あんスタ
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最近気が緩んでたなんて気はしないけど、付け入られる隙があったんだからそうなのかもしれない。
郵便受けに入れられてた封筒を取り出してそのままジッパーのついた袋に入れる。証拠となり得るものは取っておくほうがいいだろう。
最初の一、二回で内容物は確認してあるし、さして相違も見られなかったから開ける必要もない。
ただ、封筒の厚みが増していることからそろそろ手を打たないと行けない気がした。
「だからってなんで俺に相談するわけ?ちょ~うざぁい」
むっとした表情のセナっちにこのとおりと両手を合わせてみせるも眉間の皺はよくならない。
なんとか頭を下げて呼び出した人気の少ない渡り廊下のおかげで人目につくことはないけど、喧騒が遠い分ぴりぴりとした空気が誤魔化しようのないくらい突き刺さってる。
「ほら、セナっちってモデルだからこういうの対処慣れしてるかなって」
「はぁ?そうだったとして、アンタを助けてやる義理はないんだけどぉ?」
モデル界のシニカル王子が通名の彼らしく、毅然としていて取り付く島もない物言いはなかなかに心を抉ってくる。
「そこをなんとか!」
「だいたいそんなこと俺よりもユニットのやつに相談しなよねぇ」
「あ~。ほら、後輩に心配かけたくないし」
「もう一人いるでしょ」
「それは、その…」
ギラリとした目はキレた椚先生より鋭く誤魔化せそうにない。
そもそも頼んでいる側なんだからなるべく状況は伝えておくべきだろう。
「送られてきた手紙の主がどうも朔間さんを眼の敵にしてるみたいでマークされてるんだよね…」
「なぁに?写真でも切り刻まれてたわけ?」
「そんなところ…」
実際は切り刻まれてたり、藁人形に打ち付けられてたりしたんだけどいうのは控えておく。聞いてる方も言う方も気分は良くないだろうし。
セナっちは少し考えるように斜め下を見たかと思うと携帯を取り出した。
「な、なにしてるの?」
「そういう醜いのは俺の領分じゃないんだよねぇ」
「え?」
「ストーカーとか、理解出来無いし~」
「……え、それはギャグ?」
「ちょっと、どういう意味?」
射抜くような目つきでスマホから顔を上げたセナっちに半歩引いてしまう。気圧されるというか恐怖を覚えたのは気のせいじゃない。
「そ、それより何してるの?」
「餅は餅屋っていうでしょ。俺より適任のクズがいるからそっちに聞いてみてる」
「…え、ちょ、あんまり話が広がるのは!」
「あ、……―もしもしぃ?送ったとおりなんだけどどこいる?はぁ?俺が手伝えって言ってるんだからぐだぐだ言わないで、はいって言いなよ」
唐突に触ってた電話を耳に当てたセナっち。それにしての相手不憫すぎる。原因は俺だけど有無も言わせない内容に申し訳なくなってきた。
「部室?じゃあ今から行くか―…裏口?ああ、あんたの城だもんねぇ……―なんでそんなところが通じて…まぁいいや、向かうからお茶準備しておいてよね。先輩なんだからとーぜんでしょ?」
満足そうに微笑んで携帯をポケットにしまった彼は俺を見てまた表情を消した。
「行くよ」
「え、どこに?」
歩きはじめたセナっちの背を追いかけ、隣には並んだ頃に口を開く。
「天文部」
「そんな部活あったっけ?」
「あるよぉ」
学園の地図を思い出して、ふと天文部は知らないけど天文台があることを思い出した。
記憶が正しければ体育館脇の、その奥、渡り廊下にあったはずだけど彼が向かってるのは体育館だ。電気をつけていないせいで薄暗く不気味だ。
「多分このへんなんだけど…」
「セナっちもしらないの?」
「はぁ?裏口なんて知ってるわけ無いでしょ」
「……天文台になんで裏口が?」
「さぁ?アイツが作ったんじゃなぁい?」
スマホを取り出してメッセージを送ってるらしい彼が言うその“餅屋”とやらはどんなやつなんだろう
「こっちだってさ。置いてかれたいの?」
部活中のバスケ部にバレないよう二階に上がって管理室に入った。
「えーと…」
あたりを見渡して音響室の扉を開き、その先、ひっそりと影に隠れてた扉を見つけて手をかけた。
「かい、だん?」
「なにこれ…」
驚いてるのは俺だけじゃなく隣のセナっちものようだ。
二人して若干引きながら階段を降りて行くとまた扉があり、セナっちは躊躇いなく開け放った。
「あれ?お早いですね。紅紫くんにお願いされたのでお迎えに上がろうと思っていたのですけど…」
開けた光の先、扉に手を掛けようとしていたらしい子が目を丸くしてる。どこか見たことあるその顔はpeppeeerのライブ後にホラーマスクの下から現れた子だからだろう。口元にある小さな黒子も見間違いようがない。
「あちらにお茶をご用意しておりますのでどうぞ中へお入りください」
促され進んだ先、ノックをしたあとにゆっくりと開けた扉の先には部室なのか小さな丸いテーブルとそれを囲うように椅子が並べられ、そのうちの一つに座っていた彼はふわりと笑った。
『瀬名さん、羽風さん、ようこそおいでくださいました。天文部までご足労頂きありがとうございます』
「ほんと。呼び出すとかありえないんだけど~」
紅紫くんのすぐ近くに置いてあった椅子に座ったセナっち。どうしたものかと目線を彷徨わせたところで柑子くんに向かいの椅子に座るよう案内された。
待っている間に本当にお茶を用意したらしくテーブルにはポットとカップが4つ並んでる。給仕をしてくれた柑子くんは微笑むと隣の部屋に移ってしまい、俺達三人が部屋の中に残った。なにか忘れ物でも取りに行ったのだろうか。
気にしないでカップに口をつけたセナっちは視線を落とす。
「ふぅん、おいしいじゃん。…でもアンタじゃないねぇ、淹れたのはあの子?」
『ええ、柑子は手先が器用なのですぐに覚えてくれましたよ。俺好みの味でしょう?』
「しろくんは長めに蒸らすもんねぇ」
『渋くならない程度がいいんです。お砂糖とミルクはご自由にご利用くださいね。羽風さんもどうぞ召し上がってください』
急に振られた話に慌てて頷きカップを取る。飲みこんだ琥珀色の液体は美味しかったけど少し濃く感じて、俺は砂糖とミルクを少し、セナっちもミルクをワンスプーン分くらい入れてかき混ぜてた。
視線を感じて顔を上げると紅紫くんは何故か俺を見て微笑んでいて目を逸らす。ここが密室なのも手伝ってかとても上機嫌に見える紅紫くんは学園内で見かける優等生より、ライブの時に近い気がした。
「で、アンタどう思う?」
『そうですね…。ストーカーは別に俺の得意分野ではないんですけど…』
いきなり入った本題に肩を揺らしてしまう。柑子くんがいたから予想はしていたものの、やっぱり餅屋は紅紫くんのことだったらしい。…さっきセナっちは紅紫くんを“適任のクズ”と言ってたのは理解できそうにないけど。
『…でも今回、貴方には無理そうですし、なら俺が手伝うしかないのかな』
「…余計なこと言ってないでさっさと片付けなよねぇ」
ぎろりと光ったセナっちの目に違和感を覚えたけど真正面から受け止めてる紅紫くんは柔和に笑むだけでそれ以上言葉を紡がない。
妙な間の後ににっと笑った彼は頬杖をついた。
『ふふ、泉さんは人遣いが荒いですね。………―羽風さん、今ストーカーから届いた手紙はお持ちですか?』
「あ、うん、持ってるよ」
『差し支えなければ拝見してもよろしいでしょうか?』
「え、えっと」
見せていいものだろうか。まだ会ってさほど時間もたってない上に親しくもない年下の子を巻き込むのは気が引ける。
無言の俺に紅紫くんは急かすわけでもなくただじっと俺を見つめていて、膠着を破ったのはああもう!っていうセナっちの声だった。
「面倒だからさっさと出しなよ。今回はかおくんから何もとらないだろうし、コイツちゃんと問題だけは片付けるから」
「え、もしも次頼ったらなにかとるの?」
『うーん、その時の気分しだいですかね…それよりも次がないことを祈りましょう?』
笑った彼に薄ら寒いものを覚えるものの、斜向かいに座るセナっちの目が怖くて鞄を持ち上げた。
「ちょっと待ってね」
チャックを開けて教科書もノートも入ってない、筆箱と体操服のみが入った鞄の中からジップロックを取り出してテーブルの上に置く。
『開けても?』
「うん、大丈夫だよ」
手が袋に伸びて封を開ける。いつの間にか手袋をつけていてまるで鑑定士のようだった。
最初の分から溜まっていたそれは新しいものから重ねていて紅紫くんは封を切ってある一番古いものから手を付けた。
封入されてた写真と便箋に目を通したあと次の手紙も開いて、時折交じる写真や人形も含め開いている四通目を通したところで顔を上げる。
『残りの分も開けてよろしいですか?』
「自由にして平気だよ」
『ありがとうございます』
封筒を立てて二回ほど叩いて端に寄らせたあと、用意していたらしいハサミで端を切った。また出てきた写真や藁人形、便箋に目を落としてを繰り返す。今日入っていたぶんまで見た彼は息を吐くと手袋を外して紅茶に口をつけた。
『大体状況は把握できましたけど…朔間さん全力で目の敵にされてますね』
「そうなんだよ…俺だけが標的なら良かったんだけど、流石に周りに迷惑かけちゃいそうで扱いに困ってたところ…」
信じられないものを見るような目で俺を見てきたセナっちに苦笑いを返す。その俺は巻き込んでも良いわけ?っていう目はやめてほしい。
紅茶で喉を潤したセナっちは不機嫌なのを隠そうともせず紅紫くんに視線を移した。
「それで、どうするわけ?」
『ちょっと面倒くさいかもしれないですね』
「何日くらい掛かりそうなの」
『うーん……羽風さん、これ毎日きていますか?』
「そうだ…ね、多分毎日…」
尋問というか取り調べを受けてる気分になってしまい佇まいを直す。
『一日に一通?』
伸びてしまった背筋に対して紅紫くんは気を楽にしてくださいと笑った。
「多分」
『…………最近どこか行ったりしましたか?』
「と、とくには…」
「二週間くらい前にクラスでゲームセンターに行ったねぇ」
『ふふ、楽しかったですか?』
俺は頷いて、セナっちは首を横に振った。
『感じ方はそれぞれですもんね』
空になってるカップにお茶をそそぐ紅紫くんにセナっちも当たり前のように注いでもらって、ついでに俺も淹れてもらう。
『羽風さんって電車通学ですか?』
「あ、うん。」
『この間の電車の遅れ酷かったですよね』
「あー、そういえばすごく遅れてたから俺遅刻したんだよ…」
『ふふ、それは災難だ』
新しい紅茶にミルクと砂糖を足してかき混ぜながら答える。柔らかく聞き取りやすい声のトーンは話していて気が楽になっていってた。
なんかこう、信頼できる人と話してる、そんな感じ
気づけばはっついてた笑いも自然に出るようになってたし、紅茶を飲む手も強張ってない。肩の力が抜けるっていうのは多分これのことなんだろう。
他学年とはあまり接点がないから、わんちゃんやアドニスくん、壮馬くんともちょっと違う、後輩との距離感に嬉しくなる。
『大体わかりました。後はこっちでどうにかしましょう』
「え、もうわかったの?」
頷きもせず、首を横にふるわけでもなかったけどふわりと可憐に笑んだ紅紫くん。それに今まで口も挟まず紅茶を消費していたセナっちは息を吐いた。
『お急ぎでないのであれば、その紅茶を飲み終わるまでお話いたしませんか?』
特に部活があるわけでもユニット活動があるわけでもないから断る通りはなくて頷いて世間話をする。
前回会ったのがライブが最後だったからろくに話したこともない。なんとなくセナっちの前でライブの話をするのは違う気がして、紅紫くんは記憶違いなくわんちゃんと同じクラスだったからその話題をふる。
察していたんだろう、紅紫くんはクラス内のわんちゃんの話をしてくれた。
いくつか話すうちにこの間二年がクラスで行ったというケーキの食べ放題のことを思い出して話題をふる。
「わんちゃんが珍しくご機嫌だったんだよ」
「ああ、ナルくんが写真あげてたよ。プリクラも撮ったーって」
『三年生は情報通で困ります』
「なにそれわんちゃんも撮ったの?見せて見せてー」
気になってセナっちにお願いすればすぐスマホを操作し、鳴上くんのアカウントに入り写真を引っ張りだした。
ひとつの投稿についた写真は何枚かを一枚に集約していたりして枚数制限にうまく対応してる。回していったところで出たプリクラに目を丸くした。
「わんちゃん笑顔だ!」
「しろくんも笑ってるし珍しいねぇ。楽しかった?」
『恥ずかしいので秘密です』
微笑んだ紅紫くん。
ちょうど鳴った俺の携帯に視線を落とせばどうやら奏汰くんからで、珍しく壊してないスマホから連絡を入れたらしい。水槽を運ぶ手伝いをしてくれないかなんていう内容に了承を返して立ち上がった。
「呼ばれたから行くね、今日はありがとう、えっと、よろしくね」
『いえいえ、こちらこそお茶に付き合ってくださりありがとうございます。またお話してくださいね』
ぺこりと下げられた頭に慌てる。顔を上げた紅紫くんは裏口から帰るようにと告げてきてもう一度礼を言って外に向かった。