イナイレ


次の対戦相手はデザートライオンとやらだって手伝ってる時の虎か練習に付き合っている時の飛鷹が言っていた気がするけど、所詮俺には関係のない話だ。

持久戦に向け走り込みをしているらしく適当に付き合い、夕方から虎の店を手伝い、健全生活を送る。

「諧音さん!」

『なんだァ』

また虎に懐かれたらしい。あの頃まだ小さかったはずの虎は俺達のことを覚えてなかったはずだけど、あの人から聞いたんだろうか。

「い、一緒にパス練しませんか!」

断られる覚悟で誘ってきたようで、挙動不審、自信なさげな表情があまりに捨てられた犬のように見えたから息を吐く。

『……少しだけなァ』

「ありがとうございます!諧音さん!」

でかい目を輝かせ嬉しさのあまり今にも跳びはねそうな虎を見て、悪い気はしない。小さい頃もこんなふうにぴょんぴょんと跳ねてたなぁと思いつつ二人でグラウンドに立った。

「いきますよー!」

『おーよ』

はしゃぎ喜ぶ様はただの小学生で子守りでもしてる気分だ。

向かってきたボールを軽く蹴って返す。

「あ!来栖!練習きたのか!」

「宇都宮と来栖?」

「意外な組み合わせだな?」

例にもよって、あのオレンジのバンダナを見たくないから朝早くからやってたのにサッカー馬鹿はやっぱりきた。睨む俺に気づいてか隣の二人に円堂は引きずられていき、視界も耳も静かになった。

「よっと!」

『ん』

最初はパス練だったが、その内ボールの取り合いになっていた。ちょこまかと小回りのきくすばしっこい虎に流石にポケットに手を突っ込んだままじゃ動きづらく抜いた。

『ほら』

「あ!やりましたね!」

ボールを取りにきた虎をヒールリフトでかわし、リフティングして見せれば虎は笑い楽しそうに追っかけてくる。子供の相手もたまにはいい。

「えい!」

『ん』

「まだまだ!」

『頑張れよォ』


×


「いーなー、楽しそうだなー」

「僕、混ざってこようかな」

「二人とも落ち着いて」

「…来栖、サッカーできたのか」

「あの二人仲良さそうだな?」


×


「と、この、うわっ」

『回り見ろよなァ』

ボールだけ見て転けるなんて初心者じゃあるまいに、躓いて転けかけた虎の腕を取り持ち支える。立ち上がって笑った。

「諧音さん強いです!」

『…そうかよ』

乱れた髪を撫でて直してると円堂の声が響く。

「よーし!走り込み始めるぞー!」

各自ボールを蹴るだの柔軟するだのしていたけど、円堂の声に動きを止めた。

『ほら、混ざってこい』

「はい!」

走ってく虎の後ろ姿を見ながら足元のボールを蹴り上げ抱える。今日はボールに触ったし、走り込みはしなくてもなにも言われないはずだ。

ちょうど空腹を訴え始めた体にグラウンドを出る。基本的に朝飯は抜く俺は大体いつも14時くらいに腹が減る。少し早いけど、食堂でなにか作って食おう。

開けた扉の向こうにマネージャーがいてなにか言いたげに開かれた口から言葉が発せられる前に扉を閉めた。

12時間から全員の昼飯なんだ、そりゃあ準備してるんだから俺は邪魔になる。

まったく好きじゃないけど、コンビニでいいかなと財布とボードを取りに部屋に向かった。

「諧音くん」

扉を開けるとラベンダー色に迎えられた。視線を逸らして横を抜け、イヤホンをかけながら歩く。

「ま、待って、おねがい、諧音くん」

上着の裾を捕まれ、仕方なく止まった。

『なんだよ』

「今、問題が起きちゃってご飯の支度が遅れてるの」

『だからァ?』

「手伝って、もらえないかな…」

振り返らずとも見えてる、不安そうで今にも泣きそうな顔にため息を吐いた。

『服、離せよ』

「ごめんなさい…」

手が離されたのを確認し、出てきたばっかの部屋にボードを置いて出る。

「諧音くん…」

『手伝ってやんから落ち着け』

泣きそうにしてる冬花に少し周りを確認して、誰もいないから昔みたいに髪を撫でて手を下ろす。

「ありがとう…。あのね、諧音くんにはおかず作ってもらいたいの」

笑った冬花にイヤホンを首にかけて扉を開けた。さっき出ていったときと同じように固まったままのマネージャーたちは、俺を見たあとに冬花を見て口を開く。

「ふ、ふゆ、冬花さん?!」

「手伝ってもらおうと思うの」

鬼道の妹は俺を見て口をぱくぱくとさせていた。木野も目を見開いてる。

『準備が遅れてるってのはマジみてーだなァ』

あと30分を切ってるのに食べ物ができてる気配がない。

「諧音くんこれが今日のメニューなの」

『ふーん、おけ』

ピンがないから、後ろだけゴムで纏めた。


×


「来栖くんが手伝ってくれるなら…心強いわ」

「え、どうしてですか?」

「一年の時調理実習で同じ班だったの。手際凄くよくて助かっちゃって」


×


『ん、これで終わりだァ』

コンロの火を消し、後ろで髪を纏めてたゴムを外した。

「わー!間に合いました!ありがとうございます!助かりました来栖さん!本当お料理上手なんですね!」

騒がしいこの鬼道の妹は、音無春奈というらしい。最初は一番きょどって遠巻きにしていたのに、最終的に一番話しかけてきて賑やかすぎる。

「ありがとう、来栖くん」

『別に』

木野は相変わらず微笑むだけで、何を考えてるのかよくわからない。

手を洗って、いい加減腹が減って仕方ないからコンビニに向かおうと出口に足を向けた瞬間手が掴まれた。

「来栖さん!どうしたらあんなにお料理上手になれるのか教えてください!」

『は?』

「お昼ご飯食べながら話しましょう!」

「来栖くんの分もあるから、一緒に食べよ」

「駄目かな、諧音くん」

押しが強い上に厚かましい願い出。とは言え、冬花が別に取っておいた俺の分の野菜炒めに茄子が入ってなくて、冬花の健気さに今回は折れてやろうと息を吐いた。

『今日の昼飯だけだからなァ』

「やりましたー!!」







女子に囲まれて食事。複数人ならともかく、男子一人。普通ならアウェイすぎるその空間に尻込みするだろうし、積極的にまじりたいなとは思わない。

それが、普通に談笑して、なおかつ唯一の男子が、あの協調性皆無の来栖なんだから目を疑わざるをえない。

「は、は、ははは春奈!?」

ゴーグル越しでも隣に立つ鬼道が目を見開いたのはわかった。あまりの大声に呼ばれた音無だけでなく、中にいた全員が顔を上げる。

「あ!お兄ちゃん!皆さんも!お疲れ様です!」

「ご飯はもう出来てるわよ」

驚愕している鬼道を放置しマネージャーたちは立ち上がり、同じテーブルにいた来栖も立ち上がった。

「諧音くん、またお願いするね」

『冗談じゃねぇ』

「今日は助かったわ。ありがとう」

「またお話してくださいね!来栖さん!」

『気が向いたらなァ』

マネージャーと軽い言葉を交わし食堂を出ていった来栖に、円堂と不動、飛鷹、宇都宮以外は驚愕で棒立ちだ。

来栖を見送って、マネージャーがそれぞれ配膳を始めようとする。はっとした鬼道は勢い良く音無に近寄った。

「は、春奈!なにもされていないか!?」

「え?どうしたのお兄ちゃん?」





食事を済ませて外に出ると、名前までは覚えてないけど緑髪のポニテがまだグラウンドを走ってた。

オーバーワークだろう、あれは。

膝がついていかず転けたそいつの横に立ち、見おろした。

『お前、そんなに壊れてーのかァ?』

俺を見てそいつは息を短く吸い込もうとして噎せてる。

『馬鹿じゃねーの。そんな1日2日ばっかしずっと嫌がらせみたいに走ったって技術も体力も身に付かねぇよ。体壊して終わりだァ』

「っ、努力して、何が悪い!」

『誰も努力すんのがわりぃだなんて言ってねぇだろ。わりぃのは無駄な行動だァ。違いくらいわかれ』

「無駄なんかじゃっ冷たっ」

『ならやりてぇようにやればいいんじゃね。体を壊さねー程度になァ』

ゲーセン行くのに持ってこうと思ってた未開封の水を、喋りだしそうなそいつの頬に押し当ててから横に置いて背中を向ける。

別に俺としては誰が壊れようと壊そうとどうでもいい。ただ、目の前でやられたら、気分が悪い。

イヤホンを耳にかければなにか叫んでるそいつの声は聞こえなくなった。

気も削がれたし部屋でゲームすることにして、出てきたばかりの寮の廊下を歩いてれば名前は忘れたけど全体的に白い奴が向かい側から歩いてきてた。

俺を見て、にっこりと笑う。

「来栖くん」

『……なに』

あと7歩分の距離で声をかけられ、眉をひそめた。

「はじめまして、だよね?僕は吹雪士郎」

『…来栖諧音』

「ふふ。ありがとう。これからよろしくね。それで…僕も来栖くんとサッカーしたいなって思ってるんだけど…一緒にサッカーしない?」

『俺はサッカーしねぇよ』

「そっか…それなら、パス練習ならしてくれる?」

『…気が向けば』

見た目は淡く、可愛い感じなのに、妙に落ち着いてる。独特の感覚に襲われていれば言葉が落ちて、吹雪は微笑んだ。

「じゃあ今から練習しにいく?」

『あー。わりぃなァ。飯食ったばっかだし俺はこれからゲームするからお前とボール蹴る暇はねぇよ』

「そうなんだ、残念だなぁ。じゃあまた今度だね」

にこにこと笑う姿にやっぱなんか変だと横を抜けて部屋に向かう。

部屋に籠ってゲームしてれば充電が切れて、今さら違うゲームをする気にもならず睡眠不足な気がしたから仮眠を取ることにした。







「――さん!―音さん!起きてください諧音さん!」

勢いよく左右に揺さぶられかけられる高い声に頭が揺れて酔いそうだ

『…うっせ…』

「帰りましょうよー!」

もう虎ノ屋行く時間らしい。というか帰るってなんだ。彼処は俺の家ではねぇんだけど虎はなにを言っているのか。

「諧音さんー!」

船の中のように揺れる脳内に虎の声が滅茶苦茶響く。揺さぶるのも叫ぶのもやめろ。

『ん、…っ……』

「かーいーとーさー、」

引き寄せ、唇を掠める。お子様はこれで十分だろうと、そうすればやっぱり手が止まった。

「…え…うえええ!!?」

顔を赤くし騒ぐ虎は目覚ましより喧しい。仕方なく起き上がって、目元を押さえた後に立ち上がって上着を脱いでクローゼットを開けた。

「うああ!?オレ外で待ってますすっ!!」

リアルドップラー現象を引き起こしながら部屋を出ていく。あまりに慌ただしい虎になんだありゃと息を吐き着替えた。

『待たせたな、虎ァ』

「だだだだだいじょうぶです!」

ちょっとからかっただけだっつーのにおもしろいくらいに真っ赤な顔の虎と寮を出て虎ノ屋へ向かう。道中で音無が追っかけてきてんのには気づいてたけど触れずに進んで、虎ノ屋につくからエプロンをまとい、ピンとゴムで髪を纏めた。

「諧音くん、ちょっといいかな?」

『なんすかァ?』

虎の母さんに呼ばれ奥へと入る。まだ忙しくもない時間だしな表はなんとかなるだろう。奥で向かいあって座ると虎の母さんは封筒を差し出してきた。

「少ないけど、手伝ってくれてありがとうね」

『いや、貰えねーっす』

「昔から来てもらってるお礼も兼ねてよ。ありがとう」

建前も謙遜も抜きにして本気で5度、6度押し返すが結局渡された。だめだ、この人の押しの強さを忘れてた。もう諦めよう。

「また、あの子とも来てちょうだいね」

『……、…ん』

視線を外して返事をする俺に理由はわかっているのか、この人は微笑むだけだ。

「出前行ってきまーす!」

よく通る虎の声。流石に乃々実さん一人で表は厳しいだろうから、戻るために立ち上がり襖を開いた。

「来栖?」

『あ?』

目に入ったオレンジのバンダナに思わず眉間に皺を寄せる。円堂だけじゃなくそれ以外にもいて、これはもう間違いなく、つけてきてた音無が呼んだんだろう。

「来栖くん、ここでなにしてるの?」

『手伝い』

「髪、結んでるんだな」

『飲食店だからなァ』

問答が面倒でキッチンに向かう。下準備はほとんどしてあんしやることなんてないけど、彼奴らといるよりは比べるまでもなく楽だから中で時間を潰す。

「駄目だそんなのっ!」

客席の方から馬鹿でかい円堂の声が聞こえて、どうせお節介をやくんだろうと思った。俺の予想はあたってやってきた面々全員で店を手伝ってる。今日は人が多く無駄に忙しかったから、助かった気はするけど、それはそれだろう。片付けを済ませ、虎ノ屋を円堂たちと出た。

「なんだよー!来栖も手伝ってたんなら教えてくれりゃーいーのに!」

『はぁ?なんで?』

イヤホンを耳にかけボードに足を乗せる。ちらりと見た時計はまだ早い時間をさしてるからゲーセンで遊んでから帰ることにする。

「何処へ行くんだ?」

蹴ろうとしたスケボーに後ろから足を掛けられ息を盛大に吐いた。

『どこでもいーだろォ?つか、俺お前知らねーんだけど、誰、名前なんだっけ?』

「豪炎寺修也だ。隣のクラス。勉強会もたまに一緒にしただろ??」

『覚えてねぇわ。…で、何時までボード踏んでんだァ?』

「来栖と話がしたい」

『俺はしたくねぇ』

今日はやけにストライカーに絡まれる日だ。ボードの前を蹴りあげれば豪炎寺の足は外れ、ボードに足を乗せて地面を蹴った。


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