ヒロアカ 第一部
ふわりと舞う薄紅の花弁。隣を並んで歩く柔らかな髪に乗ったから手を伸ばして拾い上げれば出久はにっこりと笑った。
「兄ちゃん、制服似合ってる!」
『うん、ありがとう。出久もすごく似合ってる』
朝からもう何度目かになるやりとりを一言一句違わず行って入試のときと同じ道をなぞるように歩く。
中学は黒色の学ランだったから、灰色のブレザーにネクタイを締めた出久はとても新鮮で、朝一番に携帯のカメラロール一面が出久になったのは言うまでもない。
「兄ちゃん、帰りはどうする?」
『勝手がわからないからな~。分かり次第連絡するよ』
「うん」
頭をなでると表情を緩ませて、雄英にたどり着く。ヒーロー科と普通科では校舎が一緒でも階数が違うらしく、俺は二階。出久たちは三階だ。
『じゃあ出久。いってらっしゃい』
「いってきます!」
大きく頷いて歩き始めた出久が見えなくなるまで見送って手を下ろす。時計を確認すればそろそろもうすぐ始業時間のはずで、足をすすめる。向かうは1-Cの標識。無駄に大きな扉を開ければ中には二十人いるかいないかの人影が疎らに固まっていて、黒板に近寄る。
座席表らしいそれに俺の名前はもちろん書かれていて、窓際の後ろだった。一応右隣と前後の席の名前を見るとどうやら五十音順ではないらしく頭に近い頭文字の名前が並んでた。
鞄を持ち直して机の合間を縫って歩く。正面の黒板から後ろの方の席に向かう間に段々と俺の動きを追う視線が増えていき、気にせず指定の席に鞄を置いた。
ちらりと見た隣には人が座っていて、少しつまらなそうな表情で頬杖をつきながら俺を眺めてる。
『おはよう。初めまして、よろしく』
「ああ」
何か言いたげな顔になったと思うと頷かれる。続かない会話は早々と切るに限り、椅子を引いて腰を下ろした。鞄を机の横にかけて窓の外を眺める。中学とは違い、体育館のようなドーム状の建物や背の高い囲いが見えるものの、驚くほどに面白みがない。
せめてグラウンドか何かだったらまた見ることができたのに
目を閉じて耳を澄ませる。ヒソヒソとした声が聞こえていたけど何か言いたいことがあるのならばはっきりと相手に聞こえるように伝えるべきだし、聞かせたくない話を話しているのならこちらから聞いてやるど俺は他人に優しくはない。
からりと扉の開く音がして目を開ける。いつの間にか人の量が多くなった室内。現れたのは教師らしく全員が会話をやめて慌て気味に席につく。ぼんやりと内容を聞いていればやはりその人は教師で、なおかつ当クラスの担任らしい。
その人は軽くこの雄英への入学祝いを口にすると、真剣味を帯びた表情を浮かべる。俺は最初から一般科に出願していて詳しくは調べなかったから知らなかったけど、この一般科にはいわゆるヒーロー科の滑り止めとして併願で入っている者もいるらしい。
つまりは俺のような最初から普通科目当てでそのまま現状維持をする予定の人間はほとんどおらず、大体がヒーロー科への転入を目指してる。成績次第では転入も可能だそうで、周りのぎらついた瞳からして全員そうなんだろう。
頬杖は流石にやめて右から左へ言葉を流す。今後の流れが説明されはじめる。当面目下目標は体育祭。他学年関係なしに一年生の全学科が競い合い、優秀さを見せるそうだ。
全学科ということは出久の姿が見れるってことで、もう今からとても楽しみで仕方ない。
話は流れ、普段のタイムスケジュールが説明されていく。わかりきっていたけれど全学科一時限分の時間は同じで、昼食も同じ。事前に話しておけば一緒にご飯も可能のはずだ。
「では早速、自己紹介といたしましょう」
右端一番前からと指名され、生徒が立ち上がる。名前、出身校、趣味、個性。無難な内容のそれに全員は短く拍手をして、次に移る。
「次…緑谷くん。…緑谷くん?………緑谷っ!」
『あ、すみません』
名前も個性も、右へ左へと聞き流して。いつの間にか半分を超えていたらしく終盤に差し掛かっていたのか隣の生徒の紹介も終わり、目の前の生徒も紹介が済んだらしく席についていた。
立ち上がってから苦笑いを浮かべる。
『緑谷出留、折寺中から来ました。よろしくお願いします』
椅子を引いて腰掛けようとしたところで待ってと慌て気味な担任の声がして止まった。顔を上げたところで目が合う。クラスメイトも何故か目を丸くしているから不思議で、担任は頭を押さえたあとに息を吐いた。
「緑谷くん、それ以外に言うことはないの?」
『特に思いつきません』
「えーっと」
「個性は?」
不意に聞こえた横からの声に視線を落とす。日の光に浴びてないのか白い肌と、そのせいでくすんで見える目の下。低めの声に笑顔を浮かべて腰を下ろした。
『無個性です。これ以上に言うことはないので……もういいですか?』
「、あ、ええ」
ざわつく室内に担任が手を叩いて話を区切る。さっきと同じように頬杖をついて外を見据える。やっぱり白色の屋根以外は何も見えなくて、早く可愛い制服姿を見たいなと頬を緩めた。
『……………』
朝教師が言っていた通りならばどの学科であっても終了時間は同じはずだ。普通科の終礼が終わったのがもう三十分前。多少の延長があったとしても流石に三十分は長すぎないだろうか。
二人にメッセージを送っているのにどちらにも返事はおろか既読すらつかない。仕方なく壁に背をあてて、体重を預けながら携帯を見据える。
忙しいのなら先に帰るべきだろう。けれど、連絡が取れないうちに帰ってしまって落ち込ませるのも申し訳ない。
「緑谷くん」
名前が呼ばれて顔を上げる。担任であるその人が近寄ってきていて、1mほど離れたところで足を止めた。
「まだ帰ってなかったの?」
『はい。少し待ち合わせてて…』
「あら、彼女?」
『いいえ。……先生、A組の授業ってまだ終わってないですか?』
「A組?……ぁー、相澤くんのクラス…うーん。どうだろう」
何故か表情を歪めて目を逸らす。ヒーロー科は内容が違うのだろうか。担任は首を傾げて少し待ってと口にすると携帯を取り出す。業務端末なのか厳しい顔で端末を眺めていたと思うと目を瞬いた。
「まだ体力テスト中みたいだけど…」
『もう少し待てば終わるかもしれませんね』
「ええ」
端末をしまって、俺を見据える。物言いたげな目を見ないふりしていれば深く息を吐いたあとに口を開いた。
「どうしてあんなこと言ったの?」
『何がですか?』
「自己紹介。面接のときはもっとやる気に満ちあふれた回答してたじゃない」
『受験ですから』
「それはそうだけど…折角の入試トップなのに挨拶も蹴るし…」
『普通科のトップなんて勉強さえできれば誰でもなれるモノですし、…なにより、劣る俺がわざわざ壇上に上がる必要もないと思いますけど?』
「無個性は、劣ってなんかいないわ」
びりっと肌が焼かれるような感覚。重くなった空気に笑みを浮かべようとすれば砂を踏みしめる音がして、視線を向けると赤色の瞳が不機嫌そうに歪んでた。
「君は、」
「…出留」
『お疲れ。体力テストだったんだって?どうだった?』
「は、舐めんな、楽勝だわ」
『そっか』
ぱちぱちと手を叩いてあげれば機嫌は直らなかったのか近くまで歩いてきて止まる。距離としてだいたい二歩分。勝己の眉間の皺は深いまま、俺の担任を睨む。
「早速絡まれてるんか」
『絡まれてる…わけじゃないと思うけどね~。あ、ねぇ出久は?』
「保健室。もーそろ来んじゃねぇの」
『え、まじで??怪我か?大丈夫なの?!』
「っせ!大した怪我じゃねぇよ!」
驚きから俺が落した携帯を受け止めて、胸のあたりに押し付けた。礼をして携帯受け取り画面を見る。出久からの返信どころか既読するついてない。まだもう少しかかるんだろう。
追加で二つメッセージを飛ばして、顔を上げる。俺を見つめる勝己と俺達を見据えてなんとも言えない表情をしている担任。目が合えばその人は息を吸って、言葉を吐き出そうとしたところで背中が叩かれた。
『、勝己?』
「………デクのやつ、個性使いやがったぞ」
『……………は、出久が??』
「ふざけんなよ、兄弟揃って大嘘つきかてめぇら。詐欺師じゃねぇか」
『待って待って出久が個性ってどんな』
「てめぇで確認しろや」
むっとした表情に話が区切られてしまって、そっぽ向かれれば取り付く島もない。
出久が個性だなんて、あのとき医者が言ったこともこの十年間も何もかもが信じられなくなりそうだ。
痛み始めた頭に首を横に振って、担任のその人は大きく瞬きを繰り返すと首を傾げる。何か言おうとしたのか、息を吸った彼女にぱたぱたと聞き馴染んだ足音が聞こえてきてすぐに顔を上げた。
「にいちゃーん!!」
『出久~!』
飛び込んでくる出久のために量手を広げれば寸分の狂い無く飛び込んできた出久はぱっと見どこも怪我をしていなそうに見えた。柔らかな髪を撫で回して、胸元に顔を押し付けてくる出久に頬を緩めていればブレザーが強く引かれた。
「ああ?デク。俺の目の前で良い度胸だなぁ」
「ひぇっ」
竦んだ出久の頭をなでて、カバンを持ち直す。
『じゃ、帰ろっか』
「ん!」
「………」
リュックを背負い直した出久。勝己はそっぽ向いたけれど俺が歩き出すのを待っていたからいつもどおり三人で帰ることになったらしい。
顔を上げてばちりと音でも鳴りそうなくらいにこちらを見ていたその人に笑う。
『先生、さよーなら』
「あ、ええ」
「わ!?普通科ってミッドナイトが先生なの?!」
『うん、そうみたいだよ~』
俺に続いてきちんと挨拶をした出久は隣には並んで歩く。少し離れたところに同じように勝己が歩いて、にこにこしてた出久は思い出したのか手を叩いた。
「あ!A組はイレイザーヘッドが担任なんだよ!ね、かっちゃん!」
「っせ」
『そうなんだぁ。仲良くやれるといいね?』
「クラスメイトもいい人ばっかりで、兄ちゃん今度遊びに来てよ!」
『うん、行く行く~』
「明日のお昼ご飯一緒に食べれるといいね!」
『食堂の稼働は明後日からって言ってたから何か買ってくか、母さんにお願いしてお弁当作ってもらおうか』
「ハンバーグ弁当!」
「………また肉かよ。ぶくぶくに太って醜く死ね」
「ひどいっ」
ぎゅっと寄った眉根を解くように、勝己の背を撫でればまた目をそらされる。
出久は相変わらずの勝己の冷たい対応に肩を落としていた。
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