あんスタ
学年授業は普段の倍、人がいる事もありとても騒がしい。奏汰くんと守沢くんはなにやら教室のど真ん中で燃えているし、その横では渉が鳩を出して天祥院くんと青葉くんが笑い、蓮巳くんは青すじを立ててた。
まだ授業が始まる時間ではなく教科担当が来ていないのも手伝って開け放たれたままの教室の扉。軽く戸を叩く音がして黒髪が姿を表した。
『失礼します』
上級生の階に来ている為か普段よりも礼儀増しな挨拶と声色は気味が悪く思わず鳥肌が立ってしまう。
一部を除いて、測らずとも数人が目つきを鋭くしたせいでぴりっと肌を焼くような緊張が走った気がした。
「おや?」
「これはまた珍しい客人ですね」
『こんにちは』
「紅紫か。どうした」
近くにいた天祥院くんと渉に短く挨拶を交わしたそれは、これまた近くにいた蓮巳くんが問いかけたことによって視線を向ける。
『蓮巳さんもこんにちは。お邪魔してすみません。』
優等生らしく落ち着き払った様子で教室内を見渡したそれは首を傾げ気味に口を開いた。
『三年生は全員ここに集まっていると伺ったんですが…瀬名さんはいらっしゃいますか?』
どういうことか、出した名前はあまり接点のあるように見えない凛月のユニットの一人を呼ぶ。聞き耳を立てていたうち、数人の目が丸くなって違う重みが空気を制圧する。
「瀬名ならいるぞ」
彼処だと指した先。そこには床に楽譜を開いて音符を書き込む月永くんとそれ文句言いながら拾う当人がいた。
「セナっち、紅紫くんが呼んでるよ」
「はぁ?」
不機嫌極まりないらしい瀬名くんは拾い上げた楽譜を薫くんに押し付けて扉に進む。さすがに入りづらいのか扉のところで待っていたそれは瀬名くんを見ると緩く笑った。
「あのさぁ、俺ちょー忙しいんだけどぉ?大した用じゃなかったらしろくんでも怒るからねぇ」
『うーん、そこまで重要ってわけではないんですけど、』
不機嫌すぎる瀬名くんに臆することなく、笑顔のままポケットから何かを取り出した。
『これ、家に忘れていってたからなかったら困るんじゃないかと思いまして』
「………嘘、気づかなかったや」
我輩にはただの少し洒落た錠剤入れにしか見えないそれは顔を上げた月永くん曰く瀬名くんのサプリメントケースらしい。
ほぼ肌身離さず持ってるというそれはたしかに無ければ不具合が生じるだろう。
「ありがとうね、今度お礼するよ」
『お気になさらないでください』
穏やかさを取り戻して和やかに話をする二人の様子にどこか、少し、もやもやして、ふと見た宗が窓の外を見ながらマドモアゼルの髪を撫でているのが気になった。
宗だけじゃない。奏汰くんもビー玉みたいな目で、天祥院くんはそれはもう興味津々に、渉は少し眉根を寄せて二人を見てる。月永くんは少しばかり頬を膨らませてはいるけど黙って自分の書いた楽譜を片しているところで、空気が普段と違うことを感じ取っているのは訝しげな目で周りを見てる蓮巳くんくらい。
ばちりと目があったから逸らしてしまった。
「どこに置いてあった?」
『サイドテーブルにコップと一緒にありましたよ。寝起きに飲んで忘れたんじゃないですか?』
「そうだったかも。…ていうか、朝アンタが急かしたからでしょぉ?」
『普段から瀬名さんは支度に時間かけるのに、起きたの遅いのが悪いんですよ』
軽やかに笑ったそれに瀬名くんは唇をへの字に曲げ眉間に皺を寄せる。ちょうど鳴り響いた予鈴に二人同時に顔を上げた。
『次移動なのでこれで失礼しますね』
「頑張って~。俺のせいで遅刻したとか言わないでよね」
『言いませんよ。瀬名さんも授業がんばってくださいね』
「はいはい」
手をひらひらと振った瀬名くんに苦笑いではなく普段の作り笑いを浮かべると、部屋の中の上級生に一礼して踵を返した。
最後まで見送ることなく教室内に戻った瀬名くんは月永くんの方を見て片付けられた楽譜に首を傾げる。
「あれ?王様もう作曲しないの?」
「………ん~、宇宙がバグってんから休憩~」
「はぁ?なにそれ、バグってるのアンタの頭じゃない?」
訝しげな顔の瀬名くんに月永くんはそれ以上何も返さず机に突っ伏したままだ。
よくあることではないのだろうけど放置することに決めたらしい瀬名くんは所定の席に座り頬杖をついた。
すっとその前に座った人に瀬名くんは眉間に皺を寄せてみせる。気にもしないで笑う向かいは好奇心の塊で、目の奥に輝く興味の色は隠れきれてない。
「瀬名くんは紅紫くんと仲が良かったんだね」
「うわぁ、薄ら寒いこと言わないでよね、鳥肌立ったんだけどぉ!」
その反応に聞いた天祥院はもちろん、やはり聞き耳を立てていた周りも首を傾げる。
「何をどうしたらそう見えるわけぇ?」
依然として不機嫌な顔をした瀬名くんに聞き返され天祥院くんが右上を見た。
「アダ名で呼んでたからかな?」
「後輩だから普通でしょ」
「彼の家に寝泊まりしてるんだろう?」
「アイツの家のが俺の家より近いから便利なんだよねぇ」
「紅紫くんって面倒見が良いね」
「……アンタ頭大丈夫?…っていうか、なぁに?しろくんのストーカーしてるわけ?気持ち悪ぅ」
「うん?君にだけは言われたくないよ。ストーカーしてるわけではないし」
「はぁ?意味分かんない」
前の扉から入ってきた担当教諭に話はそこで流れた。
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