あんスタ
「なつかしい『かお』がいますね、おひさしぶりです」
まだ夏ではないのにばしゃりばしゃりと子供が水遊びをしているような水音が聞こえたきていたと思えば、裏庭の小さな噴水を通り掛かったところで濡れた水色の髪が俺を見つめてた。
水分を吸って張り付いたワイシャツ。一応分別はあるのか噴水の枠に脱いだらしきブレザーが置いてあった。
『そうですね、お久しぶりです』
声をかけられた以上無視をするのも憚られ足を止めて向かい合う。
「ええ、『ほんとうに』おひさしぶりですね~。ぜんぜんあいに『きてくれない』んですもん」
笑みを貼り付け会釈すれば小言をたれながら噴水の縁に近寄ってきて少しだけ距離が縮まった。
「てんもんぶの『ちょうし』はどうですか?」
『相変わらず部員は増えないので再来年には廃部になりそうです』
海洋部の部長であるはずなのに月一で行われる部長会にこの人があまり出席しないせいで学年が違うのも手伝い顔を合わせるのは稀だ。
そういえば五奇人は全員部長をしているから、もし揃ったらそれはもうカオスだろう。けどこの人が来るのは稀だし、手芸部の部長も滅多に来ない、軽音楽部部長もあまり現れないからそれは実現しえない事だろうが。
「はいぶはかなしいですね。」
『ええ。でもそれは致し方ないとは思いますよ』
「きみのところの『にゅうぶてすと』のせいなんじゃないですか?」
『ふふ、確かにそれもあるかもしれないですね。けど、一緒に楽しく部活をするためには必要なのでなくす気は今のところはないんです』
そもそも俺が認めた人間以外を入れてしまったら、それはもう部を作った意味がない。
悟っているのかは不明だがあえてそこに触れてくるんだからやっぱり奇人を相手取るのはなんとも生きてる感じがしてやめられそうにない。
ゆるく笑みを貼り付けておけば何が気に触ったのか確かではないけど目の前の空気が重たくなった。
「さいきん『なっちゃん』がぼくのところにきました」
むっとした口調、うっすらと寄せられた眉間の皺。
「『いちおう』いっておきますが、」
じっと目の奥のその先まで見通そうとしているかのように覗きこまれる。憤怒を隠しこんだ青色の目は揺るがず深海のような仄暗さを携えてた。
「『たすけて』あげるのはいいですけど、あまり『ぼくのともだち』を『からかう』のは『おこります』からね」
さて、この人の言うともだちとやらは誰のことを指してるのか。
あえて仮面を被った笑みを浮かべてやれば目の前の彼の眉がぴくりと痙攣した。
「『土左衛門』になりますか?」
『物騒ですね、遠慮しておきます』
手を伸ばして水に濡れ冷たくなった髪に触れる。絵に描いた水のような色と温度感に鞄から体育で使わなかったタオルを取り出して被せた。
『水が好きなのはわかりますが、風邪を引いたらそれこそ貴方のお友達が悲しみますよ?』
「それもそうですね。きょうはもう『おしまい』にします」
項垂れて頭を差し出されるままタオルで水分を吸っていく。ある程度水分を移してから外せば髪はしっとりとしてた。
『あいにくこれ以上綺麗なタオルも服も持っていないので早めに着替えてくださいね』
「そうします」
重たい音を立てて噴水から出てきたその人の体は今まで水に浸かってたんだから当然だがびしょびしょに濡れてて見てるこっちまで寒くなってくる。
「かおるとそうまがうるさいので『ちゃんと』よういしてあります」
『ええ、それはいい心掛けですね』
「ぼくは『いちどいわれたこと』は『わすれません』から、はっくしっ」
『…折角ならそこに気温30度以上ないときは水に浸からないも入れておいたほうがいいと思いますよ?』
「それは『こまります』ね。おさかなはみずかないといきていけません」
どや顔に若干苛つき覚えたのは仕方ないことで、ただそのあとにくしゅんくしゅんと手で顔を覆い肩をはねさせたことで毒気が抜かれた。
この人のこういうところが読めない。
未だにくしゃみを連発する様子に息を吐いて鞄から畳んであるジャージの上着を取り出してかける。
『明日受け取りに伺いますので、羽織っていってください。ないよりはマシでしょうから』
濡れた服のまま歩くよりは気休め程度でもあったほうがいいだろう。
「ありがとうございます」
『嫌でも先輩が困っていたら手助けするのが後輩の役目ですので気にしないでください』
「ひどいこうはいです」
やれやれと首を横に振られた。
『そんなこと知っていたことでしょう?』
顔を上げたこの人の、無垢にも思える目は俺の得意とするところじゃない。
「…それは、『いきづらく』ないんですか?」
今更質問されたくらいで表情を崩すようなやわい仮面ではないから、いつも通り笑い返す。
『僕は貴方のほうが生きにくそうに見えますけどね。…壊れるなら壊れきっちゃえば良かったのに』
「……『むずかしいこと』はよく『わかりません』。ぼくはぼくです」
青色が揺れたのはほんの一瞬で、すぐに彼はすべて押し込んだ笑みを浮かべた。
壊れかけがふらついてるのを見るのはやっぱり、
『それでいいならいいんじゃないですか?』
まだ水気があるせいで張り付いてる毛先を頬から離して羽織らせたジャージの前を留める。上までしっかりとあげればさっきよりは暖かそうに見えた。
「きみはほんとうにおせっかいやきですね」
『お節介ではなくて恩を売ってるだけですよ。…それじゃ、このあと用事あるので僕はこの辺で失礼します。』
「はい、またあした『おあい』しましょう」
「おや、奏汰くん。その服はどうしたのじゃ?」
「みずあびをしていたらひえてしまったので、きがえるまでの『つなぎ』です」
「そうかそうか。しかし…はて?青色は二年のはずじゃが我輩の知らない間に変わったのかのう?」
「いいえ、れいのきおくどおり、なにも『かわっていない』ですよ」
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