あんスタ(過去編)
3
睡眠を妨害する電子音。目を覚まし暗闇の中で唯一光ってるそれを手に取る。画面を見ると夏目からだった。
連絡自体が珍しいそれに不安を覚えて手を伸ばす。酷い胸騒ぎを気のせいだと思いたくて通話を押した。
「どうしたんじゃ?」
「………」
「…夏目?」
電話の向こうから聞こえるくぐもった声と複数人の足音、息遣いに嫌な予感は確定してしまって、声が意図せずとも低くなった。
「そこにおるのは、誰じゃ」
「…………」
「奇人排他、過激派か」
「……―はは!せーかいせーかい!」
向こうから揶揄るような声が響き渡って木霊するそれに気分が悪くなる。
「…夏目をどうした」
「あはは!」
気が狂ってでもいるのか笑い声を上げられて、向こう側から一つ扉が開く音がした。
「っ、ぐ」
「あと三人だなぁ」
くぐもった声の後に聞こえた愉快そうな声。
「夏目くん!」
「渉…!?」
向こうから聞こえてきた焦った声はついこの間も楽しそうに笑って薔薇を差し出してきた友のもので、奥歯を噛み締めた。
「お主ら、奇人を揃える気なのじゃろ。ならばこちらから向かってやる。どこに行けば良い」
通話を切ってから即連絡を入れれば奏汰くんと宗まだ手に落ちていなかったらしい。正確には奏汰くんは襲われたらしいが撃退し、奇人を探し回って宗と合流していたようだった。
「なっちゃんとわたるが?」
「……今すぐ向かおう、何処なのだよ」
機転を利かせ体育館の管理室という中々に連想されにくい場所にいた二人と合流して、状況を説明する。答えをすぐに出した二人に頷いて口を開いた。
「弓道場じゃ」
不良のたまり場にもなってるそこは正規の使い方をしている者はほとんどいない。
「早く向かうのだよ」
「ああ。…?奏汰くん、どうしたのじゃ?」
珍しく水没させていないのか手にした携帯電話に目を落として少し眉根を寄せていた彼は息を吐いて顔を上げた。
「いいえ、『なんでも』ありません」
どうにも不自然なその笑顔に言葉をかけようとして首を横に振られる。
「はやくむかわないと、なっちゃんとわたるが『しんぱい』です」
明らかに誤魔化された気はしたけど、促す言葉は最もで顔を合わせて部屋を出た。
日も落ちて暗闇に包まれ始めた学園内には人気もなく、自分たちが歩くことで響く足音だけ。今更迷うような道でもなくまっすぐ弓道場に向かえば扉の少し手前に見張りなのか数人学生がいて俺達を視界に入れると憎悪やらなにやら混ぜ混んで濁った目でこちらを睨みつけてきた。
「出向いてやったんじゃ。通せ」
ピリピリした空気が肌を逆撫でて、宗も奏汰も目つきがきつくなってしまうのは仕方ないだろう。
開かれた扉の先には外にいた奴の倍人数がいて真ん中辺りに手足を縛られ猿轡をされた夏目と渉がいた。
ぶわりと殺気混じりの怒りが湧き上がって、目の前に主犯格らしき男が立つ。手には結束バンドと長めの布を携えてた。
「じゃ、せーかいしたんでこれつけてもらえます?」
後ろに回された腕ががっちり止められて、緩みもないから抜けることは難しそうだ。ふと見た奏汰くんと宗も同じようになっていて、押され足を膝をついた先にいた夏目の今にも泣きそうな目と視線が絡む。
「あっさり全員揃えられたなー!」
「今回邪魔入んなかったからじゃねぇ?」
「いやいや、今までのやつがアホだったんだろぉ?」
卑しい笑い声は品性のかけらもなくて、宗も渉も眉間に皺を寄せてる。考えたしで来たわけではないけど、こうも手足を拘束されてしまっていては今すぐ動くのも難しい。
不意にアレに連絡を入れておくべきだったと歯を軋ませた。今更思ったところで自由もないこの状況じゃどうにもならない。
「はーい、けーたいかいしゅー」
ブレザーからあっさりと抜かれた携帯電話は纏めて袋につめて放り投げられた。
「でぇ?あっさりつかまえられちゃったけどこっからどーすんわけ?」
「ボコっていーんだろ?」
にやにやと笑うそれらと漂う白煙。届いた臭いに眉根を寄せ、嗅ぎ慣れていないらしい夏目や奏汰くん、宗は少し噎せてた。
「そーゆー話だべ?」
武力行使では数から見ても状況を見てもこちらに不利しかなく、不意にしゃがみこんできたそれと目があう。弓なりになった目元と唇を舐めた舌はどうにも下品で、ぶわりと鳥肌が立った。
「ボコる前にさぁ、やることあんじゃん?ほら、アイドルで顔いいし」
「いやいや適度に削いどかねぇと危なくね?」
「だいじょーぶっしょ。俺気ぃ強いの泣かせんほうが好きだしぃ」
「相変わらず趣味ワリィの」
「つかホモかよ!」
「きんめーw」
「おめーら笑ってんけど男でも女でも穴に突っ込めれば変わんねーから!」
野次る声と笑み、嬉々としてるそいつは品定めるかのように一番近くにいた夏目の顔をのぞき込んだ。
今にも泣きそうな顔の夏目に舌舐めずって、手を伸ばそうとした瞬間にそいつが突き飛ばされた。
「ってぇ!ああ!?」
よろついたそれは眉根を寄せて見下ろす。無理やり勢いをつけてぶつかったのか這った体制の宗は荒い息を吐いてそれを睨みつけてた。
「てめぇなにしやがる!」
胸ぐらを掴んで引き起こされた宗は苦しさに眉を寄せたけれど依然として強い目で見返していて、最初こそ不機嫌そう表情をしていたが宗を見て次第に愉快そうに笑った。
「へぇ、あっちのガキよりお前のほうが面白そうだ」
すっかり標的を移した様子のそれは宗の胸ぐらを持ったまま振り落とし、床に転がす。背中を打ったらしい宗のくぐもった声が聞こえて立ち上がろうとするよりも早く別の不良が俺達の前に立った。
「俺別に男にキョーミねぇからとりまこっちボコっていー?」
「あ~?いーんじゃねぇ?知らねぇ」
「あ、俺日々樹殴りてぇ!」
「逆先には恨みがあんだよなぁ」
「生徒会長様のゴーカン映像とか売れそうじゃねぇ?」
烏合の衆らしく口々に声出すそれら。
「じゃ、遠慮無く俺はこっちもらうわー」
げらげらと笑って宗に馬乗りになった。
夏目の小さな叫び声を上げ、暴れようにも軋むだけで切れやしれない結束バンドに酷く手首が痛む。
扉の向こうから、大きな音がした。
「ああ?外何騒いでやがんだぁ?」
「おい、誰か外見てこいよ」
「クソ、なんで俺が」
文句を言いながら一人が扉に手をかけて、開く。
「がっ、」
鈍い声を上げて吹っ飛んできたそれは床に転がり落ちた。
「あ?」
「なん、?」
予想外の出来事に目を見開いた周りに扉から堂々と入ってきたそれは不釣り合いな猫のマスクでこちらを見渡した。
『ちっ』
猫から聞こえた舌打ちはどこか聞いたことある声で、それがあやつだと気づくのに時間はかからなかった。
宗にかぶさっていた影を蹴りあげてひっくり返したと思えばその先に待ってた犬が思いっきり下半身にかかとを支柱に落とす。絶叫してその場に伸びたのを見て息を吐いた。
「量が多いなぁ」
ホラーマスクをつけているうちの一人が言葉を漏らす。独特なイントネーションが少し荒く、雑把に聞こえるのは苛立っているからだろう。
「外からも引き入れたんだろう」
「部外者を手引きしたとなれば生徒会も関わらせるしかありませんね…」
続いて入ってきた熊とホラーマスクの片割れが息を吐いて、近くにいる奴らからのしていきはじめた。
五人はたしかに技量があるようで強いが、いかせん人が多く、俺達を背にし庇っていることもあってか押されているようにも見える。
戦況にか舌打ちをかましたところで猫が声を発した。
『少し抜ける』
「おっけー!」
どこか聞き馴染みのある声にああ、やっぱりなんて思えば震えが止まった。それが抜けた穴を四人がカバーするように動き、猫はさっさと俺達を隅の方に移動させ固まらせた。
猿轡をされて声が出ない俺達に目線を合わせるようしゃがみこんだ。マスク越しに赤色の目と視線があった気がする。
『酷な事をお願いしますが…こんな状況なんで、手伝ってもらえますか?』
不安要素しかないこの状況で、優しい声は耳に馴染み四人もいつの間にか震えるのを止め声に耳を傾けていた。
『この中で喧嘩慣れしてる方はいます?』
どこを基準に見抜いたのかは定かではないが、問うた瞬間に持っていたらしい鋏を取り出して奏汰くんと俺の拘束を手早く外し立ち上がる。
振り返ることなくさっさと押され始めてた四人に加担し、近くの金髪の顎に膝蹴りを食らわせた。
『俺達の穴を埋めろとは言いません、そこにいるお友だちだけを守ってください。…―あ、怪我だけはしないようお願いしますね?』
付け足されたような言葉とちらりと投げかけられた視線に、口角が上がる。
「ちょうど体も鈍ってたところじゃ」
「ふふ、『せいぎのみかた』みたいですね♪」
立ち上がって肩を回して笑うと奏汰くんは手刀を入れ、俺も近くのは奴に蹴りを喰らわせた。
五人と二人。計七人の俺達に対して相手はその何倍もいたわけだが、なにか心得でもあったのか五人はそれぞれが圧倒的なセンスと力、更には連携を見せ気づいたらすべてが終わっていた。
息を吐いて、熊に差し出された鋏を受け取る。
ぬいぐるみマスクの三人は用意していたらしい結束バンドで床に転がした全員の手足を縛ったうえでそいつらが持っていた携帯を集める。
ホラーマスクたちは隠しカメラを見つけては回収するか壊していって、渡された鋏で夏目、宗、渉の拘束を外した。
「兄さん…っ!」
「『だいじょうぶ』。もう『おわりました』」
「まったく、無茶ばかりして!…怪我はないのかい?」
「ふん、我輩を誰だと思っておる」
「いやはや、二人ともあんなにお強かったんですね」
泣きじゃくり始めてしまった夏目の肩を抱いて頭を撫でる奏汰くん。心配そうに眉間に皺を寄せた宗に渉は安心したように笑みを零した。
「皆さんにお怪我もなさそうですし、これで全てですね」
落ち着いた声色が不意に落ちてきて顔を上げる。ホラーマスクを被った彼は俺を見つめて、きっと、いつものように微笑んでた。
「僕のお願いはこれでお終いです」
「願い、?」
「はい。…貴方は、僕が生徒会長と慕い使えていた方ですから…後味が悪いのは嫌いだったんです」
ふふっと軽やかに笑った声は頭を横から殴られたような衝撃を与える。どこまでも掴みどころのなかった後輩に、最後の最後まで迷惑をかけた。
「っ、柑、」
「こーちゃん!あんまりおしゃべりしてないでさっさといかないと逃げ遅れちゃうよ!」
言葉をかけるよりも早く、明るく高めの声が犬のマスクから発せられて遮られる。こーちゃんと呼ばれ振り返るとこちらを見ることなく離れていき、犬のマスクに近づいていった。
はっとして周りを見ればホラーマスクの片方は既にこの場にはおらず、猫も去るために扉に手をかけてる。
「ねぇ!待ってヨ!」
「礼も、言わせてはくれないのですか?」
気づいた夏目と渉が声を上げる。うーんと首を傾げて猫は振り返った。
『たぶんそういうのが欲しいわけではないので…すみません』
おそらく笑った猫にホラーマスクと犬は袋に入った押収物の携帯電話と平たいカードを揺らしながら近寄った。
「あと二分で生徒会が到着します。裏に回りましょう」
「くーちゃんが経路確保してくれてるうちだよ!」
急かされて猫が扉に手をかけ、三人は流れるように出て行く。
唯一残っていた熊は見ていた携帯から顔を上げた。
「“これで全部のはずです。今回は巻き込んでしまい大変申し訳ありませんでした”"貴方達を狙う者は処理させていただいたのでもう普通の生活に戻っていただければと思います。俺達の事は詮索しないで、忘れてください”」
伝言係をさせられていたのか、感情の入らない言葉を読み上げ返答も待たず部屋を出て行った。
入れ違うようにぱたぱたと足音が聞こえてきて勢い良く開いた扉の向こう、息を切らした蓮巳くんと生徒会役員たちがいて眉間に皺を寄せていた。
「なん、だこれは…」
「おや、右側の人」
「っ、おい、大丈夫か怪我は」
「ないのだよ」
ひどく混乱している様子の蓮巳くんは息を吐くと役員たちに指示を与える。既に伸びていて身柄を拘束されてるそいつらに戸惑いながらも与えられた命を全うしようとしてる役員を背に、蓮巳くんはこちらに寄ってきて上から下まで視線を滑らせた。
「本当に、何があった」
誤魔化しを許さない目になんて応えるか迷う。
「…―」
「『ヒーロー』がきてぱぱっと『てき』をやっつけてくれたんですよ」
隣から柔らかな声が聞こえて、奏汰くんはにこにこといつもと同じようにつかみ所のない笑顔を見せていた。
「ヒーローだと?」
「はい。『しょうたいふめい』のとってもつよい『ヒーロー』です♪」
「貴様、ふざけているのか」
「いえいえ、ぼくはいつでも『おおまじめ』ですよ?」
にっこり微笑むものだから蓮巳くんは戸惑ったようにこちらに視線を向ける。
なんと返したらいいかわからず苦笑いをすれば深々と息を吐かれた。
1日経ち、人知れず数人の生徒が退学していったがこの混沌とした学園内ではさして珍しい事でもなかったせいで誰も騒ぎたてはしなかった。
つい先日の出来事はまるで悪い夢のようであったけど、手首に残る細い痕は今でも引き攣って少し痛む。
襲われかけた夏目は今日は学校にきておらず、朝会った宗は別にもう気にも留めていないと鼻で笑った。渉はどうやら蓮巳くんに絞られているようで今日はまだ会えていない。
最後の一人の様子も確認したくて海洋生物室に向かう。陽射しを避けて、特別室の一つであるその部屋の前に立った。
「………―です、『おねがい』をきいてくれてありがとうございました」
薄い扉と壁ではさほど防音性はなく、静かな廊下なのも相まって中から落ち着いた奏汰くんの声が聞こえてきた。
電話でもしているのか相手の声は聞こえず、一人だけで話しているようにも思えるそれにノックをしようとした手が止まる。
「はい、みんなけがはありません。『きみたち』のおかげです。ふふ、いきなり『おねがい』したのにささってあらわれるなんて、ほんとうに『ヒーロー』みたいでしたよ♪」
内容からして昨日のことを話しているに違いないがその相手が問題だ。
「…―『しってます』。きみはきみで『うごいていた』んですよね?れいがすごく『しんぱい』してました。…きみが『しっぽ』をつかまれてしまうなんてとても『めずらしい』」
こちらの気持ちも都合も関係なく把握できてしまった通話相手に心臓が痛くなってきて胸元で手のひらを握る。
「おや、ぼくに『たのみごと』ですか?……わかりました、きちんと『たっせい』しますよ。ふふ~、『かわいいこども』の『たのみ』です♪がんばります♪」
どうして奏汰くんが楽しそうに会話してるんだろうか
「……いいえ、この『おれい』はもちろんぼくがします。ぼくが『おねがい』したんですからみんなからはもらわないでくださいね」
お願いとやらがなんのことなのかはっきりはしないけれど弓道場に行く前に携帯を覗いていたのに関係があるんだろう。
「では、なっちゃんのことはぼくに『まかせて』ください」
連絡先を知っていたことに対しても、頼みごとをしていたことに対しても、理解が追いつかない。
「ほんとうに、みんなをたすけてくれてありがとうございました」
丁寧にお礼をして、話が終わったのか静かなった扉の向こう側。足音を立てないように急いで部屋から遠ざかる。
ああ、もう、何を信じたらいいのか、わからない
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