あんスタ


【冬】

外れそうな勢いで開けられた扉は耳を劈くような音を立て、俺だけじゃなくクラスにいた全員が目を丸くしてそちらに顔を向け、眠っていたはずの朔間くんでさえ目を覚ました。

「……セッちゃん?」

寝ぼけた顔と口調ながらも的確にその人の名前を呼んだ。それにも関わらず泉さんは一切視線を投げることなくまっすぐ俺のところまで進んで俺の腕を乱雑に取った。

「来て」

『え?』

いくら暴挙が特許とはいえ流石に不意打ち過ぎて思わず聞き返せば更に機嫌が悪くなったようで眉間の皺が深くなる。

「なに、このあと用事あるわけ?」

『無くはないですけど、』

「それ全部明日にずらして」

「ちょ、ちょっと泉ちゃん?!」

「セッちゃんどうしたの?」

言い切った泉さんにぽかんとしてた鳴上は慌ててこちらに寄ってきて、あの朔間くんでさえ不審というか、不安そうな目で彼を見つめてる。その横でびりびりと視線を強くするシアンと唇を噛み始めた黄蘗にそろそろどうにかしないといけない。

「ねぇ、落ち着きなよセッちゃん」

「急に紅紫くんに突っかかってどうしたの?」

「うるさい、アンタたちに用ないから黙ってて」

同じユニットのメンバーに対する態度じゃないそれに朔間くんも鳴上も目が落ちるんじゃないかってほど目を見開いて、ぐっと捕まれてる腕が引かれた。

『え、と、瀬名さ―…』

「っ、いいから付き合って!」

俺の言葉を遮り叫ばれる。むっとした表情、瞳のその奥が揺れているのに気づいて強引な誘いを受けるとにした。

『―わかりましたから…泉さん、どこにいきましょうか?』

安心させるように声をかければ更に揺れた瞳を隠すように素早く踵を返して、当然未だ俺の腕を握ってるんだから釣られて足を動かす。後ろの黄蘗が不機嫌になってシアンが腰を上げようとしたのを目で制し、鞄をひっつかんで教室を飛び出た。

俺の腕を掴んだまま早足で進んでいく。すれ違った人たちは二度見していき何人かはそれぞれ驚きを含めて声をかけてきたけど無視されてた。

バイクにも乗らず学院を飛び出し、黙々と歩き続けてた彼は次第に俯きはじめてしまい、躓き転びそうになったから支えれば腕をはたかれる。

どうやらちょうど難しい時に俺は捕まったらしい。

はたき落としたのにまた右腕をとって歩きはじめた泉さんの後をついて歩けば目に入ったらしいカラオケに足を進め、受付で店員の声も聞かないうちに飲み物と利用時間を決めてた。

覇気迫る泉さんに気圧されて泣きかけてる受付の女性スタッフに頭を下げて指定された部屋に入る。手を離して椅子に座った泉さんに向かいに座ればあーもう!と髪を混ぜた。

「むしゃくしゃする!」

『どうしたんですか?』

「どうしたもこうしたもない!」

うーと小さな子供が愚図るように単音を発していればワンドリンク制の飲み物が運ばれてきてさっきとは別の男性スタッフが飲み物をおいてすぐに部屋を出ていく。

ひとつ取ってストローをさし、泉さんの前に置けば手を伸ばして口をつけた。

ちびちびと一口、二口喉に通したと思えばストローで中身をかき混ぜ始めて眉間の皺を深くしたまま息を吐く。

「…―俺はお兄ちゃんとしてゆうくんを送り出したいだけなのにどうして伝わらないのかなぁ」

『…なんででしょうね』

鞄から覗く、水色のシンプルなビニールに包装されたそれを視界に入れてしまい目を逸らす。気づいてるのかいないのか、またコーヒーに口をつけた泉さんはやだやだと息を吐いた。

「王様も戻ってきたと思ったら奔放だし、かさくん生意気だし、ナルくんはしつこいし、くまくんは寝てばっかだし、ちょ~うざい!」

唇を尖らせて更にアイスコーヒーをすすったと思えばまた喋りはじめて、適度に相槌をしながら携帯を触ることにした。

フォローはなるべく早めのほうがいいだろう。木賊と柑子にも概要を入れてシアンと黄蘗にも連絡を入れる。

心配してるのか鳴上に言われたのか影片からも連絡が入っていてそれも返して、やっとシアンと黄蘗にフォローを入れ終わる頃には向かいの泉さんはテーブルに突っ伏して呪文のように何か垂れてるぐらいにまで沈んでた。

曲を入れてないせいで流れてるカラオケの紹介が騒がしい。

適当に頼まれて口もつけていなかった俺の分のアイスコーヒーを啜れば氷が溶けて薄まり、あまり美味しくなかった。

視線を落としたテーブルの上、到頭呪文も言わずただ伏してるだけになった泉さんの頭に手を伸ばす。ふわりとした銀色の髪は記憶に違わず手入れされてた。

意図して、柔らかい声をかける。

『…泉さん、ダメそうですね』

「……うん」

小さな返事にもう一度髪に触れてから投げ出されてる手に重ねれば弱々しく握り返された。

『帰りましょうか』

「うん」

財布から精算するための料金だけ別に持って、立ち上がり鞄を肩にかける。手でも繋げば少しは保つかななんて視線を落とすと目があって、両手を広げられた。

「歩きたくない」

『…自慢じゃないですけど、俺あまり体力ないですからね?』

「重くないから、はやく」

譲らないことはわかっていたから息を吐いて背を向けしゃがみこむ。躊躇いなくかかってきた重みに息を吐いて立ち上がった。

扉を足で押して開けて廊下を歩けば案外近かった受付にいた最初のスタッフさんは目を丸くして固まってる。

『お騒がせしてすみませんでした』

部屋番号のついた板とぴったりの金額、それと謝罪を渡せば首を痛めそうなくらいに横に振られた。

「あ、ありがとうございました、またのご来店お待ちしております」

ぺこりと頭を下げられて会釈してカラオケを出る。

歩いているうちに少しずり落ちてきたから背負い直して笑った。

『重いですね』

「……しろくんなんて嫌い」

『ふふ、嫌われちゃいましたか』

道行く人の視線が気にはならないわけではないけど、背中にかかる重みと熱に息を吐くと白く空気に溶けていく。気持ち早足で、もちろん電車やタクシーを使うのとは比べ物にはならないくらい時間がかかったけどマンションについた。

攣りそうになってる腕に息を吐いて顔を上げる。

『泉さん、降りるかポケットから鍵出すかしてください』

「………ん」

首に回ってた腕が離れブレザーを探る。すぐ指先に引っかかったのか引き出された鍵が慣れた様子で施錠をといた。

開かれたガラス戸にまた足を進めて、肘でエレベーターのボタンを押す。

『…いい加減腕がしびれてきましたね』

「……重くないから」

エレベーターに乗り込んで同じようにボタンを押してまた息を吐いた。

『いくら軽くてもずっと背負ってたら痺れますって』

浮遊感が止んで開いた扉に足を動かす。部屋の前につけば手が伸びて鍵を開けた。

『はい、つきましたよ』

「うん」

ドアを押さえながら背中の泉さんを下ろす。普段なら靴をきっちり揃えるのに雑に脱いだせいで片足分はひっくり返ってて、直してから追いかければダイニングには姿がなく、少し悩んでから自室を開いた。

心底参ってるのか、潔癖に近いくせに上着も脱がずベッドに雪崩飲んで丸まってるのを見つけて安心する。

「……………」

目をつむって口元に握った手をやる姿は小さな子供にも見えた。

『もう寝ますか?』

「……疲れた」

返事に少し笑って、抜いだ制服をハンガーにかける。部屋着を羽織って振り返れば泉さんは体制はそのまま、目だけ開いて虚ろな視線で俺を見てた。

『着替えますか?』

「うん」 

着替えるついでに用意しておいた洋服を持って隣に座る。沈んだマットレスに身をよじって俺を見上げた。

『起きてください』

「起こして」

『はい』

少しだけ伸ばされた手に、腕を伸ばして脇下に差し込み抱き上げるように起こす。力を抜いてたのかあっさりと起き上がって座った泉さんにいい子ですねと頭をなでてからブレザーに手をかけた。

『あ、皺になってますよ』

「あとでアイロンかけて」

ネクタイも外してベストのボタンも外す。ワイシャツはそのままでいいやとベルトに手を伸ばしかちゃりと音を立て引き抜く。

『スラックスは脱ぎますか?』

「…履いたままじゃ寝苦しいでしょ」

当然と返すのにまったく動こうとしないからホックを外してチャックを下ろした。

足を抜くついでに靴下も脱がせば面倒くさがりだねと鼻で笑われる。そもそもやらせてるのは泉さんなんだけどため息だけついて代わりのズボンを履かせて、スラックスをはたいてから畳んだ。

泉さんはぼすりと音を立てて寝転がる。2つあるうちの1つをクッションのように抱きしめてた。

「………ふふ、」

『何笑ってるんですか?』

片付けてベッド脇のランプをつけてから電気を消す。それだけの行動に楽しそうに笑ったから不思議で光を頼りにベッドに腰掛けた。

弱めの電灯に照らされた銀色の髪を撫でてあげると下ろされてた瞼がゆっくり上がって、澄んだ青い目が俺を見据える。

「電気、消して」

『はいはい』

普段であればはいは一回と小言を言われるけどなにも返ってこないから手を伸ばしてスイッチを切った。

途端に暗闇に包まれた室内に慣れない目は隣の泉さんの居場所すらわからず、手探りで位置を図って横になる。寝転がった途端に擦り寄ってきた泉さんは猫みたいだ。たぶん手が伸ばされて、俺の頬に添えられた。

『どうしました?』

「……ん、別に」

指先で確かめるように俺頬や目元を擦って唇に触れる。冷たい指先でなぞられ、温度が下げられた気がして目をつむった。

わかっていたのか降りた瞼の上に乗せられた指先はするりと肌をなぞる。

「ねぇ、」

『はい?』

「しろくんは俺のこと嫌い?」

『俺は貴方のこと、嫌いじゃないですよ』

「ふぅん」

少し弾んだ声と共に指が瞼から離れて胸に置かれた、添えるような手が服を掴んだかと思うと布の擦れる音がして柔らかくて薄いものが唇に押し当てられる。2秒にも満たず離れていき、ふふと軽やかに笑った。

「イイコにはご褒美あげる」

『泉さんがしたかっただけじゃないんですか?』

「悪い?」

『いいえ?』

えらく上機嫌で今にも鼻歌を歌いそうな声色で再びキスが落とされる。小さく短いリップ音を鳴らして、たぶん尻尾があったら揺れてるんだろうなぁなんて思いながら好きにさせてれば唇から頬、鼻先、瞼、額と落とされてたものが首筋に下りて喉仏を小さく噛まれた。

『…変な痕つけないでくださいよ』

「見えないでしょ?」

たしかにこの時期はマフラーをつけているしインナーにハイネックのものを着ているけれど、反論は許さないと喉が甘噛みされて首筋を啄まれる。短い痛みに明日着る服を選ばないなと心の中だけで息を吐いた。

手を伸ばして人の首筋にご機嫌で痕をつけてる泉さんの頭を撫でる。細くて癖のある髪はふわふわとしてて指先にからめて遊べば身をよじった。

最後に唇を重ねて少し長めのキスを贈られ胸元に顔を寄せて落ち着く。

「しろくん」

『なんですか?』

「ちゃんと俺が眠るまでそのままだからね」

『ええ、もちろんですよ』


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