あんスタ
1
演劇部があるのに演劇会があるのは理解できない。クラスごとに分かれ発表するそれは何故か単位に関係していて、よっぽどの理由がなければ不参加は認められてない。
演目はお伽話やロミジュリなどの王道から創作まで自由で、1クラス一時間以内にまとめていれば良しなんていう制約の少ない行事だ。
puppeteeerの仕事を終えて校舎に入る。HRが始まってるらしく、騒がしい教室を横目に人気の少ない廊下を歩いた。
「今日のHRなんだっけ?」
「今度の演劇会の話だった気がするぞ」
「あー、もうそんな時期なんだぁ」
『早めに行かないと余り物にされそうだね』
「僕裏方がいいなぁ」
「サボる気だな」
『僕も裏方がいいね』
「俺も今年こそは裏方」
「去年のしーちゃん、主役だったもんねぇ」
言葉を軽く交わしながら目的の教室につき扉を引いた。
視線を上げて担任を探すより早くなにか視界に映る。
『っ、』
躊躇いなく突っ込んできた物体に息がつまり胃がひっくり返りそうになった。
「はーちゃん?!」
目を丸くしたであろう黄蘗と殺気立ったシアンに視線を向けて、言葉を吐くことなく一度飲み込む。下を見ればぷるぷると震えて俺に腕をまわしてる黒髪が見えた。
少し待てば恐る恐る見上げてきて俺を映した色違いの瞳に息を吐く。
『…影片…どうしたの?』
「ちゃ、ちゃうねん」
何に怯えてるのかうっすら涙さえ携えてるから頭に手をのせて柔らかい髪をなでることにした。
『ゆっくりでいいよ』
「ぅ、」
よしよしと意識して優しく手を動かし頭を撫でれば回った腕の力が緩んでいき、ぺたりと地面に座りこんだ。離れた手に膝をつけて顔を覗き込む。
その横を二人がすり抜けて席についた。
「おはよーさん」
「お疲れ様です」
朝から授業にいた二人、特に木賊のほうが半笑いで挨拶をしたことに少し苛立つ。
「くーちゃん、こーちゃんおはよー!」
「役割は決まったのか」
俺が大丈夫と言ったから気にしていないのはわかるけど、あまりに適応してる二人に心の中だけで息を吐いた。
そんなことつゆ知らず、もぞりと顔を上げた影片に視線を落とす。なんとか落ち着いたらしい。
「うぅん、いきなりごめん」
『大丈夫だよ。おはよう』
おはようとため息混じりに返してきた影片は随分と疲れているように見え、隣に立った影に顔を上げた。
「おはよ、朝から災難だな」
いつもの顔で笑う衣更に挨拶をする。
『それで、影片はどうしたの?』
「あー、演劇会なんだけど…影片が主演になったんだよ」
『あー…』
ぷるぷると震えていややぁと頭を抱えてしまった影片の背を撫でていれば次に鳴上が笑顔で衣更の隣に立ち、向こうから聞こえてきた木賊の笑い声とシアンの本当か?の声に嫌な予感しかしない。
「みかちゃんはお姫様、紅紫くんは王子様よぉ♪」
『え、』
「みかちゃんが一緒じゃなきゃ嫌だっていうんですもの」
『な、?』
思わず素がでかけた返事に鳴上は笑顔を崩さずに言葉を発する。
「ふふ、冗談よ。くじの結果♪」
誰がひいたんだよ
堪えられず声を出して笑いはじめた木賊は後で締めるとして、半べそをかきはじめた影片を立たせて教室の中に入った。自由に座ってたのか周りに固まってる四人のうち黄蘗とシアンが笑うから息を吐く。お誂え向きに空けられていた席二つに座った。
「あのね!くーちゃんと僕は衣装係、しーちゃんは大道具でこーちゃんは照明だって!」
「はくあ、応援しているぞ」
『…ありがとう』
顔にこんな面白いこと中々無いと書かれていて殺意が湧くレベルだ。
こいつら腐っても俺と一緒にいだけあるなんて再確認して黒板に目を向ける。
並べられた役名とその下の名前。誰がやったのか俺と影片の名前がデコレーションされてて頭が痛くなった。
時間を無駄にしないようにと早速劇の内容に話が移る。どうやらうちのクラスは恋愛物らしく配役から王子とお姫様が主役の王道話になりそうだ。
ハッピーエンド、バッドエンド、時間はあまりないからそこまで凝ったものを作る必要もないし作る気もないが方向性の話になった瞬間、こてんと影片が首を傾げた。
「悲恋やいうけど…自分らが幸せならそれでええんとちゃう?」
どうやら影片はメリーバッドエンドもお好みらしい。鳴上は複雑そうに眉を寄せて手を頬に添えた。
ただその表情は穏やかに陰っている。
「あらあらぁ。……でもそうよね、誰からも祝福されるなんてお伽話だけ、本人たちと…わかってほしいと思った人にだけ祝福されればそれでいいわ」
「なんか実体験くさいな」
「あらやだっ、そんなことないわよ!」
大神の一言に目を瞬いて笑った鳴上はもういつもの笑顔を繕っていて、案をいくつも書いたノートにペンを走らせた。
「じゃ、最後はハッピーエンド風ね!」
「風かよ」
つっこみはいれるものの否定はしない大神により大体の方向が決まって、そうなれば話も勝手にまとまっていく。
未だ主役ショックから抜け出せないでいる影片の髪を撫でていれば黄蘗が僕と飛びついてきて一緒に相手をすることにした。
「こらこら、黄蘗くん、はくあくんはお忙しいんですよ?」
「え~?」
『大丈夫だよ、まだ台本がないし、僕と影片は動かないから』
「一生できんでほしい…」
んん~と唸った影片の頭をもう一回撫でた。
役決めから三時間もすればさすがに腹をくくった影片は今じゃ木賊にもらった飴玉を頬張って表情を緩めてた。
黄蘗も衣装担当の柑子と伏見と一緒にノートや携帯を見てはああでもないこうでもないと言い合っていて今から衣装の話で盛り上がってるみたいだ。
肝心の脚本はといえば、男子しかいない学園内の出し物にはキスや抱きしめるなんて行為は一種の演出でしかないため躊躇いなく組み込まれていってる。
「みかちゃん、大丈夫?」
まぁ今回は演出兼脚本に鳴上がいて、負い目からか影片にそういった際どめの部分は一つ一つ聞いているから無理強いはしてこない。一番盛り上がるであろうラスト間近のキスシーンは特に真剣な顔で問い掛けた。
んー?と普段と変わらず緩く首を傾げた影片は柔らかく笑う。
「ええよ?」
あまりに躊躇いない返事に驚いたのは鳴上の方だったらしく、何故か俺を見てから心配そうに眉尻を下げた。
「………、無理してない?」
「んー」
聞き返されたことに不思議そうな顔で瞬きをしてだってと口を開いた。
「知らん人やったら嫌やけど、別に知らん人とちゃうし…やろ?」
逆に問いかけられた鳴上はあらあらと微笑んで、隣にいた大神が意味ありげにこちらを見てくる。肩を震わせてる木賊を睨んでればいつの間にか隣に居た朔間くんに肩を叩かれた。
「ふぅん、懐かれてるね~」
「あれをただ懐いてるってことで済ましていいもんなのか…最近心配になってきたぞ」
衣更の言葉にあやふやに笑って視線を逸らす。
たしかに最近影片のことで何かあったら俺にとりあえず言えば間違いないなんて謎の流れができていて、とても不本意だ。
そんなこと口にするだけ仕方ないことだから小さく息を吐けば、どうやらこちらを見ていたらしい暇人のシアンと木賊が面白いものを見たといわんばかりに笑ってきたから睨みつけておいた。
「じゃあ最後は主役のチューでめでたしめでたしだね~」
「可愛いみかちゃんの唇を奪っちゃうなんて紅紫くんったら罪深いわ♪」
きゃ♪なんて声をあげて台本の元になにか書き出していく二人に影片は不思議そうに俺を見上げた。
「ちゅーって罪なん?」
『………罪では…ないんじゃないかな?』
純粋に見上げてくるのは辞めてくれ。腹を抱えて笑い始めた木賊とシアンが目に余ったからポケットの中の飴玉を投げつけておいた。
.