暗殺教室



集めた情報を共有しきった僕達は少し遅めの昼食の時間に入った。

各々いつもどおりグループを作ってお弁当や買ってきたパンを食べながら情報をまとめたり話題に上げるのは仕方ないことで、僕もお弁当を食べながら情報を思い出す。

榊原くんと荒木くんの事件、小林くんの事件、清水くんの事件。野球部の風評被害に部活の盗難被害、一つ一つ、バラバラな事件はきっとどこか何かで一つにつながってるはずだ。

それとはまた別に、小林くんがビッチ先生に語った登場人物の話もまだ引っかかるところは多いし、CもDも不明なままじゃ次に進めない気がする。

流石にない情報じゃ推理もできなくて、それでもなにか手がかりを探そうと頭をひねった。

ちょっとクラスの中を見渡せば首を傾げる倉橋さんと矢田さん。眉を寄せてる磯貝くんと前原くん。

カルマくんとイトナくんは二人してパックジュースを片手にノートとにらめっこして時折思い出したように口を開いてはまた黙ってた。

「渚、手止まってるけどお腹減ってないの?」

「あ、うんん、そういうわけじゃないんだけど…」

気づけば止まってた箸に茅野は心配そうな目を向けてきてて、首を横に振れば苦笑いが返ってきた。

茅野の手にも食べかけのプリンがあって、スプーンはすっかり置かれてる。

「…清水くん、心配だね」

憂いた表情の茅野はなにを思い出してるのか若干遠いところを見てから視線を落とした。

「私ならなにか気付けたかもしれないのに…、清水くんのこと、もっとちゃんと見てればよかった」

一瞬言葉に詰まってしまって、それでも寂しそうな茅野の顔に首を横に振る。

「そ、そんなこと」

「それはないな」

僕より早く否定しきった声に二人で顔を開ければイトナくんが大きな目でこっちを見てきてて、隣りにいたカルマくんもナイナイとさらに首を横に振った。

「茅野が見てたからって清水くんがボロ出したなんて限らないじゃん」

「それは、そうかもだけど…それでもやっぱり、」

「くどい」

「ひどくない?!」

イトナくんの言葉に目を丸くしてこら頬を膨らませた茅野。イトナくんはふんと鼻を鳴らしてまっすぐ茅野を見据えた。

「“たら”“れば”言ってたって事態は好転しない。俺達が今するべきなのは、この面白くもない問題をすべて解いて清水に答えを叩きつけてやるだけだ。違うのか?」

「そ、だね」

一年この教室で過ごしてきた仲間らしい解答にカルマくんは苦虫を潰したみたいな顔をして、茅野は瞬きを繰り返す。

「………イトナくんって、清水くんのことかなり好きだよね」

「ああ、かなり好印象の部類だな」

「それ!俺も!言おうとしてたことだから!!」

対抗して声を張り上げたカルマくんに経緯を見守ってたらしいクラスメイトの笑い声が溢れ、久々にください軽い空気が教室に流れはじめた。

首を傾げるイトナくんに眉間に皺を寄せるカルマくん、そこに前原くんと杉野まで参戦して中村さんが盛りたて磯貝くんが仲裁を試みる。

がらりと開いた扉からビッチ先生と烏間先生が顔を覗かせ、驚いたように目を丸くしてた。

ぴろりんと可愛らしい電子音が響いて、ふと顔を上げる。

斜め後ろの方、律の固定台から聞こえたそれに中にいたらしい律はメールです?と不思議そうな顔をした。

終いにはん~と唸りはじめてしまい、見かねたらしい原さんが振り返った。

「誰からだったの?」

「さぁ…どなたでしょう?海外サーバーを経由しているのか出処がさぐれません」

「律が探れない?」

「はい、誠に力不足で申し訳ございません…」

ごめんなさいと音を立て縮こまった律に気にしないでと笑って、皆が自然と中心を見る。

こんなタイミングで差出人不明の手紙なんて怪しすぎたけど、なんとなく、いやもうほぼ100に近い確率で清水くんの手がかりになるに違いないとみんなが思ってた。

「律、それ読んでくれる?」

「かしこまりました!」

敬礼したあとに視線を落とす。律の言葉を待って息を飲んだ。

「“邪魔をするな”」

「え、」

「以上ですね!」

ドスの聞いた重い声から普段通りのからりとした可愛らしい声に戻った律にみんなが呆けて眉間に皺を寄せる。

「なにそれ」

「この一文しかないです!」

「えー…不穏だね…」

無駄に期待してたから肩透かしを食らった気分だ。力が抜けて椅子に座ってしまい何人かは息を吐いた。

あまりにも敵意しか篭ってないメッセージは、誰が送ってきたんだろう

「何回探してもエラーする?」

「はい。随分と念入りに複数のサーバーを経由しているようでかなり時間がかかると思われます」

「じゃあ律は片手間でいいからそっち調べといてもらえる?もしわかったら教えてね」

「かしこまりました!」

一人、律にお願いをして頬づえをついたカルマくん。



ぼんやりと眺めてるとポケットの中で携帯が揺れて、今は休み時間だからと取り出すと見たことのない番号だった。

さっきのメッセージといい、今といい、あやしすぎる。

「……出ないの?」

隣にいた片岡は俺の手元に気づいたらしく少し真剣な顔でうかがってきた。

いつの間にか集まってた視線に頷いて、携帯を耳にあてる。

「はい、もしもし」

「………―磯貝、だよな」

電話の向こう側、聞こえてきた声はどこか聞き覚えのある男の声でスピーカーにして机の上にそっと置く。

「そうだけど…君は?」

息も気配も殺して携帯を見つめるみんなに気づいているのか電話の向こうのその人は何故か酷く息を切らしていて小さな声で返した。

「…―瀬尾」

「え、瀬尾?A組の?」

思いもよらない言葉に空気が揺れる。声は出さなかったけどみんな目を丸くして、一部は視線を鋭くする。

「なんで瀬尾が?」

「それは…―くそっ」

切羽詰まった声と悪態、土を蹴った音の後に少し間が開いて苛立ちげに早口で言葉が紡がれた。

「時間がねぇ、―17時きっかりに一人で議事室に来てくれ」

「へ、?」

「俺に呼ばれたことは誰にも言うな」

「ちょ、」

「一人でだ、必ず一人で来いよ」

ぶつりと勢い良く切られた電話は今じゃ通話終了のツーツーって音しか聞こえてこない。

顔を上げれば険しい顔をしたみんなかいて、首を横に振ったり傾げたり、忙しそうにしてる。

「今のホントに瀬尾?」

「たぶん」

「なんで磯貝の番号知ってるの…?」

「学級委員の連絡網じゃないかな…」

携帯を拾い上げてポケットにしまい込んだ。

「それで、えっと…どう思う?」

ああ、昼飯どころじゃないななんてみんな思ったようでさっさと机の上を片付けて真面目な顔を見せる。

「あの電話が罠なのか、それとも手助けになるのか」

「さっきのメッセージも合わせたら完璧に罠」

「もしメッセージが違う人なら手助けでしょ」

「メッセージはブラフで、瀬尾も罠かもしれない」

「でも、瀬尾くんって清水くんの友達じゃん」

「…清水の友達でも、俺達の事は友達と思ってないだろ」

「あー…」

意見はとりあえずこんなものか、流れた沈黙にどうしたものかと時計を見上げる。

もうすぐ昼が終わって午後の授業が始まろうとしてる一時半を指す時計。

今日の授業が終わるのが四時半。そこから本校舎に向かうとなると普通の足ならぎりぎりにつくくらいだろう。

“誰にも言わず、一人で”

出された条件は正直今でのことを考えればいい誘いではない気がする。

みんなもそれに気づいていて言うとおりにするか決めあぐねてた。

ふと、こんなとき、清水ならどうするんだろうかと過る。

リーダーいってもいろんなタイプがいるとこの教室で学んだ。

浅野は圧倒的なカリスマ性と人脈を持って先頭に立ち導いていくタイプだし、俺は。どちらかというとみんなに助けられて一緒に進んでいくタイプ。

清水はリーダーというより、いざとなったらとても頼りになる普段は静かな腹心とか参謀って感じ。

俺を助けてくれた時だってすごくかっこよかった。

なんか逸れた気がする。

「それで、磯貝。どうするの?」

片岡が俺を見てみんなも首を傾げた。

「なんか、これ怪しいよ」

「向こうも理由があるのかもしれない」

「行くならついていくよ」

「磯貝の好きにしたらいい」

きっと浅野なら相手の裏の裏まで読んで行動するだろうし、清水なら誰にも告げずに言われたとおり一人で行ってササッと解決してしまうんだろう。

でも俺は、二人じゃないから、考えてみんなの意見を参考にしよう。

「ごめん、みんな―――…」



A.「誰か一緒に来てくれないか」

B.「俺一人で行ってくるよ」

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