ヒロアカ 第一部
雄英はヒーロー育成機関としてのイメージがとても強く、最も有名なのはもちろんヒーロー科だが、一応別学科も存在する。それはヒーローを補佐する器具を作成する人間を育成するサポート科であったり、警察官など少し違う職業につこうとしている人間のために一般教養を身につける経営科や普通科。
トータル生徒数はゆうに千を超える学校のため敷地はとても広く、離れた場所にも私有地があるらしい。
ヒーローになる夢を叶えるべく、出久はもちろんヒーロー科。聞いてはいないけどたぶん勝己も同じくヒーロー科のはず。
俺は別にヒーローになりたい訳でもないし、そもそもその素質もない。出久専属ならともかく他人の補佐をする気もないから学力推薦で枠が確保できてる普通科に進路を見据えた。
真面目に書いて提出した進路希望に担任は嬉しそうに笑って応援すると語尾をはねさせる。隣のクラスは事なかれ長いものに巻かれるお調子者の教師が担任だけど、バランスを取るためにかうちのクラスは真面目でちょっと融通がきかないながらも生徒一人ひとりに真摯に向き合う女性が担任だ。
早速願書を出そうと昼休みに持ってくると笑った担任に頷いて、席に戻る。頬杖をついて外を眺める。昨日よりも舞う量が多くなった花びらに目を閉じてから携帯を取り出した。
ニュースは新ヒーローの話で持ちきりで、体が大きくなるのはとても目立つ個性だと思う。
きっと今頃、出久は新たなヒーローのことをノートにでもまとめているんだろう。
画面をニュースから切り替えて、そのままメッセージを入れる。願書というものを書くのがどれだけ大変なのか、時間がかかるのかはわからないけど今日は別に昼食をとったほうが良さそうだ。
メッセージを送れば、三分もせず返信が来て大好きなオールマイトのデフォルメキャラが親指を上に立てていて、もう一つは既読だけがついた。
願書はやっぱり書くのに時間がかかった。昼休みどころか放課後までつかって完成させて提出した紙切れはたった五枚のA4用紙のくせに、俺と出久の時間を奪った大悪党だ。
息を吐くと同時に大きな音が聞こえて、地が揺れる。黒煙が上がったのはかなり先の、だいたい繁華街のあたり。朝も騒動があったばかりでまだ半日も経っていないはずなのに盛んなことだ。
携帯を取り出してメッセージを作る。流石に二人とも帰っているだろうこの時間。もしかしたら出久はまたヒーローの活躍を見るためにあの喧騒の辺りにいるのかもしれない。出久のヒーロー好きは一種の中毒に近いけどまぁ好きなものを見てるときの好きな人は可愛いから仕方ない。
爆発音と地鳴りが断続時に響く。ヒーローは制圧に手こずっているのか、爆発音は止まないし地鳴りはどんどん大きくなっている気もする。
ゆっくり歩いて携帯を見つめる。騒ぎの中心は帰り道だからはからずとも見物くらいはできるだろう。返ってこないメッセージに出久はやっぱり騒ぎを見るのに夢中になっているのかななんて思う。
もう何度目の大きな爆発音。火を扱う個性の持ち主が暴れているのか黒煙が立ち上り放水の音が聞こえてる。震源地が近いらしく、野次馬はかなりの量で近づくことはできない。
携帯に視線を落として、その瞬間に大きなざわめきが耳に入った。
「あのガキなにをして!!」
「無駄死にだ!!」
前の方から聞こえる混乱の声。聞いている限り子供が騒ぎの中心に飛び込んだようだ。騒ぎが大きくなったところでぶわりと強い風が吹いた。ついでになにか叫び声が聞こえた気もするけど勢いに目をつむって、顔を上げると黒煙がかき消されていて、ぽつりと雨が振り始めた。
何が起きたのかは全くわからないし、聞こえてくる歓声はオールマイトとか言ってるからなんであのトップヒーローがこんなところにいるのかと疑問には思うものの降り注ぐ雨にパーカーのフードを被る。
野次馬は減り始め、騒ぎのあったはずの中心地では怒鳴り声が聞こえる。
メッセージを改めて送り直して、既読がつかないから息を吐いた。どれだけ夢中になって眺めてるんだか。しかたなしに電話を掛ければ聞き覚えのあるオールマイトの着信音が騒ぎの真ん中の方から聞こえてきてた。
結構前の方にいるのか、足を進めて減り始めた野次馬の合間を抜けていく。停止線までたどり着いて、それでも音が更に奥から聞こえていることに眉根を寄せて、目を凝らせば正座してる学生二人とヒーローらしき大人が数人、後始末をしているところだった。
学生二人のうち、一人はサイドキックへの勧誘をされているらしく、もう一人は肩を落としたまま制服を探り、携帯を取り出す。
「も、もしもし!」
『……、出久…?なに、してんの?』
「え、!」
弾かれたように顔を上げて、きょろきょろした出久はすぐに俺を見つけて固まる。口をわなわなと動かしたあとに真っ青になって立ち上がった。目元いっぱいに涙をためたから手を広げれば走り込んできて強い衝撃と共に腕の中に小さな体が収まる。
「にいいいちゃあああんんん」
『まったく…』
怖かったのか今更がくがくと震えてる膝。あふれる涙に息を吐いて、頭を撫でる。せっかくの可愛い顔が煤だけでなく砂などで汚れるから指先でぬぐって、覗き込んだ。
『危ないことはしないって兄ちゃんとの約束だろ?』
昔から、出久は後先考えずに突っ込んでいく癖がある。困っている人は見過ごせないのは人としていい事だろうけど、それで傷つかれては溜まったもんじゃない。
『で?今回は誰を助けようとしたんだ?』
「…かっちゃん」
『勝己?』
目を瞬いて顔をあげようとしたところで目の前に誰かが立った。
「こら君!まだ話は終わってないぞ!!」
「ごごごめんなさい!!」
警察官に背筋を伸ばして、俺にひっつく。よしよしと頭をなでてから引き剥がして差し出した。
「うえ?!」
『人の話は最後まで聞くこと。それで、その後に話しような?』
「………うん」
仕方なさそうに停止線の向こう側に戻っていった出久を見送る。やらかしたであろう出久は怒られ肩をすくめていて、その奥、赤色の瞳が俺を見据えていたから手を振って見せれば視線を落として、持ったままだった携帯が揺れた。
出久がもう少し時間がかかるというから、仕方なく家に帰ることにした。ゆっくり歩いて、母さんにどう説明したものかと考えようとしたところで駆けるような足音が近づいてきて、背中に衝撃が走った。
さっきも嗅いだ、焦げたような臭いがする。腹に回る腕は小さく震えてた。ぐずぐすと聞こえる鼻をすする音。強く力を込めて回されてる腕に右手を重ねた。
『怪我はない?』
「ねえ」
『ん、そうか』
優しく三回手を叩けば離れて、体を反転させ向かい合う。ぼろぼろ溢れる涙は透明で掬ってみるけどどんどん量は増えていくから間に合わず諦めた。
『勝己』
「俺は、アイツなんかに、助けられなくたって、」
『勝己は強いもんなー』
「っ」
『聞いたよ。敵にずーっと対抗してたって。ヒーローが勝己のこと褒め称えてた。喉から手が出るくらいにほしい人材だって』
「そ、だ」
『苦しかったのに負けなかったんだ、凄いな』
「んっ」
強く頷いて、涙をこぼす。利発とした澄んだ顔が歪められていて、それでも、美しい。
目元に唇を落としてそのまま額と鼻先にも同じように触れる。元から赤い瞳孔は涙のせいで滲み、全てが赤く見える。溶けだしそうな瞳を覆うように瞼が降りたから降ろされたばかりの瞼に唇を落として離れた。
「………は?」
『は?』
ぱっと上げられた瞼。驚きにか涙が止まっている。固まってる勝己を不思議に思いながら涙をぬぐってやれば、次には眉間に皺が寄った。
「流れ!」
『流れ?なんの?』
「っ、これだからっ!」
怒り始めた勝己が何を言いたいのかわかっていたって絶対に望みを叶える訳にはいかない。にこにこ笑って誤魔化せば涙を拭うために触れていた右手が払われ、深々と息を吐きだされた。
「俺は!トップヒーローになんだ!デクなんか、デクなんかに助けられてねぇ!」
『助けたのはオールマイトだからな。出久は反射的に飛び出しちゃったらしいけど今回何もしてないみたいだし』
「そうだ!絶っっっ対にデクには!助けられてねぇ!!」
『だねー』
「だから俺はデクよりすげぇ!」
『うんうん』
「いっちゃん!俺が!すごい!!」
言い聞かせるように叫ぶ。ぴりぴりと肌を焼くのはきっと目の前の彼から放たれる意思で笑って煤のついた髪に触れた。
『勝己は、ヒーローになれるよ』
「ああ?!当たり前だわ!!」
『そっかー』
拭いきれなかったらしい涙が弾ける。いつもの表情に戻ったと思うと鞄をかけなおして、鼻を鳴らした。
「デクはもう帰ったんか」
『さぁ?連絡ないからまだだと思うよ。俺は家で連絡待つ約束だから』
「ん」
顔を背けて歩き始める。後ろから飛びついてきたと思えば勝手に納得して帰るなんて気ままだ。
さっさと歩いていく背中を見送っていて、ふと、思い出したから息を吸う。
『俺、雄英受けることにしたから』
「………はぁ?!」
視界から外れかけてた背中が勢い良く振りかえった。
「おま、」
『受かったとしてもたぶん普通科だからあんまり接点はないかもしれないけどさ』
「………………」
逆光のせいでどんな顔をしてるかまではわからない。妙な空気を漂わせて、少し長めの静けさのあとに短い笑い声が落ちた。
「今更かよ。…大体デクが雄英受けるとかばっかみてーなこと言ってんだからお前がいないわけねぇと思ってたわ!」
『バレてたかー』
「バレっバレだ!」
叫んで、息を吐くなりまた背を向ける。曲がる予定だった角をしっかり曲がって、視界から姿が消えたから振ってた手を下ろす。
『トップヒーロー…』
勝己は言ったことは必ず成し遂げる。それならばきっと、彼はトップヒーローになるんだろう。
けれど、トップは一人だ。
『………それなら、トップヒーローは、』
制服の中の携帯が揺れる。
手を伸ばして取り上げた携帯には母さんの名前が表示されていてきっと今頃出久が事件に巻き込まれた…首を突っ込んだことを知ったんだろう。
思っていたよりも遅い時間を刻む時計に息を吐いて、携帯を耳にあてる。
『もしもし、母さん?うん、出久のことは知ってる。大丈夫大丈夫、ちょこっとやんちゃしちゃっただけみたいだからすぐ帰ると思うよ』
案の定不安からか泣いているらしい母の涙声に笑ってつとめて明るく返して、足を進める。
早く帰って母さんを宥めて、出久と話ができる状態にしないと。それがきっと、優しすぎる母と弱くも強い、弟を持つ兄の役目だ。
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