暗殺教室
※モブ→磯貝表現あり
ふとした瞬間、それは例えば授業中だったり、放課後だったり、時間やシチュエーションは様々だけど思うことがある。
どうして俺は彼奴に落ちてしまったのかと
そいつがこのクラスに来たのは修学旅行前。
だけど、俺が清水と初めてあったのは学校内じゃなくてバイト中だった。
その頃は俺もまだB組にいて校則違反は見つかってなかった時期で、たまたま清水がバイト先の喫茶店に来た。
その日現れた清水は多分、気まぐれで来たんだと思う。
からんからんと小さな鈴の音が耳に届いて反射的に顔を上げた。
「いらっしゃいませ、!」
入り口に立ってたのは遠目から見てもわかる、うちの学校の生徒だった。
うわー、やばいなーと思いつつも、今日は俺と店主でもあるおじさんしかいなくて必然的に俺がフロアを任されてた。
笑顔をつくろって近寄る。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
『こんにちは』
そいつは持ってた本に栞を挟んで顔を上げる。
驚いたことに、そいつはうちの学校の有名人だった。
『…、一人なんだけれど、端のほうでいいから空いていないかな?』
柔らかく笑むそのさまは、同じクラスの女子が王子様と比喩して崇めるのも納得するほど完璧だった。
「はい、こちらにどうぞ」
同じクラスだったらどうしたものかと肝を冷やしたけど、この王子様は俺の上のクラスで取り分け秀でてるわけでもない俺を知ってるわけがないんだ。
笑顔でいつも通りお客さんを相手するように入り口から少し離れた席に案内する。
まわりはあまり人がいなくて、多少キッチンに近いけど談笑とかよりは断然静かでゆったりできるはず。
「こちらはいかがでしょうか?」
『ありがとう。君の配慮、恩にきるよ。これでやっと落ち着いて本が読めそうだ』
王子様はふわりと笑って俺に礼を言うと鞄と何か長い袋を置いた。
どこから見ても完璧で、俺はその仕草に目を取られ。
からんからんという音に我に帰って入り口に立つ常連の男性客を見て一度頭を下げて離れた。
大変甘いキャラメルラテを頼んだ王子様は清水と言う秀才…天才で、所謂当学園の優等生の一人だった。
生徒会会計を担いA組所属なんていう肩書はもう一人の天才にも劣らないんだろうけど、どうしてもあの常に浮かべられてる笑顔が王子様たる由縁だと思う。
その王子様が甘党なのはギャップ?というやつなのか
キッチンで皿拭きをしながら客席を盗み見る。
清水はハードカバーの小説を手にくつろいでた。
絵になってて、なるほどな、外じゃ静かに本を読めそうになさそう。
「磯貝くん、ありがとねー、きりがいいところで上がっていいよー」
「あ、はい!じゃあここにある皿拭ききったら上がらせてもらいます!」
ちらっと時計を見れば気づかないうちに八時を迎えようとしてた。
今日はもう一人のバイトの人が急用で休みで代わりに遅くまで働くことになってて、皿を拭ききり上がる間際客席を見れば清水はまだ本を読んでた。
「お疲れ様です、お先に失礼します!」
着替えを最速で終わらせて店を後にする。
家を支えるためとはいえ、この時間に中学生が出歩いているところを見られると不良や警察からはいい目で見られないことが多い。
それに、特にこの働いている店が路地の入り組んだ場所にあるから人通りも少なくてそういう意味でも俺はいつも帰りは足早だった。
その日ももちろん俺は足早に帰ってて、たまたま、忘れ物に気づいた。
「うわー…」
忘れ物は明日提出の宿題で、仕方なく来た道を戻る。
時間のロスで結局また店を出たのは八時をすっかり回って更に人通りが少なくなる時間だった。
まったくもうついてない。
すたすた歩いて行く。
狭めで街灯も少ない路地裏。
ふいに後ろから影が来て道を開けるように端に避けた。
途端、ぐいっと肩が掴まれて壁に背中を打ち付けられた。
器官がなるようにつまって息ができないのと、その人物にひゅぅっと喉がなった。
「っ、なん、」
「磯貝くぅん」
俺を押し付けたのは常連客の男性で、いつも温厚な人だった。
「お疲れ様、今日も忙しそうだったね」
決して、こんなふうにすわった目でにやぁと笑う人じゃない
思わず鳥肌が立って身の危険を感じた。
「磯貝くんいつもは早いから一緒に帰れないけど、今日は約束してたから長かったんだね」
「や、約束、?」
「この間言ったじゃないか。一緒に帰れたら俺ん家招待するって」
やばい、なんの話だろう
完全に目がすわってるこの人は口元が緩まってて表情が気味悪く、悪寒がしてきた。
そもそも俺はそんな約束したのか?
「ずぅーっと待ってたんだ。磯貝くん今日俺のこと何回も見てくれて目が合うし、磯貝くんもそのつもりなんだってわかって嬉しかったよ」
またまてまて、俺この人見た覚えなんてない。
仕事中を振り返って見ればこの人が座ったのはキッチンと清水のいる席の延長線上で、それを勘違い、してる、?
「ほら、磯貝くんのために色々用意したんだよ。」
俺を押し付ける左手とは逆の右手のひらに握られてた小さなビンで、中身はオレンジ色。
「な?なん、ですかそれ」
敬語は外れなくて、引きつる顔を何とかつくろってみる。
その人はなにかいいながらビンの蓋を開けて俺の口に突っ込んで逆さまにした。
「ふっ、んん、ぐ」
嫌な予感に嚥下だけは避けたくて、そんな希望もがんばりも儚く砕けるようにその人はわざとビンを少し引いてから押した。
驚きで喉がなって液体が流れこんでくる。
飲んでしまった後悔とオレンジの匂いに恐怖しか湧き出なかった。
どうしようどうしよう。
あいにくこういったことと無縁だった俺に回避する方法なんてなくて恐怖に足がすくんでた。
「そんな怯えなくてもいいのに」
撫でられる腿に、途端に吐き気を感じてさらに萎縮する。
手は感覚でも覚えるみたいに動いて、俺の服に触れてワイシャツのボタンを数個外してきた。
さっきまでとは比べ元にならない嫌悪感に涙が滲み、その人は気づいたのか笑った。
「じゃあ磯貝くん、俺ん家―…」
かしゃっと場違いな音が静かな路地裏に鳴り響く。
その音に俺はもう限界で、驚きのあまり腰を抜かしてた。
けど押さえつけられた肩のおかげ?で立ったまま、音のしたほうに顔を向ける。
『ああ、本当に参ったね。
僕はただ単に、以前から楽しみにしていた本の続編が出たからそれが読みたかっただけだというのに友人には朝一で組手だの素振りだのに付き合わされ、学校に付けば教師から呼び出されて資料整理をする傍ら彼らの悩みの種とやらを聞き、昼には知り合いたちが無くしたという判子探しに駆り出されて、放課後は生徒会会議。終わっても次の議会の資料作りをしていれば六時なんてあっという間に回ってしまうものなんだ。
歩きながら本を読んでいればそれがバレた時に友人に叱られてしまうからと喫茶店に入ったはいいけれどどこかで見たことがある顔がいるし、ようやくくつろげると思えば後ろの席には挙動の怪しい方が座っていて落ち着けたものではない。キャラメルラテの美味しさと君の接客態度の良さがなければ僕はすぐにでも帰っていただろうね。一段落つけば後ろの挙動の怪しい方が慌てて出て行って何事かと思えばこれだ。まったくなんて忙しいんだろう
まぁ、そんな僕の話はどうでもいいとして、貴方が行っているソレを僕は見逃すことができないんだけどなにか弁解はあるかい?』
携帯を片手ににこりと笑って言い切ったのは清水だった。
要約すると今日はついてなくていらいらしてるってこと、か?
「お前なんだよ。俺の邪魔する気か」
『邪魔とは言葉の意味を理解していっているのかな?ああ、貴方から見たら邪魔に当たるのかもしれないね。それはきっと僕の非だから申し訳ないと思う。
けれどそっちで押さえつけられてる彼からすれば僕の行為よりも貴方の行為のほうが邪魔なんじゃないか?』
ねぇ?と笑いかけられて無意識に頷く。
じわりと涙の滲んだ視界でも清水の綺麗な笑みはよく見えた。
『僕はこのまましかるべき場所に連絡して貴方を拘束してもらう手段も証拠も持っているわけだ。
だが、軟弱ひ弱そうに見える僕のことを力づくでねじ伏せて証拠を消し、そこにいる彼を連れ去り当初の目的を果たすなんていうのも貴方の行動として考えられる。
ちなみに僕は、通報されるのを待つか、おとなしく彼のことは諦めて今すぐ逃げるかをおすすめするよ』
清水が言い終えるか終えないかの段階で頭に血が上ってるのかなんなのかよくわからないその人は俺を掴む手を離した。
抜けてた足はなんの意味も持たずにずるずると座り込む。
見上げればその人は清水を親の敵みたいな憎悪のこもった目で睨みつけてた。
「よくも邪魔してくれたな…っ」
『まったく…、それは僕のおすすめした行動ではないと思うんだけどその道を選ぶのかい?
ああ、本当に面倒くさいね。…今日はついていない』
笑顔を崩さないまま、清水は鞄を置いて持っていた長い布袋からなにか取り出す。
記憶に違いがなければ、木刀だ。
『本来ならば僕の技量的にも一般人である貴方に剣をふるうことは許された行為じゃない。』
両手でしっかりと木刀を構えた清水の様はとてもかっこよく、貫禄がある。
『そもそも素振りでなければ竹刀を持っていたはずなのだけど、』
その人は清水の長い話にか、木刀を向けられたことにか、邪魔されたことにか、どこから出したか不明な刃渡りのある包丁を右手に床を蹴った。
あんな物を持っていたのかとまたぞっとする。
『ああ、なんてついていないんだろうね、』
清水は向かってくるその人に顔色一つ変えず、にやりと笑った。
『貴方は』
がつっと音がして、銀色の包丁がコンクリートに叩きつけられ、少し遅れて木刀が鈍い音を立て落ちる。
木刀を手放した清水は突き出されてた右腕を取り抱えるとその人を背に乗せ、投げた。
重いものが叩きつけられる音に詰まった男の声。
顔を上げれば気絶したのかぴくりとも動かない。
清水は本当についていない人だと息を吐いて木刀をしまってる。
「し、しんで」
『大丈夫だよ、息はしっかりしている。ただ受け身も取れない初心者だからね、心配には変わりないし、それに、念には念を入れておこうじゃないか。』
木刀をしまいきって鞄を持った清水は携帯を片手にするとどこかに連絡を取り始めしまい、落てる包丁を一瞥して伸びてる男の方に蹴っ飛ばした。
ふぅと息をもう一度ついて俺の前に立ち片膝をつく。
『先程押し付けられていたようだけど肩など傷まないかい?磯貝悠馬。』
「な、い…と思う……」
『それならばよかった。して、僕が言えた身分でもないけどあまり遅くまで中学生である君が出歩くのは良くないと思うよ。最近は君のように顔の整った男子生徒も狙われることがあるようだし、事情があるとはいえこの時間までアルバイトをして人通りの少ない暗い道を歩くのは今後気をつけたほうがいいんじゃないかな?
手を貸そう、立てるかい?』
伸ばされた左手に手を伸ばして立ち上がろうとすると前にのめって転びそうになる。
足に、うまく力が入らない。
顔を上げれば清水は納得したような表情で俺の頭を撫で笑った。