あんスタ



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「はーちゃん、はーちゃん!かわい?」

普段パーカーやトレーナーが多いせいか今回の和装が特にお気に召したらしい。袖を引っ張って笑う黄蘗のヘアセットがくずれないよう頭を撫でる。

更にほころんだ表情に可愛いねと笑えば大好きと抱きつかれ、シアンが深く息を吐いた。

「本番前に衣装を崩すのはやめてくれ」

「えー?」

納得はしていなそうだけど機嫌がいいのかすんなりと離れる。それにもう一度息を吐いたシアンは今度は俺の服を小さく指先でつまんだ。

「はくあ、配慮」

『気をつけるよ』

返事は間違っていなかったらしい。満足気に頷いたシアンは服から手を離して俺を見た。

ちらりと見た黄蘗も携帯を片手に俺を見てて笑う。

『いくよ』

「そーしんっ♪」

用意しておいて送るだけにしておいたそれを送り出せば同時に顔を下げ何か確認したファンが会場内にいくつも見て取れて、口角をあげる。

敗退し降りてきたユニットと入れ替わりでステージに上がれば照明が俺達を照らす。ファンの歓声、掛かり始めた曲。揃って俺達三人が手を上げれば長めの袖がひらめいた。



一回、二回、三回、相手を蹴散らしてステージ残留を決めたところで、成績も残したしお願いも叶えたからもう十分かなと降りることにした。

手を振って、同じようにしてた黄蘗とシアンを手招いて壇上を降りる。戸惑う観客の声を背に、近寄ってきた運営委員に疲れたのでと笑えば声をかけたその人は何故か俺の斜め後ろを見た。

続いてあまりここで聞きたくはない声が耳に届く。

「疲れた?なんの冗談だ?」

話が長くなるだろうと見限ったらしい運営は別のユニットを先に上げたようで歓声と曲が鳴り響きはじめる。

仕方なしに振り返れば眼鏡の位置を直してこちらを見ている蓮巳さんがいて、苦笑いを返した。

『最近体力が落ちてるみたいです』

「ほう?」

汗もかいてない俺の言い分を信じてもらえるわけもなく、目つきが更に鋭くなる。大体このタイミングで降りなくても次は紅月と対戦のようだったし、どうせ負けて降りるんだからそれが少し早まっただけだ。

「ようやくpuppeteeerと対戦できるかと思ったんだがな」

『今回は縁がなかったということで許してください』

「随分と言うようになったじゃないか」

笑って返せば蓮巳さんの眉間の皺は少し深くなって、それを紛らわせるように息を吐いて俺の肩を叩く。

「ふっ…まぁいい。勝ち抜きおめでとう。お疲れ様」

『ありがとうございます』

「…このあともう一度上がる気はあるのか?」

『僕達はもう止めておきます。少しやることがあるので。あ、でもライブは見ていますので…貴方達なら心配はないと思いますが紅月のこと、少し離れたところで応援しています』

蓮巳さんとその後ろ、鬼龍さんと神崎に頭を下げればそれなりに面識のある二人もお疲れと笑って壇上に上がっていった。



さて、出番が終わったからといって俺のやることが全部終わったわけじゃない。

『やっと見つけましたよ』

Rabbitsと紅月が対戦して、Rabbitsと飛び込んできたfineが対戦しようとしたときに割り込んだのはValkyrieだった。

大舞台に無理やり引っ張りだされはしたけど、確かに人々を圧倒してfineを気圧してみせた。しかしながら疲れてしまっているのは見て取れて彼が沈みきってしまう前に両手を使って顔を上げさせる。

光の少ない瞳に笑みを作って、意図して声を柔らかくかけることにした。

『斎宮さん。七夕ですし…一個だけ、貴方のお願いを叶えてあげましょうか』

じっと目を覗き込んで、ラピスラズリの中に俺が映った瞬間に水が溢れでて指を濡らした。

「たすけて、」

『はい』

決壊して溢れ出した涙を隠すように抱きとめれば伸びてきた手が服を握って大きく肩が揺れる。

「くるしい、いたい」

『大丈夫』

「ひとりはいやだ」

『僕がいますよ』

小さな子供みたいに単語を並べ立てて嗚咽を零すものだから触り心地のいい髪を撫でた。ライブで汗をかいただろうに夜風に吹かれたからすっかり冷えてる。左腕を頭に伸ばして、更に密着するように抱きしめた。

「よんで、ぼくをよんで」

『斎宮さん?』

「ちがう…ちゃんと、ちょんとよんで…ぼくは、きみの」

『…おにんぎょうさん?』

「ふ、ぅん、うん」

力いっぱい押し付けられる頭と回された腕、痛いくらいの強さだけれど気にせず頭を撫でて声をかける。“大丈夫”と口に出すほど泣く彼にそのうち目が溶けるんじゃないかと思った。

よく泣くこの人を隠すように暑い雲が月を覆って影がさす。ちょっと先が目視できないくらい暗くなった辺りに、顔を上げたことで零れた涙は宝石みたいにも見えた。

「あいして、」

雲が多い割に風が強く、流れた雲のおかげで月明かりで照らされて瞳がきらきらと輝く。

『ふふ、欲張りですね』

あふれる涙を舐め上げれば塩気がきいていて、そのまま唇を重ねる。更に強くなった腕の力に後頭部を撫でれば口が開かれた。

キスをして頭を撫でて、抱きしめながら大丈夫と声をかけて、甘ったるいカップルのような可愛らしい応酬だけで疲れていたのか彼は腕の中で眠ってしまった。

どうしたものかと足を崩す。長時間座っていたせいか足が少ししびれて、夏とはいえ寒さを感じたから抱え直せば気持ちばかり和らいだ気がした。

雲の流れを眺めているとゆっくりと近づいてきていた足音が止まり、ひょいっと顔をのぞかせる。少し寄った眉間の皺に不機嫌なのは見て取れた。

「おや、『また』しゅうをなかせましたね?」

『人聞きの悪いことを言わないでください。僕が泣かせたわけではないですよ』

隣にしゃがみ込むと、彼と俺の顔を見つめて手が伸ばされる。ぽんとそのまま頭に乗せられた。

「いいこ、いいこ」

『……あの、する相手間違ってませんか?』

「がんばったしゅうも、はげましてたきみも『いいこ』です」

だからふたりともいいこなんて笑顔で言いながら撫でられる頭に息を吐いて、されるがままになる。

これは両手が塞がってるから、仕方なくだ。

随分と機嫌が良さそうな彼は俺とこの人の頭をひとしきりなでていたと思えば手を止めて衣装から携帯を取り出す。画面を眺めていたと思うと息を吐いた。

「『よばれて』しまいました」

『それは早く行かないとですね』

「ううん、『むていこう』なきみをほめられる『ぜっこうのちゃんす』でしたのに…」

『…はやく向かったほうがいいと思いますよ』

催促するとわざとらしく息を吐いて最後に俺とこの人を一度ずつ、名残惜しそうに頭に触れて立ち上がった。

「ありがとうございます」

『…―礼を言われるようなことをした覚えはありませんよ』

「きみにとってはそうかもしれませんが、ぼくが『かんしゃ』したかったんです。」

『…はあ、そうですか』

素直に頷くことができず、若干首を傾げてしまえば彼は笑った。

「『ぱぺったー』のらいぶ、とってもかっこよかったです。いつかぼくたち『りゅうせいたい』とらいぶしましょうね♪」

言い逃げのように言葉を吐き出してゆるい歩調ながらも広めの歩幅でどんどん遠ざかっていく背中。なんとなく言葉を返すことができなくて代わりに息を吐き出した。



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