あんスタ


前の席のそいつはなんとも気味が悪い男で、俺も策士キャラだけどこいつの黒幕気質には負けると思う。

兄者がなにかとこいつを意識してたり、セッちゃんがこいつと仲がいいのレベルを通り越してるのは知ってた。

いや、でもこれは流石に知らなかったかも

たまたま寝過ごした。目を覚ますと放課後らしく、人の声が遠い。その中で何か一つ動く気配がして伺っていると誰かが黒板を掃除しているらしかった。日直の仕事のそれは記憶を探るとたしか、俺のはずで、何故か代わりをしてるらしい。完璧には覚めきっていない目で様子を眺めてるとさらさらとした黒髪が揺れてた。

青色のブレザーと黒髪は窓から差し込む夕日のせいで少しオレンジがかっていて、掃除を終えたのか黒板消しを隅っこに置くと手を叩く。そのまま辺りを見渡すような間を置いて、おそらく自前の物であろう鞄に手を伸ばすと中から何か取り出した。

紙の擦れる音と、広げられた紙と一緒に持たれた封筒からして手紙に違いないそれは、どうにも見覚えがあって背筋に冷たいものが這う。

斜め後ろを向いているせいで表情までは確認が取れないけれど、きちんと目を通してるらしく少しの間をおいて二枚目に移る。

『……ふふ、かわいい』

途端、妙な間をおいて肩をゆらしたからなにかと少し考えてからそういえば便箋の二枚目には俺が落書きをしたんだったと思いだした。

右上、たしか怒ってるセッちゃんのミニキャラもどき。ちょーうざぁいって吹き出しに書き込んだし誰がどう見てもセッちゃんのそれは王様に大好評だった。

疲れたのか近くの椅子に腰を下ろしたことで向きが変わり表情が見える。

どこか優しい目をしてきちんと文を目で追っている紅紫は二枚目も読み終わったらしく、三枚目に移った。

三枚目も同じように読み終わると手紙の端を揃えて最初と同じように折りたたみ、封筒に入れる。

体を起こせば視界に入ったらしく顔を上げて、目があった。

『おはよう』

さらりと、普段はっつけてる笑みを浮かべるからなんとなく眉間に皺を寄せてしまって、刺々しい声が出る。

「……ねぇ、どうしてそれ持ってるの?」

『うん?僕宛の手紙だからだけど…?』

きょとんとした表情にさらに眉根を寄せてしまって、頬杖をついて頭を支えながら手の中の淡いピンクの桜が描かれた封筒を睨みつけた。

「それ、王様からの手紙でしょ」

『そうだよ?よく知ってたね』

「………ほんと、アンタ意味分かんない」

焦るわけでもなくあっさりと頷かれてこっちのほうがもやもやする。王様の手紙を丁寧に鞄にしまうと立ち上がって鞄を肩にかけた。

『よくわからないけど…あ、朔間くん、日誌の提出だけお願いしてもいいかな?』

「提出…?中身は?」

『もう書いてあるよ。ちょっとこのあと用事があるから、お願いできない?』

「……提出くらいするけど…どうしてアンタが代わりにやってんの?」

『うーん、暇だったからかな?』

深い意味も持たなそうな返事に差し出された日誌を受け取る。一応確認しようかと表紙を捲ってみるとたしかに今日の日付が書いてあって、一日の教室の様子なんかが几帳面とは言わないけど丁寧な字で書き連ねられてた。

「まーくんは?」

『衣更は午後からTricksterの仕事があるって早退してるよ?』

「あ、そっかー」

寝起きに見るのがまーくんじゃなくてこいつなのはなんとなく気分がおちる。

日誌を閉じて、息を吐いてから顔を上げればまだ紅紫はそこにいた。

赤みの強い黒髪と二つの赤い瞳。造形は似てるなぁと思うのに俺とも兄者とも違うから、気を許さないで見据える。

「セッちゃんと兄者だけじゃ飽きたらずって感じ」

『えっと…?』

目を瞬いたあとに言われたことを理解したのか笑みを繕った。

『そう目の敵にしないでよ。別に悪いようにしてるわけじゃないからね?』

「ここまで信用できない言葉も滅多にないよね~」

はぁーあとわざとらしくついたため息に紅紫は笑むだけで言葉を発しない。

信用できない、不気味なやつ。

それなのにどうして兄者も、セッちゃんも、こいつに縋るんだろう

しかもあの王様がこいつと関わりがあるなんて、信じがたい。

王様ってこういう裏で動くタイプ嫌いなはずなのに

少し悩んで体を起こす。仕方無しに鞄を肩にかけて、日誌も持つ。一回あくびをしてから立ち上がって紅紫を真正面から見据えた。

「俺、アンタのことは嫌いだけど、三人のことは嫌いじゃないから…監視ってことで」

丸くなった目が信じられないものを見てるみたいで、なんだかそれはセッちゃんのびっくりした顔に似てる。

色味は正反対なのに不思議だ。

「ある程度は許容してあげるけど…泣かせたら許さないから」

横を抜けて扉に手をかける。振り返らないで外に出ると後ろで小さく笑い声が零れた。

『善処するよ』


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