ヒロアカ 第一部
朗らかな陽射し。少し冷たい風と混ざって心地よい温度で肌をなでた。舞い散るのは薄いピンクの小ぶりな花弁。風に運ばれて窓から入り込み、机の上に乗った。
喧騒が耳に届いて、目を閉じる。
「何てめぇ俺の前に立ってんだ!目障りだクソナード!」
ああ、
「ぅ、か、かっちゃん?!急に後ろに立ったのはかっちゃんじゃ、」
本日もお日柄が良く、
「ああ??」
我が子は、大変愛らしい
…_ “個性” という、所謂超能力が人に宿ったのはもう数年も前の話で、今やそれは、“当たり前” の存在だ。
けれど、個性は、人が空気を吸い、酸素を取り込み二酸化炭素を排出するような、物を食べて栄養を取り込み成長するような、本来無ければ困るわけではないはずなのに今やなければいけない代物だ。
強力な個性をひけらかし、時には人やあるいはものに振るって自身の思い通りに物事を運ぶ。それは昔で言うならば暴力。ただ、規模が全く違うせいでそれはいとも簡単に人の命を奪うことができて、多くの人間を絶望の淵に突き落とすことができるということだ。
そんな悪人の横行に、同じく個性を持つ善人が立ち向かい制圧をした。それが今飽和しているヒーローの成り立ち…らしい。
まぁ何を言っても今更であるけど、ようは当たり前のようにみんなが持っている個性がないと、呼吸はできないし、栄養も取れないと同じくらいに生きていくには大変だ。
そんな世界で個性がない人間が身近に一人、存在する。
それが発覚した日のことは、今も記憶にはっきりと俺の中に刻まれている。
まだまだ彼も俺も幼く、身長が今の半分ほどしかなかった年頃。齢五歳前後、それぐらいの時期は流石に個性が発揮しているはずで、周りの子らも発揮した個性を自慢したりと楽しそうに話をする。
もちろん少し発揮が遅い子もいるけれど、流石に心配になったらしい母親が子を連れて向かった病院では無情にも、それはもうあっさりと事実のみが告げられた。
「個性ないね」
目を見開く母親、固まる子供。つらつらと言葉を吐き出す医師は足の小指の話を続けていて診察室は軽くカオスだ。
呆然としたままの子供を抱き、暗くなり始めた外を歩く。今にも泣きそうな母親の顔に気づいていないのか、子供は宙を見つめ、誰も言葉を発さないからとても静かだった。
家について降ろされた子供は、ふらふらと足を進めて部屋に入り、パソコンをつける。何度も聞いた、何度も見たその動画が流れ始めて薄暗い部屋の中にはパソコンの光と、それに照らされる子供の後ろ姿が映る。
「い、いずく」
「…なれるかなぁ、」
「いずく、」
「ぼくも、ヒーローに…」
人が挫折と絶望を知るのには、誰かが死んだり消えたりする必要はない。
至って簡単に、誰でも弱い部分があって、そこに少し、それはもう、蹴りでもちょっと入れれば心は折れるんだ。
大きな瞳に一杯の涙を溜めて、笑う子供の表情に母親は限界を超えて、泣いて謝る。子供の目は母親を捉えてはいなくてぼろぼろと涙が溢れた。
その日彼は、ヒーローになるために必要な個性がないと証明され、あっさりと未来への、夢への希望を閉ざされたのだ。
更に言うのであれば、人間社会に置いて異常は排他されるべき存在である。
個性がない。当たり前のものが備わらないそれはあっという間に排斥の理由となり周囲からは蔑まれ距離を置かれた。
当人は個性がないことによる絶望感にそんなことを気にする暇はなかったのかもしれないけど他人から見ればあからさますぎる侮蔑は流石に見ていられないものもあって、中でも一番その傾向が強いのは幼馴染でありほぼ常日頃から一緒にいた子供だ。
その子供は元から自信と自意識が高く、少々傲慢な部分があったけれど明るさや強さは同学年からは憧憬の対象として、大人からはやんちゃな子供として見られていた。個性も本人の性格と見合うような派手なものでヒーローとして将来有望なその子は身近すぎる比較対象に、そして自身の劣等感をピンポイントで刺激してくる相手を敵とみなした。
子供の喧嘩と言えば聞こえは良いけれど、一歩間違えば……見間違いようもなく、暴行に近いものがあった。
長いものに巻かれるのが人間だから、どれだけ荒かろうと恐ろしかろうと、目立つ人間の周りには人が絶えない。一種のカリスマ性。そんなものを持つ人間が嫌いと敵視すれば周りも同じように疎み、その存在を否定して、軽く言うならば茶化したりする。
幼稚園、小学校、中学校。学区が同じ故ずーっと同じ施設に存在し、一度も離れることなく同じクラスの二人は相容れない存在だ。
「ブツブツ言ってねぇで退けや!」
優秀な頭脳。鍛えられた体力。端正なルックスに見合う派手な個性。性格に難はあれど中身なんて些細なもの。そんな才能の塊である爆豪勝己。
「ご、ごめん」
勉強は上の中。体力はなし。ルックスはどちらかといえば可愛いよりだけれど万人受けするものではなく、個性はない。気弱で根暗な侮蔑の対象の緑谷出久。
これはそんな二人が “仲良く” ヒーローを目指す姿を眺める話である。
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