あんスタ
泉さんが遊木くんを拉致監禁?
そもそも天祥院さんが泉さんと取引していて?
つい先日のS1のUNDEAD乱入、紅月の失脚。fine.の再活動。DDDの開催。なにもかも予想外過ぎて頭が痛い。
とにかく、今、一番にするべきなのは、
教えられた部屋の扉をノックしても返事はない。失礼しますと声を出して扉を開けると部屋の中は窓からさしこむ光しかなくて、部屋の中心にいたその人を照らしてた。
足を進めれば足音にか、びくりと肩をゆらす。
『泉さ、』
「来ないで」
静かな本気の拒絶。自身で抱いた肩は小さく震えてて、暗い部屋の中で唯一光る青い瞳は冷めきってる。
『…どうしてですか?』
「………アンタに…近づいてほしくない」
何かした覚えもないのにどうしてこんなにも拒否されてるのか、しかたないからその場にとどまることにして、じっと泉さんを眺めた。
この暗さに遠目じゃ肌や髪の艶までは見れない。異変があればそこからだろうけど確認ができないから話すことにしようと息を吸う。
『僕じゃ駄目なんですか?』
「…駄目」
余計なこと一つも零さず、何を警戒してるのか俺から目を逸らさない。今までにない剣呑な雰囲気。
この泉さんの様子も、その遊木くんを拉致したなんていうのも、どれも今までにないことたったから反応に迷う。
何が原因だ?
『…僕が駄目なら代わりの人を呼びましょ、』
「っ、いらない」
『…そうですか』
そもそも一人にするのは危険だし、様子を見ていてほしいなんて任された身としては一人にすることはできない。
まぁ監視なんて言ったら別の意味で雰囲気が重くなりそうだから追い出されないように端にでもいるべきか。
壁にもたれかかって息を吐けば最近の疲れやら何やらがのしかかってきたのか頭が痛くなってきた。
「………」
視線が刺さってるなぁ。どうしよう
額を押さえたあとに顔を上げる。そっとこちらを窺ってくる目はなんでか揺らいでてとてもらしくない。
…弱ってる?
もう少し近づければ外見的にも何か違いがわかるかもしれない。
記憶を探って最近の泉さんに違和感がなかったか考えて気づく。
最後に泉さんを間近で見たのはいつだ?
『…泉さん、近寄らせてください』
「来ないで」
『触れませんから、近づかせてください』
「嫌だ」
『何故ですか?』
「っ、俺はアンタを必要となんかしてないから!」
ヒステリックに叫ばれた瞬間になんとなく繋がって、床を蹴り一気に距離をつめた。反応しきれなかった泉さんが座ったまま後ずさろうとする。
逃げられないよう腕を掴んで引っ張れば飛び込んできた泉さんは軽く、触れた肌はどこか水気がなかった。逃れようと暴れる泉さんを押さえ込めば頬を爪が掠り熱が走った。
『っ、泉さん』
「離して!」
『泉さん、落ち着いて、』
「触らないで!」
『泉さ、』
「嫌だって言ってるでしょ!!」
また掠った手に頬が熱くなって、力を込めて押さえ込めば段々暴れる力が弱くなっていった。
「はな、して……もう…俺のこと、嫌いなんでしょ…」
『……は?』
涙混じりの声は掠れててとても聞こえにくい。それでもおかしなことを言ってるのは理解できたから思わず声をもらせば鼻を啜る音が響いて、本気で泣いてるらしかった。
『…どうして急にそんなことを?僕は別に泉さんのことを嫌ってなんか、』
「うるさい!」
『え、いや、あの』
「あっちいってよ!もう俺に関わらないで!」
戸惑ってるあいだにまた暴れることにしたらしい泉さんの振った手が鼻に思いっきり当たって痛む。
『あ』
なんとも当たりどころが悪かったらしい。生暖かい液体が垂れてきたから咄嗟に片手を離して押えれば腕の中の泉さんが肩を大きく揺らした。
「ぅ、あ…」
驚いたのか動きを止めて言葉を詰めて涙に濡れた目が俺を見上げる。かなり出ているらしく止まらない血が手のひらを濡らしていって、暗い部屋の中じゃティッシュも見つからなそうだ。
手首にまで伝い始めた血に汚さないよう離れようとすれば固まっていたはずの泉さんが何故か引っ付いてきて、そのまま布が押し当てられる。ユニット衣装らしいそれに目を瞬いて腕を掴んで離そうとするけど動かない。
『あの、血って落ちにくいですから、』
「うるさい」
『ちょ、ぐ』
グイグイと押し付けられる布が苦しくて、今度は俺が後ずさる羽目になった。後ずさろうにも上に乗ってる泉さんがいるから動けなくて、つい数秒前の自分を呪いそうだ。
『も、止まり、ますから、止まりましたから』
「嘘」
『ほんと、いや、苦しいので』
「…ちっ」
僅かに緩んだ力のおかげで息苦しさは薄くなって、もうこの際俺が洗えばいいかと衣装で鼻を押さえる。
鼻血なんて何年も出していなかったからいつ止まるのか検討もつかず、とりあえず押さえながら彼に視線を戻した。
『すみません、ありがとうございます』
「……………」
じっとこちらを見る目はもう涙は止まってるけど揺らいだままで冷たい。
鼻を押さえるのに使ってない左手を伸ばして髪を撫でれば眉間に皺が寄った。
「触らないでっていってるでしょ」
強い否定に苦笑いが出るけど手を跳ね除けられたりしないし、瞳が揺らいだからそのままにして息を吐く。
『どうしてですか?』
「嫌だから」
『………それは最近、俺が貴方に触れていないのと関係がありますか?』
「、」
ぴたりと固まったからこれは大当たりか
『…俺がいつ、貴方を嫌いだなんて?』
驚いたように固まってたと思えばぶわりと目のうちから涙をこぼし始めて、髪から目元に動かした手で涙を拭っていく。
「や、やだ、触んないでって」
思い出したみたいに拒否してくるから目をのぞき込んだ。
『泉さん、嫌なら退いたっていいんですよ?俺はもう押さえてないです』
「っ」
『でも逃げられたら悲しいので、よければ話をしたいです。駄目ですか?』
「…………」
今回の無言は肯定でいいだろう。
泉さんが上に乗ったままで痺れはじめた足に座り直して、止まらない涙を拭いながら目を合わせる。
『俺、泉さんが嫌いなんて言いましたか?』
「………いっ、ては、ないけど」
ぼろぼろ溢れる涙はいくら拭っても追いつかなくて、明日には腫れてしまうかもしれない。
小さくえづきながら零れはじめた言葉に耳を傾けた。
「さ、いきん、連絡もない、し、…顔、も、見せない、から」
『はい』
「家、にも、いないし」
『……いらしてたんですか』
「ぜん、ぜっ捕まんな、くて」
家に来る前に連絡してくるほうが先じゃないかとかそんなこと思わなくもないけど、あまりに悲しそうに泣いてるから余計なことは言わず先を促す。
いつのまにか伸びてきた手が控えめに俺の服を掴んでた。
「疲れて、なら俺んとこ来ると思ったのに、来ないし、だから、も、しろくん俺のこと嫌い、なったんだ、て」
『…思考が跳躍しすぎですよ』
「だって、俺、捻くれてるし、めんどくさ、いし、一人じゃ、だめだから、だから、また、頼ってもらえるよ、俺、頑張って―…」
不意に言葉を切って顔を上げた泉さんは笑顔を繕おうとしてるのか歪に口角を上げる。
「頑張ったけど、失敗しちゃ、た」
笑顔にもなりきれてないその表情に手を止めてしまった。
『…―なんで…笑おうとしてるんですか』
柄にもなく震えてしまった声に、歪な表情のままで泉さんは口を開く。
「俺には、これしかできないから」
『―頭がいいのに、泉さんは馬鹿ですね』
あとで血が落ちないと怒られるかもしれないけど細くなった泉さんを抱きしめる。落ち着かせるように背を撫でながら息を吐いた。
『泉さんの笑顔は武器ですけど、唯一ではないでしょう?』
「おれ、なんにもできないから」
『…自己評価が低いのは美点じゃないですよ』
「でも」
『俺は泉さんの素敵な部分、それ以外にも知ってます』
強引に言葉をさえぎって髪に触れる。手入れはされているはずなのにどこかハリのない毛先に目を閉じた。
自分の見通しの甘さに腹が立つ。
『たしかに最近の俺は貴方への態度が良くなかったです』
「、それは」
『俺が泉さんを嫌いになったわけではありません。でも、貴方のことを後回しにして、蔑ろにしてしまいました』
「…………」
『そこに忙しかったからなんて言い訳が通用しないのはわかっています。毎日は難しくても短い時間でも顔を合わせたり、寝る前連絡の一つくらい入れることはできました』
「……ほんとだよ、しろくんのばか」
『はい。俺が悪いです』
力が抜けてもたれ掛かってきた泉さんの髪を撫でながら丁寧な言葉を選んで紡ぐ。
『でも、たとえ一緒にいなかったとしても俺は泉さんのことを嫌いになったりしていませんよ』
泉さんが服を掴んで目を閉じる。目の端から涙が溢れて止まった。
「…なら一緒にいて」
『はい』
「寝るときも、起きても、隣にいて」
『はい』
「ご飯も、お風呂も」
『貴方が許してくださるなら一緒にいますよ』
「…うん」
薄暗い部屋の中じゃ顔色まではうかがえなかったけど、たぶん眠れていないはずの泉さんの目元にはくまがあるはずで、それを助長するように船を漕ぎ始めた。
「しろ、くん」
洋服を握る手に強く力を込めるから抱えなおして密着する。近くで香った泉さんの香水はいつぶりだろう。
ゆっくりと髪を撫でて息を吐く。
『大丈夫ですよ、泉さん。』
「…ん」
声をかければ落ち着いたのか小さな返事だけが聞こえて、腕の中で糸が切れたように重みが増した。
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