暗殺教室



借り物競争で一位を取り、そのまま続いて800m走で一位を取りクラスに戻ると僕を待っていたのはお説教で、クラス対抗リレーから帰ってきた代表メンバーからもお言葉を頂戴した。

要約すると僕の言動がよろしくなかったとのことなんだが僕は少し羽目をはずし過ぎてしまったのかな?

暑さのせいですよ!という殺せんせーの言葉を信じ、熱中症にならないようイオン飲料を飲んでおく。

熱中症、熱射病にはただの水や市販のスポーツドリンクよりも電解質の入ったものが良いのだけど、昼休みも挟む、まだ大丈夫だろう。

唇を尖らせてた赤羽業や昼食に誘ってくれたほかを断り僕は一人外れて校舎の方へと歩みを進めていた。

すれ違う人たちに声をかけられ当たり障りなく笑みと言葉を返しながら救護室をすぎる頃には喧騒が遠くなっていた。

『これでも急いてきたつもりなんだがすまない、待たせてしまったかな?
弁解の余地があるのならば弁解させてほしい』

目的地にはすでに2つの影がブルーシートの上にあって、寝転がっていた片方が上半身だけ起こした。

「清水くんおかえりー」

『ああ、ただいま。
して、君たちは寝ていたのかな?』

「お腹空いたよー」

『ご所望のお弁当はここだよ。君たちはお菓子作りだけじゃなくて料理も作ってくれればいいのにね?』

「疲れたけど僕は寝てないよー」

『君は800mで一位、おめでとう。一緒に走っていた磯貝悠馬はうちのクラスで一位二位のトップランナーだったのに君はあっさり抜いてしまったから本当に番狂わせも良い所だ。』

「じゃじゃーん。おやつの僕特製クッキー。
してして、清水くん僕たちのご飯はー?」

『もちろん、君の好きなしょっぱい卵焼きも天むすもからあげもキュウリのハム巻きも、そこで狸寝入りをしている君の好きなゆかりの混ぜたおにぎりも一口ハンバーグもアスパラの炒めものも作ってきたからそろそろ起きたらどうだい?小林兼治、浅野学秀』

会話をしながら靴を脱ぎ揃えて真ん中の方に進み、持ってきたお弁当を置いて一段ずつ開けていく。

お腹がよっぽど空いていたのか小林兼治はよっと声を上げ起き上がると除菌シートで手を拭いて皿と箸の用意を始めた。

特別なときのご飯は揃って食べよう。

僕達の約束の一つであるそれを言い出した、未だ寝た振りを続ける浅野学秀に近づいた。

『ほら、浅野学秀、起きないとご飯が食べれないよ?』

もぞもぞと動いた彼は顔を隠すためにか乗せていたタオルを少しずらして目だけ僕に合わせた。

なんとも不服そうだね

「馬鹿」

『君も怒っているのかい?僕はきちんと君との約束を果たすために借り物競争に挑んだだけなんだが…』

「…昴が馬鹿正直なのなんて知ってるよ。」

手を伸ばしてかかっているタオルを外すとむぅと頬をふくらませてる浅野学秀の顔が見えた。

ずいぶんと可愛らしい。

思わず笑えば浅野学秀はいきなり起き上がりぼそりと口を開いた。

「卵焼き。」

『お姫様のご要望通り、甘い卵焼きを用意いたしましたよ。』

「はい、これ浅野くんの分のてーふくやつ」

小林兼治からもらった除菌シートで手を拭いて僕達は顔を合わせた。

「僕おなかすいたよもー」

「昴が遅れてきたのが行けないんだよ」

『ふふ、じゃああまりにも待たせるのは忍びないし僕もお腹が空いたからね、食べながら話すとしようか』

「せーのー」

いただきます




昼食は休憩の意味合いも含め一時間と三十分だ。

原則はクラス単位での食事らしいが申請すれば家族とも食事することができる。

しかしながら毎年僕は浅野学秀と小林兼治の三人で食事をしていた。

今年も僕たちは家族とクラスからの誘いを断りこの木陰で人が来ない、監視カメラの死角で食べている。

「ふぁー、おなかいっぱいだー」

仰向けに寝転がった小林兼治は手足を投げ出して大の字になる。

食べてすぐ寝ると牛になるというけど、彼は食べてすぐ寝る癖がある割に平均体重だ。

『お気に召してもらえたなら僥倖だよ』

僕は笑いながら空になった弁当箱をしまった。

とんっと腿の上に重さを感じて下を見れば、右に小林兼治が頭を乗せて笑っていた。

「清水くん、はいあーん」

先程見せてきた手作りと言っていたクッキーらしきものを摘み上げて僕の口に運ぶ。

口を開いてクッキーを取り噛み砕けばさくりと音を立ててバターの風味が広がった。

「浅野くんー食べるー?」

「ありがとう」

小林兼治からクッキーを受け取った浅野学秀は口へ運び咀嚼を始める。

寝ながら食べると器官につまってしまうよ?

僕の左腿に頭を乗せてる浅野学秀の髪をすけば彼はまぶたを下ろして笑う。

「小林、おなかいっぱいっていってなかった?」

「それとこれとは話が別ってことで。別腹、別腹ー」

「昴は?」

『そうだね…彼と同じってことにしておいてくれるかな?』

そう。と笑った彼はずいぶんと機嫌がいいように思える。

午後に入ると先ほどまでと違い団体種目が多くなっていき、そのうちの一つに最高学年による棒倒しがある。

そこで彼、浅野学秀はわざわざ知人を呼んだ。

全ては勝つためということなんだろうけど、僕にはいまいち…なんていうのは取り繕いすぎだろう、残念ながら、全くもって 理解できない。

それは、彼と同じように寝転び目をつむっている小林兼治もだろう。

二人の頭から足を抜けばごっという鈍い音が一つして、浅野学秀が丸まり短く呻いた。

「あららー、浅野くんったらまた油断してたなー」

にこにこ笑う小林兼治は察したのか跳ね起きて回避し、今は眉間に皺を寄せぷるぷると痛みにこらえてる彼を見てる。

「っぅ…ばか、ばかっ」

二度目の罵倒と同時に拳が鳩尾に飛来し今度は僕が蹲る。

一人楽しそうな小林兼治の笑い声が響いた。

「二人共喧嘩はだみぇ、だめだよー」

『「そこで噛むな」』

「えへへー」

とくに悪びれるでもなく笑った小林兼治は痛む僕の体に気遣っているのかいないのか、胸に顎をのせ笑った。

ふぅっと息をついて彼を見れば若干膨らんだ頬がいじけていることを主張していて笑って隣を叩く。

『ごめんね。そんなに機嫌を損ねないでくれないか?ほら、せっかく時間があるんだからこっちにきて一緒にくつろごうじゃないか』

「……次、僕を落としたらその笑顔作れなくしてやるからね」

僕の左腕に頭をおいて体を近づけた彼はやるときは本気でやる有言実行な男だからあのイタズラはしばらく封印するとしよう。

風に流れる雲を眺めて目を細める。

気づけば左に眠る浅野学秀からは小さな寝息が聞こえてきていた。

『………僕は、いつまで僕でいられるんだろうね』

僕の問に答える者はいなくて、また空を眺めてから瞼を落とした。





「アサノ!」

僕と小林兼治とで片付けを済ませている間にようやく覚醒し普段通りになった浅野学秀とグラウンドに戻れば聞き慣れない彼を呼ぶ声に僕と小林兼治は顔を合わせた。

「アサノどこに…友達か?」

近寄ってきたのは八人。
五英傑と称される浅野学秀を除いた四人と見慣れない日本人離れした体格を持つ四人だった。

「ああ、この二人は僕の大切な友達でね。紹介しよう」

浅野学秀の言葉に思わず彼を見ればどこか悪巧みをしてるような表情で、まだ足を抜いて頭を打ったことを根に持っているようだ。

「こっちが清水、あっちが小林。
で、カミーユ、ジョセ、サンヒョク、ケヴィンだ。」

にたりという笑みと、四人の各国語の挨拶に僕はひきつる口角をあげて笑顔を作った。

『……清水です。よろしくお願いするね』

「はじめまして、浅野くんの友達です、よろしくねー」

僕と小林兼治の返答に四人は笑って頷き握手を交わす。

どうやら波長が合うのか話が弾み始めた小林兼治とサンヒョクを置いて、僕はにこにこ笑っている浅野学秀を見た。

「………し、清水、おちつけ、な?」

そんな様子を理由の思い当たったらしき五英傑の彼らが見ていて慌てて宥められる。

僕は別に怒っていないわけだけど、そう見えたのだろうか

「シミズ!」

振り返ればケヴィンとカミーユが僕を呼んでいてまた笑顔を作った。

『……なんだい?』

この二人は使用語を合わせているようでカミーユは多才なのか公用語であるフランス語だけでなく、一応一般的にアメリカの公用語とされている英語を話す。

だが、今あちらで小林兼治と仲良く談笑しているサンヒョクとジョセが話しているのは韓国語とポルトガル語…正確にはブラジルポルトガル語だ。

彼らと話すことだけは色々と避けたかった。

作った笑顔を引きつらせながら会話をする。

気さくな彼らは僕相手にもフレンドリーに接してくれていた。



「…」

『……………』

「……ぷっ」

『……小林兼治…』

「ぷふふ、清水くんめちゃくちゃきんちょーしてたねー」

浅野学秀の笑顔で告げられたそろそろ時間だから行こうかという声でお開きになったその場。

それでも僕の機嫌というやつは低下したままで、隣を歩く小林兼治はとうとう吹き出した。

「清水くんえーご嫌いだもんねー」

『何を勘違いしているのかな、小林兼治?別に僕は英語が嫌いではないよ。ただ記憶しているだけではどうにもならないから得意としていないだけだ。それに日常会話に支障をきたさない程度の会話はできていたはずだし』

「じゃないと喋れない代わりに韓国語かポルトガル語を聞き取らなきゃいけなくなったもんねー」

一度この小林兼治を叩きのめしたい。

いや、それは浅野学秀の十八番であるから僕がするべきではないな。

いっそもう口でも縫い付けて更に物理的で省エネルギーで済むアプローチでもいいだろうか。

未だ楽しそうに笑う小林兼治に若干の殺意というものを覚える。

「清水くんったらかわいー」

『…、兼治…っ』

今ここに長物があったのなら彼をしばき倒してただろう。

ざっという足音に僕と笑ってた小林兼治は顔を上げそちらを見る。

「………清水くん、今のわかる?」

『……いいや、残念ながら見えなかったよ』

人影が消えたであろうそちらを一瞥し、僕は小林兼治の額にでこぴんを入れてからグラウンドに戻った。



.
24/34ページ
更新促進!