あんスタ
「最近、雲行きが怪しいのだよ」
黙々と手元の布を服へと形作っていたはずのその人が急に口にした言葉は違和感があった。
何がとは言わなかったけど、最近の学園のことを言ってるんだろう。
『もとから見通しは良くなかったと思いますが…急にどうしたんですか?』
「……影片は、どうだい?クラスでうまくやっているかね?」
『…鳴上もいますし、一年の頃より浮いてるようには見えませんね』
いきなり振られる話題は繋がっていないように思える。何が言いたいのかわからず仕方無しに手を止めて顔を上げればその人はまた息を吐いた。
「学園も、零も、渉も、奏汰も、影片も…小僧も、仁兎も、僕の周りが、慌ただしい」
腹立たしい気に歪めれた表情と重いため息。あまり部屋から出てこないし最近は情報収集もしていないこの人でさえ感じ取っているなんて誤魔化しようがない。
『……そういうことですか。まぁ、一年生が入ってきたから雰囲気も少し違いますし、今度S1がありますからね』
「…………ほう?」
器用に片方だけ上がった眉と睨みつけるような目に苦笑いを浮かべた。
『そのS1で、現状打破を目論んでいる人たちがいるみたいですよ』
この様子じゃもう裁縫は続けないだろう。用意してそのまま放置してしまってた紅茶に口をつければ不安の色を混ぜてこちらを見つめてきた。
「……まさか、影片や小僧じゃないだろうね」
『いいえ、貴方の周りの人が主犯ではないのでその辺りはご安心ください』
さすがにすべてを把握しているわけではないけど、ある程度の情報収集と繋がりがあれば現状の確認は容易い。
去年の秋、金星杯なんていう名前の新人ライブに立ったあの四人はTrickSterなんて名前のユニットを組んだ。無駄にポテンシャルと名前だけはとても有名な人間が集まったそのユニットはどうにも皇帝崩しを目指してるらしい。
相変わらず器用貧乏な衣更は生徒会とユニットの二足のわらじを履いているし遊木くんはクラスが離れたから直接話すことは減ったもののたまに見かける姿はばたばたしてる。
たしか逆先はそのTrickSterの一人と仲は良かったはずだけど、今のところ自身のユニットのことで手一杯のようだし、この人と同じ奇人に括られた残りの三人は関わってはいるけど主犯ではないから俺の言ったことは嘘じゃない。
「……そうかい」
安心したように小さく息を吐くと縫っていた衣装を置く。針を一度抜いてしまうとこちらを躊躇いがちに見上げた。
「僕は当分動く気もないし、動くこともできない。彼らが選ぶ道に文句をつける気はないけど…心配であることにかわりはない」
一瞬唇を結うと目を逸らして、また戻した。
「僕から君に依頼をしたい。彼らがあの頃と同じくらい傷つくことがないよう守って欲しい」
『……また難しいことを』
「君にもやらねばならないことがあるだろうし、機を伺っているのはわかっている。それでも、頼みたい。もちろんそのために僕が動くことも辞さない」
じっと見つめてくる目があまりにもまっすぐしているから、気づいたら噛んでしまってた唇を解き息を吐いた。
『僕も手が回らないと思うので、全部は厳しいですよ』
「構わない」
頭の中で今受けている依頼と時間、予定を整理して目を開く。
『……保護対象は?』
「影片と小僧に危害が加わらないように守って欲しい。零、渉、奏汰には必要以上傷つかないよう手助けを頼む」
『おや、仁兎さんはよろしいんですか?』
「……仁兎は…――――
小さいけれど迷いのない声で紡がれたその先に頷いてから立ち上がった。
『かしこまりました。用事ができてしまったので失礼しますね』
「期限を忘れるんじゃないのだよ」
指されたれるがのが手元の衣装についてだと気づいてもちろんと笑って返す。時計を見ればそろそろ学校を出ないと行けない時間だったからちょうど良かった。
縫いかけの衣装を仕舞って扉に手をかける。再び裁縫を始めてるその人に聞こえるかどうかはわからないけど声をかけた。
『なにかあれば必ずご連絡をください』
「…ああ」
まさか返事があるなんて思ってなかったから一度瞬きをして、頭を下げる。
「…―頼んだ僕が言えた義理ではないけど、」
閉まりかけの扉の隙間、溢れだしたような小さな声を耳が拾う。
「あまり、無理をするなよ」
小さな小さな声は扉の閉まる音にかき消された。
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