イナイレ


ポコポコ入ってくる転校生。

「あ、」

ちょうど一週間前に家を追い出したばかりのゴボウの横に増えた茶髪は目を丸くして俺を見るから、土門を見据えたあとに踵を返した。

「ちょっ、」

「い、一之瀬!俺忘れ物しちまった!取り行こうぜ!」

「え、?土門?!」

後ろなら聞こえる声に満足して階段に足をかける。二階、三階、階数を重ねて上がった先の扉に手をかけて開ける。空調が効いていても少しだけこもった空気。後ろ手に扉を閉めれば中にいた書士はちらりとこちらを見たあとに手元の本に目線を戻した。

本を取って、いつも通り窓際の席に腰をおろす。放課後のこの時間は日差しが弱まって、少し前の時間なら陽が直接当たるけど影になってる。本を開いて1ページ捲る。目を通して、次のページ、それを繰り返して半分ほど捲ったところで人影が近づいた。

「ご、ごめんね、遅くなって」

大きな鞄を肩からかけて、肩紐を両手で握り眉尻を下げる。服装はジャージのままで慌ててここに来たであろうその様子に本を閉じた。

『お疲れ。…つか、いつも着替えてこいって言ってんだろォ?』

「う、うん、でも、待たせちゃうから…」

『気にすんな』

立ち上がって本を片付ける。二歩分離れて後ろに下がってついてくるから荷物を奪い、腕を引いて横に並ばせれば視線を彷徨わせて俯いた。

『イジメてん訳じゃねぇんだから悲壮感出すなよ』

「ひ、悲壮感じゃなくて、その」

『照れてんのォ?』

「ぇ、う」

耳まで赤くして言葉を零すから何時まで経っても慣れねぇなぁと小さく息を吐く。

視界の端っこに茶髪と土門を見つけたから手を取った。肩を大げさに跳ね上げて俺を見つめる。

「か、諧音く、ん?」

『悪ぃ、ちょっと急いでここ離れんからついてきてくれ』

「っ、うん」

しっかりと繋いで歩く足を早めた。

土門が何か言ったのか、流石に空気を察したのか、視界から外れた茶髪に息を吐いて速さを緩めた。

『助かった。急に引っ張って悪かったな』

「だ、大丈夫…!」

大きく頷いたから息を吐いて、手を離そうとしたところで両手で握りこまれる。眉根を寄せるよりも早く眉尻を下げられた。

「あ、あのね、家まで、でいいから。このまま、だめ、かな…!」

目の縁いっぱいに涙を溜めて、段々力が強くなっていくから空いている方の手を上げて頭に乗せた。

『おーけーだァ』

「!」

頭を撫でて、手を離して少し混ざってしまった髪を正して目を逸らす。

『じゃ、たまには回り道でもして帰るか』

「あ、あの、」

『ただの散歩。さすがの俺でも女子を遅くまで連れ回したりしねーよ、危ねぇ。絡まれたらどーすんだ』

「…ありがとう」

『ん』





土門から来たメールにその調子でよろしくと返して仕舞う。予想以上に諦めの悪い一之瀬は土門の邪魔と俺の回避が無ければあっという間にエンカウントしただろう。

取引の余地のあった土門と違って、一之瀬には口止めの理由も、あっちの利益もない。流石にノーリターンのオネガイは脅迫になるだろうし、俺だって無駄は避けたい。

なら、会わないのが最善策だ。

視界の端に見えた茶髪にさっさと進行先を変えて、教室に入る。授業時間間近、ちょうどクラスに人が戻り始めてて風丸が珍しいなと首を傾げた。

「最近休み時間のたびにどっか行くな?」

『用があるから』

「授業中も休み時間もずーっとゲームしてる根暗オタク来栖が?」

自席に腰掛けて、顔を上げる。

『…喧嘩なら買うぞ』

「そういう訳じゃない」

『なら声かけてくんな』

最近触れてないゲームを取り出して電源を入れる。休みの度にあっちこっち移動してたらゆっくりゲームにも励めない。

「あ、おい!授業始まるから駄目だぞ!」

『うぜぇ…』

手の中から消えたゲーム機に仕方なく息を吐いて教科書を取り出した。



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