あんスタ
一度目につくと、案外視界に入るもので気になってしまう。意識しているわけではないけど顔見知り程度にはなったわけだからそれなりに顔を合わせたりすれ違って目が合えば挨拶くらいは交わす仲になった。
もとより彼は柔和な空気と当たり障りない人付き合いをしているようでいつも綺麗な笑顔を浮かべ誰かといることが多く、先生にも評判がいい。今更知ったことだったけど、蓮巳くんも眉間に皺を寄せず話していたし、噂では生徒会にも何度も勧誘されてるとのこと。
非の打ち所がない優等生の姿に、ファーストタッチがライブのあれだったせいかとても違和感を覚えてしまって、あまりにもむずむずるからこの気持ちを誰かに伝えたかった。
出来る事なら、そんなに関わる時間がなくて、話しても他言しない、人に興味がなさそうな…
「あれ?アンタ、彼奴と仲よかったの?」
たまたまクラスの掃除当番を一緒にしてたセナっちに“紅紫くん”と名前を出せばぱちりと瞬きをして首を傾げた。
「意外だねぇ。かおくんってアレとは合わないでしょ?」
俺がどう見られてるのかはともかく、アレと呼んだ声色や訝しげな目から優等生の紅紫くんを指しているんじゃないと気づく。
いきなり大当たりでちょっと反応が遅れたけど息を吸って笑った。
「あー、仲いいっていうか最近少し助けてもらっちゃって…」
「ああ、そういうこと」
何に対してか納得して机を持ち上げて移動させるセナっち。俺も空になったゴミ箱を所定位置に戻す。
「しろくんのあれは一種の病気だからねぇ」
「え?しろくんって?」
「しろくんはしろくん、アンタがさっき出した奴のこと」
また独特のネーミングセンスだなぁと思いながらどこからしろくんと取ったのか不思議に感じ、聞くよりも早くセナっちが机を下ろす音がした。
「その感じじゃ、別にアンタから頼んで助けてもらったわけじゃないんでしょ?なら気にする必要ないんじゃない?」
「気にっていうか…初対面で助けてもらったから、こう、なんかね…」
「そんなの気にするだけ無駄」
さっさと机運んでよと急かされ机を持ち上げる。意外とくる重みにため息をついて歩きだした。
「ていうか、セナっちって紅紫くんと仲が良いんだね」
「はぁ?」
心底不快ですって言う顔と声色にあれ?と思えばセナっちは腕を組んでこちらを睨みつけてくる。
「わけわかんないんだけど、何をどうしたらそう見えるわけぇ?ちょ~うざぁい」
お得意の言葉で締めくくってみせれば携帯を取り出して視線を落とした。
周りを見ればあとは俺の分ということなのか丁度半分だけ机が残ってる。しっかりしてるなぁ。
「セナっちって仲良くない子にはアダ名つけないでしょ?」
「アレは後輩だから」
「そうなの?」
「そぉ。モデル時代の後輩」
じゃあ紅紫くんもモデルだったんだなんて思い至る。確かにそれだけ前からの知り合いならば紅紫くんと聞いて優等生じゃないほうも思い浮かぶのかもしれない。もしかしたらそれ以外の顔があるのかも
せっせと机を運び最初と同じように並べていく。セナっちは携帯を持ったままで手伝ってくれるわけではないけど留まってた。
「セナっちの後輩なんて知らなかったな~」
「そんなもんじゃない?しろくんがモデルしてたのなんて結構前だし、彼奴モデルよりタレントとして出てたことのほうが多いからねぇ」
「え、紅紫くんタレントなの?」
「……アンタ、テレビとか見てなかったわけ?」
「…恥ずかしながら」
家ではテレビ見れる感じじゃなかったし、あまり寄り付かなかったからなんて言葉は飲み込んで笑えば息を吐かれる。
「俺なんかより彼奴のほうが芸歴長いから、コネとか多いよ」
あまり使いたがらないけどねぇとなんて言葉をこぼして携帯をポケットにしまった。
「あのさぁ、おせっかいだと思うけど」
鞄を肩にかけて息を吐き、ちらりと俺を見て目を逸らす。
「今回はアイツの病気ですんだけど、自分から頼るなら気をつけてよね」
扉に手をかけて背を向いたからどんな顔をしているかはわからないけど、真剣味を帯びた声がいつものセナっちじゃない気がして怖くなる。
返す言葉を探すうちに鍵がさされて顔をのぞかせた。
「ほら、鍵閉めないといけないんだからさっさと出てよねぇ」
「あ、うん」
その表情がいつもの不機嫌な顔だったから全部頭の隅に追いやって鞄を掴み教室を出た。
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