暗殺教室



ああ、苛つく


「はぁ。昴…もう少しさ…、ねぇ、楽しむのやめたらどうなの」

清水くんの向かいに立ち、たしなめるようで諦めているみたいな、すべてを理解してるかのように会話をする浅野。

『そう楽しむなと言われてもね、仕方ないとしか言いようがないんだよ。僕は全力で楽しむためだけに今をいるといっても過言じゃない。この状況下を楽しまずにどうしろというんだい?ああ、決して僕が楽観的とかなわけではないよ。ただ愉快でしかたないんだ。本当に。どうしてこうなったのか経緯を思い出すだけでも楽しくてしかたない。偶然もここまで重なると奇跡を通り越すね。少し怖くも思うけど運命の悪戯というやつかな?じゃないと誰かに仕組まれた以外にないだろうね。それはそれで君を見事嵌めた人物を拝んでみたいよ。
そんなしかめっ面していないで君ももう少し楽しんだらいいんじゃないかな浅野学秀?
ほら、笑ってみてよ』

床に座り込み、壁に背中を預けてる普段と同じ不敵ですべて見透かして達観してますみたいな笑みを浮かべた清水くんは浅野に笑顔を強要する。

多分、浅野は不機嫌そうに寄せてる眉間の皺をもっと濃くして「無理に決まってるだろ」とあしらった。


ああ、腹立つ






清水くんと本校舎に来たのは前にした資料室の整理の話が関係してた。

とりあえずあのセンセイはもう教師やめたらいいと思う。

新たに押し付けられたのは資料室…じゃなくて第二図書室の整理だった。

第二図書室っていってもただ別館風なだけで別の場所にあるわけじゃない。ちょっと奥のほうにあって置いてある本の種類もマニアックで人があんまこない。教師も見回りにこないそこは絶好のサボリスポット。

だから司書の目もあまり届いてなくてタイトルが五十音順に並べられた本の順番は『う』の次に『ら』とか『に』の隣に『け』とかぐっちゃぐちゃで。前回の資料室整理を押し付けてなにかいちゃもんをつけようとしてたセンセイはリベンジとばかりにここの整理を押し付けてきた。

大方、ここの司書であるちょっと、ほんのちょこっと周り(推定書士年齢層平均48前後)よりも若い女性司書に頼まれたことで張り切ったってのもあるんだろう。外面だけはいいし

こっちはいい迷惑なんだけどね

「清水くーん、休憩しよー」

二時間くらい背表紙を見続けて一冊一冊厚く重い本を十冊くらい一気に持って梯子を登ったり降りたりしてたらなんか無駄に疲れてきた。

梯子を五段分登って本を棚に戻していた清水くんは手に持ってる最後の一冊をしまって降りてきた。

『そうだね。僕も流石に疲れてきたよ。もう二時間ずっと作業していたんだね。全然気づかなかったんだがまぁ、それだけ没頭し仕事をしていたってことかな。それでも半分終わっていないということがとても腹立たしいけれど時間に制限はないしゆっくりやろうか
それにしてもここは本当に人が来なくて静かだね。確かに隔離されているようにも見えるし見回りの司書も全く現れない。順序も酷いものだし職務怠慢だと告げ口でもしてやりたいよ』

俺の隣に並んでふぅと息を吐いた清水くんは、珍しく長いワイシャツの袖を六分丈ぐらいまで捲ってて適度に筋肉のついてる触ったらそれなりに固そうな腕が見える。 作業するのに邪魔だったみたいでネクタイも外してポケットに押し込んでたしいっつも第一ボタンまで閉めてる首もとは第二まで開いてて動く度に鎖骨がちらちらと見えてた。

思わず喉を鳴らして唾を飲みたくなる。

「……なんか清水くん滅茶苦茶エロいね」

だから俺は笑って口に出してみた。

清水くんは一瞬固まったけどすぐに柔らかさに嗜虐心を潜ませた笑みを浮かべる。

『なんともストレートな言い回しで少々びっくりしたよ赤羽業。どこを指してそれをいっているのかよくわからないがとりあえずありがとう。と礼をいっておくことにするね』

俺の髪を撫でる清水くんは気づいていないフリが得意だ。

唇を尖らせ眉をひそめた俺を見て再び笑う清水くんの肩に手を置いて膝かっくんをしかける。

尻餅をついた清水くんの膝上に向かい合うように乗って笑う。

清水くんは打った痛みか眉間に軽く皺を寄せてたけど目線を合わせて「なにかな」と微笑んだ。

「本当エロいよね。腕とか、鎖骨とか、あと近づいてわかったんだけど、動いたから清水くんの匂いするね。いつもシャンプーの匂いなのに」

首筋に顔を近づけ見上げるとあおりの清水くんの顔があって、あとちょっと近づいたらキスできる。

背筋を伸ばして距離を縮めた。

「……清水く―…んっ?」

あと本当にちょっとでくっつきかけた。なのにぐいっと体が引き寄せられ後頭部に回された手が俺の頬が清水くんの胸元に押し付けられた。

同時にすぐ近くの壁からがっと固くて重そうな音が聞こえてた。

清水くんが軽く顔ごと目線を反対側に向けて笑った。

『…広辞苑第4版岩波書店から、たしか1992年に出版だったかな?君にそれをフルスイングで投げるほどの腕力、おまけに僕が彼を引き寄せなければ直撃するほどのコントロール力の持ち主だったんだとは知らなかった。壁が凹んでいるんだけど、これ当たったら間違いなく打撲じゃすまなかったよ。何が君の気に障ったのかは知らないけど少々危ないよね。
それにしても君広辞苑なんて借りて何していたんだい?いや、文字を調べるとかそういったことを聞きたいんじゃなくてね、どちらかというと経緯を知りたいんだが…というか…うーん、本当に凹んでいるね壁…これ僕たちのせいになりそうだな…これは勿論僕たちと一緒になにかいい言い訳を考えてくれるんだよね?』

いつもの余裕そうな声色だけど内容は凄い。

俺に広辞苑投げたやつ誰だよ

体を起こし相手を見ようかとも思ったけど左耳から聞こえる清水くんのゆるやかな心拍音と後頭部に回された手を剥がすことはできなくて脱力してた。

静かな図書室の中、清水くんの呼吸音と心拍音、相手の歯軋りが聞こえる。

「………で、何してるの」

たっぷりの間を置いて聞こえた声は最近聞いたような声で、あー、聞きたくなかったな

『見ての通り。D組の担任教諭にここの書物整理を頼まれてしまってね。二時間あまりの作業の末一息ついているところだ。全く、ここは人の手が入っていなくて時間がかかるね。まだ折り返しまでいけてないよ。 はたしてこれは閉館時間までに終わらせることができるのかな?
というか君はいい加減歯軋りをやめたほうがいいと思うんだ。折角綺麗な歯並びをしているのに歪んでしまうよ?浅野学秀』

「ふーん。それが休憩ね?いい加減にしないと次は六法全書投げるけど?」

投げられたいのか

もう疑問符はついてなくて相手は苛ついてるのを隠しもしないで声をかけてくる。

歯並びの件はシカトっぽいし次は六法全書とか痛そうだ

「参ったね、どうしようか?」と清水くんは肩を揺らし俺の頭を撫でた。

口調的に俺に拒否権はないみたいだから頭を持ち上げる。

離れ際にちらりと浅野を見たらすんごいいー殺気を放ってて殺せんせーがびびりそうだとか思った。

離れる俺をガンつけてた浅野は目付きはそのまま、投げられた広辞苑と凹んだ壁を見比べ笑ってる清水くんに視線を向ける。

「……ふーん。」

床に座り壁に凭れる清水くんを見つめ更に眉間の皺を濃くした浅野は六法全書とあとなんかもう一冊分厚くて重そうな本を持ったまま近づいてきた。

「休憩、ね」

ぐっと皺を寄せた眉間と殺意と憤怒の籠った目は結構鋭くて、座って笑う清水くんを見下ろしてる。

「ネクタイはどうしたわけ」

『整理作業をする上で邪魔になってね。積んだ本に挟まれてしまったり引っ掛かったりだとか色々と僕の足を引っ張ってくれるものだから外したんだよ』

「腕捲りもそうなんだろうけど、ボタン、なんで開いてるの」

『今日の君は質問が多いね?ボタンというのは前の物のことで良いのかな?それは作業していると動いていたものだから少し体温があがってきてね。暑いから二つほど開けたんだよ。よくクラスメイトや他校生でも開けているところを見るけれど案外首もとが楽になるものなんだね』

律儀に全部理由を言い返す清水くんにますます浅野は不機嫌オーラ全快にして今にも持ってる本を清水くんにぶん投げそうだった。

「ネクタイ」

笑う清水くんや傍観してる俺たちが答えるより早く、口に出すや否や浅野は本を横に置いて清水くんの上に股がりポケットからネクタイを引っ張り出した。

「君は、自覚あるから質が悪いんだよっ」

腹立たし気に清水くんの前ボタンを閉め鎖骨を隠すとネクタイをぎゅっときつく、しっかり上まで締めあげる。

営業とか接待にいくサラリーマンでもそこまで締めてないと思った。

微笑んでた清水くんも苦しそうにちょっと眉をひそめて息を吐いた。

『…ここまできつくされてしまうと少々苦しいんだが…まぁ、君がネクタイを締めてくれるなんていうのは珍しいからね。ほどかないでこのままにしておくよ。ありがとう浅野学秀』

自分に股がり膝立ちしてる浅野の少し高い位置にある顔を見上げ笑んだ。

所々二人が仲良いとかいうレベルじゃない意味が孕んだ気がする単語だの文だのが聞こえてるのに、俺はくっついてる清水くんと浅野を見つめ口を閉ざしてた。

さっきまであそこに俺がいたのにと思うと色にしたらきっと赤黒い感情が身体の中を暴れてる。

「自覚ありは計算でいいんだよね。今更これは天然だよとかいったら殴るからね」

まず自分で天然って言ったらもうそれは養殖だと思うけど

たしかに清水くんは計算高いって言ったら聞こえはいいけど打算的な面があるし、無自覚に見える好意は実際ほとんど、一割にも満たない行動以外は自分に好印象を与えるように仕向けた言動っぽい。

それが誰にでもわかるようにして、なのに好意を持たせるのは清水くんの技量とか人柄だ

「…てかさ、浅野クンいつまで清水くんにくっついてんの?」

清水くんは面白くて、同時に狡猾で不思議な人間だと結論づけてる。

俺を完璧に無視してた浅野はちらっと視線を向け口角を軽く上げて見せてきた。

それがなんか俺への勝利宣告みたいな、下に見られたみたいな意味合いに見えていらっときた。

「…僕が下なわけないからね。それより昴。歯軋りを毎回指摘してくるけど9割以上は君が関係してるんだからいい加減にしてよ」

最初の一文だけ俺に宛てられてて、残りはむっとしながら清水くんを見つめて言ってた。

めっちゃくちゃ腹立つ

やっぱり浅野は相容れないと感じた。もとから仲良くするつもりなんて一欠片もないんだけど

『その残り1割弱は浅野學峯理事長かい?たしかに君の歯軋りしている理由は僕が絡んでいることを否定できない。けれどそれは難しい話だね、僕は普通に日常生活を送っているだけなんだからそれを変えるというのは全国模試で下から四番目を狙い撃ってとるくらいに難しい。
そういえば浅野理事長とは仲直り。というと語弊があるね、最初から違っていたわけじゃないんだから。あの後から話をしたのかな?君達親子は本当に似た者同士だから話していない気がしたんだよ。未だに家の中が殺伐としてそうだ。
逸れてしまったが、本音を言うと僕は君のあの表情が嫌いじゃないんだ。質が悪いとまた言われそうだが好きなんだよ。ああいった人間らしい本性の隠しきれていない表情を見るのは。でもそれで君の歯並びに支障が出てしまうのは考えものではあるね。少し僕も考えてみるよ』

浅野の問いに清水くんは何時も通り笑って、何故かよく知った様子の家庭内の話も混ぜて浅野の頭を撫でた。

腹立つとか、そういう域じゃなくなる。気が狂うとまではいかないけど嫉妬で目の前が見えなくなりそうだ。

ぱんっと音が辺りに響いて、目の前が暗くなった。

正確に言えば電灯の消えて暗い中、ブラインドから微かに射し込む夕日の明かりだけが僕たちお互いの場所を確認させている。

『ん?』

「は?」

「え」

清水くんは余裕混じりに、
俺は腹立たしげに、
浅野は驚愕で思わず、
大きくなくて、溢れでた三人分の呟きは静かな館内でよく聞こえた。

呆ける浅野と嫉妬が引いて苛立ちと興醒めた気持ちが同居する俺が黙る中、多分この中で一番冷静でいち早く状況を把握したであろう清水くんの笑い声が鼓膜を揺らした。

『これは…そんなことがあるんだね。流石に僕も笑いが止まらないよ』

大層愉快そうで聞こえる圧し殺せなかった清水くんの笑い声はレアだ。

「……まさかとは思うけど、これって…」

笑いだした清水くんの声で我に返った浅野が状況を把握し多分眉をひそめた。

「はぁー…ここの司書仕事しなさすぎでしょ」

結論にいたってしまえば俺もちょっと笑ってから息を吐いた。

『さて、どうしようか』

さっきよりも少しだけ笑いの収まった清水くんがそれでも楽しそうに俺たちに問いかける。

「確か監視カメラがついてないんだよねここ。彼奴何こんなところで手を抜いてるんだよ」

「俺、携帯の充電切れちゃってて使えないや」

『この様子では司書も帰ってしまったようだ。僕も今日は携帯の調子が悪くて修理に預けてきてしまったんだよね。修理に出さなくても電源が入らない携帯を持ってきても意味はなかっただろうが。監視カメラについては僕も同意だが浅野理事長を恨んでもしかたがないだろう。実際ここは人の出入りはないに等しくつけるに値しないんだろうから。一番は司書の怠慢具合が顕著なことだがこれはおいおい考えようか。』

まずはこれからのことを考えよう

笑いながらじゃなきゃ決まってたと思う台詞を清水くんが言う。

俺はポケットに手を突っ込んで壁に隣接してる本棚に寄りかかり、浅野は腕を組み見えていないから不確かだけど難しい顔をして策を考えてる。清水くんは時折肩を揺らし笑い、座り込んだまま壁に凭れてた。




「このままここにいても自体が好転することはないな。開いていないだろうけど僕は図書館の出入り口を見てくるよ」

楽しそうな清水くんにちょこちょこ怒りながら浅野は息を吐いて組んでた手を下ろした。

「じゃ、俺は開きそうな窓とかついてる監視カメラ探しにいこっかな」

弾むように背中を浮かせ真っ直ぐ立ち、預けてた体重を戻す。

『それならば僕は館内を見回ってこようかな。よくある図書館…学校なのだから図書室の怪てきなものに出会えるかも知れないし。本が飛ぶだとか指定席で永遠と本を読んでいる学生だとか。』

「「待って。そんなのあるの?」」

声を弾ませた清水くんが立ち上がると同時に俺と浅野の声が被り、気づいた俺達は一瞬睨みあってから清水くんに視線を向けた。

『さぁ、どうだろうね。僕自身怪異になんて巻き込まれたことがないからわからない。だがよく聞くだろう?学校の怪談とかで。図書室に置いてある本には人の意志が残っていたりだとか長く大切にされた本や物が付喪神になるなんて有名だし酷く扱われた本の残滓が…』

何故か楽しそうな清水くんが嬉々と話し出したところで俺が清水くんの口を押さえ、浅野が腹にエルボーかなにかを喰らわせた。

鳩尾には入らなかったみたいだから長引くような痛みはないみたいだけど噎せた清水くんは俺達を見て笑う。

『…これは僕の想像だから違ったら勿論否定してくれて構わないんだが……浅野学秀はともかく、赤羽業もこういった怪談話とか所謂怖い話がダメだったりするのかな?』

「…ふん、ちょっと昴?…いきなり何言い出すかと思ったら、何度も言ってるけど僕はそんなものを信じてるわけないだろう」

微妙な間をおいてから浅野が鼻で笑った。

「………、俺は得意じゃないかなー」

信じてないのに清水くんを黙らせるときの動きの早さは異常だった浅野に色々言いたいことはあったけど、飲み込んだ。

清水くんは「それは済まなかったね赤羽業。ここから出たらお詫びに何かするよ」と笑う。

浅野がまた殺気だった。

「…清水くんがジェラート食べいくの付き合ってくれるならいーや。大丈夫」

笑って見せれば清水くんも多分いつもみたいに笑って俺の頭に手をのせ髪をすいた。

『それでいいのならいくらでも付き合わせてもらうよ。
さて、そろそろ探索しにいこうか』

手を下ろした清水くんは笑い一歩進んだ。

歯を軋ませた浅野と俺も仕方なく歩き出す。

真っ暗、ちゃんと言うなら少し窓から射し込むもうオレンジより紫に近い光だけが照らす誰もいない図書館は不気味だった。

ちょいちょいついてる非常口案内の緑色がまた恐怖心を煽って、俺は監視カメラと窓を点検してさっきまでいたところに足早で戻る。

窓はガラスが嵌め込み式で開かないみたいだし、数少ないついてる監視カメラは作動してなかった。

戻ったら浅野と清水くんが世間話みたいのをしてて距離が近かった。

腹立つから清水くんの隣に肩がくっつく距離に座る。

『おかえり赤羽業。』

「うん。ただいま清水くん」

挨拶を交わすと浅野から視線がきたけど俺は忙しいから見ない。

二人で仲良くこんなところで話してるとこを見ると成果はなさそうだ。

「こっちも窓は駄目。監視カメラもついてないみたいだし」

「彼奴なんのためにカメラってつけるのか知らないのかな」

ため息まじりの声に思わず頷きかける。
たしかに図書室に監視カメラなんて馬鹿みたいにつける必要はないけどこれじゃ防犯の意味がないよね

外から射し込む光がオレンジからほとんど紫になってきてた。

『これはどうしたものだろうね。流石にここで一夜を過ごすなんていうことは避けたいな。コーヒー牛乳もそろそろ飲みたいし、君たちも僕と一夜を明かすのは嫌だろう?お腹も空いてくるだろうし、はぁ。どうしたものかな…』

さっきまでの笑いを消して少し真面目に話す清水くん。

俺の家は多分友達の家に泊まりいったんだろうって思われてそうだし、浅野と清水くんの様子からして俺と同じそうだ。

「んー、俺は清水くんと1日一緒って楽しそうだからいいけどね」

「は?君の思考回路どうなってんの。もういいから帰る方法考えたらどう?」

清水くんを挟んでもう一つ隣から侮蔑まじりの嘲笑が聞こえてきて思わず返してしまう。

「なに浅野クン。うざったいんだけど。別に俺は清水くんといるのはいいって言っただけじゃん。そっちこそその出来いい頭使って方法考えてよ」

「秀才に決まってるだろ、凡人とは違うんだからな。それに僕は言っただけのそれがふざけてるって言ってるんだ」

「よくそんな性格で友達いるよね浅野クン。ああ、浅野クンの回りにいるのは取り巻きだけだったかー」

「赤羽こそ。そんな口が達者だと相手が苦労ばかりしそうだね」

やっぱりこいつは嫌いだと互いが認識していると間に挟まれ黙っていた清水くんが急に立ち上がった。

体重を預けてた俺と浅野は支えをなくし、重さに体を傾けさせてお互いの側頭部をぶつける。

「ぃたっ」

「いってー」

『ん?ああ、これはとてもすまない。二人とも大丈夫かい?』

ぶつけた頭を擦る俺たちに清水くんは本当に悪気がなかったようでいつもの余裕な笑みは消えてる。

俺と浅野の頭を撫で瘤ができてないことを確認して安堵の息を吐いてた。

「昴、急にどうしたんだよ」

痛みは引いたけど俺との口喧嘩の名残か、不機嫌そうな口調で問いかけた浅野に対し清水くんは笑みを浮かべた。

『僕としたことが、今この図書室全体の構造を思い出していたんだけどね、よくよく考えたらここには図書室専用に個別の管理室があるんだよ。きっと本や置いているパソコンのために空調管理が必要なのと予約制システムのためだろう。一度彼処に用があってはいったことがあるんだが室内には職員室等の主要回線に直通する電話が置いてあるんだよね。鍵はあるけれどパスコード式で幸い目の前で入力してくれていたから僕は覚えている。防犯面においては不十分だが今回ばかりは助かったよ。勿論その電話は理事長室にもかかる。おそらくだが浅野學峯理事長ならばまだ学校に残っているだろうし職員室にも一人くらい誰かいるだろう。というわけで僕は連絡してきてみるから君たちは待っていてもらってもいいかな?』

最後に笑みは外から射し込む微かな外灯の光で鮮明に見えたけど有無を言わさないようなものが含まれてて仕方なく口をつぐんだ。

清水くんを送り出し、浅野と壁に寄りかかって吉報を待った。

ポケットに手をつっこみ足を広げだらけるように座る俺とは対照的に浅野は膝を立て頬杖をついてる。

清水くんまだかなー

よく時間を潰すのに天井のタイルを数えるとか聞くけど生憎高い天井に光は当たってなくてなにも見えない。 床はカーペットだから数えるものなんてないし

静かな図書室の中では音が聞こえない。
耳は悪いわけじゃないけど微妙に離れてる浅野の呼吸音なんて荒いわけじゃないんだから聞こえるわけがなかった。

だから無音が嫌で口を開いた。

「ねぇ、聞きたいことあんだけどさー」

「僕にはないよ」

「清水くんのことなんだけどさ、浅野クンって清水くんの友達なの?」

「さっき君が言ってただろ。僕の回りにいるのは取り巻きだけだって。昴は友達じゃない」

「うわー、まだ引き摺ってんだ。ふーん。友達じゃないの」

「君の方こそ、昴は友達なのかい」

「んー、友達じゃない?その内変えるつもりだけど」

「変えられないよ。君じゃ」

敵意や下心、いろいろなものが混ざった会話のなかでその浅野の声はなんだか真実味があってカクシンめいてた。

「なに根拠にそんなこといってんの?」

「さぁね。ただ、君は腹ただしいことに僕と似てて、昴と似てる。でも、君には僕とは根本的な違いがある。だから変わらないよ」

「ふぅーん。わからないのに随分言い切るじゃん。そんなの清水くん次第だしこれからどうなるかもわかんないのに」

「たしかに、全ては昴次第だよ。今後もしかしたら君と昴の関係は変わることがあるかもね。さっきのは可能性の一つだし、それも可能性の一つだ」

あっさり俺の話を可能性って言葉にし認めた浅野。

浅野はやっぱり清水くんのことをよくわかってるように見えたし、近いところにいるんだろうなと思った。

「俺としては清水くんと浅野クンの関係が一番不思議だけどね」

「不思議ってなにがさ」

「友達じゃないのにそんな近い理由とか、浅野クンが清水くんの傍にいることとか」

二つの不思議は似てるようで本質が違う。

ちらりと浅野が視線を寄越してきてまた元に戻した。

「そう考えたら人間関係なんて不思議だらけだ。言い出したらキリがないな。それに僕達が一緒にいることに理由なんてない。ただ気づいたらいるんだ」

「なにその運命ですみたいな言い方。腹立つなー。ま、清水くんは歩く禁断みたいな存在だし、俺もそうだからなんとも言えないけど」

禁断っていうか禁忌っていうか。清水くんの存在は本当に不思議だと感じる。
越えちゃいけないはずの一線を簡単に越えさせるのに決して自分には近寄らせない。

浅野いわく質が悪い。

俺からしてみれば面白い。

ぱっと電灯がついて辺りが明るくなった。

一瞬目が追い付けず白み眩んだがすぐに瞳は慣れてくれた。

カーペットを踏みしめる足音に目を向けると清水くんと理事長が姿を現した。

隣の浅野が複雑で敗北感の混ぜた表情をみせる。

『待たせてしまってすまないね。大丈夫だったかい?』

清水くんはこちらに歩みより手を伸ばした。

先に手を借りて立ち上がった浅野の次に俺も立ち上がった。

「本当に閉じ込められていたなんてね。これはこちらの管理不十分だ。今後このようなことが起きないように指導するよ。もう遅い。君たちを家まで送るよ」

胡散臭くとぉーても素敵な笑顔を向けてきた理事長に浅野の眉間には皺が寄り、俺は息を吐いた。







あとがき
(暗闇×密室(とおばけ)ってどきどきわくわくな吊り橋効果的なのがあるはずだったのに恋愛要素皆無っていうね。)



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