暗殺教室
「みんなそれぞれ悩みあンだよ、けどそんな悩みとか苦労とかわりとどーでもよくなったりするんだわ
俺等んとこでこいつの面倒見させろや」
それで死んだらそこまでだろ
そういった寺坂竜馬は気絶している堀部イトナを引きずり、吉田大成、松村拓哉、狭間綺羅々を後ろにひき連れ、その吉田大成と松村拓哉は僕の腕を片方ずつ掴み歩き出した。
『して、なぜ僕はなんの事情も説明されていない寺坂竜馬に続いていったなんの事情も知らないであろう松村拓哉と吉田大成に確保されたかのように両腕を掴まれて連行されてしまったのだろう。せめて声掛けしてくれると僕としては混乱せずにすんだんだけど。
まぁ、説明されようと説明されなかろうと、連れて行かれようと連れて行かれなようと、僕は先頭を歩いて行ってしまった寺坂竜馬が引きずっている堀部イトナにこのバンダナを渡さないといけないんだよね。そのまま放置するよりは悪あがき程度でもあったほうがいいだろう?
それはそうと寺坂竜馬、そろそろ堀部イトナを離してあげてはどうだい?首元が閉まっている、せっかく目を覚ましているのにまた気を失ってしまうよ』
「最後の最初にいえ!」
僕が言わなくても後ろにいる狭間綺羅々は気づいていたようだけど、気づいていなかった松村拓哉は慌てて寺坂竜馬から堀部イトナを救出していた。
いろいろな意味で目覚め立ち上がった堀部イトナは歩きだそうとしてふらつき、やはり二歩、三歩と歩く度にまた、ふらふらとしている。
『堀部イトナ、これをつけてもらえるかい?気休め程度にはなると思うよ』
数度目のふらつきの末に躓いた堀部イトナを支え、バンダナを頭につけた。
先ほどまで堀部イトナを捉えていたチタンワイヤーを対殺せんせー用の特殊繊維で包んである縄を手持ちの薄いタオルを縫い合わせたバンダナは採寸しなかったけれどずれたり落ちてくることなくなんとか堀部イトナの頭にとどまってる。
ふらふらと歩く堀部イトナのすぐ斜め後ろに寺坂竜馬が歩き、その後ろを吉田大成、松村拓哉、狭間綺羅々、少しあけて僕、少し離れた場所から心配そうに様子をうかがうE組の面々がついてきていた。
「…さて、おめーら」
神妙な声色を出し振り返った寺坂竜馬に僕以外の面子は息を呑んだ。
「どーすっべこれから」
吉田大成、松村拓哉、狭間綺羅々、更には聞き耳を立てていたE組生たちも表情を崩した。
「考えてねーのかよ!」
「うるせー!四人もいりゃ何か考えあんだろーが!」
少々人任せなきもしなくはないね。
まわりが呆れたり驚いたりするなか、笑っていれば狭間綺羅々が松村拓哉宅の生業であるラーメン屋に行くことを勧めた。
ずるずると音を立てて麺をすすった堀部イトナにカウンターを挟んだ向かいにいる松村拓哉が笑いかける。
「まずいだろ、うちのラーメン。親父に何度言ってもレシピ改良しやしねぇ」
「……マズイ。おまけに古い」
黙々とラーメンを食べるかと思いきや、堀部イトナは更に講評を続けた。
「手抜きの鶏ガラを科学調味料でごまかしてる。トッピングの中心には自慢気に置かれたナルト、四世代前の昭和ラーメンだ」
「よ、よく知ってる…」
わかりやすくがくりと項垂れた松村拓哉に息を吐いた寺坂竜馬。
次は吉田大成に堀部イトナが渡った。
項垂れたままの松村拓哉の肩を叩き、上げられた表情を見る。
「イトナのやついってくれんじゃねぇか!やってやんよ!」
要約されているものの、彼は堀部イトナの言葉に闘志を燃やしているのだろうね
「応援よろしくな!」
頭に巻いていたバンダナを外して僕を見上げた松村拓哉に言葉ではなく笑みのみを返して外から僕達を呼ぶ声に従って外に出た。
後ろからは不安そうにこちらを見守っているE組の面々が見え隠れしている。
前を連れられて歩く堀部イトナには、まだ変化は見られない。
特に行き先も告げられずに向かったのは吉田バイク店だった。
狭間綺羅は「モンテ・クリスト伯」という復習小説を薦め寺坂竜馬に止められた。
堀部イトナの心の闇を育てようということらしい。
一度、僕も読んでみようかな。
「お前はないのかよ、清水」
当然といえば当然の流れなわけだけれど、僕にまで役目が回ってきてしまった。
吉田大成に言われ顔を上げれば、まっすぐ僕を見据える堀部イトナがいていつもと同じく笑みを繕って口を開く。
それよりも早く、ふらふらと足を運び近づいてきていた彼の顔が目の前に入り込んで口を噤んだ。
息がかかるような至近距離に一瞬、誰か認識するのに遅れを取る。
「お前みたいな人間が何故こんなところで燻っている?力があるくせに、理解ができない」
丸く大きな瞳は初めてあった頃と比べ疲れからか濁っているように見えた。
彼が何を知っているのか僕は知らないし、知る気もない。
大方シロと呼ばれていた人物から一通りE組生徒のプロフィールを叩きこまれている堀部イトナは、僕をどう捉えているんだろう
「お、おい、イトナ?」
寺坂竜馬たちの声と松村拓哉によって距離をおかされた堀部イトナは変わらず僕を見てる。
なんとも不思議な人間だ
『…堀部イトナ、君が僕のなにを見て評価しているのか僕自身は計りあぐねている。最初に言っておくけど僕は君に何かを教授したりできるほど偉くも、君の期待に答えられるような崇高な人間でもない、ただの一人の人間だ。人のことを、して、クラスメイトのことを知るのになにも面接のような第一印象や限られた時間の中で把握する必要はないと思うね、少なくとも後七ヶ月、卒業まで残されているんだ。誰かのことを知るのに十分かどうかはわからないけれど、時間はあるだろう?それまで僕の評価は控えてもらえると嬉しい。
さて、話は変わってしまったけど僕から君になにかあげられるものが特に思いつかないんだよね。松村拓哉や吉田大成のように実家がなにか営んでいるわけでもないし、狭間綺羅々のように博識でもない…そうだね、ひとつ思うんだが君は勝つことを使命としている節があるようだけど、疲れないかい?』
まっすぐ僕を見たまま話を聞いていた堀部イトナは問われて眉を寄せた。
「質問の意味が理解できないな…なぜ勝つことを求めるのが疲れるんだ」
愚問ということなのか訝しむような目が向けられる。
先ほど聞かされた彼の生い立ち、家族構成、それらゆえに欲される力は歪だが間違ってはいないと僕は思っていた。
『君の力を得る目的はなんだい?一般的に言うならば周りの小賢しい連中を黙らせるため?見下してきた奴らを後悔させるため?そんな奴らはどれだけ君が強くなろうと勝利しようと、そいつらの精神の底から叩き折って潰さない限り変わらず囃し立てるだろう。ああ、過去の弱い自分と決別するためなんていうのも考えられたね。どれにしてもだけれど、どれだけ強くなろうと自分をぬりかえろうと作り変えようと過去は一生ついてくるものさ。完璧に消したつもりでいても誰かが覚えていて、露呈する。どれだけ力を持とうと根底が変わらなければいつまで経っても君は君のままだ。まぁ、証人をすべて消して回れるのもそれはそれで一つだろうけど…現実的に考えて無理だろう。それならば力を手に入れて勝利に固執することはひどく滑稽で無駄なことだとは思わないか?別に君が勝利するためにどんな手を使おうと、力を手にするためどんなことをしようと勝てばいい世の中なんだから否定はしない、僕も同じだからね。…勧善懲悪の思考や世間一般のヒーローなんてものが正しいというのならば僕は喜んで悪を目指す。ああ、勘違いはしないでもらいたいけど、だからといって犯罪とか法に抵触することを推奨しているわけではないからね?
また話がそれてしまった。僕が何を言いたかったのかというと、君が固執しているその勝利はそれだけ意味のあるものなのかい?今まで君のしてきたことを否定するわけではないけど君が自分をなくしてまで得るべきものなのかなそれは。堀部イトナ、君はひどく敗北を恐れているようだけど一体どこにその意味がある?綺麗事なんて言われるだろうけど君が忌み嫌う負けることで得るものだってあるんじゃないのかな?どんな創作物の主人公だって一度や二度は負けるものさ。一回で勝てるなんてことありはしないのさ、負けたからこそ綿密に策を練りなおして挑み勝つんだろう?そうやって活路を見出していけるから、思考できるから強いんだよ、人間っていう生き物は。
君に足りないものは勝つためのビジョンや力じゃない、負けることを通して培われる経験、そこから講じるための思考力じゃないのかな?…―なんて、全部勝手な僕の想像と主張だから気にしないで構わないけどね』
「……………………長えよっ!」
言葉の終わりに合わせて投げつけられた寺坂竜馬の言葉に笑ってすまないと謝る。
堀部イトナは目を丸くしていて僕を見ていなかった。
確かに少し長すぎたのかもしれないね
「うっづ」
頭を押さえてしゃがみこむと同時に即席のバンダナが音を立てて千切れこちらに素早い物体が向かってきた。
縦に振り下ろされたそれを退いて避けそのままの勢いでまた飛んできたものを二、三歩動きながら避けて足を地につける。
ここが私有地で人気が少ない場所で良かったと思った。
「負けることで、得られるものなんて、あるわけない!っ俺は、適当にやってるお前らとは違う!」
『おや、随分と否定的だね。適当とは図星な僕はともかく彼らに失礼じゃないか、君はここまで一体何を見てきたのかな?』
返答の代わりに飛んできた触手は今までに比べ単調でスピードも劣り簡単に避けられるものばかりだ。
「うるさい!うるさいうるさい!黙れ!」
『…―まったく、言葉の通じないやつの相手は僕の仕事じゃないのに…』
三回、四回相手をしたところで一人逃げていない寺坂竜馬が視界に入った。
『そうだった、僕ばかり喋ってしまったけど君からも何か彼に言葉を送りたいんじゃないのかな?ねぇ、寺坂竜馬、あとは任せたよ』
「っ、清水っ」
肩を叩いて頑張ってねと笑えば触手の標準が自分に移ったことにかあとで覚えていろと睨まれてしまった。
数歩下がった場所からは堀部イトナと寺坂竜馬がよく見える。
突然の暴走にか隠れていたはずのE組の彼らも姿を表して成り行きを見守りながらもなにかあったのならば即座に対応できるよう柵を乗り越える準備をしていた。
「今すぐっ、あいつを殺して、勝利をっ」
あれが力を得た成れの果てだというのなら、一般的視点からはともかく僕はそんな強大すぎる力は欲しくないね
「イトナ、俺も考えてたよあんなタコ今日にでも殺してーってな」
真正面に対峙する寺坂竜馬の言葉が暴走している彼に届くかどうかは定かじゃない。
それでも堀部イトナの目がまっすぐ寺坂竜馬を見据えていて、わかっているのか彼は言葉を止めなかった。
「でもな、テメーにゃ今すぐ奴を殺すなんて無理なんだよ――無理のあるビジョンなんて捨てちまいな、楽になんぜ」
逆鱗に触れてしまったのだろう、自分の意志で横から叩きつけるようにしならした触手が寺坂竜馬の腹部に向かう。
「っ、二回目だし、弱ってんから捕まえやすいわ、吐きそーなくらいクソいてーけどな」
彼は予想していたのか受け身を取りながら触手を捕まえた。
足と肘で押さえ込んだ触手は度重なる暴走とメンテナンス不足からかそれ以上暴れることもない
「吐きそーといや、松村ん家のラーメン思い出したわ」
「ああん?!」
「あいつ、あのタコから経営の勉強奨められてんだ、今はマズイラーメンでいい、いつか店を継ぐ時があったら新しい味と経営手腕で繁盛させてやれってよ。吉田も同じこと言われてた、いつか役に立つかもしれないって」
抑えこまれてた堀部イトナは虚ろげながらも寺坂竜馬の話に耳を傾けていた。
空いている方の右手を振り上げた寺坂竜馬。
「なぁイトナ、一度や二度負けたくらいでグレてんじゃねぇ、いつか勝てりゃあいいじゃねーかよ!」
真上から頭頂部を殴打された堀部イトナは顔を上げ彼を見る。
柵越しにいた殺せんせーが乗り越えてこちらに近づいてきているのが見えた。
「タコを殺すのも今殺れなくていい、100回失敗したっていい3月までに1回殺せりゃそんだけで俺達の勝ちよ!」
聞いているE組の彼ら誰も晴れやかな顔で耳を傾けてる。
もう危機は去っていて僕もまぶたを一度おろした。
「親の工場なんざそんときの賞金で買い戻しゃ済むだろーが、そしたら親も戻ってくらァ」
単純で打算のない、直球な言葉は曲がりくねった思考の人間を変えるきっかけになる。
「……耐えられない…次の勝利のビジョンができるまで…俺は何をして過ごせばいい」
視線を向けた先では堀部イトナが迷いを隠せずに小さな声で呟いていた。
「はぁ?今日みてーにバカやって過ごすんだよ!そのために俺らがいるんだろーが!」
言い放った寺坂竜馬の後ろで笑った松村拓哉、吉田大成、狭間綺羅々。
堀部イトナは目を丸くしたから視線を落とした。
だらりと力が抜け地面に落ちた触手。
「………俺は、焦っていたのか」
「―だと思うぜ」
脅威も緊迫も去った空間に誰もが息を吐き笑む。
「目から執着の色が消えましたね、イトナくん。今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます。大きな力の一つを失う代わりに、多くの仲間を君は得ます」
近づいてきた殺せんせーの触手にはピンセットが数個持たれ光にあたって銀に反射していた。
「殺しに来てくれますね?明日から」
視線が上がり、今まで見ることのなかった表情が照らされる。
疲れてるのか儚げに笑んだ表情はなにもかも吹っ切れたように見えた。
「勝手にしろ、この力も兄弟設定も、もう飽きた」
早いほうがいいのか殺せんせーはピンセットを堀部イトナの頭の上で動かしていた。
誰一人としてその様子を眺めているのはようやくクラスメイトになる彼を待っているのかもしれない。
「…―清水」
名前を呼ぶ声に顔を上げれば触手の残骸が敷いたブルーシートの上に置かれバンダナを巻いた堀部イトナが僕を見てた。
「―お前、意外と口が悪いんだな」
はて、なんのことだろうか
首を傾げてみせれば周りにいた赤羽カルマや潮田渚、寺坂竜馬たちも納得がいったのか頷いて見せてる。
「小賢しい連中を黙らせる」
「見下してきた奴ら」
「精神の底から叩き折って潰さないと」
「言葉の通じないやつとも言ってたよねー」
妙な連携プレーで並び立てられる言葉たち。
思い返せば確かにどれも僕の吐き出した言葉だ。
一語一句違わずに覚えているなんて彼らも記憶力がすごいんじゃないかな
「ていうか清水くんってけっこう奥深いよね」
「奥深いっていうか、腹黒いっていうか」
フォローがフォローになっていないよ、茅野カエデ?
いたたまれない空気になり始めいつ退散しようかと視線を巡らせれば前に立った影が視線を戻させた。
「さっき、時間が長くあるっていったな。…―清水…俺はお前のことを知りたい、だからこれからは覚悟しろ」
まっすぐ向けられた視線と言葉に、堀部イトナに向けられる視線がなにかが混ざる。
彼にかける言葉を間違えたかもしれない
「堀部糸成、イトナでいい、よろしくな」
答えることはせずにまた笑うことしかできなかった。
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