あんスタ
2
紅紫くんに相談してから早三日。手紙が置いてあるのは変わらず、それをジップロックに入れてから登校するのも変わらない。ただそれをセナっち経由、もしくは直接紅紫くんに渡す作業が増えた。
何が解決したわけではないけど、なんとなく、どうしようかと一人で悩んでいた時よりも気持ちにゆとりが出てきて、今日は久々のユニット練習に足取り軽く向かう。
今日はそこまで大きいわけではないけどいくつかのユニットと合同で行う屋外ライブで、夢ノ咲以外のアイドルもいるらしい。
指定されてた会場から少し離れた裏口から入って、目の前にあったエレベーターで三階に上がる。いくつかの部屋を通りすぎて人気のある部屋に足を向ければ扉に控室と張り紙があってノックをしてから開けた。
「おや、早いのう」
大きめの控室は他ユニットと相部屋らしく、右側の鏡を見知らない3人組が、真正面の鏡の前にはユニット衣装に身を包んだ朔間さんが椅子に座って携帯を触ってた。
「おはよ~。わんちゃんもアドニスくんもまだ来てないの?珍しいね~」
普段であれば基本的にわんちゃんが一番乗り、だいたい次にアドニスくんで朔間さんと俺は後ろの方だ。稀に迷子になったアドニスくんがビリのこともあるけど、わんちゃんがいないのは珍しい。
通り過ぎる間際に他ユニットに挨拶をして朔間さんの隣に並ぶ。準備を終えてる朔間さんは携帯を触っているままで、わんちゃんと連絡でも取っているのかもしれない。
余程の大きなライブでもない限りは自分でメイクやセットをすることになってるためさっさと支度を終えようと持ってきた衣装に着替える。
髪をやろうかと鏡の前に座ったところで真後ろに位置する扉が開いた。
「…遅れてしまってすまない」
「ちゃっちゃと着替えちまおーぜ」
入ってきた二人は汗を拭いながら息をしてて首を傾げる。
「二人ともどうしたの?」
「…ちっ…アドニスが迷子になってたんだよ」
「また携帯の使い方がやからなくなってしまって大神に迎えに来てもらったんだ」
「なるほどね~」
なんだかんだアドニスくんの面倒を見ている大神くんは二人で話しながら着替えを始め、俺もコテが温まったから鏡に目を戻した。
前ユニットの高潮をそのままに、俺達が出て幕を下ろす。アンコールが何度があって終わる頃にはすっかり汗をかいてしまっていて、衣装も湿ってた。
「や~、楽しかったね!」
「今日の羽風先輩はテンションが高かったな」
「あー、たぶん最近立て込んでたからかも」
「毎回こんぐらい気合入れてやれよな!」
「そうじゃなぁ、やればできる子なんじゃ、毎度とは言わずとも、何回か一回、これぐらいやってくれると嬉しいのう」
三人に褒められてるのか貶されてるのかよくわからない言葉をかけられながら帽子を脱ぐ。
借りていられる時間は決まっているから衣装を脱ぎながらスマホを手に取るといくつか通知が来ていて、その中でも珍しい、セナっちからの通知を開いた。
ただ簡潔に“気をつけな”の一言。それになぜ今なのか不思議には思ったものの、なんだかんだめんどうみの良い心配性な彼だしと了解とスタンプを送り返して着替え終わったジャンパーのポケットにしまう。
「今日は流れ解散か?」
「そうじゃのう。…駅で解散で良いか?」
「おー」
「いいよー」
全員着替え終わったようで荷物を持ち立ち上がる。まだいたスタッフさんや共演者に挨拶をして、会場を出た。
「羽風くん!どいて!」
「え」
最近こんなことばっかり言ってる気がする。アホ面晒してる率が高いんだけどアイドルとしてアウトだろうか
甘さと狂気をはらんだ目つきで俺を見てるその子は何故か手に刃物を持っていて、迫りくるそれはスローモーションに見えた。
固まってしまった俺に差し迫るそれを遮ったのはいきりたったわんちゃんの声とアドニスくんの手だった。
「ほんとに来やがったな!」
「大丈夫か羽風先輩」
「あ、うん、俺は平気」
ジタバタと暴れるその子は見たこともない女の子で、瞬きを繰り返す。
アドニスくんに押さえられ落としたカッターをわんちゃんが拾い上げて睨みつけた。
「なんで、なんで!?アンタ達もあたしの邪魔する気?!ゆるさない!!」
顔を真っ赤にして泣きわめく女の子に騒ぎに気づいたスタッフさんが出てきて目を見張る。裏口が人通りの少ない場所にあったことが幸いして、通行人に通報されることはとりあえずなさそうだったけど一度会場に戻った。
数人のスタッフに拘束され連行されたその子の背に思うところがなかったわけではないけど、その子の落とした鞄の中から溢れ出てきた俺の隠し撮りと切り刻まれた朔間さんの写真に目をそらしてしまう。
水を飲んで息を吐いた。
「えっと、ほんと安心した。ありがとう」
迅速な二人の反応がなければ今頃怪我人が出ていたところだろう。
わんちゃんは鼻を鳴らし、アドニスくんはうなずいた。
「次からはこっちにも話し通しとけよすけこまし野郎」
「ストーカーにあっていたなんて、教えてもらわなければこちらも心配だ」
うっすらと寄せられた眉間の皺に少し笑ってしまって、見られたくなくて顔を下げた。
なんていい後輩たちなんだろう
急に黙った俺に二人は首を傾げて、戻ってきた朔間さんに背を叩かれた。
「では、帰ろうかのう」
元から三人と俺は方向が違うけど、心配してくれてるらしい朔間さんが同じの方向のホームに立つ。
「気をつけろよな!」
「また明日」
挨拶を返して電車に乗る。閉まった扉に振ってた手を降ろして、壁に凭れた。
「疲れておるな」
「んー、ていうより、やっと肩の荷が下りたって感じ?」
笑ってみせるとどうしてか朔間さんは眉間に皺を寄せながら笑う。違和感を覚える表情はどうにも朔間さんらしくなく、携帯を取り出すのを躊躇った。
「どうしたんじゃ?」
「…朔間さんこそ、どうかした?」
「はて、なんのことじゃ?」
きょとりとした朔間さんにはぐらかされた気がしなくもないけど、ちょうど目的地についたことで少し揺れた電車のせいで気がそれた。
人の波に流されて、家まで送ってくれる気なのか朔間さんも一緒に駅を出る。
改札を抜けて、ふと視界に移った影に顔を上げた。瞬間、影に突きだされた銀色の光。
「うわっ!?」
俺は後ろから引っ張られて目を回す。それでも逸らせなかった視線の先、誰かが光を掬い上げ、その勢いのまま長い足を振り落とした。
「ぐぇっ」
『これで最後』
やっと頭が追いついてきて、それが誰なのか理解する。襲撃者を伸した紅紫くんは笑顔で俺を見てた。
はっとして振り向いたそこには焦った顔の朔間さんがいる。回された腕はやっぱり予想通りだ。
ただ、さっきとは違い通勤、通学ラッシュのせいで人が多くいた構内なのはとても誤算で、視線が突き刺さる。それを遮るように何かを頭にかけられた。
ほんのりと香る、ちょっと甘いけどオリエンタル系に近い特徴的な香水の匂いに朔間さんのじゃなくて紅紫くんのコートを被せられたんだと察する。
『お二人とも、こっちです』
いつか柑子くんに腕を掴まれ走った時のように駆け出した。
気になって振り向いた元いた場所には、騒ぎの中心にどこか見覚えのある青色の髪と緑の髪がいた気がしたけど朔間さんに背を押されて前を向き走る。用意していたのかちょうど扉を開けたタクシーに雪崩れ込んで、息を吐いた。
『騒がしくてすみません、お願いします』
行き先はすでに告げてたのか走りはじめたタクシー。移ろう景色に隣の朔間さんを見ると汗を拭ってた。
セキュリティのしっかりとしたマンションに住んでるのか、紅紫くんはタクシーから降りると俺達の先頭を歩いていきエントランスにある認証をまず解除した。その先にあったエレベーターからも降りて、部屋の前、二箇所の鍵穴に鍵をさして回した紅紫くんは扉を開けた。
『どうぞ』
「え、えっとお邪魔します?」
まっすぐ進んでくださいと案内され靴を脱ぐ。光の漏れる扉の取っ手に手をかけるとすぐ右側がカウンターキッチンになっていて、リビングが広がってた。
そこで足を組み座ってた彼に首を傾げる。
「セナっち?」
「遅いんだけど」
イヤホンを外してひどく立腹な様子に混乱しながら入ってきた紅紫くんに促されリビングまで進み、少し悩んでセナっちが座る二人がけのソファーではなく三、四人くらい座れそうなソファーに腰をおろした。
『何飲みますか?』
「ソイラテ」
「え、え、と」
「…任せる」
『じゃあちょっと手間省きたいので皆さんもソイラテでもいいですか?』
「あ、うん」
カウンターキッチンに立つ紅紫くんの問いかけに流されるように頷いて周りを見る。整理整頓され、シンプルな部屋なのにブラウンウッドのテーブルや棚のおかげで少し温かみを感じる部屋はセンスの良さがうかがえた。
どうしたらいいのかわからず、苛ついてるセナっちに声をかけるほど馬鹿のつもりはない俺は朔間さんを見る。
なんとなく、そわそわしてるような落ち着きのない感じのする朔間さんの横顔に何か声をかけようとしたところで足音が聞こえて、トレーを持った紅紫くんが膝をついた。
『おまたせしました』
俺と朔間さんの前に無地の白いマグカップをひとつずつ置いて、灰色というか銀に水色柄が入ったマグカップをセナっちに渡し、残った白磁に赤紫のラインが入ったカップを持ってセナっちの隣に座る。
一口飲んでみたそれは豆乳の味で、ほんのり甘みがあって美味しい。
知らない間に詰めてしまってたらしい息を吐いて、顔を上げると紅紫くんがこちらをみて微笑んでた。
「あ、」
『羽風さん、お疲れ様でした。もう全部終わったので大丈夫です』
「………それじゃあ、やっぱりさっきのも?」
『はい。今回の内容をお話しますね』
マグカップをテーブルに置いて真っ直ぐ俺を見据えた紅紫くんはまず、と口を開いた。
『結論から言えば今回のストーカーは二人いました。片方は女性、もう片方は男性です。両方共さっき見てると思うので人物像は省きます。…きっかけは知りたいですか?』
「え、そんなことまでわかるの?」
『はい』
笑った紅紫くんに頷く。
ふと見たセナっちは黙って目を瞑り眠ってるようにも見えたし、朔間さんはじっと耳を澄ましてるから俺と紅紫くんの声だけが室内に響いてた。
『女性はうちの学園の普通科で、貴方のファンです』
「え?!」
『ほぼ毎回ライブに通っていたようですし、確認も取れているので間違いないでしょう。次に、男性ですが…一目惚れだったそうです』
「うぇぇ…?」
『電車が遅れていた時、羽風さん普段とは違う時間に乗りましたよね?その電車に乗っていたのが後のストーカー一号です』
わかりやすさを心がけてるのかひどく簡潔な言葉に理解はできたけど頭が追いつかない。
誤魔化すためにソイラテを飲めばちょっと落ち着いて、息を吐いた。
「うん、大丈夫。続きをお願い」
『無理になったらいつでもいいので止めてくださいね。
さて、続きですが、男性をストーカーAとしましょう。Aは一目見た貴方を忘れられず、調べに調べ貴方がアイドルの卵であること、通っている学園も調べました。…そこで、ラブレターを出すことにしたんです』
テーブルの上に出された手紙は外見はどれも一緒の便箋に包まれているのに、表を覆う透明の袋にはA、Bと振られていて最初はAがほとんどでその後からBが続き、最終的にはほぼ交互に並んでた。
『Aは毎日貴方に手紙を出していてそれが三日目に事態が少し変わります。詳細は伏せますが…元からファンであった女性、Bがそのことに気づいて邪魔を始めたんです。同じように手紙を送り、時には相手の手紙を隠すようになりました。これらわかりやすく仕分けしてあります』
「……うーん、俺には同じ内容にしか思えなかったんだけど…よくわかったね?」
『写真を拝見したときから気づいてましたよ?』
「どこで?!」
『朔間さんの写真の扱いです』
言葉に詰まる。いきなり核心に触れられたような感覚にとりあえずソイラテを飲んで、その間に記憶を探っても違いがわからなかったから紅紫くんを見上げた。
『恐らく、羽風さんは無意識に気にしないようにしていたんだと思います。あまり見ていて気分のいいものではありませんし……まぁ、僕が見分けたのはそこで、とだけ話しておきます』
今まで淀みなく話していたはずの紅紫くんの言葉の間になんとなく違和感を覚える。彼の視線が一瞬だけ隣のセナっちに移ったからだと思えば今度は疑問が出てきて、向けられたらしいセナっちは相変わらず目を閉じて起きているのかもわからない。
『なので、互いに牽制しあってると最初天文部でお話をうかがった時点で犯人は複数と見ていました』
「え、…じゃあ最初から気づいてたの?」
ニッコリと笑んだ紅紫くん。それに事情を知ってたのか朔間さんは眉間に皺を寄せる。
『一人でも嫌だろうに、もし話して怖がらせてしまうのもどうかと思いましたので…あとは、貴方に協力者ができたと相手にバレて性急に行動に移されないようにです』
「なる、ほど…?」
いろいろ後のほうまで考えてくれて、その上俺のケアも含んでいたらしい。
空になったマグカップにソイラテを注がれ、隣のセナっちにも注いでポットを置いた。
『だいたいこんな感じですかね』
区切ったことに結果報告のため呼びだされたらしいセナっちがため息を吐く。開かれた目に寄せられた眉間の皺。深々とした溜息からも機嫌が悪いのは見て取れた。
「……それだけなら俺を別に呼び出す必要なかったよねぇ?」
『ありましたよ。…気になっていたでしょう?』
ぐっと更に深くなった皺に首を傾げるより早く俺の隣が身じろいで、朔間さんがカップの中身を飲み干した。
「終わりならば我輩も薫くんを送り届けて帰りたいのじゃが?」
『うーん、…羽風さんはあれだけ騒いだあとじゃ注目を集めてます。今後処理はしてますけど今日はもう出歩かないほうがいいですよ』
「そ、そんなに注目されてた?」
『はい』
最寄り駅であれだけ騒いで、家に話がいかないといいけどなんて不安がよぎる。
またため息が聞こえてセナっちが呆れたような声色を出した。
「それ、しろくんがかかと落とし決めたからでしょ」
『いい感じに足が上がったもので、つい』
軽やかに笑って、空になってる自身のマグカップをテーブルに置くと優しく笑った。
『今日はもう遅いですし、どうか泊まっていってください』
「それは悪いから」
『依頼されたら最後までやり遂げないと俺のルールに反してしまうので…僕のためだと思っておねがいします』
頼んだのは俺だし、紅紫くんが見上げるように言うから思わず頷いてしまった。
夜も遅いしもう寝ましょうかと切り上げられた会話に、お風呂を借り、その上新品の着替えも借りて綺麗になったところで二人で使ってくれと部屋に案内される。入り口に近いその部屋は手洗いやキッチンも近く、配慮されてるんだろう。
紅紫くんの言葉に甘え、今日はお邪魔させてもらうことになったのはいいけど、隣で死にそうな顔をしてる朔間さんが気になる。
「朔間さん、弟くんが足りてないなら帰ったほうがいいんじゃ…」
「うむ、凛月はいつでも足りておらんが…別にそういうわけではないから安心しておくれ、薫くん」
何を安心したらいいのかわからなかったものの、紅紫くんがお風呂から上がったため話が途切れた。
ユニットの子たちがよく来るため用意してあるという折りたたみベッドを二つ、手早く組み立てた紅紫くんにふと、帰らずいるセナっちを思い出した。
「セナっちはどうするの?」
簡易ベッドのわりにふわふわとしてるスプリングで遊びながら問いかける。顔を上げれば紅紫くんは風呂あがりで熱心にスキンケアをしてるセナっちに目を向けてた。
少し上を見たあとに口を開く。
『泉さんは俺と同じ部屋でいいですよね?』
「俺右側だからねぇ」
『いつも通りですね』
あっさりとした確認に瞬きをすれば不思議そうな顔で紅紫くんは俺を見た。
「セナっちと仲いいんだね」
「はぁ?馬鹿なこと言わないでくれるぅ?」
何故かとげとげしい言葉が返ってきて肩を竦める。前から思ってたけどこの二人はよくわからない。
『明日は何時ごろに起床されますか?』
「あ、えっと六時半くらいかな」
『かしこまりました、それではゆっくりとお休みになって下さい』
微笑んだ紅紫くんは頭を下げて扉を静かに締める。扉の向こう側からセナっちと話す声が聞こえて遠ざかっていき、ベッドに倒れ込んで息を吐いた。
枕を手繰り寄せてもふもふと感触を確かめるように腕の中にいれる。
「やっばい、すっごくふかふかだよ」
隣からほんの少しベッドが軋む音がして、朔間さんも座ったんだと顔を上げた。
「そうじゃな。…大丈夫か、羽風くん?」
「あー、平気平気。慣れてるっちゃー慣れてるからね」
うつ伏せから仰向けに変えて布団を着る。用意してくれた毛布にくるまって目をつむった。
「頼ったのは俺だけど…俺なんかより、紅紫くんのほうが大丈夫なのかなって思うよ」
こんなさして交流もない、ただ同じ学校の先輩ってだけでここまでいたれりつくせりなのは言い方はあれだけどちょっと気味が悪くも感じる。
朔間さんはそれに関して特に言葉を返さないで、電気を消そうかとスイッチに手を伸ばした。
ああ、やっぱり違和感だなぁ
今日だけでも色々あって疲れてたのもあってか、眠気が来ず、手繰り寄せた携帯を見ると一時間くらい経ってた。なんとなくクッション代わりにしてた枕を抱きしめてれば隣で寝返りを打つ音がして声をかける。
「…ねぇ朔間さん、もう寝た?」
「まだ起きておるよ」
はっきりとした口調に朔間さんも疲れてるのに違いはないんだろうけど、どちらかというとライブがあったことよりも緊張疲れしてたんじゃないかと感じた。
「どうしたんじゃ?」
「あのさ、聞きたかったんだけど」
ここに来てからもライブ後も、それよりももっと、具体的に言えば彼が関わることに対してずっとらしくない。
「朔間さん、紅紫くんと何があったの?」
「…………」
息をする音も聞こえない。本当に時が止まったようで暗闇に慣れはじめてた目で隣を見ても身じろぎ一つしないから少し不安になった。
どれだけ時間が経ったのかわからないけど、上半身を起こしたらしく蠢いた影と布の擦れた音に息をする。
「そう、じゃのう…何が聞きたいんじゃ?」
なんとなく、動いてこちらを見た気がした。
きっと電気がついていればあの赤い瞳が俺を捉えてるんだろう。
「なんか、紅紫くんと朔間さんってぎこちない感じがするよね」
「本来ならば特に接点がないからのう」
「でも、実際はあるんだ?」
「…凛月とわんこのクラスメイトじゃし、宗たちとも交流があるからなんだかんだ、ずるずると続いておるなぁ」
少しの躊躇いの後にくくっと笑ったそれは何故か自嘲気味で、体制を変えてからまた枕を抱え直した。
「それだけにしては…紅紫くんと距離をはかってる感じがするよね、朔間さん」
「……はて、なんのことやら?」
もうこれ以上は話してくれないやつだなと誤魔化し混じりの返答に息を吐いて目を瞑る。
「そっか、俺のきのせいならいいんだ。…でも、紅紫くんはすごくいい子だと思うけど、俺はちょっと奥深すぎて怖いと思ったよ」
小さな声は多分隣の朔間さんには届いてるだろう。
「……そうじゃな、我輩もそう思う」
時間を置いて返ってきた答えが思っていたよりだいぶ震えているように聞こえて、気づかないように目を閉じた。
ちょっと普段よりも早めに目を覚ましてしまって、洗面台を借りる。顔を洗って髪もセットしたあとに昨日のリビングに向かうと怒ってるセナっちの髪をとかしてる紅紫くんがいた。
「ホントありえない!」
『ふふ、許してください』
対象的な様子だけどなんだかんだでとても仲がいいなと思うけど、口に出したら怒られるから黙っておく。扉の開いた音に顔を上げた紅紫くんは俺を見ると微笑んだ。
『おはようございます。休めましたか?』
「うん、ぐっすり」
昨日と同じように大きめのソファーに腰掛けて欠伸をひとつ零す。丁度普段と同じく髪をセットされたセナっちの頭に紅紫くんがはい。と言葉を区切った。
「まぁまぁかな」
『気に入ってもらえたのならなによりです』
鏡でチェックして目を細めたセナっちに櫛をしまいながら笑う。なんか見せつけられた感があるそれにピピッと電子音がなったことで時間が流れはじめた。
『ご飯にしましょうか。羽風さん何飲みたいですか?』
「え?えーと、コーヒー?」
『かしこまりました。すぐ用意できますので少しだけお待ちくださいね』
微笑んで立ち上がった紅紫くんはそのままキッチンに向かって、カウンターキッチンだから手元は見えずともなにか作業しているのが見える。何をしているのかまではわからないから視線をそらして、今度は顔色のチェックを始めたセナっちを眺めることにした。
視線に気づいたらしくすぐに俺を見る。
「おはよ~」
「おはよ、朝からしっかりしてるね」
「当然でしょ?」
手鏡をおいて制服のネクタイと襟をきっちり直したところで扉の開く音がした。
ふぁぁと小さくあくびをこぼしながら朔間さんはふらふらと左に曲がる。
「凛月…とまと…」
ああ、寝ぼけてるなぁと声を聞いて、リズムよく聞こえてた包丁の音が止まった。
『トマトジュースにしますか?それともサラダにトマト入れましょうか?』
「…ん"ん"!?」
信じられないくらい喉の奥の方から出された声に思わず噴き出したのは俺とセナっちで、目が覚めたのか違う!違うんじゃ!とわたわたしはじめた朔間さんにまた笑った。
『ふふ。トマトジュースとサラダにトマト入れておきますね』
「あああああ!」
崩れ落ちたらしく姿が見えなくなった朔間さんにセナっちは限界だったのか腹を抱えて笑い、俺も口元を押さえて肩を揺らす。
『サンドイッチは要りますか?』
「ぅぐっ、…朝はあまり食べぬよ」
『そうしたら飲み物とサラダくらいにしておきますね。フルーツも良かったら召し上がってください。…あ、おはようございます』
「………おはよう」
挨拶をして足早にこちらに来た朔間さんと入れ替わるようにセナっちが立ち上がってキッチンに向かう。
隣に座った朔間さんは今にも死にそうな顔で頭を抱えた。
「あー、おはよ、大丈夫?」
「こんなに今すぐ消えたいと思ったのは人生で三度目じゃよ…」
息を深々吐くからまた笑いそうになって慌てて目線を逸らす。
その先で、キッチンに立って紅紫くんからグラスを受け取ったセナっちは傾けて嚥下してた。
「ん、いいんじゃない?」
『お気に召していただけたのならなによりです』
和やかに流れる空気にこっちとの差を感じながら見てるとセナっちの手が伸びて紅紫くんに持ってたグラスを押し付ける。
「てゆーか、今日はリンゴの気分じゃないんだよねぇ」
『え…寝起きは食べたいって言ってたじゃないですか…』
「しろくんが食べなよ。俺キウイ食べたい」
『それでも駄目です。こっちに苺混ぜてるのでそれで許してください』
「余ってるじゃん」
『余ってません』
「一個」
『………はぁ、一個だけですよ、口開けてください』
「んん、あまい。おいしいねぇ」
『わがまま聞いたんですから、運ぶの手伝ってください』
「はいはい」
一連の流れを見て、胸にこみ上げてきたむかむかをはき出した。
「ゲロゲロ~、くそあま、無理」
「ちょっとぉ?かおくん何考えてんの?」
むっとした顔で皿を置いたセナっちはそのままソファーに座って、同じように笑った紅紫くんも腰掛ける。
並べられたそれぞれの皿と器に目を落としてるとあ、と紅紫くんが声を漏らして眉をひそめた。
『すみません、羽風さんが朝何派か伺っておくべきでしたね…』
セナっちにはスムージーと果物、紅紫くんの手元にはカフェオレ。朔間さんにはトマトジュースとサラダと果物。俺にはさっきの答えらしくコーヒーにサラダ、果物+サンドイッチ。
目を丸くして固まってしまった俺に紅紫くんは苦笑いを見せた。
「あ、うんん、朝は割としっかりめならご飯でもパンでも食べるから大丈夫なんだけど…その、ごめんね」
『食べれないもの、ありましたか?』
「そういう訳じゃなくて…みんな朝は食べない派みたいだから手間かけさせちゃったでしょ?」
瞬きを二回した紅紫くんはふわりと笑って首を横に振る。
『いえいえ、朝はしっかり食べた方がいいなんて言いますし、別に手間ではなかったですよ』
カフェラテを傾けて飲み込んだ紅紫くんに何を返したらいいか困ったけど、セナっちが息を吐いてりんごを突き刺した。
「気にしないでさっさと食べちゃいなよねぇ。俺は置いてくよ~」
『ちゃんと待っててくださいね』
「こいつらに付き合ってたら遅刻しちゃうでしょ」
「うわ、もうこんな時間なんだね!」
思ったよりもゆっくりしすぎてた。流れてたらしい時間にサンドイッチにかぶりついて、セナっちはりんごをもくもくと、朔間さんはトマトジュースを啜った。
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