あんスタ(過去編)


【紅紫一年・陽春】


五奇人の処刑が終わり、混沌としているけれど、学園は表面上、平穏を取り戻しつつある。

泉さんも最悪のときにくらべればだいぶ調子を取り戻してきていて、ちらほらとKnightsとして三人で活動をしてる。

しかしながらまだ目が離せないから定期的にうちに泊まっていて、それは晩御飯のときに触れられた。

「しろくん、最近アイツと連絡取ってる?」

『はい?』

今の今までタコライスを口に運んでいたはずの泉さんはサルサソースがもっと辛いほうがいいとか文句言っていたはずで、急すぎる話題転換に目を瞬く。

「レオくん」

『…ああ、取っていませんよ。そもそも連絡先を知りません』

「薄情なやつだねぇ」

察しろとでも言いたげに出された名前に首を横に振る。そうすれば呆れた声色で俺を見つめてくるから苦笑いを浮かべるしかなかった。

『知ってたとしても、あの人あまり携帯持ち歩かなそうじゃないですか』

「わかってるじゃん。取れないことのほうが多い」

『んー…なら別に知らなくても問題ないですよね?』

「はぁ、アンタのそういうところ変わらないねぇ」

機嫌は直ったようでやだやだと首を振ったと思えば止まっていた手を動かしてスプーンを使いレタスを掬う。

この話は終わりなのか今度参加する予定だというドリフェスの話題に内容が移った。

チェスは完全に解散。派生したいくつものユニットに今や学園に残るのはKnightsだけだった。そんなKnightsのリーダーは相変わらずあの人のままで泉さんは代理と口にしてる。

学年こそ上で先輩であるけど、ドリフェス制度が導入されたのはつい最近からだから俺も泉さんもスタートラインは同じ。けれど正式にリーダーをしたことがなかった泉さんは最初からユニットリーダーの籍をおいてた俺よりも知らないことが多くて最初のうちは聞かれることも多かった。

代理を立てて出来ることは普通限られているけど、俺が間に入ることで融通がきいている部分も確かにあったから泉さんの判断に間違いはない。

籍を置いているのは月永さん、泉さん、鳴上、朔間くん。でもKnightsは三人で活動している。幽霊的な立場になっているその人の姿を見なくなったのはいつからだろう。

『…―たしかに、そろそろ様子を見に行ったほうがいいかも知れませんね』

「はぁ?なんの話?」

隣で食器を洗ってた泉さんが訝しげな目を向けてくる。こっちの話ですよと笑えば興味をなくしたように泡を水で流し始めた。



手に入れた月永さんの住所は俺の家から真逆の位置で、泉さんが俺の家に来ない日を狙って学園を出て歩き始めた。画面に地図を表示しながら道を進む。海辺を通って住宅街に入り、月永の表札が掲げられた家の前で止まった。

多分ここで間違いないだろう。さて、どうしたものかと息を吐く。泉さんのことだからあの人自身もここに来てるはずだ。それでも会えていない、もしくは意志の疎通が難しいから俺に声をかけてきた。

あの泉さんでも会えてないのに俺が来たところで会えるかどうか、確率は低い。

仕方無しにチャイムに手を伸ばす。手のひらよりも小さい呼び鈴にはカメラもついているから誰か中にいるなら出るだろう。

一度小さく鳴り響いたチャイムは空気に溶けていく。少し間をおいてもう一度鳴らすけど返事はなくて、誰もいないらしい。

息を吐いて用無しになってしまった紙袋を揺らし足を動かそうとすれば近くで足音が止まった。

「…―あの、うちに何か御用ですか」

警戒心を滲ませた目と声。振り返った先には小さいけれど鮮やかなオレンジ色が映ってとりあえず笑みを繕った。

『初めまして、紅紫と申します。月永レオさんに用事があったんです』

「………―ネクタイ、赤色だと一年生ですよね?兄とはどういう関係ですか?」

『後輩にあたります。とてもお世話になっていて、最近連絡が取れないので参りました』

予め考えておいた言葉を口に出せば依然として警戒心が強いその人は俺を見据えたままで、少し考える素振りを見せたあとに眉間に皺を寄せる。

「………失礼ですが、兄から紅紫さんの名は聞いたことがありません」

『ふふ、でしょうね。名前で呼ばれたことはありませんから』

「?」

きょとりと目を丸くした表情がどこかあの人に似ていて、恐らく妹にあたるのであろうその人は見定めようと俺を見つめた。

探る視線が俺の服、持ち物を見つめて紙袋で止まる。

「それ、」

『ご自宅に伺うのに手ぶらじゃ失礼かと思いまして』

持ち上げたのはシュークリーム。以前あの人が渋る泉さんにも好物だから差し入れだと振る舞っていた店のものだ。

持ち物にか、俺の言葉にか、唇を結うとちらりと家を見上げて眉間に皺を寄せた。

「兄は家にいるはずです。会うのは難しいと思いますが…一応、声をかけてみましょうか?」

『あ、別に会うことが目的ではないので大丈夫ですよ。お気遣いありかとうございます』

迷い無く首を横に振ればまた目を丸くして俺を不思議そうに見つめる。

泉さんが会えないのに、俺と会ってくれるわけもない。

『その気もないでしょうし、引きずり出したところで話すことはそこまでないんです。生存確認が出来ただけで十分です』

「………変わった、人ですね」

呆れたような顔で笑うからもう一度笑みを繕って話題を転換させるために声のトーンを意識した。

『よく言われます。そうだ、シュークリームなんですけどもしお好きなら召し上がってください。嫌いなら責任持って処分します』

「…―兄も、私も、そこのシュークリーム好きなんです。」

すっかり毒気が抜かれた顔のその人に紙袋を手を渡す。近づけば思っていたよりも背の低いその人を意図せず見下ろすことになってしまった。

『それはよかった。それでは僕はこれで失礼します。月永さんによろしくお願いしますね』

「……いくつも失礼なことを言ってごめんなさい。兄に会いに来てくださってありかとうございます。必ず、兄に伝えますね」

『ありかとうございます、お願いします』

最初とは違いふわりと笑って頭を下げたその人はきっとこっちが素に近いんだろう。

俺も一度頭を下げて帰るため踵を返せばあの!と大きな声で呼ばれて振り返る。

「妹のルカです!ぜひまた兄に会いに来てください!あと、シュークリームありかとうございました!絶対兄といただきますね!」

『はい、またお邪魔させていただきますね。こちらこそありかとうございました』

もう一度頭を下げてみせれば嬉しそうに手を振るから同じように振り返して帰路につくことにした。


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