつ』することはなかったようですけど、できたのが『これ』なんですね?」
檳榔子くんがスマートフォンを握りしめてしまっているから自前らしい、いつか見た二台持ちの片割れの濃いピンクのスマートフォンをテーブルに置く。そこには先程見たものと同じ広告が映っていて、檳榔子くんは目視するなり嫌悪感を顕に目を逸らした。
「うん。かなちゃん先輩とさっくん先輩なら漏らさないだろうから言うけど、今回の仕事ははーちゃんは楽曲の提供だけで、CMと広告のイメージキャラクターはEdenが出るってものだったの」
「『えでん』ときみたちはちがうじむしょですから『たいあっぷ』とさっきいってたんですね」
こくりと頷く。正直事務所に所属していない身としては垣根を超えた仕事が一体どれほどあってすごいものなのか実感はわかないが、活動休止中にもかかわらず名指しで仕事がきたことと相手がEdenであることを考えればきっと普通に生きていて体験することのないことなんだろう。
思い出したように鼻を啜った檳榔子くんは息を吐いた。
「Edenの…ていうか、元fine.の二人は前からはーちゃんに馴れ馴れしいからすっごく送り出すの嫌だったの」
「うん?日和くんはともかく、凪砂くんはそんな雰囲気の子じゃったか?」
「うん。僕はあいつら大ッキライ。けど、あっちは僕のこと認識してもないと思う」
「……そんなことはないと言いたいところじゃが、あの二人は中々に変わっておったからのう…」
思い返せばどちらも自分に興味があることしか覚えていられない性質だったから否定しきれないでいればさして気にした様子も見せずに言葉を続けた。
「でも、今回の仕事がはーちゃん単品なのは…僕達が、僕がまだまだなせいだから、悔しいけど僕なんかはまだはーちゃんと肩を並べられるほど強くない。だから、いってらっしゃいしたんだ」
随分と自己評価が低い子だ。そう感じるのは先程から話の合間合間に混ぜこまれる言葉や伏せられる視線のせいだろう。
何故ここまで強い劣等感を感じているのか、アイドル科にいて二年目を迎えている割には珍しいタイプの彼を眺めていれば、伸びてきた小さな手が奏汰くんの携帯の画面をなぞった。
「すっごく悲しいし、妬ましさも覚えてるけど、それははーちゃんに対してじゃないの」
補足情報があったとはいえ、見るものが見れば誰かわかるこの広告を見たとき、俺でも考えればわかったのだからきっとこの子はすぐに気づいたはずだ。
「はーちゃんと一緒に仕事ができるこの二人が妬ましいし、はーちゃんと並んで見劣りしないことが羨ましい。…僕は、どうしてもはーちゃんに追いつけない。いつになっても背中が見えてこなくて、一緒にいられないことが、悲しい」
画面越しのそれに指先が触れる。目を閉じてしまい涙はこぼしていないけど泣いているその子に奏汰くんと目を合わせてから、意を決してずっと気になっていたことを口に出した。