イナイレ
風丸の隣に円堂がついてくるのはよくあった。けれど、そこに見覚えのない白菜的な頭のやつが増えて、更に、青くてひょろい、こう、ゴボウ的なのまで追加されたのを見て額を押さえた。ここはいつから八百屋になったんだ。
あからさまに訳知り顔で、ゴボウは俺を見て顔色を変える。大声をあげようとしたから首根っこを掴んで裏にひきずってくことにした。風丸たちの動揺の声を無視して、放り投げた先で尻餅をついたそいつの顔横に足をつけて、見下ろした。
『名前、何』
「ど、土門、」
目がひどく泳いでる。そいつはここにつれてこられたことに対してよりも、俺の存在に対して動揺しているようだった。
『へぇ。で…お前、何言おうとしたァ?』
「何って、お、お前来栖だろ?」
『………来栖に違いはねぇよ』
「だ、だよな、えっと、俺、前までアメリカにいたんだけど、……まぁ一之瀬と西垣のがすごいし俺なんかのこと覚えないよな…」
『アメリカ…?』
寂しそうに笑うから記憶を探って、息を吐く。
ずっと昔、いつだかに対戦したアメリカには三人の日本人がいた。あの時は俺達と拮抗する連携と、三人のシュート技に苦戦を強いられた覚えがある。
『トライペガサス』
「!」
顔色を明るくして見せたそいつに首を横に振り、上げたままだった足をおろした。
『なるほどなァ、お前あんときのゴボウか』
「ゴボウじゃなくて土門な!」
『でェ?その土門はなんでこんな場所にいんだァ?』
「、」
途端に眉間に深い皺が寄って視線が彷徨う。さっきまでのまっすぐした視線はどこに行ったのか、まぁ風丸の話からなんとなく察してはいたものの、こいつは帝国戦の布石か。
めんどくさそうなそれに巻き込まれたくないから息を吐いて足を引いた。
「あ、来栖!」
『何だ?』
「あ~えっと、」
『………サッカーならもうやってねぇ』
「…あ、…そ、なのか」
あからさまに残念だという表情。よく聞かれる質問に返してやったのは慣れからで、ただの冷やかし客とは違うその目に前髪を押さえて目を逸らす。
『……………まぁ、中にはやってる奴もいんだし、そいつらとサッカーやれよ』
「あー、う〜ん」
地面に胡座をかいて悩むから不審に思って振り返った。視線を落としたところでちょうど目があって、へらりと笑う。
「なんてか、俺、あのチームも好きだったけど来栖のプレー好きだったんだよな。特に“音”と“甘味”は真反対なのにぴったり背中合わせみたいな綺麗さがあって、一之瀬とも、方向性は違うかもしれないけど、あんな風にチームを引っ張っていきたいなってさ」
『…………、あっそ』
前髪を押さえて顔を下げると座ったままの土門と目が合った。まっすぐ見上げられてたらしく鋭い目つきで射抜かれて、瞼をおろした。視線を遮って、息を整えて足を引く。
『昔の好だ。一人でどうにもなんなかったら、言え。一回だけ手ぇ貸す』
「え、」
『俺に無駄に話しかけない、俺達の話を彼奴らにしない。それが条件だ』
「あ、やっぱり全員来栖のこと知らないのか」
『知らねぇだろ、普通。有名人でもねぇし』
「日本では、だろ?」
『日本でも、だ』
そういうもんか?と首を傾げた土門はすっかり元の表情で、話も終わったから足を進める。
さっさと戻って、ゲームの続きをしないと。
教室に戻ればいつの間にか授業中だったらしく、視線が突き刺さる。無視して席に戻ればくるりと振り返った風丸に睨みつけられた。
「来栖、何やってるんだ」
『話し合い』
「授業をサボってまでやることじゃないだろ」
『重要なことだからしただけだし、今お前とこう話してるのだって授業中だけどォ?』
「ああ言えばこう言うって来栖のためにあるような言葉だよな…。続きは後で話すから、真面目に受けろよ」
返事はしないで前を向けと手で払って、いつも通り風丸の背中が視界に入ったところで頬杖をついた。
☓
“助けてほしい”
靴箱には、いつ入れられたのか不明な手紙が入ってた。
飾り気のない水色のシンプルな便箋。最後にゴボウよりと書かれたそれに軽く目を通して閉じると肩に手が置かれる。
「くくくくくるす!それ!」
顔を赤くした風丸が慌ててて、どうせ誤解だろうそれに息を吐いて腕を退かした。
『はぁ…陸上部のエース様だって手紙来てんだろ』
「来てるけどそれとは別っていうか!て、なんで知ってるんだよ!?あ、じゃなくて来栖にラブレター?!誰からだ!?」
『プライバシー保護の理由からノーコメントだなァ』
手紙をポケットにいれて、靴を履き替える。そのまま昇降口をくぐる。喚く風丸を無視して、一応尾行に気をつけながら目的地についた。
足を止めて、視界を広げる。
来たことのない町内のさびれた公園で、またよくわからないところを指定してきたなと思った。
人もハイテク機器もなさそうなそこの、遊具の影。半球体のジャンクジム的なそれの中に人影が揺れたから足を進めて、寄りかかった。PSPを取り出して電源をつける。読み込みの最中に息を吸った。
『詳細』
「、俺、鬼道さんを裏切って、」
『…鬼道?』
「鬼道さんは帝国の司令塔」
『ああ、親分か』
「まぁ、俺の雇い主的な…それで……みんなにそれがバレた」
『ふーん。…それ、俺がいなくてもなんとかなるんじゃねぇのォ?』
「うん。ここまでは…いいんだ」
読み込みが終わったPSPを動かして選曲に入る。今の気分は変則が良いな。
「その、鬼道さんの上の奴がさ、結構やばい奴で…駒の反逆は許さない、的な」
『あー…携帯貸せ』
ゲーム機をポケットにしまって、半球体の中から差し出された携帯を操作する。そんな気はしてたけど存在してるGPSと盗聴、全部削除して、いくつか設定を変えて返した。
『これでだいぶマシだと思うぞォ』
「うわ、まじか」
『後、お前当分俺ん家で生活しろ』
「え?!」
『親には合宿とか適当言っとけ。最低限の荷物だけ持って来い。つーかもう今から行くぞ、お前ん家どこ』
「急だな!?」
『ダラダラしててもいいことねぇからなァ。つー訳でさっさと出てこいよ』
半球体からゴボウを抜いて引き摺る。右か左か聞きながら歩くのがめんどくさくなって前を歩かせればあっという間に土門の家につく。適当言わせて荷造りをしてこさせて、その間にゲームをして待ってれば20分くらいで土門が現れた。
「まじ無茶振り激しいぞ…」
『気にしたら負けだァ。じゃ、帰んぞォ』
「あ、おい、待てって!俺来栖ん家知らないんだから置いてくなよ!」
うるせぇゴボウをシカトしながら歩いて、ファミレスで飯を済ませてから家に向かう。すっかり辺りが暗くなった頃についた家に土門はへぇーと息を漏らした。
「でかい家…あ、ちょっと待ってくれ」
『あ?』
門に手をかけて開けたところで慌てて止められて眉根を寄せる。何故か目を泳がせてる土門は眉尻を下げた。
「急に来ちまったけど、俺手土産とかなんも用意してないし、家族は大丈夫なのか?」
『手土産はいらねーし、俺しか住んでないから問題ねぇ』
「え」
『いーからさっさと入れ。野宿すん気か?』
「……お、おじゃましまーす…」
続けて中に入ってきた土門に門を閉じて、家の鍵を開けて入る。
靴を脱いで端によせれば同じように土門も上がってきて取り敢えず左手にある扉を開けた。
『この扉の真向かいにあんのがトイレの扉。こっちが風呂場。で、ここがリビングダイニング、キッチンは奥』
「へー、綺麗にしてんだな」
『普通だろ。冷蔵庫の中のもんは好きに手ぇつけていいし、キッチンも風呂も使ったもん元に戻しておけば文句は言わねぇから好きに使え』
「お、おう、ありがと」
『で、お前二階と一階ならどっちがいい』
「え?なにが?」
『寝室。どっちも客間あんから用意できんけど』
「は?!え、いいぞそんなに気ぃつかわなくて!床とか隅っことかで!」
『馬鹿かてめぇ。リビングの床とか隅っこに知らねぇやつがいるほうが気になるっつーの。めんどくせぇから一階な。ここ、好きに使え』
扉をあけて土門を押し込める。ついでに荷物もぶん投げれば顔面で受け取ってた。
『俺は基本的に二階の自室に引き篭もってんからなんかあれば呼べ。まぁお前がいる間はなるべくリビングいるけど。これ家の合鍵だから持っとけ、出入りは自由だが無くしたら弁償なァ。つー感じで説明は以上。おやすみ』
「いやいやいや待てって!?」
なにか言い忘れあったか?閉じようとしてた扉を押さえられて振り返る。焦るあまり目がいつも以上に点になってる土門はあーえーと意味のない言葉を発した後に頭を抱えた。
「得体のしれない奴を家に上げた挙句、部屋まで貸して好き勝手に使っていいって、危機感なさすぎない…?」
『元アメリカ代表で元帝国中サッカー部のスパイやってた逃走中の身の土門飛鳥。これ以上身元がはっきりしてるやついねぇと思うが?』
「そういうことじゃないんだけど…」
『はぁ?…なんでもいいが、もう眠いから続きは明日にしてくれ』
「あ、うん、悪い」
『んー、おー』
欠伸を溢して階段を上がっていく。自室についた頃に下で扉が閉まる音がしたからやっと諦めたようだ。
今日は久々に動かないといけないらしいからそのまま携帯を取り出しパソコンの横に並べた。
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