あんスタ


眠りは深いようで、寝言の一つもなく静かに眠る泉さんの髪を撫でているとノックが響いた。

顔を上げて返事をすると開いた扉から光が差し込んで、閉じられる。

「暗いが…電気をつけても大丈夫か?」

『はい、大丈夫です』

泉さんの目元を手のひらで覆うと同時に電気がつく。一瞬白んだ視界に目を閉じてから開いた。

壁にかけてある時計はこの部屋に向かったときからゆうに一時間が過ぎていて、近づいてきた足音に顔を上げる。目を丸くしたその人は眉間に深い皺を寄せた。

「乱闘でもしたのか」

『え?そんなことはしてませんよ?』

「……その見た目じゃそう思われても仕方ないぞ」

度し難いと零される。呆れたような目にそういえば鼻血を出して放置したままだったのを思いだした。

視線を下げた先の左手は袖口も真っ赤に染まっていて、時間の経過から赤黒くこれは顔もさぞひどい見目なんだろう。

『血って落ちますかね?』

「付着してからどれぐらい経っているかにもよるが…クリーニングのほうがいいと思うぞ」

『はい、そうします』

泉さんの制服にも血がついてしまっていて息を吐く。

血を押さえるのに使った衣装と制服は一週間もすれば綺麗に戻ってくると信じたい。

穏やかに眠る泉さんの頬にも血がついてしまっていて、指先でぬぐってみるけど乾いてしまっていて取れそうになかった。

『…それで、泉さんの処罰は決まりましたか?』

「いや、まだだ。明日から一週間の自宅謹慎処分。その間に正式に決まるだろう。…しかし、今回は相手が穏便に済ませたいと言っているし自主的に以外で退学になることはないだろう」

眼鏡を一度なおす。その目元は疲れからかくまができていてまた連絡が来る日も近そうだ。

「だが、代理リーダーの権限は剥奪になる」

『ですよね』

「後任は瀬名の意見も尊重するが、鳴上か朔間だろう」

『鳴上がいいと思いますよ』

「ふむ、なら鳴上だな」

息を吐いて近くにあったソファーに腰を下ろすと眼鏡を外して目頭を押さえた。

「自業自得とはいえ…次から次へと物事が起きて落ち着く間もない…」

『ええ、ここ一週間で一年分以上の働きをしている気がします』

「………頼っている俺が言えたことでもないが…、あまり無理はするな」

『はい、本当にそうですね』

俺の返事が意外だったのか、目を丸くしてこちらを見てくるから苦笑いを浮かべる。

『さすがに完遂は難しかったですね。結果がこれです。…最近の俺は、ちょっと驕っていましたね』

「……そうか」

何故かほっとしたように気の抜けた笑みを作って、次には伸びてきた手が俺の頬を撫でた。

傷口に触れたらしく、ぴりっとした痛みがはしって眉根を思わず寄せてしまえば悪い悪いと軽く口にして、それでも手は離れない。

「ひどい有様だな」

『そんなに酷いですか?』

「ああ、起きた瀬名が自己嫌悪に陥りそうなほどには。…濡らしたタオルでも持ってくるから待っていろ」

来たときよりも和らいだ表情で立ち上がると部屋を出ていく。

どこに落ち着く要素があったのかは不明だったけど、気にしたところで答えがわかる気もしない。

ポケットから携帯を取り出して鏡にして覗き込む。たしかに言われたとおり顔は血まみれだし頬には引っかき傷があって、見た泉さんが違う意味で取り乱しそうだ。

眠る泉さんの手を取って指先を眺める。俺の血で染まってしまっていてわかりづらいけど、爪が欠ていて親指だけ異様に短かった。

目を細めて息を吐く。

悪い癖が出てたなんてまったく気づかなかった。

不揃いで触れれば痛みを感じる。家に帰ってお風呂に入ったらまずは爪を整えるところから始めようか


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