暗殺教室
位置について、用意
ぱんっと鳴り響いた空気砲を合図に一斉に走り始めた選手たちに湧き上がる歓声。
プログラム通りならば100m走から始まった体育祭。
僕は遠くから聞こえてくる歓声を背景に芯の通る髪をなでた。
『おや、どうやら始まったようだね。なのに僕は何故目の前でグラウンドを走る選手たちを見ることができていないのかな。
たしかに他の人たちが炎天下の中立って応援してる中で日陰で座り込んでるのは僕もあの日の下に長時間晒さられるは勘弁したいから良かったけどそれでも100m走は一応最初の種目だから見ておきたかったね。
ああ、ここにいたる経緯はわかっているんだよもちろん。それは僕が開会式で君との選手宣誓を終えたあとに救護室裏に引き摺られてきたからだ。引き摺られてといっても手を引かれているだけだったわけだから付いてきたのは紛れもない僕の意志であると証明しよう。
ただ、以前もこのようなことがあってその時にも言ったけど、もしも僕の意志を無視して強制的に連れて行こうとしている行為がバレたら君は犯罪者になりかねないから将来困らないように控えたほうがいいと言ったはずだ。
まぁ、わかりきっているがあえて聞こう。君はちゃんと覚えているのかな?浅野学秀?』
僕の問いかけに浅野学秀ははぁと大きくため息をつき顔を上げる。
なぜ僕はため息をつかれてしまったのだろうか
「昴が僕についてきてくれる限り、僕が犯罪者になることはないさ。
昴?君は僕から離れる気なの?」
答えは決まってるだろ?とでもいいたげに勝ち誇った表情を見せる浅野学秀に離れる気なんてないと言えばほらねと笑われた。
少なくとも僕ともう一人の世間で言うところの幼なじみは浅野学秀から離れるということが選択肢にない。
そして、浅野学秀も僕から、もう一人から、離れられないだろう。
「それと、僕がここまで君を連れてきた理由はエネルギーチャージ。」
再び頭を肩口に預けられる。
まだ汗をかいてない彼は普段と変わらない洗髪剤の匂いがした。
『相変わらずかわいいことを言うね。人体同士が接触したところで力を得られるなんて科学的根拠はないというのに…ねぇ、充電はできたのかい?』
「いいや?まだ」
楽しそうに、花がほころぶかのような声色で紡いだ言葉に呆れは浮かばず、心中が暖かくなる。
空いてる手で彼の髪を撫でれば機嫌が良いのか浅野学秀は笑みをこぼし、擦り寄ってきた。
彼は彼で、まだ始まったばかりのこの体育祭の行く末を案じ気を張り詰めていた。
どうやら緊張のあまりに箍が外れてしまったようだ。
少しだけれど、戻っている。
『浅野学秀、大丈夫かい?』
「うん、大丈夫…」
目を瞑り体を預けたまま優しい声を返す浅野学秀に思わず僕まで笑ってしまう。
ゆっくりと目を開けた浅野学秀と視線がぶつかる。
「…昴、僕は大丈夫だよ」
『……そう、かい。』
彼の体に回してる腕に力を入れて更に引き寄せれば薄い体育着の布越しに体温が伝わってきた。
一際大きい歓声が遠くのグランドから聞こえてくる。
誰かが追い抜きでもしたのだろうか
すっかりセミの音も聞こえなくなり静かになったこの季節でも詳細が聞こえてこないくらいひっそりとしたこの場所は心地が良かった。
浅野学秀の肩口に額をつける。
秋とはいえ残暑。
まだ若干汗ばむ時期に密着していても苦に感じないのは相手が浅野学秀だからなのかな
「昴もチャージ中?」
『…………』
「ふふ、昴も疲れてるんだね」
何も返さない僕に浅野学秀は笑って、伸ばした手が僕の髪をなでた。
『…子供扱い、かな?』
「僕は髪を撫でたいから撫でてるだけ」
エネルギーチャージと称される息抜きは僕の体感ではまだ何分だが実際は十何分は過ぎているのだろうか。
けれど、遠くのグランドはまだ盛り上がっているからきっと僕達の出番は先。
肌に体温を感じ、肺に香りを満たして、科学的根拠なんてないはずなのに気持ちが安らぐ
「昴」
『…どうしたんだい?』
耳元で呼ばれ顔を上げればいつの間にか慣れた柔らかさが唇にあたり、遠のいた。
硬直してから腕の中の浅野学秀を見れば微笑んでる。
「負けたら、ゆるさないからね」
可愛らしい応援に自分でもわかるくらいにいつもと違う笑みが浮かんだ。
『学秀、君もね』
目を見開いた彼に同じように唇を押し当て離れればやられたと彼も普段見せない笑顔を浮かべた。
「もー!清水くんどこいってたの!」
エネルギーチャージと称された戯れが終わり、別れ際に最終種目で必要な物を受け取った僕は彼と別れ本校舎生徒の応援席から少し離れたE組の応援席に戻ってきた。
途端に視野が広いのか、一番に僕に気づいた赤羽業が手を取り2つ空いてる席へと僕を案内する。
「せっかく100mで神崎さんが一位とってたのに。すごかったんだよ、本校舎の奴らまで絶賛してて」
もしかして一度聞こえたあの歓声はそれだったのかな
僕に確かめる術はないから笑って返しておく。
「おーい!カルマも200出んだから準備しろー!」
学級委員でもあり、赤羽業同様次の種目に出る磯貝悠馬が声をかけ、不本意そうながらも赤羽業は僕から離れ、ずに顔を近づけてきた。
「絶対一位とるからちゃんと見といてよね!」
『ああ、わかったよ。君の晴れ姿を色褪せぬ思い出となるくらいにまでしっかりと僕の記憶に残すために見ると約束する。
だから怪我はしない程度、頑張ってね赤羽業。応援しているよ?』
返答に満足いったのか赤羽業はまた後でねと上機嫌で磯貝悠馬のもとに向かう。
どこらへんで機嫌が向上したのかはよくわからないが少し離れた位置にいる中村莉桜と殺せんせーが笑顔で親指を上に立ててるから僕が一因のようだ。
100m競争も終わり出場メンバーであった生徒達が帰ってくる。
うちのクラスから五人、そのうちの一人である堀部イトナが僕の隣に座った。
「清水、お前いなかっただろう」
『ああ、少し呼ばれていてね。どうやら僕は開会式の選手宣誓の言葉で少々間違いをおかしてしまったらしい。以後気をつけるようにとの注意だったよ。
それとお疲れ様、堀部イトナ。』
もっともらしいことを言えば納得したのか堀部イトナは話を引きずらず次に移した。
「ありがとう。俺は結局三位だったが後のためにはこれぐらいでよかったのかもな。この次わかるか?」
大きな瞳に僕の顔を映す彼。
記憶を探って口を開いた。
『次に君が出るのは僕と一緒に借り物競争だ。今行っている200m走、更に障害物競争と400m走を終えた後だよ。
もし君さえ良ければ僕は借り物競争まで出場種目はないから僕と一緒に時間になったら集合場所に向かうかい?』
目線を合わせれば堀部イトナは構わないと頷く。
「あ、カルマくん!がんばれー!」
ふと潮田渚の声に気づき顔を上げる。
僕が気づかない間に次は赤羽業の走順だったようでスタートラインに並ぼうとしていた。
パチリとふと顔を上げた赤羽業と視線 が合う。
大声を張り上げるような柄ではないとわかっているから片手を上げ、往復させれば赤羽業も同じように振り返してみせた。
僕は約束通り記憶に残すためにグランドを見据える。
ぱんっと音とともに飛び出した赤羽業は最初から最後まで首位を譲ることはなくゴールテープを切った。
障害物競争では茅野や原さんが思わぬ形で暗殺の成果を見せ好成績を残した。
400m走では木村くんや前原くん、磯貝くん、片岡さんといった運動神経のいい面々が活躍するも、本校舎の陸上部とかに押され一位は逃した。それでも健闘し二位、三位という成績を残して僕らE組に対する周りの表情が変わる。
そして、第四種目である借り物競争が始まろうとしてた。
「し、清水先輩ー!!!」
「相変わらずかっこいい…」
「きゃー!清水くんがんばってねー!!」
「にゅにゃ!なんですかこの声援!」
「わっ、清水ってこんな人気なの?!」
「この学校は…清水はなんなんだ…」
まだ始まってもいない、入場しただけなのに清水くんに気づいた学年問わず女子が声援を上げて殺せんせーやビッチ先生、はては烏間先生まで驚きを見せた。
さすがの僕もここまでだとは思ってなくて、それはE組のみんなも。
「一位って信じてんよー!」
「陸部にまけんなー!」
ファ、ファン、増えてない?清水くん?
声援に清水くんは嫌な顔することなくにこりといつもの笑顔で手を振り返し、それにまた歓声が湧いてた。
「これは今年の借り物競争盛り上がりそうだ!
もちろんA組たちにも頑張ってもらいたいですが今回の目玉といえばやはり彼!
さすが我らが椚ヶ丘中学の王子と名高い清水昴!歓声からもわかる通りなんといっても人気がすごいっ!がんばれ清水!」
女子だけじゃなくて男子も声をかけてて、しまいにはアナウンスまでが応援し始めた。
「清水ー!イトナー!がんばーっ!」
「負けんなよー!」
負けてられるかとみんなも声を上げればイトナくんと清水くんは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
ぱんっと響く音で第一走者が行く。
イトナくんは第二、清水くんは第四走者だ。
この種目、上位成績を取るには足の早さだけじゃなくてお題の書いてある紙の内容とその物をいかに早く見つけて借りてくるかが鍵になる。
ぱんっと音が響いてイトナくんが走り始めた。
イトナくんは二番目に紙を取りお題を見てから頷いてこっちに迷わず走ってくる。
「イトナ大丈夫か?!」
近寄ってきたイトナくんに吉田くんが聞けば問題ないと返してビッチ先生の手首を掴んだ。
「え?」
「こい。」
呆けるビッチ先生を掴んでイトナくんは走りだす。
ヒールのビッチ先生は走りづらそうでそれもあってかイトナくんは二番目にゴールした。
「おおっと!なんと二番目に帰ってきたのはE組の堀部イトナだ!なんと金髪の美人先生を連れている!
さぁ!お題を見てみましょう!」
訳もわからず連れて来られたビッチ先生は司会の美人との言葉に機嫌を直した。
お題確認担当の人にイトナくんは紙を渡す。
紙を見た担当者はお題とビッチ先生を見比べて手をクロスした。
「イトナぁぁぁあ?!!」
みんなの声が一斉に響いて、イトナくんは不思議そうに首を傾げた。
「なんと借り物があっていなかったようです!
堀部くんのお題を確認してみましょ…う………?」
担当から紙をもらった司会は首を傾げ、さっきの担当と同じくお題とビッチ先生を見比べてた。
「え、えーと、ごほん、堀部くんのお題は賞味期限の近いもの!でした?
残念ながら堀部くんは借りれなかったので失格です!!」
ああ、なるほど
僕も含めみんなが思わず納得してると怒り心頭で帰ってきたビッチ先生に思いっきり睨まれた。
第三走者はイトナくんのような勘違い?をする人もいなくて、第四走者になる。
「第四走者は1レーンから陸上部河内くん、バスケ部木下くん、サッカー部三谷くん、我らが王子清水くん、陸上部中越くんです!」
なんか清水くんだけ肩書おかしくない?!
「、清水の相手、足速いやつばっかじゃねーか」
顔をしかめたのは声を上げた寺坂くんだけでなくみんなで、走者は抽選のはずだけどこれは絶対仕組まれてるなと思う。
「清水くーん!!!」
「清水がんばー!!」
再び上がる歓声に負けじと僕らも応援。
清水くんは今度は手を振り返したりすることなくクラウチングスタートの姿勢に入った。
ぱんっと音が響く。
一番に飛び出したのは清水くんだった。
「ちょおおおお?!清水はやっ!!」
「陸部のやつの前走るとかどーなってんの!?」
「まさか清水が陸上にも秀でてたとは…」
「にゅ、にゅるふふ、わ私の目にく、狂いは…」
驚いたり歓声をあげたり、外野を気にすることなく清水くんは100m走りきって一番に紙を取った。
清水くんがお題を確認する。
周りが異様に静かだ。
「ごくり。一番についた清水くん、今お題を確認しました…一体何を借りにくるのか…っ!」
清水くんが顔を上げ、喧騒が帰ってきた。
二番手、三番手の人たちもついてお題を確認しはじめる。
清水くんが周りを見るかのように目線を動かして、こちらにまっすぐ向かって走り始めた。
「うえええ!?清水くる!」
「な、何借りに来るんだろ?!」
ワタワタし始める皆を他所に清水くんはすぐ目の前に現れてまだ不貞腐れてるビッチ先生の前に立った。
『お手数ですがイェラビッチ先生、僕と一緒に来ていただけませんでしょうか?』
「い・や・よっ!」
「「「「おいこらビッチ」」」」
みんなが殺気立ちビッチ先生がぶるりと身震いして、清水くんは笑顔を崩さずに膝をつく。
『お願いです。どうか僕と一緒に来てください』
まるで王子様がお姫様を口説きに来たみたいだ。
ううっとビッチ先生は身動いで罰が悪そうに顔を逸らす。
「あ、足痛いからもう走りたくないの」
「「「「靴脱いで裸足で走れやぁぁぁ!!」」」」
「いやよーっ!」
みんながビッチ先生のヒールを奪いとろうとすると清水くんがふふっと笑った。
「しみ、ず…?」
気づいた皆、ビッチ先生は目をまん丸くする。
素で、本当に楽しそうに、清水くんが笑ってる…
僕達は言葉を失って、清水くんは一度下を向きまた上げると表情をいつもどおりに戻して笑った。
『先生、失礼いたしますね』
「ちょっ!」
清水くんは先生の膝裏に片腕を通して、もう片方背中に回す。
「?!」
こここここれは!!!
『少しだけ、僕に借りられてください、先生』
「っっ!」
立ち上がった清水くんはビッチ先生をしっかりと抱きかかえて走りだす。
「し、し、清水のお姫様抱っこだとおおおおおおお!!!!??
彼は本物の王子様なのか!!!??」
司会だけじゃなくグラウンドにいる人全員が何かしら叫んでまさに阿鼻叫喚ってやつだ。
風を切る清水くんは揺らさないようビッチ先生に配慮してかさっきよりは控えめに走ってる。
はっとして他の走者を見れば観客が清水くんに釘付けで(いいのか?)まだ借りられてない。
清水くんがゴールテープを切ると同時にぱんっと音が鳴った。
『強引でしたし急いでいたので揺れましたよね。すみません僕のような者が抱えてしまって。今降ろしますね。』
降ろされたビッチ先生は両手で顔を抑えてしゃがみこむ。
たぶん珍しく先生は真っ赤なんだろう
清水くんは気づいていないのかお題を担当に渡してる。
担当の人はさっきのイトナくんのを確認した人で怯えながらも中身を見てからビッチ先生を見て首を傾げる。
清水くんは不思議そうにしてからビッチ先生を見て、未だ顔を隠したいのか下を向いてる姿に合致したと笑って先生の肩に手をおいた。
なにか口を動かしてから開いてるもう片方の手を頬に添えて先生の顔を上げる。
ここでまた絶叫タイム。
ぱくぱくと口を開け閉めしてるビッチ先生は真っ赤、清水くんは振り返って同じく赤面してる担当にね?と笑いかけ、担当の首が取れるんじゃないかってくらい上下に揺らさせた。
「おおおおおお題が認められました!
一位は清水です!!
やってくれました!やはり彼は王子だったぁぁぁぁぁ!!!!」
周りは一位を取った清水くんへの賞賛と羨む声で埋まる。
「因みに清水が借りてきたのは先程の先生ですね。お題は…綺麗or可愛いもの…?そ、その心はっ」
ぱっと清水くんにマイクが向けられる。
清水くんは笑顔を崩さずに口を開いた。
『僕はこのお題を見てイェラビッチ先生しかいないと思ってね。
…―ほら、君も見てご覧よ荒木鉄平、本当に澄んだブルーアイだと思わないかい?』
補足すると、周りのみんな僕達のみならず本校舎の人たち全員が最初の方に耳が行っちゃって最後まで聞き取れたのは司会と僕とイトナくんとあとはほんの一部だけだった。
伝説をつくった清水くんはそのまま流れて次の種目800mでも一位をとってきた。
「「「「清水(くん)!!!」」」」
けど清水くんは帰ってきて早々にみんなによるお説教が始められて、なんだか可愛そうにも思う。
今、クラス対抗リレーに出てる人たちがいないのが清水くんにとって救いだといい。
クラス対抗リレーは3-Aが一位を取って行って午前の部は終了した。
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