暗殺教室
「清水くん携帯持ってる?」
隣から聞こえてきた声に顔を上げればにこにこと笑みを浮かべ片手にスマートフォンを持った赤羽カルマがいた。
その後ろには同じように同媒体を持った前原陽斗と菅谷創介、杉野友人が見える。
顔を上げてさらに教室内全体を見れば視線が集まっていた。
『携帯というと、ガラコパス携帯やスマートフォンといった僕の知っている携帯電話のことでいいのかな?それならばもちろん持っているよ。連絡が取れないとなにかとこの世の中は不便だからね。ただ、今は学校で授業を受けている時間だから触る気はない。校則にもあるだろう?就業中の使用は禁止ってね。まぁ、就業という言葉は一般的に業務に該当する言葉だからこの場合授業を仕事と捉えるのかは疑問だが。それならば校則を改訂するべきだと僕は思うんだけどどう思う?』
「学生の仕事は勉強らしいし、このままでいーんじゃない?」
なるほど、そういう考え方とあるのか
赤羽業は柔軟な発想を持ちえて返答してくれるから僕の目に新しく映る。
ならば改訂の打診は必要ないのかな。
とんっと肩に重みがかかる。
「そんなことより、携帯あるなら連絡先教えてよ」
赤羽業の趣味なのか、彼と同じ色をしたスマートフォンは最新シリーズのものと同じように思う。
「俺も俺も!」
視界一杯に入り込んできた前原陽人は白い本体に黒字のハードカバーで保護されたりんごの名前の会社が生産している薄型のスマートフォン。
その後ろで様子を窺う面々の手元にも、個性がにじむ。
見渡す限りスマートフォンが多いようだが、磯貝悠馬や茅野カエデ、村松拓哉などは二つ折りの、所謂ガラコパス携帯。
倉橋や矢野の携帯には可愛らしい小さなマスコットであったり、中村莉桜の携帯の背面は保護ケースがデコレーションされていた。
「清水くんってガラケー?スマホ?」
『一応スマートフォンを使っているよ。僕はあいにくこういった媒体の流行りには疎いのだけど君の最新モデルには及ばないが、新しい部類に入るもののはずだ。ついこの間までガラコパス携帯を使っていたんだけど、買い替えってやつかな。
それにしてもボタン式から急に移行すると慣れるまでに時間がかかるものだね。入力にもタップ式とフリック式なんてあるようだけど理解ができそうにない。こんなことならガラコパス携帯のままにするべきだったよ』
「じゃ、俺が教えてたげるよ」
有難いけど授業が始まるからまた今度にしようね、なんて言って赤羽業を座らせ周りの視線を霧散させる。
颯爽と現れ、今日はとDVDをプレーヤーに入れたイェラビッチ先生に簡易的な内容と見方を指示されてから再生されはじめた物語にみんなが集中し始めたのを確認してポケットに入った通信機器に触れた。
布越しにでもわかる薄く平たいそれは前のものと比べると随分軽くもなっているし、そもそも折りたたみではない。
携帯なんて買い替えたのは実に三年ぶりで、正確には二年と三ヶ月十日の期間が開いている。
もとより常日頃触っているわけではないけど、急激な変化に戸惑ってしまったのは仕方ないことだろう。
誕生日祝いなんて称して買い換えた同じ型の携帯を持つあとの二人の顔を思い浮かべて少しだけ表情を緩める。
そういえば、その前にお揃いで買い換えた時は入学祝いだったかな
あの時は一人だけまだ学校の違う彼が買い換えたことを知って散々後から文句を言ってきたんだ。
「ずーるーいー。もーほんと浅野くんは清水くんびいきだよね、僕には冷たいしー」
「別に君限定で冷たいわけじゃないさ。僕は昴以外は駒か敵と見てる」
「うわーん!浅野くんの馬鹿ー!」
浮気者ーと泣き真似を始めた小林兼治にさっと頬を朱色に染めた浅野学秀は誰がいつお前と付き合ったと声を荒らげる。
仲睦まじい二人の様子に買ってきたコーヒー牛乳に口をつければ甘く冷たい中身がストローに吸い上げられて口内に広がった。
「昴!」
どんっと急に走った衝撃に思わず口の中のコーヒー牛乳を吹き出しそうになって無理やり飲み込めば喉が痛んだ。
一度咳をしたあとに視線を下げれば頬と目元を赤くした浅野学秀が僕を見上げ、その後ろにはにたりと笑んだ小林兼治が見えた。
どうやら本気で拗ねてしまっているらしい小林兼治に言い負かされたようだ。
ぐずぐず言い始めてる浅野学秀の頭を撫でながら口を開いた。
『ほら、そんなに不貞腐れるものじゃないよ小林兼治。彼が本気で君を敵や駒と見ているのならば今頃僕の腹に顔を押しあてて肩を震わせているわけがないだろう?君が何を言ったのかは知らないがただえさえ新しい環境でナイーブになってる彼をこれ以上苛めてやるのは止してくれ。
君とお揃いにできなかったのはたしかに残念だけど、この携帯は入学祝いとして買ったものだから仕方ないということにしておいてくれないかな?君はまだ卒業していないし、買ってもらうのもなんだろう?
仲間外れにしようとわけじゃないんだ、ごめんね、小林兼治』
最後においでと手招けば躊躇いなくタックルをかましてきた小林兼治とすでに抱きついていた浅野学秀ごと後ろに倒れる。
幸いして後ろがベッドだったために僕が背中を打つくらいで被害は収まった。
「ぅー、今度はちゃんと三人お揃いだからねー?」
上げられた小林兼治の意外と近い不貞腐れた顔に手を伸ばして撫でる。
『ああ、もちろんだよ。きっと浅野学秀もそう思っているところだろうからね。お詫びと言ってはおかしいけど君の会長就任祝いにアイスでも食べに行こうか』
「わー!清水くんだいしゅきー」
笑顔の小林兼治の顔が近づき頬に触れた唇を甘受すればごっと鈍い音がして腹に激痛が走って思わず蹲った。
油断してたわけじゃないけど鳩尾にも近いそこへ入れられた一発に声も出ない。
内臓が出るなんて比喩じゃなく、本当に出そうだ。
「昴の馬鹿」
「清水くんへーき?」
不機嫌な浅野学秀の声と心配そうな小林兼治の声が聞こえるものの、どちらにも言葉を返せない。
「うわー、清水くんやばそ」
「知るか。ほら、小林さっさと原稿出して、挨拶の文考えに来たんだから終わらせるよ」
「え、浅野くんの鬼畜ー」
僕を放って話を続ける君も大概鬼畜だよねと軽口叩く余裕もなくフローリングの床に蹲り額をくっつけて痛みがマシになるように時間の流れを待った。
『あの痛みは忘れられない』
「僕も心の痛み忘れてないからね」
「全く、二人共ネチネチしてるよねー」
『「誰の誕生日でもないのに誕生日祝いなんて言って今更三人お揃いの携帯にした奴が何を」』
「……二人共いきぴったりでなかよしゅ、なかよしさーん」
『「そこで噛むな」』
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