あんスタ
「はーちゃん!昨日何もなかった??」
『ん?普通にカラオケ行って帰ったよ?』
「ええ?!ずるい!カラオケいいなぁ!今度一緒に行こうね!」
約束と指切った黄蘗の機嫌はもう悪くない。シアンに関しては朝会って話したからもう気にしていなかったし放っておいて構わないだろう。
問題は昨日のアレを見て歯止めがきかなくなってる後ろの席の魔物の弟と窓際で影片と話してる泉さんの後輩だ。
ぴりぴりとした殺気まがいの緊張感。木賊と柑子は俺を見て苦笑いを返して席についた。
「ねぇ、ちょっと話ししてもいい?」
先に動いたのは意外と朔間くんのほうで、移動授業を終えてシアンは片付けを、黄蘗は教師に呼ばれて隣に誰もいない時を狙ったように現れて俺に声をかけてきた。
ちらりと視界に入った木賊と柑子には首を横に振っておいたから問題はないだろう。
朔間くんの後ろについて歩いて行く。授業が終わったばかりで人通りの多い廊下から抜け道らしくどんどん喧騒から離れていき、最終的には特別教室などが多い人気のない四階の廊下についた。
壁に背中を預けてずるずるとしゃがみこんだ朔間くんは頬杖をついてこちらを見上げる。
「セッちゃんとどういう関係?」
真っ赤な目はあの人の弟らしく、敵意と警戒心を孕んだ目が最初の頃を思い出して笑顔を作った。
『先輩と後輩だよ?』
「じゃあ王様は?」
てっきり泉さんのことだけ聞かれると思っていたのに投げつけられたもう一つの言葉にあえて首を傾げる。
『えっと?同じ、学校の先輩じゃないかな?』
納得していないと目は雄弁に物語っていて、それなら、と口を動かした。
「兄者とは、どういう関係?」
どろりと目の色に怒りを滲ませて、さぞかしこの子が壊れたら美しいだろうなと笑顔を浮かべそうになる。努めて冷静に、いつも通りに笑った。
『先輩と後輩』
「……ねぇ、俺をナメてんの?」
こてりと傾げられた首。幼く可愛らしい動作のわりに表情は怒りを伴っていて、じっと逸らすことなく赤い目が俺を見据えてる。
遠くから聞こえてきた予鈴のあいだ見つめ合って、余韻が消えた頃ににっこりと笑えば彼の眉間に皺が寄った。
『僕は別に、嘘はついていないよ?』
「本当のことも言ってないでしょ」
『なるほど、そう来たか』
ふふと笑いを零せばそれさえも見つめられて、隙でもうかがってるのか動かない。
遠くから聞こえてたはずの喧騒も消えて、沈黙だけが流れる。肌を撫でるピリピリした空気。実兄に何をしたのか、彼は知っているのだろうか
まぶたを少しおろして目を細めた彼は息を吐く。
「…セッちゃんを傷つけるゆうくんも、王様と兄者を壊したエッちゃんも、どっちにも俺は何も言えなかったけど…俺はアンタと友達でも何でもないから容赦なく嫌いになれる」
『……まぁ、無理に仲良くして欲しいなんて言わないよ』
悲しいけどねなんて言えばさらに目つきが鋭くなった。
「アンタのそのうすっぺらいところ、嫌い」
『うすっぺらいなんてひどいなぁ』
笑ってみせると更に空気は重くなって、次にどちらかが息をすったところで足音が響いた。
「な、んで」
顔を上げればそこには何を見たのか酷く動揺した表情をしてるその人がいて、朔間は訝しげな顔見せる。
「兄者?」
『こんにちは』
目を泳がせたまま唇を噛んだと思えば俺を見つめた。向こう側から軽くもまっすぐ走ってくる足音が聞こえてきてた。
「お主、凛月に」
『まさか』
食い気味に返せば赤い瞳が揺れて、隣からの視線が鋭くなって微笑んだ。
『俺はそんな節操無しじゃないですよ』
「はぁぁぁちゃぁぁん!」
棒立ちするその人の脇を抜け飛びついてきた黄蘗を抱きとめる。少し勢いが良かったから片足を引いてしまったけど、尻もちはつかなかったからまずまずだろう。
「部室行ったらはーちゃんいないんだもん、心配したよ!こんなところで迷子?」
顔を上げた黄蘗が首を傾げる。
木賊と柑子には伝えておいたはずだけどそんなに時間が経ってたのだろうか。それよりもこの状況を気にもとめてない様子に思わず笑ってしまった。
『うん、そんな感じ。迎えにきてくれてありがとうね?』
「えへへ、お礼は今日一日ずっと頭撫でてくれればいいよ!」
『うん、わかった、いい子だね』
ふきゃーと声を上げて喜んだ黄蘗はさらに強く抱きついてきて、おそらく朔間くんを見下ろした。
残されてしまって暇になったから黄蘗の頭を撫でながら俺はいまだ固まってるその人に笑いかけることにした。
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