暗殺教室



きっかけは知らない

この結果誰が幸せになるのかもわからない

だけど、僕は…――

…どうすることもできずただ流されるままだ。

―彼を救い、ともに未来へ進みたいんだ。

けれど時間はそんなことも気にしないで、僕を置いて流れていく。




保健室に連れ去られた清水くんは殺せんせーによれば職員室に家から電話が来て帰ったとのことで、僕達はもやもやした気持ちをそのままに一日を過ごすはめになった。

放課後には怒りをあらわにしてるカルマくんや不安そうな茅野、怪訝を顕にした磯貝くんを始めとした皆が顔を見合わせてた。

「納得いかないな」

「清水くん何隠してるんだろ…」

「昨日のことも入れれば、あれってやっぱ命狙われてるんだよね」

「一介の高校生がなんで命狙われんの…」

「それがわかっているのなら今ここで悩んでいないだろうな」

烏間先生が眉をひそめ腕を組んだまま息をついたと同時にみんなも頭を抱えた。

今回は今までと違ってわからないことばかりだ。

僕達でも暗殺者でもない、第三勢力が近づいてきている感覚はひしひしと伝わってきてるのに未だに何も把握することができてない。

「……情報収集、」

ぼそりと狭間さんが呟いた言葉がとても響いて届いた。

「敵を知りたいなら調べるしかないでしょ?」

にたぁと笑った狭間さんは参謀気質で少し不気味にも見える。

「たしかにそれしかないよね…。けど、月曜清水が来たら聞く…ってのはだめか?」

菅谷くんは眉間にうっすらとしわを寄せたままで首を傾げた。

まだ秘密主義の清水くんを信じて、清水くんが僕達に話してくれるのを待とうって言ってるんだと僕は感じて、皆もそれは同じだった。

難しい顔のままで頷いた皆に一旦解散をした。


なのにどうしてだろう

土曜日、日曜日をまたいだ今日。

「は?」

誰が発したか、菅谷くんか前原くんか、カルマくんか、寺坂くんか、みんながみんな言葉を飲み込めずに口を半開きにしてる。

そんな中で難しい顔をした烏間先生、ビッチ先生、現況を作った殺せんせーがもう一度口を開いた。

「清水くんが、A組に戻ると」

「なん…だよ、それ」

掠れて震えながら、怒りをあらわに杉野が声を出した。

「そんな、急にどうして」

神崎さんが信じられないと言いたげに問う。

「元から清水くんは成績優秀者です、私も詳細は知りませんが清水くん自ら目的を持ってこのクラスに来た節がありました。
しかし、周りは良しとはしていなかったのを皆さんもご存知でしょう。結果度なる干渉も見られました。けれど今朝、それを今まで蹴り続けていた清水くんがこの度A組に戻ると連絡が―…」

「んなことどーでもいい!清水は今どこいんだよ!」

ばんっと思いっきり机を叩いて立ち上がったのは村松くん。

吉田くんと寺坂くんも眉間のしわを濃くして座ってる。

「…清水くんは数日の移籍準備期間を経たらA組に移るそうです。」

言外にわからないと告げた殺せんせー。

「学校にはきていないのか」

「俺もそう思い本校舎に連絡を入れたが慌てているようで碌な反応もなくきられてしまった。」

イトナくんの質問に烏間先生が険しい顔で答える。

本校舎の差別的対応は今に始まったことじゃないから気にしなかったけど、至るところに違和感を覚えて、特に“慌ててた”なんて言葉が気になった。

あの学校の本校舎教師が慌てるなんて相当な理由じゃないかな

「ったく、どーなってんだよ」

訳がわからないと岡島くんが頭を掻く。

僕も同じ気持ちで、周りもだ。

「…移籍準備期間?」

静かになった教室内に聞こえたのは珍しく、竹林くんの声で僕達は顔を上げた。

「そんな制度、聞いたことない。停学や休学ならまだしも、クラスを移籍するだけなのに?僕が移動する際にそんな話をされた覚え無い」

唯一E組からA組に移ったことのある竹林くんの話に僕達は違和感に気づいた。

そうか、移籍準備期間だ

「いくら清水を贔屓してるからって、そんなありもしない制度語るなんて変よね。まぁ、竹林が知らないだけかもしれないけど」

ビッチ先生も珍しく真面目に話しをしてる。

学校の規則に詳しい片岡さん、磯貝くん、神崎さんを始め、経験豊富なカルマくんや寺坂くんも真面目な顔をして悩んだあとに誰もが聞いたことないと首を横に振った。

「やっぱり、嘘みたいね」

ビッチ先生のため息に皆も眉をひそめて、清水くんのA組移籍に更なる疑惑を抱く。

「移籍準備期間って、清水くんが?」

心配そうな原さんが殺せんせーを見た。

ゆっくりと殺せんせーは首を横に振る。

「いいえ、清水くん本人ではなく理事長からです」

「理事長!?」

「はい。理事長が今朝方私の携帯に直接連絡を入れてきまして…」

「携帯に、直接?」

「ええ、E組の職員室にではなく携帯にです。それもどこか余裕ない様子で」

本校舎内で何かあったのは確実だと今の話でみんな確信した。

教師だけならまだしも、理事長まで

僕達の知らないところで、大きく物事が動いてる。

「これは、一体…」

烏間先生の言葉はため息となって続き、僕達も項垂れた。



始業のチャイムに僕達はまた大きくため息を吐き出して仕方なしに授業に取り掛かる。

形だけで中身のない授業は先生も生徒も心ここにあらずなのが丸わかりだ。

数学が終わり、休み時間に入る。

いつもより授業だって進んでないし、やりこんでもないのになんだか疲れた。

活気のない教室内、見ていられなくて伏せた視線。

ふと耳が、足音を拾った。

ぎし、きし、と木の床を踏みしめる靴の音は探るみたいにゆっくりで僕は気になって扉の前に行く。

「渚くん?」

急に立ち上がった僕に隣にいたカルマくんが不思議そうな顔をして、皆も視線を向けた。

きしっと足音が目の前で止まって、僕は敵意や殺意を感じないことを確認して扉を開けた。

「え」

扉を開けたそこには、ここで、この旧校舎で見ることはないと思ってた人物で僕は声を零す。

「ここって授業クラスですかー?」

「あ、うん、て、なんでここに君が?」

「清水くんの荷物取りに来ましたー、失礼します」

僕の横をすり抜けて入ってきた小林くんに皆が鋭かったり不思議そうだったりする視線を投げる。それは突然現れた小林くんに対してだったり、首を通して右腕を吊ってる白い布にだったり。

清水くんの机に迷わず立った小林くんは机の中を覗きこんだあと、目を細めた。

「ああ、…」

口角のほんのり上がったその表情に皆はなにを感じたのか気を引き締め、そんな小林くんの前にカルマくんがたった。

「ひさしぶりじゃん、小林クン?」

「あ、赤羽さんこんにちはー、E組って自動ドアだったんですね、僕知らなかったな。
じゃなくて、用事は済んだんで帰ります、しゅ、しつれいしました」

いらいらを隠さず声をかけるカルマくんに小林くんは変わらず笑んで踵を返し始めた。

なんだろ、この違和感

「ねぇ、待ってくれる?まだ俺話したいことあるんだけど?」

背中に声を投げたカルマくん。小林くんはゆっくり振り返った。

「なんですか?」

「なんで清水くんの荷物を君が取り来たの?」

「僕が頼まれてたからですよー、ほら、僕は数少ない清水くんのお友達だから」

照れると笑った小林くんは人を煽ることに長けてるんじゃないかと思う。

カルマくんのこめかみに血管が浮き出て見える気がしてきた。

「はぁ?意味わかんないし。てか、清水くんと連絡取れんの?」

ぴきぴきと音がしてるように感じ、誰もが息を潜めた。

「僕らは清水くんの唯一のお友達だから、もちろん。
あ、それじゃあしつれいしましゅ、す」

煽るだけ煽り、小林くんは白の布で三角に釣られた腕とは反対の左手をひらひらと上げ出て行った。

建付の悪い扉が閉まって足音が遠ざかっていく。がたっと椅子を引いた音が響く。

「なんだあの野郎、気に食わねぇ」

怒り心頭で出て行く寺坂くん、

「寺坂と同意見だ。あれには聞きたいことがある」

理路整然としながらイトナくんが後を追って、

「なめてやがる…」

カルマくんが扉をぴしゃりと閉めた。




飄々としてふらふらしたあの人影は歩調が早いのか少し先を歩いてた。

「おいっ」

「はーい、なんですか?」

寺坂が一番に追いついて小林は笑顔で振り返る。

俺達を見て顔色一つ変えていないあたり、追ってくるのがわかっていたようにも見えた。

「お前清水の友達っつったな」

「聞こえちゃってましたか、恥ずかしい。僕らは清水くんのお友達ですー」

頬に左手を添えて笑う小林の言葉にふと先程も言い直していた僕“ら”の言葉がひっつかかった。

こいつ以外にも清水と連絡をとっている奴がいるってことか?

「友達だとかそんなのいいんだよね、清水くんは今どこいんの」

むっとしてる赤羽は苛立ちをそのままぶつけるように小林を睨む。

そんな目を気にもせず小林は妖しく、どこか既視感のある笑顔を見せた。

「約束であるから僕らは今清水くんのいる場所を教えることはできないんだよね。ごめんね?」

苛立つ赤羽、寺坂は気づいただろうか。こいつのこの笑顔に。

気づいてないからか寺坂は顔を赤くして小林に掴みかかった。

「僕は今手負いなんだけど…こういうの嫌いだし…」

伸びた寺坂の左手は小林の胸をつかもうとしていた。それを小林は避け、あえて一歩踏み込み寺坂に顔を近づけ笑った。

「怒りは注意を散漫にしてしまうよ。今のように、ね?」

「っ」

一瞬怯んだ寺坂に満足そうな顔をした小林。

「ちょおおお、何してんの!」

「落ち着け!ほら、な!?」

騒ぎながら駆けてきたのは磯貝と前原。

その更に後ろからは残りのメンツが見えた。

「なんの騒ぎだ」

がらりと開いた近くの扉からは不機嫌な顔した烏間。

「こんにちは、お騒がせしてますー」

小林はまたへらりと笑い烏間と後ろにいるビッチをとらえた。

「きみは…」

「あ!あんたっ」

二人の反応に面識があるように思えたが小林は笑顔を見せ寺坂から離れお辞儀し、顔を上げた。

「……―だから、早く気づいてよね?」

「っ」

少し細められた目、若干あげられた口角、纏った雰囲気、すべて、小林がかぶってみえた。

息を呑むみんな、ビッチだけは眉間にシワを寄せた。

「あ、時間やばいやー
今度こそ失礼しましゅ、したー」

来た時と同じようにへらりと笑って、また小林は吊られた右手とは反対の左手を一度上げ軋む廊下を歩いて行った。



今度は誰も後を追わず、顔を見合わせたり僕やイトナくんのように未だ一人だけ難しい顔をしたビッチ先生を見つめてる。

「おい、ビッチ」

ビッチ先生はビッチじゃないわよ!とわかりやすくキレた。

「なにを知ってる」

「、」

急に黙ったビッチ先生の背後に黄色いたこ、殺せんせーが這いよる。

「皆…烏間先生もイリーナ先生も、ひどいです…っ」

何故泣いている

「あの子を知らないの私だけですか!?」

「いや、俺らも知らないし」

「渚は知ってるみたいだったけど、誰?」

イトナくん、菅谷くんを始めとして原さん、不破さん、寺坂くんたちも答えを待ってるのか視線をむけた。

彼らはみんなあの時いなかった人たちだ。

「彼奴ってあれ、生徒会のやつだよな」

思い出したみたいに木村くんが言う。

そう、小林くんは今生徒会の会計職についてる優等生だ。

集会や総会なんかではたまに前に出てたりする。

けどそれは知らない人から見た小林くん。

「小林くんは、梅雨ぐらいに清水くんの後輩だって紹介された。」

「なんていうか、話がコロコロ変わって辿りつけないってか、話しにくい、つかみにくい…」

あの時いた磯貝くんと前原くんが清水くんに紹介された小林くんを語る。

そこで僕はやっと、さっきの小林くんの違和感に気づいて、今会った小林くんしか知らない吉田くんが変な顔して口を開いた。

「会話成り立ってたじゃねーか」

「あれ?ほんとだ」

中村さんがきょとんとして首を傾げる。

「………一度、情報をまとめたほうがいいな」

イトナくんは小林くんに初めてあった人だけどなにか思うことがあったみたいだ。

僕とビッチ先生を見ている。

「ほう!れん!そう!は基本ですよー!!!」

泣きながら怒った殺せんせーにより僕達は教室に連れて行かれた。


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