あんスタ
「はーちゃんは優しいよ?」
ぱちぱちと瞬きをしてにっこりと笑ったこの子は純粋にあれを慕っているように見えた。
なんとなく気まずくてそうかと返せばもう一度瞬きをしてああとにんまり笑う。
「さっくん先輩、悩んでるんだぁ?」
「……ふむ、お主に見抜かれてしまうようじゃまだまだかのう」
「僕見た目よりも周り良く見てるタイプだからね♪」
「意外じゃ…」
「えへへ、よく言われる♪」
両頬を包み込むように頬杖をついて、何故か嬉しそうに笑ったあとにそれで?と大きな瞳をこちらに向けた。
「さっくん先輩、はーちゃんのこと好きなのにどうしてそんな回りくどいことしてるのぉ?」
「な、……別に我輩はあやつのことなんて好きじゃ、」
「ふぅ~ん。そぉ」
大きな瞳を細めて唇を結う。口角がほんの少しだけ上がって弧を描いているように見えるそれの表情はあれと重なるようで、先程投げつけられた言葉も混ざって心臓がバクバクと音を立ててうるさい。
んー?と少し高く、楽しそうに声をもらしたあとにねぇと口を開いた。
「なっちゃんもくーちゃんもセッちゃん先輩もツンデレだけどさぁ、さっくん先輩も大概だよね??」
「……我輩はツンデレではないんじゃが」
「ツンデレの人って大体それ言うから宛にならないよぉ」
にこっと笑って頬杖の片方を外すと、ポケットから小さな包み紙を取り出してテーブルに乗せはじめた。
赤色の包み紙のちいさなそれを3つ置いて、そのうちの一つを開けると口に放り込んだ。おいしと表情を緩ませ、視線を上げることなく机に並べた包みを指の先でつついて遊ぶ。
ツンデレ人口高いよねぇと溢された言葉のあとに息を吐いた。
「僕はツンデレって損だと思うんだぁ。好きなら好きって言えばいいと思うの。自分に嘘つくのって疲れちゃうし、その方がすっきりする」
もう一個包みを拾い上げ口に入れる。チョコレートを口の中で転がしてふふっと笑った。
「はーちゃんね?好きって言われたときすごく嬉しそうに笑って頭撫でてくれるんだぁ。さっくん先輩見たことある?」
「な、いが」
「困った顔も、作った笑顔も、怒った顔も、どんな顔のはーちゃんも好きだけど、僕は幸せな顔をしてるはーちゃんを見てるのが一番好き」
もう一個、並べていた最後の一つも包みを外して口に運ぶ。今度はもぐもぐと口を動かして噛み砕いたあとにゆっくり視線を上げた。
「さっくん先輩は複雑だと思うけど…」
大きな黄色の瞳と目が合う。黄色の瞳は柔らかいはずなのに視線が強くて、どうしてか逸らせない。
酷く口の中が乾いている気がして唾を呑み込んだ。
「はーちゃんって、さっくん先輩から見て冷たい?怖い?憎い?人間と思えない?死んでほしい?殺したい?」
「そんなことはっ」
「どうして?さっくん先輩のされたことを考えたらそうじゃない?」
慌てて声を発せば檳榔子くんは目を細めて見据えてくる。
わかりきっていたけれどこの子も知ってるというその事実に羞恥やらでごちゃまぜになるが、この子の目が求めている言葉はきっとそうではない。
「ねぇ、どうして?」
小さな子どものように純粋な黄色の瞳は追い詰められてるわけでもないのに心臓が痛む。じっと見つめられて、思わず唇を噛んでしまえばゆるい笑みを浮かべた。
「さっくん先輩、はーちゃんと同じ癖あるよね」
「え」
「あのね、はーちゃんも悩んだり困ったりすると唇を噛む癖があるんだぁ」
「……………」
「案外はーちゃんってその癖出すことが多いんだけど、さっくん先輩は気づいてた?」
急に言われた言葉に頭が真っ白になって、俺は動けないでいるはずなのに思考は働いた。
あやつが表情を崩したところなんて見たことはあまりない。基本的にはあの何を考えているのかわからない傍目からすれば美しい笑みだけで、それ以外は―…
ああ、いや、違う
「ある、のう」
かすれて途切れる声に檳榔子くんはふぅんと微笑んでいつ?と首を傾げた。
「あれ、は―…」
あれは、そう、あの日、あれを問いただそうとした時に、
「…………―さっくん先輩、唇噛みすぎ。切れちゃうよぉ?」
「、」
思考を遮るように聞こえてきた声に力を抜くとたしかに噛み締めてしまっていたらしい唇がひりひりした。
“唇を噛む癖”は自覚してるけど今まで指摘された覚えがない。いや、あったか。言葉には出されなかっただけで、あの少し冷たくて平たい指先で唇に触れられて、傷をつけるなと。
「話脱線しちゃったぁ~。ねぇねぇ、さっくん先輩はなんではーちゃんのこと憎んでないの?普通なら怖いし、嫌いだし、あんなことした相手の不幸を願うものでしょ?」
「……人を嫌うのは、あまり得意ではなくて…」
「ほんと?」
ゆるく上がった口角に心臓が掴まれたように苦しい。見透かされてるような目に視線を落としてしまって、唇を噛む。
俺の言葉を待っているのか喋りださないから静まり返ってしまった室内が異様に居心地が悪くて、自然と力を込めてた口元を緩めた。
「嘘、を…ついた」
「嘘?」
「……初めは、憎くて、怖くて…死んでしまえ、と思った」
「そうなんだ」
あっさりと、受け入れるように頷かれてしまって、そのせいか時折突っかかってしまうけれど言葉は止まらない。
「あれはいつも、髪に、触れる手が…優しくて」
あの行為のあと、俺が目覚める寸前までして髪に触れてることも、あの行為が俺が寂しさを覚えた時はかったようなタイミングで行われることも、もう気づいてた。
あれが、俺を綺麗にした後に口にする懺悔だって、本当は聞いてた。
「あれは、俺を助けてくれてたんだと、気づいてしまえば…もう恨めなかった」
「………単純だね、さっくん先輩」
哀れむような目を向けられても感情が揺れることはない。
今度は俺がまっすぐ見つめれば眉根を寄せた。
「…教えておくれ、檳榔子くん。あれは、何を思って我輩に手をかけた?」
「……さぁね。僕にはわかんないよ」
ポケットから今度は水色の包装をされた飴を取り出して、テーブルに置くと何故かそれを食べることなく再びポケットに手を入れた。次にはさっきと同じ赤色のチョコレートを取り出し、またポケットに手を戻す。
不可解なその行動をぼーっと眺めてしまえばまた手を入れて深緑色の包みを取り出したところで止まった。
「はーちゃんはなんでもかんでも教えてくれるわけじゃない。本当ならさっくん先輩にしたことも僕には教える気どころか悟らせる気もなかったと思う」
どこから取り出したのか、マジックペンのキャップを外したと思うとテーブルに並べるだけ並べ放置してるお菓子の一つにペンを押し付け始めた。
「でもね、僕ははーちゃんが苦しんでたら助けたいと思うし、はーちゃんのためなら、痛いのは嫌だけど僕が悪役になったって構わない」
「どう、いう意味じゃ」
「はーちゃんはなにか理由があってさっくん先輩のことを押し倒したの。たぶん、さっくん先輩にはずっと恨んでて欲しかったはず」
「恨んでて欲しかった…?」
「さっくん先輩に限らないけど、人って何か目的を持ってないと生きてけないでしょ?」
キュッキュッとペン先が滑る音が響いて、なにか書き終わって用済みになったらしく蓋をしめる。そのままポケットに差し込んで落書きをし終わったそれと、残りの二つを寄せて纏めた。
「また僕から質問なんだけど、いい?」
「…………」
こくりと頷けば檳榔子くんは目を伏せる。
「さっくん先輩、はーちゃんがあんなことする直前…死にたくてたまらなかったでしょ?」
「、」
「頑張っても認められなくて、針のむしろで、なんの目的もなくなっちゃって…違う?」
黄色の瞳が疑いのない目で突き刺してくるから息を詰めてしまった。あまりにわかりやすい反応に答えるまでもなく檳榔子くんは頷いて腰を上げた。
「はーちゃんだってボランティア精神の塊じゃないから全部を守ろうとなんてしないし、守れるとも思ってないと思う。あの頃はいろんな人を助けててはーちゃんだって本当は余裕がなかったはずなの」
にっこりと笑って、いつの間にか目の前に立っていた檳榔子くんが俺のネクタイを強く引いて目をのぞき込んだ。
「じゃあなんではーちゃんはさして仲良くもない、関わりもない先輩を助けたんだろうね?」
のぞき込んでくる目が一切笑っていなくて、光もさしていないからゾッとして払おうとした瞬間に手を離された。
思わずふらついてしまいその場でたたらを踏めばにっと笑顔を繕い直される。
「はーちゃんが大好き、独り占めしたいって気持ちは皆と違わないけど、僕は皆と違ってまだ独りになったことないからさっくん先輩に言ってあげる」
人差し指だけ伸ばして、さきほど掴まれたネクタイのあたりを刺された。
「好きなら、行動しないと駄目だよ、さっくん先輩。はーちゃんが欲しいなら、ちゃんと本人に欲しいって言わなきゃ」
最後に屈託のない笑みを浮かべて指を離す。横をすり抜けて扉に手をかけると、足音が止まった。
「はーちゃんがどうしてあんなことしたのか、知りたいならよく考えたらいいと思うよ。僕から渡せるヒントはその三つだけだから」
顔を上げて振り返ったものの、視界に映ったのは閉まりかけの扉と靡いた後れ毛だけで、ぱたんと閉じられた扉を眺める。
どれだけそこで固まってしまってたのかはわからない。ふらふらと足を進めて先程まであの子が座ってた椅子に腰掛けると視界には封も開けられず並べられたお菓子が三つ視界に入った。
赤、水色、深緑色。敢えて食べもせずに置いてかれたこれがヒントと言いたいのか
一番右側。水色は飴玉らしく、包装にはサイダーと書かれてる。真ん中は赤色。先程食べていたものと同じものならチョコレートであろうそれには不自然に正面から見て右下に黒い点が書き込まれてる。最後、左端の深緑色には少し潰れた丸が2つ、真ん中に線が引かれて繋がれてた。
これのどこがヒントなのか、弄ばれているような気もしなくもない。
ヒントになるのかもわからないそれを睨みつけているうちに、ふと、赤色と言えば懐かしい後輩の姿が過った。
あの後輩は、唯一と言ってもいいくらいに未だ俺を会長と呼び慕ってくれる後輩は、遠目から見ても鮮やかな赤色の髪と瞳の色をしていて、そう、ちょうど口元…唇の右下に黒子がなかっただろうか
はっとして見下ろした三つのお菓子。とってもしもこれが、あやつがさして交流もなかった俺を急に手をかける理由のヒントなのであれば、これはアレの周りの人間で尚且つ俺の周りの人間のことなのではないか
そう思えば残りの2つのうち一つはすぐにたどり着く。水色から連想されるような俺にもアイツにも関係がある人間は一人だ。一瞬瀬名くんかとも思ったが、もしもサイダーという飲料水であることもかけられているのであれば、これは
「奏汰、くんじゃな」
あれに手をかけられる前も、後も、俺が一人になって消えようとしているのを感づいたように声をかけてくるあの友はあれと仲がいい。
薫くんがわざわざ口にすることはなかったけど、奏汰くんとあれの話をするといつからか気まずそうに目を逸らすようになっていた。もし奏汰くんがなんらかの事情を知っていると知ってしまったことからの行動なのであれば辻褄は合う。
息を吐いて、最後の一つをつまみ上げる。深緑色に落書き。この落書きは眼鏡か。
俺の周りで眼鏡をかけていて、尚且つあれと関わりがある人間。
一緒にいるところを直接見たことはないけれど、記憶を掘り返して今まで聞いてきたことを思い出せば、一人。
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