あんスタ(過去編)
【紅紫一年・霜月】
1
久々に戻ってきた学園はすべてが終わり、もう違う風が吹いていて、有名無実の生徒会は天祥院英智により内部清掃とテコ入れをされた後だった。
殆どの役員が追い出された中、ほんの一人、二人だけがお眼鏡に叶ったのか籍をおいて仕事をしていて、その内の一人である柑子は唯一俺を以前も今も会長として支えてくれていた庶務で、最後の荷物運びを手伝ってくれたのも彼だけだった。
「会長、裏切るような形になってしまったのなら、誠に申し訳ございません。お世話になりました」
終始礼儀に欠くことのなかった彼はぺこりと頭を下げる。一緒にいた頃は少し事務的で初期装備の敬語と微笑みを崩さない奴だったから絡みづらくもあったが、最後に残ってくれたのが彼だけなんてなんて皮肉なんだろう。
「オメーが謝ることでもねぇだろ。俺こそ、生徒会にほとんど居られなくて悪かった」
「いいえ、僕は会長が働きかけてくれていたからこそ今があると思っています。お疲れさまでした、今はゆっくりと休んでください」
顔色一つ変えないのは本心だからなのかは不明だが、労るような言葉は今の俺の身にしみて目を逸らしてしまった。
「は、ひぃ、」
響く卑しい水音と堪え切れず漏れてしまう息と声。いつの間にか苦痛だけじゃないものも拾うようになってしまった体に歯を食いしばる。
「ん、ァ!」
後ろから聞こえる息と掴まれた腕の痛み、出し入れされるものの熱さに意識が何度も飛びのきそうになって、今回の終わりを迎えるのは時間の問題だろう。
「ァっ、あ!」
その瞬間、がちゃりと鍵が開く音がした。
「っ、?!」
続いて扉が開き、すぐに閉じられた。また同じように鍵をかけて、そこからこちらにまっすぐ近づいてきた足音。俯いた視界の先、見慣れた床に靴が映る。
「ふふ、はくあくん楽しそうですね」
声に息を呑んだ。嘘だと思いたくて見上げたそこには笑顔の柑子がいて、まるで子供の遊戯会を見ている母親のような優しい目をしてた。
『ん?ああ、とても楽しいよ』
俺なんて見えてもいないような和やかな二人。背後で揺れた気配と柔らかな声に頭の中が真っ白になる。
『何かあった?』
「ええ。少し」
『そっか』
ふーと大きく息を吐く音が聞こえ手が伸びてきた。それは躊躇うことなく俺を掴んで、体が跳ねれば律動が早く大きくなり声を漏らさないよう腕を噛んで意識を飛ばした。
何かが触れる感覚に意識がゆっくり、ゆっくり浮上して、声が聞こえてくる。
「………―です」
『なるほど…そうしたら俺も行くしかないかな』
重く硬い声色。なんとなく目を開いてはいけない気がしてそのまま寝た振りを続けた。
「僕は表立って動けないので…はくあくんにはお手数をお掛けしてしまうばかりで本当に申し訳ないです」
『柑子が謝ることじゃないから気にしないでいいよ。…あ、でもちょっとお願いしていいかな』
「はい。僕のでき得ることならばなんなりと」
『二人にもそれ伝えておいてもらえるかな?俺は終わり次第直接向かうからすれ違ったら嫌なんだよね』
「かしこまりました」
話は終わったのか柑子が離れていく足音の後に扉が開いて閉まる。
なんの話かは理解できなかったが、理解したとしてそれが俺に意味をもたらすかどうかは別の話だ。
一人減った室内でそれは鼻歌を歌いながら俺の体に服を着せているらしい。ボタンを止められて労るように髪を梳かれた。
『ふふ、できた』
弾むような声ののちに背中と膝の裏に腕を差し込まれ、持ち上げられる。一瞬こわばりそうになる体に今は寝たふりをしていたのだと思い出して身じろぐだけにした。
『っと、いいこにしててくださいね』
柔らかい声がかけられて浮遊感に包まれる。近づいて顔に触れるくらいの距離にあるらしい服からはいつもつけてるこれの香水の匂いがして、ゆっくりと寝かされた。
肌に触れる布や感覚、狭さに棺桶の中だと察するのは容易く頭を撫でられて受け入れていれば一瞬固まったあとに耳につく嫌な呼吸音がした。
『は、ひゅ…ふっ、かひゅ』
狭い気管で無理やり呼吸してる。苦しそうなその音に目を開けてしまいそうになったけど寝返りを打つふりで下にした右手を握り堪えた。
『ふぅ、ふ……はぁ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、俺は大丈夫』
まるで言い聞かせるように言葉を繰り返して息を落ち着かせたらしく、また手が伸びてきて躊躇いがちに髪に触れる。
『………ちゃんと、俺を憎んでいてくださいね』
どんな意味が込められているのかはわからない。懇願するように絞りだされた声はそれらしくなく、しばらく俺に触れていた。
軽やかな笑い声が小さく落ちてくる。
『眠っているとお淑やかなんですけどね。……今日は用があるので起きる前に失礼します。鍵は締めていくので安心してください』
髪を梳き、投げかけられた言葉と同時に俺のものじゃない着信音がして、触れていた手が離れ布の擦れる音が届いた。
『……―うん、今向かう。…ふふ、俺の得意分野だから安心して任せなよ。柑子もそっちを頼むね。お前がいなきゃ事情を完璧に把握しきれない。…そう、くれぐれも蓮巳さんから目を離さないように。これ以上訝しまれたら動きづらいし…なにより、あの癖が戻ってきたらせっかくの苦労が水の泡だ』
電話をしながら歩いているようで声と気配が遠ざかる。
鍵を開け、がちゃりと扉が開いて入ってきた軽めの足音。はーちゃんと聞いたことのある声が名前を呼んだ。
「迎えに来ちゃった♪」
『うん?ありがとう』
ふきゅーと頭を撫でられて喜ぶその声の近くで足音がもう一つ聞こえる。
「今回は魔王と帝王のところだ。奇人排他過激派の一部が結託したらしい」
『まったく、無駄に動くから面倒だね』
「この間魔法使いの主力を潰したから躍起になってるんだろ?」
「ねぇ!奇人排他過激派って長いから今度からKKって言おうね!って言ったのに使ってくれないのっ?」
『ふふ、ごめん。次からはそうするよ』
ばたんと締められた扉は外から鍵がかけられて密室を作り上げた。
遠ざかっていく足音が聞こえなくなっても体が起こせない。
奇人排他過激派とは、なんだ?
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