あんスタ(過去編)


この学校は驚くほどに腐っている人間と現状を甘受している人間しかいなかった。蔓延る不要物のそれらを避けて通り、足を引っ張られないように動く。

最近臣下として契約した木賊は本人にまだ自覚がないようだけど、とても忠誠心の強いタイプだから柑子と同じく条件に見合っている限り俺の駒として動いてくれるに違いない。

シアン、黄蘗、柑子、木賊。思考が違う四人が駒として揃った今…俺は、動くべきなのだろうか。今はまだ夏前。なにやら学園の裏側では不審な動きが見え隠れしてるからもう少し様子を見るべきか……。

もう手に入ることが確実となった部室の見取り図を眺めて、他人の気配がしたことに閉じてしまう。

視線を上げると、嫌に見覚えがある顔が涼しい顔で俺の目の前に立っていて、口元を緩ませた。





この学園を改革するための手順を決めたのなら、次は役者を揃えて誂えなければいけない。語感も合わせて用意するのは五人の大罪人。断罪する英雄も用意して、そろそろ舞台を整えないと。堪えられなかった咳をして、息をする。

「ねぇ、つむぎ。この間話していた五奇人なんだけど、一年生の中心は結局誰がいいと思う?」

「えっと、バックアップしようって話ですか?」

「うん、そう。氷鷹くんとか明星くん、後は逆先くん…候補がこの三人ならそこから決めるし、もし他に目立つ子が一年でいるのならそこからも選びたい」

きちんと話は覚えていたようでつむぎは視線を上げる。少し悩むように間をおいて、ああ、そういえばと口を開いた。

「あの時はそこまで詳しく知らなかったんですけど、1Bの椋実くんは実技でトップレベルの成績を収めていて今度の学年発表代表に選ばれたそうです。後は教師からは成績の面からか1Aの檳榔子くんって子の評判がいいそうです。同級生内も含めて話すのなら1Aの煤竹くんという子も人気でしょうか?そつなく何でもこなすタイプだそうで確か生徒会に所属されているはずですよ?」

「……椋実に檳榔子、煤竹…なんだか色見本でも見ている気分だね」

「?」

ぱちぱちと瞬きを繰り返して作業中の手を止める。僕の言っていることが理解できなかったのか不思議そうなその表情になんでもないと首を横に振ってから先を促した。

つむぎは更に悩んで、止まってしまっていた作業を再開させる。

「有名人かどうかはわかりませんが、目立っているという意味だけで話すなら1Aの勝軍くんですね。溌剌とした性格だそうで、よくも悪くも即行動タイプなのかよく衝突を起こし、先生方も手を焼いていたそうです」

また色だ。

今度は口には出さず飲み込んで、つむぎの言葉に引っかかりを覚えたからそちらを引っ張ることにした。

「“いた”って過去形だけど、今は違うのかい?」

「近頃はそうでもないようですね。詳しくは知りませんが勝軍くんは今、煤竹くん、椋実くん、檳榔子くん…それと、紅紫くんとよく一緒にいるようで落ち着いていると先生方が話していました」

「紅紫?」

唐突に混ざった色を復唱する。つむぎは頷いて手元並び直した本を持ち上げると棚に戻し始めた。

「はい、1Bの紅紫くん。…マルチタレントの紅紫はくあくんってご存じですか?」

「知ってるも何も、この学園はそういう世界に入るのを目標にしている人間が集まるんだから、知らないほうが珍しいんじゃないのかい?」

「そうですよね。…それで一応、その紅紫くんですけど、先程上げた四人と徒党的なものを組んだようで…優等生の括りになる三人と勝軍くん、どういう訳か寡黙ながらも人脈の広そうな椋実くんが一緒にいることで一部の一年生の中ではかなりの話題性があります」

「へぇ」

面白いことを考えている子がいるらしい。それがあの紅紫はくあだと言うのなら、これは少し運命的なものも感じる。

つむぎが本を返しに来た生徒に呼ばれて軽く足音を立てながら離れる。話を総合して唇を舐めた。

「五奇人…五人の生贄。あの三人に斎宮宗、そして同等レベルの一年生…それであれば、」

「てんしょぉいんくん」

ねっとりとした声色が恐らく僕の名前を読んだから顔を上げる。少し低い位置にある頭。跳ねる毛を眺めたあとに上げすぎた視線を下ろす。愛らしく笑うその姿は大きめの制服と相まって愛玩動物のようだった。

紫色に近い黒い瞳を隠すように目を細めると口元を隠すように少し長い袖口をかざして、わざとらしく首を傾げた。

「てんしょぉいんくん、面白いこと考えてるみたいだね」

「胡粉くん…」

ニ学年の爆弾が、なんのようだろうか。

つむぎ程情報収集力が無くたって同じ学園にいれば名前くらいは聞いたことがあるような、先程話していた勝軍くんとは少し違うけれど紛れもない問題児が、こんなところまで足を運んでわざわざ僕に声をかけてくるなんて嫌な予感しかしない。

「生贄なんて、とってもステキね?」

「君は、僕になんの用かな?」

聞かれていた。動揺を悟らせないようにこちらも問い掛ければ彼は口元を隠したままでもわかるくらいに口角を上げる。

「同盟に、入れてほしぃな」

「同盟…?」

「戦犯でもいいよ。……僕の本気、見たくなぁい?」

“胡粉 玄”の本気なんて、ろくな事にならない未来しか見えない。それでも爆弾の本気は、少し気になった。

五人の大罪人を裁くのであれば、五人の執行人のほうが映えるのではないだろうか。

僕が揺れているのを見透かしたように胡粉くんはテーブルに腰掛けて、僕を見下ろす。

「僕ね、今…とぉっても欲しいものがあるの」

「…聞いても?」

「君が今、生贄に仕立てようとした“紅紫はくあ”」

「、」

「君の手には負えないよ?アレは、正真正銘のバケモノ。…だから、どうしても巻き込みたいのなら生贄にするのは止して協力者に仕立てたほうがいい」

「………胡粉くんは、どうして紅紫くんをそう評価したのか、聞いてもいいかい?」

「あれ?君…もしかして紅紫はくあが何なのか知らない?」

ひどく抽象的で質問に質問で返されたから眉根を寄せてしまう。取り繕って笑みを浮かべ、首を傾げた。

「マルチタレントの紅紫はくあくんだろう?たしかに彼はすでに芸能界で名を馳せているけれど、今は休止中と話を聞いたことがあるし…、僕の目指している場所に向かってであれば、むしろ彼が断頭台に立ってもらうほうが印象強くなると思うんだけど……」

すべて手の内を曝け出すことはしないけれど、問いかけに対して返せば胡粉くんは元から大きな瞳を更に丸く、大きくしてからすぐに細めた。

「僕さ、きれいな宝石が欲しいの。僕がつけてても見劣りしない、とっても綺麗な装飾品」

「…それが、紅紫くんってことかい?」

「そう。僕に見合う装飾品はアレしかない。アレ以上のものはこの世の中どこを探したって見つからない。今度こそ、必ず、手に入れる」

どろりとした熱が瞳の中から湧き出していて肌が粟立った。

爆弾と称されるあの胡粉にそこまで言わせる紅紫はくあは一体なんだっていうんだ。




「紅紫はくあくん」

それは俺の苦手な視線。どろりと熱を帯びていてほの暗い、俺だけを欲する瞳にぎしりと心が嫌な音を立てる。それでも悟られないように笑みを繕い見据えた。

『胡粉さん、お久しぶりです』

「ひさしぶり。ねぇ、僕さ、君がここにいるなんて知らなかったよ」

向かい側に腰を下ろして頬杖をつく。目を細めてこちらを舐めるように眺めるから昔からこの人の目は嫌いだ。

『僕も胡粉さんがこちらにいらっしゃるなんて思っていなかったです。胡粉さん、進学先秘密にされてましたよね?』

「うん。だって君が来てくれるなんて思ってなかったんだもん」

狙いを定めたように俺から視線を外すことなく、伸びてきた手が俺の右手を取って掬い上げる。絡められた指先に冷たい手だなと思って、目の前のその人はうっとりと笑った。

「僕とユニット、組むよね?」

『……すみません、ユニットの結成は見送っておりまして…』

「どうして?僕と一緒はいや?」

『今の学園は一人のほうが動きやすそうですし、ソロで活動しようかと思っています』

「……………」

太く短い、筆先を乗せたような眉がぴくりと動いて次には元に戻る。指が絡められ熱が奪われている右手が緩く引かれて、俺よりも少し焼けた色の頬に添えられた。

「大丈夫。僕が一緒なら君は何色にでもなれる」

沢山の意味を含めて吐き出された言葉に背筋から冷たいものが一気に這っていって、手首に柔らかく唇が押し当てられた。

「ねぇ?紅紫はくあ…次は僕と彩ろう?」




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