あんスタ


「しろくんいる?」

扉の隙間からひょこりと顔を覗かせ、どこか神経質で硬い声が独特の名を呼ぶ。ここに来ること自体が稀有な他学年の、シニカル王子の来訪に緊張が走りクラス内は静まりかえった。

その中でも教室を出ようとしていたため扉の一番近くにいて、なおかつ一瞬呼び止められたのかと思った鳴上が首を傾げた。

「あら、泉ちゃん。えっと……ごめんなさい、しろくんって誰のことかしら?」

鳴上を視界にいれて目を丸くした後、なにか悩むように視線を短い間落とした彼は口を開く。

「ああ、そういえばナルくんと同じクラスなんだっけ」

勝手に自己完結したらしい泉さんはしろくんはしろくんだよと返してクラスの中を見渡した。

探すスカイブルーの目と視線が交わって眉間に皺を寄せられた。

「ちょっと、いるなら返事しなよねぇ」

『ふふ、聞き間違いかなと思いまして』

「ちょ~うざぁい」

仕方なしに一緒にいたシアンと黄蘗に断って席を立って扉に近寄れば気難しい表情をした彼が俺を睨みつける。

「ちょっと聞きたいことあるんだけど時間ある?」

ここでは話したくないらしい。

あくまでも優位を崩さないスタンスでの問いかけに反応したのは、未だ近くにいた鳴上とさっきまで眠っていたはずの朔間くん。付け加えるのならばシアンと黄蘗からも視線が刺さっている気がする。

表立って接触しなかったのは意外とこのクラスに彼に近い人間が多いからなんだが気にしてないのかな

『構わないですよ。いつがいいですか?』

「じゃあまた放課後くるね」

『ええ、お待ちしてます』

どことなく上機嫌で帰っていく背中に手を振り席に戻る。

「でねでね、今度のモチーフはホイップクリームだから忘れないでね!」

俺が立つ直前までの話をそのまま続ける黄蘗にシアンは本を読みながら相槌だけを打つ。俺も腰を落ち着かせてからペンを取った。

『なら衣装も少し変えないといけないね』

「フリルいっぱいついた可愛いのがいいなぁ!」

「その路線ならば露出は少なめか?」

『そうなるかな』

会社の要望とモチーフ、ある程度の希望をノートに書き留めていく。フリル系なら、久々にお人形さんに頼もうかな。

先程の訪問がなかったことのように振舞っていれば声をかけるか悩んでいた鳴上は躊躇いつつも息を吐いてから用事をすませるために教室を出ていき、後ろからは小さな寝息が聞こえ始めてきてた。

「はくあ、今日の放課後部活はなしにしておくか?」

『うーん、どっちでもいいよ。もしかしたら僕はいけないかもしれないし、二人の判断に任せる』

「僕もお家にちょっと呼ばれてるから部活はしーちゃんに任せるよっ」

「副部長権限で休み。」

黄蘗の追記にシアンは本から携帯に持ち替えて短く操作をするとすぐにまた本を手にとった。





最終科目が体育で、荷物を持ってきてた黄蘗とシアンとは体育館で別れた。

俺は少し悩んでから体育館を出て校舎に戻り階段を上がっていく。二年のクラスがある階を覗くと、ちょうど荷物を持った不機嫌そうな灰色が俺のクラスから出てきたところで目があった。

「なに、体育だったの?」

『はい。入れ違いにならなくてよかったです』

隣に立って顔を合わせると泉さんは俺を頭から足元まで見て目を細める。

「まぁ、何でもいいんだけどねぇ。それで話なんだけど、場所移すからちょっとついてきて」

促されるまま、先を歩きはじめた彼の後ろを歩いて行く。歩くたびに跳ねる毛先を眺めながら廊下を進んで、階段を降りた。

靴も履き換えて昇降口を出た時点でこれは中々に面倒くさそうなことを頼まれそうな気がしたがヘルメットを渡されてしまい、おとなしく被った。

確かについて来いとは言われたけど、流石にバイク移動するような距離動くとは思いもしなかった。部活は休みにして正解だったな

秋というよりは冬に近いこの時期に、バイクは流石に冷えて体温を奪おうと泉さんにくっつけば鼻で笑われる。信号待ちで止まった際にミラー越しに目があった。

「マフラーとコートだけじゃ寒かった?」

『ええ。わかってたらもう一枚着てきましたよ』

青色に変わった信号にまた走り出したバイクはトータルで学校から十五分走り、商店街の外れで止まった。

「はい、お疲れ様」

『あと五分長く走ってたら凍傷になるところでしたね』

「大げさ~」

外気に晒されて冷えきった指先をさすりながらヘルメットをしまい、バイクに鍵をかけ終わるのを待つ。

どうせここからまた歩くだろうとあたりをつけてマフラーを鼻先まで引き上げた。

「たしか、こっち」

不確かな物言いでスマホ片手に歩きはじめた泉さんは路地裏を進んでいく。地図でも出してるのか歩調は遅目なものの迷わずに歩いて行き、一つ、小さな店の前で止まった。

「あったあった。ここ」

『手芸屋ですか?』

思わず瞬きをしてから店の扉に手をかけてる彼を見つめれば斎宮が教えてくれたんだよねと返される。道理でなんて言葉には出さず納得してあとに続いた。

アイボリーカラーの内壁と木の棚に飾られた手芸品は可愛すぎるなんてことはないにしても、若干男だと居づらい空間に仕上がっている。

気にもとめずに奥に入っていった泉さんは毛糸コーナーで立ち止まった。

「ねぇ、アンタ編み物できたよね」

こっちも見ずに投げられた言葉に一瞬問いかけられたのだと悟ることができず目を丸くする。赤色の毛糸を手にとってる姿にようやく口を開けた。

『え?まぁ、人並みくらいにはできますよ?』

「マフラーとか手袋とか?」

『ええ』

「編みぐるみは?」

『作ったことはありますけど…もしかして泉さん作るんですか?』

近くに籠があるにも関わらず、気に入ったらしい色の毛糸玉を次々俺に押し付けていく様子に尋ねればそれ以外に何があるの?と逆に問われる。

これはかなり時間を取られるだろうななんて気が遠くなる。

「最近寒いでしょ?それにもうすぐクリスマスだからゆうくんにプレゼントあげようと思って」

嬉々として語る様子に自分が差し向けたにしても遊木くんに関して、泉さんは良くも悪くも直球だ。

下調べはしていたのか押し付けられてる毛糸玉はどれも細さが均一で癖のない初心者向けのもので、最後に編み棒を手中に収めた。

「なんか買う?」

『今はいいです』

バランスを取り落とさないように気をつけながらレジに向かう。ちょうどいた店員は俺を見て目を丸くしたあとにあわあわと手を伸ばして毛糸を受け取った。

「あとこれも」

すっと現れて編み棒を置いた泉さんに瞬きをした店員は俺と彼を見比べてから頷いて毛糸を数え値段を打ち込む。加算されていく様子を眺めてるとぴたりと金額が止まって恐る恐る電卓が差し出された。

『どこでやるんですか?』

「しろくん家」

なんて勝手気ままなのか

苦笑いを返して紙袋に詰められた毛糸を受け取る。

泉さん家はご両親がいるし、急な来客に対応できないことはないだろうけどどうにも俺を招きたくないらしい。

ぺこりと頭を下げた店員に笑いながら手を振って店を出る。

てっきりすぐ家に向かうのかと思えば泉さんはそのまま近くにあった喫茶店に入った。

こじんまりした喫茶店は少し年のいった主人一人がカウンターの中でコーヒーをひいていて、ふわりと芳しく温かい空気が肌を撫でていった。

「お茶付き合って」

『構いませんよ』

もう店に入って席についたあとにかける言葉じゃないと思うけど、この人の強引さは見ていて飽きないから許容できる。

俺の意見は存在しないようで、さっさと頼まれたホットコーヒーとアイスコーヒーにサンドイッチ。その間にコートを脱ぎ、マフラーを畳んで置いた。

『食べるんですか?』

「うん。ここのサンドイッチ美味しいって言われたから気になってたんだよねぇ」

『斎宮さんですか?』

「そう。…あれ?アンタ斎宮と仲よかったっけ?」

同じようにコートを脱いでマフラーを外した拍子に跳ねてしまった毛先を整ええてた彼は目を丸くした。

『仲良いというか、部長会でお会いしてます』

「ああ、なるほどね」

興味を失ったのか視線が外れる。会話の切れ目で近づいてきた足音とコーヒーの匂い。音を立てないよう丁寧に置かれたコーヒーカップとグラスに泉さんはちらりとも俺を見ずアイスコーヒーを差し出してきた。

なんの嫌がらせかな

特に言葉にはしないでストローで二回かき混ぜてから口をつけた。

力を入れているのか、美味しいコーヒーに違いはないけど冷たい。今は室内だからマシだけど外に出たら凍え死ぬかも知れない。

「ふふ」

聞こえてきた軽やかな笑い声に顔を上げると目を細めて笑ってる泉さんがいた。

ホットコーヒーが熱かったのか息をかけて冷ましてるせいであまり中身は減ってない。

「しろくんと向かい合ってご飯を食べる日が来るなんてねぇ。俺も丸くなったなぁ」

『丸くなったんじゃなくてヤキが回ったんじゃないですか?』

「馬鹿にしてるのぉ?」

途端に表情を険しくしたのが面白くて頬杖ついて笑えば嫌そうな顔をされる。

「あーやだやだ」

『俺泉さんの嫌そうな顔大好きです』

「うわぁ、最低」

『褒め言葉ですかね?』

にこにこと笑ってると出来上がったらしいサンドイッチが運ばれてきた。

真ん中に置かれた少し大きめの皿に盛られたサンドイッチは意外と量があって食べ切れるか不安を覚える。

「ちょっと食べたらあとはあげる」

取り分けようの小皿に端からひとつ手を伸ばして移した彼はすました顔で言い放つ。こんなことなら昼は少なめにしておけばよかったかな。

「あ、おいしい」

小さく一口齧って目を輝かせる。リスっぽい食べ方に思わず吹き出しそうになってから誤魔化すようにサンドイッチを取った。






『そこ、目とんでますよ』

「ああもう!」

あと少しで一段が完成しようとしていたそれを解いた泉さんは不機嫌だ。

「言うならもっと早く言いなよね?」

『気づくかなと思ってました』

糸の始末をして、出来上がったマフラーを見る。ゆうに3メートルはあるマフラーをげんなりとした目で見てた。

「長くない?」

『ええ。でもこれぐらいないと最近寒いじゃないですか』

「プロなんだから寒さに耐えなよ」

話は終わりのかまた手元に目を落として口を閉ざす。俺も話したいことがあるわけじゃないから出来上がったマフラーを畳んで横に置いた。

説明もなしに手芸屋に駆りだされたのはもう一週間前だ。一週間でマフラー、帽子、手袋、編みぐるみの作り方まで覚えたんだから流石としか言いようがない。

教えることはないはずなのに暇になると俺を引っ張って毎回違う場所で編み物を始める。四日前は俺の家。昨日は空き教室。今日は天文台。部活が休みだと言ったらすぐに押しかけてきたのはさすがに笑ってしまい、デコピンを喰らった額はまだ地味にひりついてる。

Knightsの根城になってるスタジオで編まないのかと聞いた時には煩くて編めたものじゃないからと首を横に振られた。まぁ、満更ではなさそうだったけど。

再び編みはじめた泉さんを二秒くらい見つめたあとに腰を上げる。光ってるスマホを取って隣の部屋に向かった。

移動してきた物置に当たる部屋の中は薄暗く、近くにあった椅子を寄せて座る。点灯をやめておとなしくなってるスマホの電源を入れるといくつか通知が溜まっていた。

黄蘗からは拗ね気味の内容が、シアンもどこか不貞腐れているらしく素っ気ないそれに唇を噛む。

そろそろ構わないと暴挙に出そうだけど、幸い木賊と柑子がうまく付き合ってくれているみたいで日付が変わるくらいの時間になると報告が来るからまだ放っておいても良いのか見きわめるのが難しい。

「よし、できた」

少し満足気な声が隣の部屋から聞こえて立ち上がる。飲み物を用意して戻れば綺麗に編まれた赤色のマフラーが畳まれていてあーでもないこーでもないとラッピングを広げてた。

「ゆうくんどれが好きかな?」

『マフラーに合わせて赤か、もしくはその水色じゃないですか?』

「なんで水色なわけぇ?」

『うーん、泉さんっぽいなぁと思いまして』

「……ふーん」

結局意見を聞いた割に決めきれなかったらしく包装は後日にした彼は俺が持ってたマグカップを催促する。淹れたばかりでまだ熱い紅茶に息を吹きかけて口をつけた。

「なんとか本番に間に合った、ありがとぉ」

『泉さんの飲み込みが早いんですよ』

「とぉぜんでしょぉ?」

スタフェスを数日後に控えてこれから慌ただしくなるであろう学園に今回も既に憂鬱を覚えていて、木賊と柑子はどうする気なのか後で聞いておかないとと思う。



スタフェスを3日後に控えて、いろんな意味でばたばたしていた。

役員は終業式の準備があるらしく、また休みが開ければすぐ新体制になるから特に衣更が死にそうになってる。

用を済ませてグラウンドから校舎に入る。雪を払ってから階段を上がろうとすると2Bのクラスの前、廊下の壁に凭れた彼がいた。

『おはようございます』

「はい、おはよぉー」

気怠そうながらも面持ちはどこか緊張していて、目の前に立った瞬間左手に持つ袋がもちあげられる。無愛想に差し出された、上を縛ってある簡易ラッピングに思わず彼を見上げる。

「あげる」

反応が遅れたのを受け取らないと思ったのか眉間に皺を寄せた。

「……かさくんにもあげたし、ついでだからアンタにもあげる。気にいらなかったら捨てな」

『あ、ありがとうございます』

投げ渡された袋は思ったよりも重みがあり、去っていく泉さんを見送ってき教室に入る。近くにいた伏見に挨拶をして座った。

まだ人が少ない教室内に早速袋をあければ小さめのぬいぐるみが何個も入ってる。

ひとつずつ取り出して机に並べればどれも黒いくまで、埋め込まれた瞳の色にマメな人だなぁと微笑んだ。

あとでお礼の連絡を入れるべきだるけど、先にみんなにも見せてやるべきだろう。

今日の部活は休みの予定だったけど緊急招集をかければ五分以内に了承の答えのみが返ってきてた。

授業を全て終え、用のある皆よりも先に部室につく。寒い部屋の中を温めるために暖房を入れて電気ケトルの電源を入れた。

温まり始めた部屋の中で紅茶を入れて先に座ってお茶を始めれば扉が勢い良く開く。

「ただいまぁー!」

「ただいま」

「ただいま帰りました」

「ただいま~」

『おかえり。ほら、雪乗ってるよ』

外から来たらしい黄蘗の頭と肩に乗った雪を落としてついでに跳ねた髪も直してあげればご機嫌で隣に座った。

「はくあ、いきなり呼んでどうしたん?」

椅子に座った木賊は流れるように用意しておいたカップにポットからお茶を注ぐ。その隣にコートをかけた柑子も腰掛けた。

『最近泉さんと編み物してただろ?』

「そうだな」

少し不機嫌な声で返してきたシアンに苦笑して袋を持ち上げてテーブルに置く。

『それで、これがお礼らしいよ』

きょとんとした四人に袋を開けて中身を取り出して見せた。

ちょこんと五つ並んだぬいぐるみ。瞳とお揃いの首に巻かれたリボンをそれぞれの目の前においてやれば目を輝かせた。

「わぁ!僕にも?かわいい~!」

「…ふふ、俺のか。可愛いな」

「お礼を言わないといけませんね」

「センパイ随分とかわええなぁ」

この間までの不機嫌さはどこへやら、嬉しそうにくまに頬擦る黄蘗と手に取り微笑むシアン。微笑んでみせた柑子に木賊は大きく頷いた。

全員かなりお気に召したらしい。

俺の分の赤のリボンをつけたくまを手に取る。ふわりとした柔らかな感触に透き通るような赤色の瞳。

俺はこんなに澄んだ目の色をしてるつもりはないんだけど、ビーズがなかったのかな

「お礼…瀬名さんは何がお好きなんでしょうね?」

「甘いもんとか食べそうにあらへん人やしなぁ」

『うーん、好きだけど…たぶん食べ物は受け取ってくれないと思うよ?』

「あ!はいはい!じゃあお洋服作ってあげよ!かわいーの!」

「可愛い物よりもスタイリッシュなもののほうが好みなイメージがあるぞ?」

楽しそうに話す四人に息を吐いて微笑む。

天文部の玉座。窓際のそこに小さな玉座に座る五つのぬいぐるみが増えるのはもうすぐだろう。

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