あんスタ
初めて会った時は純粋に圧倒されているたけだと思った。あまり周りにはいないタイプの巴さんとそれに振り回されつつも実力を持った漣くん。
違和感を覚えたのは練習を始めて少ししてから。
いつもと勝手が違うから、そう錯覚するのかななんて思ってたけど、さらに違和感が強くなって、少し二人の、特に漣くんを眺めていれば違和感の正体はすぐにはっきりとした。
ゆるやかに、じわじわと外堀を埋められてる。
それに気づいたところで僕なんかが今更どうすることもできないのはわかっていた。けど、僕だってただで転んで起きるような人間でありたくない。
「紅紫くん!」
見つけた背中に思わず声を張り上げれば振り返った彼は驚いたように目を丸くして首を傾げた。
『…遊木、くん…?凄い汗だけど…具合でも悪いの?』
「あ、うんん。えっと、これは練習してたからで、大丈夫」
ポケットから取り出されたハンカチで汗を拭われ目を細めているうちにあらぬ方向に話が進みかけてたから首を横に振る。ついでにハンカチを受け取って額にも浮かんでた汗を拭った。
『そう?水分補給はちゃんとしてる?』
「もちろん!あ、ハンカチありがとう、洗って返すね!」
『あまり気にしないでいいよ』
「気にするよ?!」
標準装備の笑顔を身につけた紅紫くんは綻びがない。いつものように彼のペースに持って行かれかけてることに気づいて首を横に振った。
「そ、そうじゃなくて!あのね!紅紫くんに聞きたいことがあるんだ!」
『うん…?僕に答えられることなら。何かあった?』
目を瞬いたあとに優しく微笑まれて少し視線を惑わせてしまう。
紅紫くんの目は、昔から直視すると心臓が痛くなる。
「えっと、今度Tricksterが他校と交流ライブするんだけど、そのことで…」
『……ああ、Edenの片割れか。黎明学園と交流するんだよね?』
一秒足らずで答えに辿り着いてる紅紫くんに深い説明はやっぱりいらなそうだ。
「うん。Eveっていうほうの元fineにいた巴さんが率いるユニットとで、一応こっちの地元でやるんだけど…ちょっとそれについて」
考え事をしてるのか真面目な目で僕の話に耳を傾けてくれてる紅紫くんに落ち着いて、整理しながら言葉を選ぶ。
王様気質というか、人の話を聞いてくれない巴さんと、巴さんに対しては文句を言いつつも従順で少し排他的な漣くん。
歌もダンスもアイドルとして何倍も上の二人に課題を出されてそれをこなしていく。もしも気を損ねてしまったらライブどころじゃなくなるからと僕らは言われたとおりに動いてた。
出された課題をこなしていくほど僕達の技術は確かに向上していくけど、なんだか気持ち悪さも感じてて、気分がスッキリしない。なんだか全部あちらの言いなりというか操り人形になった気分だ。
不安もよぎったけど、でも、今回のライブは僕達のホームグラウンドで行うし、彼らは敵地だからと慢心していた部分もあったんだと思う。
「気づいたらあの二人は色んなツールで広報をしてて…今度のライブは、ただの交流で終わらない気がするんだ。それで、これがただの僕の杞憂なのか、聞きたくて」
『………なるほどね』
今の今まで耳を傾けてるだけだった紅紫くんは息を吐くとどこか冷めた目で僕を見据える。
『それ、君しか思ってないの?』
何故か怒気をはらんだ呆れた声。背筋に冷たいものが這って、空気がビリビリする。
「っ、うん、たぶん」
『…そうなんだ』
なんとか言葉を返した僕に紅紫くんは濃い色の瞳を瞼で隠してしまって、唇を一度結った。
静まり返ってしまった空気に息苦しさを覚えてると不意にため息が響く。
『…まぁ、仕方ないのかもね』
「……やっぱり、僕の杞憂じゃない?」
『杞憂じゃなくて事実だね。今回の君たちは、体のいいように転がされてる脇役だ』
はっきり言われていらっとこないのはきっと彼が真実を口にしてるからで、それでも眉根を寄せてしまった僕に紅紫くんは困ったように笑った。
『言い過ぎたね、ごめん』
「うんん、紅紫くんが言ったのは事実だから…やっぱり、僕達は踊らされてるよね」
『うん』
「そっか…」
支えていたものが取れた気がして大きく息を吐き出す。そのまま俯いて、顔を上げると心配そうな表情をしてる紅紫くんと目があった。
「僕が今気づけたのは、昔のことがあるからだと思う。みんなはこんなことが初めてだからまだ気づいてないだけで、…―ライブの最中に気づくと思う」
『本番になっても気づけなかったら、悪いけどそれは少し考えたほうがいいだろうね』
提示された一つの分岐点に首を横に振って、目を逸らさないで口を開く。
「大丈夫、みんななら絶対に気付ける」
紅紫くんも僕から目を逸らさないでじっと見つめ返されて心臓が見透かされてる気分だ。居心地が悪いわけじゃないけどそわそわする。
大体紅紫くんに自分の意見を押し付けたのは初めての気がする。なんとなく慌て始めてしまった僕に紅紫くんは柔らかく笑った。
『間違ったことを言ったわけじゃないんだから、そんな迷わないで真っ直ぐしてていいんだよ?』
「う、うん」
『ふふ…僕も遊木くんがTricksterの三人を好きなのはわかったから、もっと自信持ってね?』
微笑んだ紅紫くんは本当に笑っててすごくきれいだ。アイドル、モデル、いろんな分野で活躍してきてて、今も成長してる彼が見せる笑顔はファンいわく、尊い。僕も語彙力が低下してきてる気がする。
しばらく笑顔から目が離せないでぼーっとしてしまうと深いピンク色の目が瞬く。はっとして息を吸った。
「ありがとう、頑張るよ!」
『ん?特に何もしてないけど…』
「うんん、そんなことないよ!」
不思議そうに首を傾げたあとに楽しそうに微笑むとじゃあどういたしましてと零す。
ポケットに入れてる携帯が揺れてて、もうそろそろ休憩が終わる頃なんだろう。紅紫くんがいるなんて情報だけで学園を探し回ったから案外時間が残ってなかったみたいだ。
聞きたいことも話したいこともまだたくさんあるけど時間がない。いくつもある選択肢の中から話しておくべきものを選ぼうとすれば紅紫くんが笑った。
『夏休み中は僕も仕事が入ってるからあまりすぐ返事できないかもしれないけど、なにかあったら連絡してきてよ。相談に乗るし、時間があれば手伝うから』
「っ、ごめんね!ありがとう紅紫くん!」
勢いのまま手を握って頭を下げれば気にしないでと笑い声が落ちてきた。
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