あんスタ
『……………』
「嫌なら断ればいいじゃん」
『別に嫌なわけじゃないよ?』
甘いものが好きでもないし、俺と仲がいいわけでもないのに、誘えば時間があるからいいよなんて笑みをはっつけて頷いたから嫌がらせのように甘い匂いの漂う店に来た。
目玉にもなってるチョコレートファウンテンがあるからか、とても強いチョコレートのいい匂いがして、入った瞬間足を止めかけてたのに今はもう笑ってる。
「変なやつだよね」
『そう?』
春先にクラスのみんなで行ったスイーツ食べ放題。甘いのが好きじゃないと公言してたコーギーとは違い、普段から自身の好きなものとかを伏せてる紅紫が甘いものを嫌いだって知ってたのはきっとあの場にはいなかった。
紅紫もみかりんに促されるまま口に運ばれる甘いものを食べてたし、そういうのに敏いナッちゃんはみかりんの写真を撮るのに忙しそうだったから仕方ないんだと思う。
あの一件で異様にみかりんに甘いっていうのがバレたこともあってか、あれ以来みかりんが何かあったら紅紫に声かけとけばいいやって流れが出来たんだけどそのあたりはとりあえず割愛。
席に通されて俺は目についたものをとりあえず取ってきて、向かいの紅紫も同じように皿をテーブルに置いた。
ケーキにゼリー、 シュークリーム。甘いものに手を伸ばす俺とは対象的に、コーヒーを飲みながらプレーンのフォカッチオやらミルクパンをちまちま千切るそれはここに来て楽しんでるのか不明だ。
「せっかく来たのに甘いもの食べなくていいの?」
『うん、僕はいいよ』
「この間みかりんとは食べてたのに?」
『あー、それは、それというか…』
苦笑いを浮かべるから始めて見た微笑み以外の表情に瞬きをしてしまって、少し考えてからああと頷いた。
「みかりんがあーんってしてたから?」
『うーん、まぁそんな感じかな?』
「ふーん」
なんて言えばいいんだろう。あの時のみかりんは純粋の塊みたいな感じだったし、断りづらかったってことか。
紅紫って押しに弱い感じするし
むずむずしてた悪戯心が湧き出て来て、チョコレートケーキを小さく切ってフォークにさした。
「はい、あーん」
『、』
びしりと固まった表情。にんまりと笑ってやれば唇を噛んで視線を泳がせる。
「食べないの?」
『…………』
たっぷり十秒くらい躊躇って、仕方なそうに口を開ける。おや、と思いながら口にフォークを近づけて、ケーキを転がし入れた。
『っ、』
口に含んだ瞬間息を詰めて、表情を消した紅紫は口元を抑える。そのまま固まって飲み込むとコーヒーを流し込み口を濯いだ。
『………………』
「あー、大丈夫?」
『…―うん、大丈夫だよ』
うわ、嘘ついてる
こんなわかりやすい嘘もなかなかないと思うのによくついたな。ある意味感心してしまってうんうんと頷けば首をかしげられた。
「ごめん」
『うん?どうしたの?』
「…甘いもの嫌いなら何が好きなの?」
不思議そうに目を瞬いてそうだねとゆるく微笑んだ。
『珈琲とか紅茶とかかな?』
「ふーん」
警戒心が少ないのか、それとも俺が警戒するほどじゃないと思われてるのかはわからないけど、自分の弱点を教えるなんて変なやつ。
まだ余ってるチョコレートケーキを口に運んでのみ込んだ。
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