あんスタ(過去編)



唐突だけど、セナには後輩がいる。大丈夫かなぁなんてよく名前を聞くゆうくんというやつではなくて、セナ自身は好きじゃないと照れ隠しや冗談抜きに眉間の皺を寄せて言う方のモデル時代の後輩。

その後輩は裏で手を引いたり暗躍したりするのが得意なタイプで、正直俺はわかりにくいことをしてるそいつが嫌いだ。

それを知ってるセナはそいつのことを俺の前で口に出さないし、そもそも元から、学園内で一緒にいるところなんて見たことがなかった。

だからセナは彼奴のことがすっごく嫌いで、本気でどうでもいいやつだと思ってるんだろうと思ってた。

そう、あの時までは。



【紅紫一年・冬】



案外脆いそれの一面を知ったのは単なる偶然の産物で、三人で布をわけあいながらくっついて眠ったはずなのに次に目が覚めたときには真ん中にいたそれはいなくなってた。

触れてみた布団はすでに冷たく、あれは夢だったのかと首を傾げる。いや、そんなわけ無いかとすやすやと眠るセナに手を伸ばした。

「セナ!セナ、起きてくれ!」

「ん、…―なぁに、うるさいなぁ…」

大きな声で二回呼びかけて肩を揺らせばすんなり瞼を上げて俺を睨みつける。

寝起きでいつもよりも覇気のない声。そのわりに不機嫌そうに低いのは無理やり起こしたからなのはわかってる。

「あいつが居ない!」

怒られる前に口に出せばセナは意味を反芻するみたいに間をおいたあとに飛び起きた。

「いつから!」

「わかんない!」

「はぁ?!なんで気づかなかったわけ?!」

「セナだって寝てただろー?」

あまりに怒るから拗ねて返せばぐっと言葉に詰まって、セナは手を伸ばすと膝にかかってるブレザーからポケットを探る。

なにかを抜き取ったと思えばそれは見慣れたセナのスマホで、指をスライドさせたりタッチさせたりと忙しく動かすとぴたりと止まって舌打ちをこぼした。

「連絡つかない…どこふらついてんだか」

むっとしたながら心配そうに呟く。そわそわとしてる俺にセナが面倒くさそうにまた息を吐いて俺の額を指先で押した。

「な、なんだ?!」

「アンタが焦ったって仕方ないでしょ、少し落ち着きな」

深々と息を吐いて、セナだって慌ててるくせになんて言葉は飲み込みもう一回深呼吸をする。

その間にまた携帯を触ってたセナはお手上げとでも言いたげに肩を落として目を逸らした。

「壊れてなきゃいいけど…」

とても心配そうにこぼされた言葉はどうにも意味深で、聞き返していいのか悩む。眉根が寄ってたらしく、目があったセナは呆れたように息を吐いた。

「アンタが気負うことじゃないでしょぉ?」

「心配なものは心配だろ?」

「アンタねぇ…」

モノ言いたげに片眉を上げたセナはちょっと怒ってるらしい。

心当たりがなくて目を瞬きながら首を傾げる。またセナがなにか言おうと唇を動かした瞬間、かちゃりと扉の方から音がして顔を上げた。

『あ』

「あ!」

静かに入ってこようとしてたらしいそいつは目を瞬いて、思わずと行ったように短い言葉を零すから同じように返してしまう。いきなり立ち上がったセナに一回視線をそらした。

「なにやってんの!」

『あ、えっと、喉が渇いて…あの、』

迷子の子供みたいにゆらゆらと瞳が揺れてるのに気づいて、今にも怒りだしそうなセナの手を引っ張った。

「セナ」

「、」

「落ち着けって」

笑ってみせればセナは親指を口元にやって、爪を軽く噛もうとしてピタリと止まる。その体制で息を吐くと表情が緩くなった。

「そっか。おかえり、しろくん」

『………はい』

ほっとしたように柔らかな表情を浮かべたそいつはその場所で困ったように視線を彷徨わせる。だからとんとんと床を叩いた。

「ほら!寒いだろ!布団戻れ!」

『え、』

俺に声がかけられたことが心底不思議だったみたいで目が丸くなる。その場で固まって動き出しそうにない。セナがずんずん進んでいって手を取り、引っ張って戻ってきた。

「あーもう、アンタ寒がりのくせにそんな薄着でほっついてたら風邪引くでしょぉ。手冷たいし!」

『あ、えっと』

「冷た!!布団かぶれ!!」

空いてる方の手に触れれば冷凍食品みたいに冷たい。布団代わりのブレザーを頭から被せるともぞもぞと動いて顔を覗かせた。

布を被せられてそこから出てくるハムスターとか小鳥みたいだなぁと思ってると小さく揺れた瞳が俺を見上げる。警戒してるような、戸惑ってるような目。

案外こいつの深層はわかりやすいのかもしれない。

「お、なんだ可愛いな、よしよし、いい子いい子!お菓子でも食べるか?」

頭を撫でれば目を丸くしたあとにブレザーをまた頭から被ってしまう。赤色の瞳が隠れてしまってなんとなく残念で、セナを見上げると微笑ましそうに俺とそいつを見守ってた。

優しげな表情に目を瞬いてればもぞもぞ中で動き、恐る恐るといったようになにかが両手で差し出された。

『さ、昨夜は…大変ご迷惑をおかけいたしました…』

よく見るとそれは飲み物らしく、ペットボトルのお茶だった。

「はい、ありがとぉ。気がきくねぇ」

「迷惑じゃないし気にするな!ありがとな!」

小さなお茶を一つずつ受け取って、手の中に収める。ほんのりと温かいそれはもとは自販機で売ってたものなんだろう。

キャップをひねって嚥下すると知らない間に張り詰めてしまってたらしい息が出た。

視線を感じるから目線を落とすと赤色の目が覗いていて、笑顔を向けて頭を撫でる。

「これからよろしくな!」

『え、えっと、はい』

驚いて勢いのまま返事をするからセナが息を吐いて俺を見た。強い視線は睨んでるみたいだけど、これはたぶんなにか見極めようとしてるからにっと笑う。

セナは眉をひそめて、ペットボトルを横に置くと手を伸ばしそいつの耳をふさいだ。

「アンタ、本気なの?」

「ああ!乗りかかった舟って言うだろ?」

「……はぁ、ばっかじゃないのぉ?」

『あ、あの、?』

耳をふさがれたうえ、潜めながら交わされた言葉にきちんと聞こえなかったらしく下から不安そうに伺ってくる声が聞こえる。

揺れた瞳が宝石みたいに綺麗で、こういうのが憎めないっていうやつなのかと思った。

「セナ」

「…―はぁ、今はおとなしいけど―…、呑まれないよう気をつけなよ?」

「お!許してくれるのか!」

「言い出したら引く気ないんでしょぉ?」

あっさりと手を離し、ついでにと言わんばかりに髪をなでて離れる。

一度目を瞑って瞳を隠し、ゆっくり開いて俺を映した。

「月永レオだ!」

『ぞ、存じ上げてます…えっと、紅紫はくあです…』

迷って差し出された白い右手。両手で受け取ればひんやりとした手は俺と同じくらいかそれよりも少し小さかった。



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