あんスタ
「紅紫くんならどうするのかな…」
夜になればみんなと顔は合わせられるとはいえ、今までレッスンはほとんど一緒だったみんながいないのは心細い。
衣更くんと転校生ちゃんが裏事情を探り、僕も同じように暗躍をしようと勝手に役目を請け負ってるけど、内容確認くらいの気持ちで読んでいた事務所の資料は良物件が多かった。
ちょっとぐらついてしまいそうになる気持ちに息を吐いてから、この業界においては大大先輩にあたる紅紫くんを思い浮かべる。
椋実くんや檳榔子くんはわからないけど、僕の記憶に間違いや紅紫くんが解除していなければ事務所に所属しているし、内情とかも知ってるから一回意見を聞いてみるのもいいかもしれない。
支給されたタブレットを利用して連絡するのは気が進まないから、携帯を取り出さてメッセージを入力していく。
考えるうちに少し長くなってしまったそれに変なところはないか四回読み返して、送信した。
「……ううん、こわい」
「真~!風呂行こーぜ!」
「あ!うん!今行く!」
いつの間に戻ってきてたのか、衣更くんの隣には三人もいて慌てて立ち上がった。
お風呂の中で今日のレッスンはああだったこうだったと意見交換してたら思ったよりも長風呂をしてしまってたらしい。二時間近く経っていて誰もが疲れと眠気からあくびを零す。
敷かれてる布団に入って眼鏡を外し、アラームをセットしようとして返事が来ているのに気づいた。
つい十分ほど前に来たらしいほやほやの返信に深呼吸をしてから開く。
記憶に違いなく、僕の覚えてる事務所にそのまま所属してた紅紫くんは僕が聞いた事務所の簡単な説明やパンフレットには書かれてないデメリット、どの界隈で強いかを纏めて教えてくれた。
勉強になるなぁと思いながら読み進めていくと少しの間を開けて事務所に入る気があるのかと問いかけられてた。
十分前なら、まだ起きてるかな。時間はかなり遅いけど、謝罪と感謝を最初に入れて送り返す。
「ウッキー、寝ないの?」
隣に寝っ転がって、いつもならもう眠ってるはずの明星くんが布団から顔を覗かせた。衣更くんも氷鷹くんも眠ってるのかなにも声は飛んでこない。
眠たいだろうにこちらを見てくる目が真面目で、なんとなく真剣だったから眉尻を下げた。
「えっとね、もう少ししたら寝るよ」
「………ウッキー、本当に事務所入るの?」
「…ありゃ、僕の行動そんなふうに見える?」
「うん」
躊躇いなく頷かれるから苦笑いをして、手招きをすれば擦り寄ってきた明星くんに画面を見せる。ついさっき紅紫くんに送り返した文の一部。視線が文字を追ったと思うと僕を見上げて目を瞬いた。
「最近の僕はあんまり話せてないから感じよくなかったかもしれないね…」
やっぱり誰かに言っておくべきだったのかも知れない。敵を欺くには味方からとは思ってたけど、不安にさせるのはどうなんだろう。
文が読まれて照れくさいことに違いはないけど、頬をかいて笑った。
「えへへ、僕はみんなと一緒がいいんだ」
「ウッキ~…っ!」
嬉しそうに声を上げようとするからしーと口の前に指を立てて落ち着かせる。幸い衣更くんも氷鷹くんも起きなかったようで二人で目を合わせて笑った。
「そっかそっか!よかった~!」
「事務所も悪くはないけど、僕はとりあえずいいかなって、もし本気ならみんなで相談するべきだと思うし」
感極まったように表情をころころ変えて輝かせてると、ふと、目を瞬いた。
「あ、ねぇねぇ、そういえばこれ、誰と話してるの?」
「紅紫くんだよ」
「わ!コッシー?」
きらきらと目を輝かせる明星くんは随分と紅紫くんに懐いてるなぁなんて思う。ちょうど連絡が返ってきて、ちらりと見た明星くんがうずうずしてるからちょっとだけ話せないか聞いてみれば快諾された。
二人で抜き足差し脚、音を立てないように部屋を抜け出して、中庭のようになってる縁側に二人で腰掛けて電話をかける。すぐに取ってくれてコール音が途切れた。
『はい』
「わ!コッシーだ!おつかれ!」
『ふふ、元気だね、明星くん。二人ともお疲れ』
穏やかに笑う紅紫くんの声は落ち着いてて、初めて聞くスピーカー越しの声にちょっと心臓がドキドキした。
「お疲れ様、紅紫くん。夜遅くにごめんね」
『うんん、まだ起きてるし気にしないで平気だよ』
うわぁあ!やさしい!
神様かな!なんて心の中で悶てればにこにことした明星くんが口を開く。
「コッシーこんな時間まで何してたの~?」
『仕事だよ』
「うぉ!すっごい!どんなお仕事したの?」
『今日は単独で撮影だったんだ』
「モデルさん?一人で?」
『うん。事務所からの依頼だからね』
「あ!そっか!コッシーは所属してるんだもんね!…あれ?むっちゃんときぃちゃんは?」
『puppeteeerとしては所属してないよ。今は学園の庇護下にいるだけでいいかなって』
「へぇ~」
旬な話題だからぐいぐい行く明星くんに戸惑いなく、優しく返事をする紅紫くんは落ち着いていて、でも、サラリと吐き出された答えの意味を明星くんが気づいてないから僕は苦笑いを浮かべる。
言葉がうまいっていうか、なんていうか
『事務所に入るのは悪いことじゃないと思うけど、良いことばかりでもないからね。そのへんはきちんと調べた上での判断がおすすめだよ。あとは必ず信頼してる誰かに相談することだね』
「一人で決めるのは駄目ってこと?」
『多方面から物事は見たほうが失敗しにくいから。そういうのは遊木くんとか衣更が得意なんじゃない?』
「おお!たしかに!」
「うーん、僕は一人で考え込んじゃって変な方向にいっちゃうからなぁ…」
『考え込んで雁字搦めになったら明星くんと氷鷹が引き摺りだしてくれるよ』
「うんうん!任せといて!」
「あはは、頼もしいね」
僕の性格、明星くんの性格。それだけじゃなくTricksterの特色や特徴も踏まえて話す紅紫くんに最近顔を見ていないのもあってちょっと恋しさを覚える。
道場破りみたいな、修行をして経験値を積んでるのはわかるけど、多少無駄が多くても学校にいってわいわいしたいお年頃で、きっと隣にTricksterのみんながいなければ僕はすぐに諦めてたしここまで来れなかったかもしれない。
「そうだ!ねぇねぇコッシー!いま俺達旅館に泊まってるんだけどね、ここの庭園すっごくきれいなんだよ!」
『天祥院さんのお家が経営する旅館なんだっけ?』
「うん、そうだよ」
「いまビデオ通話に切り替えられる?!」
『うん、ちょっと待ってね』
どこかに移動してるのか少し物音がして、画面にビデオ通話に切り替えますか?と確認メッセージが浮かぶ。OKと進めば今までは通話時間しか表示されてなかった画面がぱっと暗くなって、どうにも外を映してるらしかった。
右上に小さく、僕達の方のカメラ画面も映っていて、庭園を映す。
『本当だ。綺麗だね』
「だよね!えーと、なんかホッケーが色々教えてくれたけどよくわかんなくって、ウッキー覚えてる?」
「枯山水がなんとかって…言ってたような…ごめんね、紅紫くん、覚えてないや」
『ふふ、大丈夫、庭園って名前はそこまで重要じゃないから。二人が見て、綺麗と感じるだけで十分だよ』
慌てる僕達に気遣ってか、落ち着いた声が鼓膜をゆらして僕達は顔を合わせて目を瞬いた。
「……コッシーって不思議だね」
「うん」
『ん?なにか変なこと言ったかな?』
「うんん、そういうわけじゃないんだけど…」
きっとこれは言われた側しか感じ取れないもので、僕達は表情を崩して肩を揺らす。
僕も、彼みたいに優しい人になりたい。
『あ』
不意に向こうから聞こえてきた声に肩を止めて画面を見る。特に変わった様子はなさそうな真っ暗な画面。
「紅紫くんどうしたの?!」
焦りが混じってしまってちょっと大きな声を出せば向こう側は少し笑った。
『ごめんね、なにかあったわけじゃないから落ち着いていてほしいんだけど…そっちでも見れるかな、今空見上げられる?』
飲み物を飲んでたのか、陶器が何かを置く音がしたと思えばそんなことを言われて二人で顔を見合わせたあとに頭を上げる。
新月なのか暗い空。点々と瞬く星。その間を明るい線が駆け抜けた。
「「あ!」」
『よかった、見えたみたいだね』
「流れ星だね!」
「わ!今のも!すごいすごい!」
二人で声を上げて、たぶん口とか開けっ放しでちょっと間抜け面なんだろうけど今いるのは二人と紅紫くんだけだから指摘する人はいなかった。
次々と駆け抜けていく光は月のない宇宙を彩って、電話の向こう側が息を吐く。
『流星群が来てるみたいだね。初めて見たけど…こんなに見えると思ってなかったや』
「すっごくキラキラだよ!!きれー!!」
「…星が落ちてきてるみたい」
「お!ウッキー詩人っぽいね!」
「うう、恥ずかしい。全然そんなんじゃないよ…!」
星そっちのけで、顔を覆えばちょっと頬が熱い。
『二人とも、声をあまり上げると―…』
紅紫くんの声が電話の向こうから届き始めたと同時に真後ろに誰かが立って、ばっと振り向けばいい笑顔を浮かべた伏見くんがいた。
「お二人とも、眠れないのならば私が子守唄でも歌って差し上げましょうか?」
「わ、わ!フッシーごめんなさい!」
「騒いでごめんね、すぐ寝るよ!」
にこにこと笑う顔に恐怖を覚えて二人で慌てればもう一度おやすみなさいと言葉を残して部屋に戻っていく。気づかなかったけど、ここ伏見くんと青葉さんの部屋の前だったのか
『見つかっちゃったみたいだね』
「うん、怒られちゃった~」
『ふふ、夜も遅いからね。二人とも明日もレッスンだよね?』
「うん、そうだよ…明日もみんなバラバラなんだろうなぁ…」
『………そっか、それが今回のAdamの作戦なんだね…』
「みたい!まぁ!みんなバラバラにレッスン受けてたとしても俺達は一つだけどね!」
『ふふ、仲良しだね』
和んでいるのか、紅紫くんの声は聞いているだけで蕩けちゃいそうなくらい柔らかくて甘い。
心臓が大きく音を立てるから視線を惑わせて、息を吐いて、落ち着こうとしていたら向こう側で物音が聞こえた。
「はくあ、ええ加減に入りぃ。あんま外おるとまた風邪引くわ」
独特な口調はたぶん木賊くんだ。かつんと画面をタッチした音が一瞬したと思うとビデオ通話が切り替わって普通の画面に戻る。
『うん?そんなに時間経ってた?』
「かかっとる。コーヒーやって冷めとるやろ。そんなん飲んどったら逆に冷えるわ、阿呆」
『ああ、本当だ』
「はあ。ほな、早う切り上げてまた明日話せや」
『うん、わかった。ありがとうね』
「はん、別に自分のためとちゃうわ」
ぴしゃんと窓が閉められるような音がして、ふふっと短く笑った紅紫くんは息を吸う。
『もう少し話してもいいかなと思ったんだけど、ごめんね?』
「うんん、僕達ももう寝るから、付き合ってくれてありがとう、紅紫くん」
「ありがと、コッシー!おやすみ!」
『うん、おやすみなさい』
ぷつりと切れた通話。少し長めのトータル通話時間が表示されて、顔を上げれば明星くんがにこにこしてた。
「ありがとう、ウッキー!」
「え、僕は何もしてないよ!?」
「そんなことないよ!」
にっこり笑ったと思うと空を見上げて、瞳に流れる星を映す。
「不思議だね、コッシーってキラキラしてるだけじゃなくて…なんだかお月様みたい」
「あはは、うん、紅紫くんは太陽って感じではないかもね」
「俺達を照らしてくれたり、時には隠れてお星様に主役にしてくれたり…不思議だなぁ…」
情景まじりの声は明星くんには珍しいしんみりとした声色で、瞬きをすると目線を僕に戻した。
「フッシーだけじゃなくてホッケーとかサリーにも怒られちゃいそうだから戻ろっか!」
「うん、名残惜しいけど…そうしようか」
同時に立ち上がってまた足音に注意しながら部屋に戻る。
長く外にいたせいで冷えきった布団に身を滑り込ませて、枕に頭をのせればさっきまでと違って気持ちはスッキリしてた。