あんスタ
2
本番まで一ヶ月。着々と準備が進められていき台本はあらかた覚えた。影片とも読み合わせを行っているけどまだ覚えきれていないようで頭を抱えてる。
そして今日は衣装合わせだ。
王子様だからなんて装飾は少なめなものの綺麗めにまとめられた衣装を身につけていく。
「サイズ合わなかったらいってね!」
『作ったのが黄蘗と木賊なんだから心配してないよ』
最後にジャケットを羽織って襟元を整え仕切りを開ける。
「えへへ、はーちゃんに褒められたぁ♪」
待っていた黄蘗に仕上げだよと帽子を乗せられ、顔を上げれば目を輝かせて湧いた。
「はーちゃんかっこいい!」
「はぁん、嫌味なくらい似合うなぁ」
けっと顔を歪めた木賊に笑んで返せばさらに歪めた顔を隠すようにそっぽ向く。
「はーちゃん!」
手持ちのスマホを向けて写真を撮りはじめたから仕事の癖で笑顔を作った。
「くーちゃん撮って!」
「はぁ!?なんで俺が、」
押し付けられたスマホと俺の腕をとって笑った黄蘗に深々とため息をついた木賊はスマホを持ち上げて、ぱしゃりと音を立てた。
「はーちゃん!はーちゃん!」
『はい』
「ふきゃぁぁ!」
促されるまま頭を撫でてから目を覗き込む。間近の黄色い瞳がきらきらと光って鳴き声を上げた。
「なに騒いでんの~?」
がらりと開いた扉から呆れた声が投げられて、眠たそうな目がこちらを見据える。
「楽しそーだね~」
「きぃがテンション高いねん」
「だってはーちゃんかっこいいんだもん!」
「ふーん…たしかに王子さまぁってかんじ…」
騒がしいから様子を見に来ただけらしい朔間くんは、あくびを溢してまた隣の部屋に戻っていった。
「あ!くーちゃんありがとうね!」
スマホを受け取って撮ってもらった写真を確認する黄蘗の横顔はなんとも嬉しそうに緩んでいて、対して木賊はどこか不機嫌だ。
眉間に寄った皺と苛立ちげに組んだ腕の肘を叩く指先に苦笑してから足を進め横に立つ。
俺の行動を見ていた木賊の目が靴から帽子まで見定めるように動いて手が伸びてきた。
「腰、布余っとるけどまた痩せたんとちゃう」
『そう?体重はそんな変わってないと思うんだけどね』
「……今日はシアンにゆーて肉と卵やな」
指先で余った布を摘む木賊は少し屈んだ体制で小さく言葉をこぼす。真剣な目で服を見ていたと思うとゆっくり上がった視線がとても物言いたげで、それでも口にしないからいじらしいななんて思った。
部屋の隅っこで携帯を触る体を取り無関心を装ってくれてる黄蘗に感謝しながら同じようにしゃがみこんで目線を合わせてから頬を撫でる。
『木賊、ありがとう』
「…別に、はくあのためとちゃうし…。単位関わる行事やから仕方無しにやってることや…」
『そっか』
不貞腐れてるみたいに目を逸らすからセットを崩さないよう髪をなでて、なんとなく被っていた帽子を脱いで木賊の頭にのせてみる。
「なん、」
目を丸くしてこちらを向いた木賊。緑みの髪に白基調の帽子は案外似合っていて、普段とは真逆の印象を受けた。
『かっこいいよ、王子様だね』
「~っ、からかうのも大概にせぇよ!本番前に汚したらどないすんねん!」
顔を真っ赤にして言葉を荒らげるから笑って帽子を外しかぶり直す。
『ごめんごめん、似合うだろうなって思ったから』
「あ、アホなこと抜かすなや!それは自分のための衣装なんやから俺に似合うわけ無いやろ!!」
『そんなことないよ。ねぇ?黄蘗』
問い掛ければ黄蘗の存在を忘れていたらしい木賊ははっとした顔で目を向けて、その先の黄蘗はにこにこと笑いながらスマホの画面をこちらに見せてきてた。
屈んでる俺と、帽子を被せられて目を丸くしてる木賊。その写真はついさっきの場面を切り取ったものに間違いがなくて、思考停止したように固まった木賊をおいて立ち上がる。
『そろそろ影片たちも着替え終わったかな』
「早く行かないと怒られちゃうかもね!」
駆け寄ってきた黄蘗と部屋を出る。扉をしめてニ、三秒後に破壊音のような勢いのある扉の開く音がした。
「消せやボケエエエ!」
「あ~!くーちゃんがいきなりおっきい声出すからびっくりしてグループに写真送っちゃったぁ~!」
「はぁぁん??!」
「あははは♪」
楽しそうな黄蘗と真偽を確かめるべく携帯を引っ張りだす木賊。
賑やかな二人を背景にクラスメイトが集まる教室の扉を開けた。
「なに騒いでんだぁ?」
『騒がしくしてごめんね?』
廊下であれだけ叫べば中にはもちろん聞こえていたようで、一番近くにいた大神が呆れたような目を向けて来るから笑顔を返す。
携帯に目を落としていたシアンと柑子が顔を上げて笑った。
「似合ってるじゃないか、木賊」
「とてもお似合いですよ、木賊」
「そこ並びぃ!今すぐ記憶から消したるわ!」
二人に顔を真っ赤にして声を荒らげる木賊にわけもわからなそうに衣更が仲介を試みてる。木賊はあの四人に任せておくことにして帽子の向きを直していると扉の開く音がした。
「あら!紅紫くん?すっごくかっこいいじゃない!」
姿を見ていなかった鳴上が目を輝かせて褒めてくるから軽く礼を返す。なんとなく向けられたカメラで写真を一枚撮ったところでこんなことしてる場合じゃなかったわ!と一人慌てて俺の腕を引いた。
「大変なの!ちょっと手伝って!」
『どうしたの?』
ぐいぐい腕をひかれながら早足で歩く。教室を出て、いくつか部屋を通り過ぎていけば扉の前で困り果ててる伏見が待ちぼうけしてた。
「影片様が閉じこもってしまわれたんです」
『?』
どうしましょうなんて未亡人みたいな悩ましげな空気を漂わせる伏見にちょっと言われてる意味がわからず鳴上を見る。同じように頬に片手を当てた鳴上は息を吐いた。
「みかちゃんね、着替え終わってるはずなのに出てきてくれないのよ」
『……ああ、そうなんだ』
たしかに、そんな可能性もあったか
どんな様子か一回確認しようと扉を軽くノックした。
『影片、どうしたの?着れなかった?』
「……うんん、着れた」
『サイズ合わない?』
「うんん、あっとる。ぴったりや」
思ったより会話が成り立ってる。これは純粋に恥ずかしがってるだけか
『開けてもいい?』
「あかん」
『衣装、どんなか見せてよ』
「いやや、絶対にあっとらんもん」
「そ、んむ」
声を上げようとした鳴上の口を押さえた伏見が笑顔のまま俺の言動を見守る。どういう意味かわからないからとりあえず無視して再度扉に向き合った。
『…どうしてそう思うの?』
「やって…俺別にちっちゃないし、なずなにぃみたいなお人形さんとちゃうから…」
『……たしかに影片は小さくないけど…みんなが影片に合うように繕ってるからそんなことないと思うよ?』
「で、でも、な、普通に変やねん…俺、フリルは好きやけどお師さんが作ってくれたもん以外着たことないから…おかしいと思うん」
『…じゃあ、影片がわからないなら僕が確かめようか?みんなに見せる前に確認して、変だったら教えるよ』
「………ほんま?」
ゆれた声にあとは押すだけだと意識して声を柔らかく作る。
『うん。僕だけはいるなら大丈夫だろ?』
「…わかった、今開けるな」
着替えのため扉のガラス部分に目張りされたカーテンの向こう側に影が立つ。かちゃんと鍵が解かれた音がして影がさっさと消えていった。
後ろに立つ伏見と鳴上に一度目を合わせれば頷かれるから前を向く。
『開けるね』
「う、うん」
ゆっくりスライド式の扉をあけて後ろ手に閉める。電気がつけられて明るい中を見渡しても影片はいなくて、仕切りのように立てられたとスライドにあたりをつけた。
『影片、見せてよ』
「っ、せやけど、あんな、ほんま変やねん」
『大丈夫だよ、影片』
「わ、笑わへん?」
『うん、絶対に笑わないよ』
踏ん切りがつかなそうにスライドの向こう側で揺れる影。もう一回手招く。
『影片、こっちにおいで』
「、…卑怯や」
むっと唇を尖らせながら、俺の横まで来た影片はたいそう可愛らしいフリルの揺れるドレスに身を包んでいて、目の色と相まってお人形さんみたいだ。
「へ、変やない?」
『んー…』
きちんと姿を眺めて、衣装も髪も見てから頷く。
『大丈夫、すごく似合ってる』
「………」
ドレスを少しゆらして近寄って、俺の袖を引いた。
「ほんまに?」
『かわいいよ』
くるくると髪を延長させるエクステの毛先を撫でながらてれくさそうに笑う。
「そ、そんなら、み…みんなの前出ても笑われへんやろか…?」
『うん、絶対に笑われないよ。だから見せに行こうか』
少し跳ねてる毛先を整えるようになでてから手を取る。繋いだ左手は緊張からか強張っていて、そのまま扉から出た。
どうやら伏見と鳴上は教室で待っているらしく、二人で静かな廊下を歩く。賑やかな教室と廊下の境目、深呼吸をする影片が落ち着いた頃に扉を開けた。
『おまたせ』
「はーちゃんおかえり!」
「あらぁ!!みかちゃんかわいい~!お写真!お写真撮りましょ!」
「お!似合ってるじゃん!」
「あ、あんま見んといて、恥ずかしい」
顔を覆って俺の後ろに引っ付いた影片にあらまぁ!と携帯を向けようとしてた鳴上が困った声を上げる。うーんと首を傾げたあとにそうだわ!とこちらを見た。
「紅紫くん!みかちゃんとお写真撮りましょ!」
『え、写真?』
「そうよぉ♪ね!みかちゃんも紅紫くんとならいいでしょう?」
何故俺を巻き込んできた。
なにか言い返すべきかと思ったけど、期待げに見上げてくる影片とにやついてる黄蘗とシアン、息を吐いて首を横に振った柑子と木賊。どうしてか伏見と衣更がにこにこしてるから頷いた。
「ありがとう。え、えっと、ナルちゃん…あんま俺映さんといてな…?」
「ふふ、難しい注文ね~」
恐る恐る後ろから出てきて寄り添った影片は視線を迷わせてるうえに俺の服を握ったままだ。
スマホを向けてぱしゃりぱしゃりと二回ほど音を立てたと思うと残念そうに眉根を寄せる。
「美男美女ってカンジなんだけど…なにか物足りないのよねぇ…」
『うーん…影片、どうする?』
「お、俺に聞かんといて…」
目を泳がせた影片。思いつかないのか困った困ったと零す鳴上に嫌な予感がして切り上げさせようと息を吸った。
「お姫様と王子様でしょぉ~?」
聞こえてきた気だる気な声が俺の声をかき消して、そこにいた朔間くんはにんまりと口角を緩く上げた。
「ほら、もうお姫様抱っこしかないんじゃない?」
あ、なんだそんなことか
目を瞬いて固まる影片。凛月ちゃんさすがね!と微笑む鳴上と褒められて胸を張る朔間くん。
見つめた先の木賊と黄蘗が頷くからまぁいいかと身を屈めて、影片の背中と膝裏に手を回した。
「んぁ?!」
『僕の服、握るか首に腕回して?』
浮遊感にかおとなしく腕を回す。途端に鳴上がこれよこれ!と目を輝かせた。
「キャ…キャラとちゃうやん!」
『そう?』
すっかり腕の中で縮こまってしまった影片に黄蘗が笑う。
「はーちゃんは元からこんな感じだよ?」
「とんだたらしだな」
大神の目は呆れ混じりで首を横に振られる。案を出した朔間くんは衣更に頭を撫でられて機嫌がよさそうに細めた目でこちらを見据えてた。
「はい!ありがとう!」
『うん、それじゃあ降ろすよ』
「ぅ~…」
鳴上がばっちり!と人差し指と親指で輪を作ったからゆっくりと屈みながら影片を降ろす。足がついた瞬間頬を赤くしてる影片は木賊の後ろに隠れた。
「あかん、あかん、ほんまあかん~…」
「なんで俺の後ろなん!?」
「親近感じゃないですか?」
隣りに居た柑子が笑って、ついでにか影片の服を見つめる。腰や肩、服にも寄れがないか確認したところで頷いて視線をこちらに向けた。
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