長次の姉は時に優しく時に厳しい
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同室・近葉 との実習帰り、壱華は珍しくういろうを売る店で高級なそれを三個手に入れた。
自身もまだ食したことはないそれを大事に抱え、学園へと戻る。
「へー、勘右衛門と約束してたんだ? じゃあ先に戻ってるよ」
「うん。あとでね」
入門表にサインをした直後そんなやりとりをすると、近葉はくのたまの敷地内へと戻って行く。
一人になった壱華は、学園長の庵 の近くにある長椅子に向かう。
そこには待ち合わせの人物・五年い組の尾浜勘右衛門の姿があった。
「勘右衛門ー!お待たせ。ごめんね、遅くなっちゃった」
小走りで駆け寄れば、意中の人物は立ち上がり手を振って応える。
「壱華さん、実習お疲れ様です。冷たい茶がありますよ」
勘右衛門は傍らから茶を出し飲むよう勧めた。
ほどよく冷えたそれは、走ってきた彼女の喉を潤しほっと一息つかせてくれた。
「ありがとう。さすが勘右衛門、気が利くね」
笑顔を向ければ相手も自然と口角が上がる。
壱華はそのままじっと彼を見つめ、ふにゃりと頬を緩めた。
やはり癒される…実習帰りは特にこの癒しがなければ心が荒すさんでしまう。
彼女がそんなことを思っているとは知らない勘右衛門は、また今日も壱華が凝視してくるなと不思議だった。
かれこれ五年目に突入するこの逢瀬、いや待ち合わせでは、先輩くのたまが自分の顔を飽きもせず見つめてくる。
その理由がさっぱりわからない。
「最近の委員会活動はどう? 学級委員長委員会は少し特殊だから、気苦労も多いんじゃないかと思って。困ってることはない?」
確かに壱華の言う通り、各学級委員長がメンバーであるこの委員会は他と比べ特殊ではある。
学園行事や各学級の取りまとめ、事務作業も手伝うこともあったりと多岐に渡る。
また顧問が学園長なので、活動経費をある程度好きに使える優遇された委員会だ。
「そうですね…本来の仕事より主に学園長の思いつきに振り回されることが多くなってますよ。まあでも慣れてきました」
確かに仕事量はそれなりにあり、四人しかいないので全て完璧にこなすのは難しい。
しかも学園長の思いつきに振り回されるのが殆どである。
なので必要な事柄はしっかり取り組むが、その他はほどほどに行う。
その点ではマイペースな鉢屋三郎と真面目ながらも飄々とした勘右衛門はこの委員会には合っている。
例えば文次郎や長次のような規則に厳しい真面目が担うと容量オーバーになりかねない。
「何でもないように言うけど、やっぱり大変なのはわかるよ。いつも頑張ってくれてありがとう」
慈しみの目に変わる壱華に、勘右衛門は胸が高鳴ってしまう。
視線が熱を帯びているのは気の所為なのか、気の所為じゃないのか。
一応思春期なので異性を意識するのは当然なのだが、やはり壱華の思惑が掴めない。
「あ、そうだこれあげる。帰りの町で見つけたの。ういろう…珍しいでしょ?」
「えっ! ういろうってすごく高価なのにいいんですか?」
差し出されたそれを、勘右衛門は本当にいいのかと遠慮がちに受け取る。
ういろうは高価な菓子であまり出回っておらず、珍しい品だ。
包みを開けば、白、茶、緑の三色が並んでおり黒文字も添えられている。
「三つしか買えなくてごめん。よかったら五年生で分けて食べて。もちろん勘右衛門は一つ丸々だよ」
「!」
人差し指を立ててウインクするその破壊力たるや、実年齢より少々上に見える壱華の色香がほんのり垣間見えた。
これは反則だと悔しいような苦しいような嬉しいような謎の感情がせめぎ合う。
「ありがとうございます…! 壱華さんからはいつも貰ってばかりで俺、何も返せてなくてすみません」
「いいのいいの。気にしないでって何度も言ってるでしょ? 勘右衛門は私の憧れなんだから、こうしてただ隣にいてくれるだけでありがたいよ」
「壱華さん…」
会う度に団子や饅頭を差し入れる壱華に、彼は申し訳なく思っていた。
以前、御礼として刺繍入の手拭いを渡したものの、大層喜ぶももう充分だとはっきり言われたのだ。
"勘右衛門とこうして共に過ごす時間が御礼になっているから"、と。
なぜ────?
なぜ二人で会うこの時間が御礼になるのか。
なぜ彼女は自分に憧れているのか。
勘右衛門はその理由が微塵もわからなかった。
その時はいくらか食い下がるも、これからもたまに会って様々な話しを聞かせて欲しいと懇願され頷くしかなかった。
先輩にこう言われて断れるわけがない。
冷えた茶を飲み勘右衛門と会えて上機嫌の壱華は、今度は木下先生の話しを聞かせてくれと強請 る。
ちなみに木下先生とは、五年い組の実技担当教師・木下鉄丸のことだ。
彼は熱血指導が有名であり、壱華は直接関わりはないが何かと噂は耳に入る。
「ああ…木下先生なら先月の始め、寝込みをわざわざ襲って問答を仕掛けてきましたよ。あれには驚きましたし、結構…いやかなり大変だったんです」
思い出したそれに、勘右衛門は不機嫌を隠せない。
ターゲットは五年生全員で、見事にみんな寝不足になった。
「五年に上がった最初から熱血指導でいくぞとは言われてましたけど、相当寝不足になったしあれは訓練になったのかどうか…」
「随分面白い訓練だね。でも不意をつかれた場合の対処法は学べたんじゃないかな。潜入忍務だと気を抜いた一瞬が命取りになるから、それに対応する力は必要だよ。寝込みだって襲われかねないしね」
「はい、それは確かにそうです。学園内だからつい気を抜いてしまいがちですが、一歩外に出たら周りは敵に等しい。いつ如何なる時も油断は禁物ってことですね」
言われてみればあらゆる想定で動く訓練にはなった。
プロの忍になれば甘い考えは一切許されない。
壱華の言葉は妙に説得力があり、勘右衛門はますます彼女のことが気になる。
「木下先生って熱血で厳しい面の裏で、本当は生徒思いなんだよ。きっと普段は優しい顔を見せないようにしていて、だから笑っている時も常に青筋を立ててると思うんだ。そういう不器用なところがなんだか長次にも似てる気がして…。長次は顔の傷のせいで無口になっちゃったしちょっと怖がられたりもするけど、本当は優しい子だもん。赤の他人でも似てる部分ってあるよね」
壱華は勘右衛門を見つめながらそう言うと、内心で君もねと加えた。
「中在家先輩と木下先生が…?うーん…」
いまいちピンと来ない勘右衛門。
そんな中、壱華は悩む勘右衛門の顔も可愛らしいと見つめている。
それに声もやっぱり長次によく似ていると浸る。
そう─────
実は彼女は、尾浜勘右衛門の"顔"に憧れていた。
丸い大きな愛嬌のある瞳を見て、ああこんな顔に生まれたかったと常に思っているのだ。
壱華は自身の綺麗系の顔立ちが気に入らず、かわいい系の顔に強い憧れを抱いている。
一年生で入ってきた勘右衛門を見て、この子は可愛いと。
そして何より彼の声は弟・長次とそっくりなのだ。
声を聞いていれば長次といるようで癒され、憧れの顔も存分に見られるまさに至福ではないか。
あと一年足らずでこの素敵で素晴らしい時間も終わるが、それまでは存分に堪能しようと密かに決めこうして定期的に二人きりで会っている。
ちなみにこの二つの理由を勘右衛門本人には告げていない。
"あなたの顔と声がとても気に入っているから、度々会って話しをしてくれ"
そう真っ向から告げるのはどうにも私利私欲に傾いている気がしたのだ。
なので本当の理由を誰にも言わず、こうして秘密の時間を過ごしている。
だがそれは勘右衛門にとって謎でしかなく、壱華の振る舞いは明らかに自分に気があるとしか思えない。
壱華さん、俺のこと好きなのかな?
しかし堂々訊くような自惚れ屋ではない勘右衛門は、謎ながらも何も訊かずにいる。
というか違っていたらあまりに恥ずかしい。
ちなみに近いうちに勘右衛門を上回る理想の顔が壱華の前に現れるのだが、それが波乱の幕開けになることはこの時点で誰も知らない。
そして長次と声が似ていると一人勝手に確信しているが、後に弟の同室から完全否定される。
くのたま六年生・中在家壱華は、尾浜勘右衛門の顔と声がお気に入りであり、そこに恋愛感情は一切ない。
自身もまだ食したことはないそれを大事に抱え、学園へと戻る。
「へー、勘右衛門と約束してたんだ? じゃあ先に戻ってるよ」
「うん。あとでね」
入門表にサインをした直後そんなやりとりをすると、近葉はくのたまの敷地内へと戻って行く。
一人になった壱華は、学園長の
そこには待ち合わせの人物・五年い組の尾浜勘右衛門の姿があった。
「勘右衛門ー!お待たせ。ごめんね、遅くなっちゃった」
小走りで駆け寄れば、意中の人物は立ち上がり手を振って応える。
「壱華さん、実習お疲れ様です。冷たい茶がありますよ」
勘右衛門は傍らから茶を出し飲むよう勧めた。
ほどよく冷えたそれは、走ってきた彼女の喉を潤しほっと一息つかせてくれた。
「ありがとう。さすが勘右衛門、気が利くね」
笑顔を向ければ相手も自然と口角が上がる。
壱華はそのままじっと彼を見つめ、ふにゃりと頬を緩めた。
やはり癒される…実習帰りは特にこの癒しがなければ心が荒すさんでしまう。
彼女がそんなことを思っているとは知らない勘右衛門は、また今日も壱華が凝視してくるなと不思議だった。
かれこれ五年目に突入するこの逢瀬、いや待ち合わせでは、先輩くのたまが自分の顔を飽きもせず見つめてくる。
その理由がさっぱりわからない。
「最近の委員会活動はどう? 学級委員長委員会は少し特殊だから、気苦労も多いんじゃないかと思って。困ってることはない?」
確かに壱華の言う通り、各学級委員長がメンバーであるこの委員会は他と比べ特殊ではある。
学園行事や各学級の取りまとめ、事務作業も手伝うこともあったりと多岐に渡る。
また顧問が学園長なので、活動経費をある程度好きに使える優遇された委員会だ。
「そうですね…本来の仕事より主に学園長の思いつきに振り回されることが多くなってますよ。まあでも慣れてきました」
確かに仕事量はそれなりにあり、四人しかいないので全て完璧にこなすのは難しい。
しかも学園長の思いつきに振り回されるのが殆どである。
なので必要な事柄はしっかり取り組むが、その他はほどほどに行う。
その点ではマイペースな鉢屋三郎と真面目ながらも飄々とした勘右衛門はこの委員会には合っている。
例えば文次郎や長次のような規則に厳しい真面目が担うと容量オーバーになりかねない。
「何でもないように言うけど、やっぱり大変なのはわかるよ。いつも頑張ってくれてありがとう」
慈しみの目に変わる壱華に、勘右衛門は胸が高鳴ってしまう。
視線が熱を帯びているのは気の所為なのか、気の所為じゃないのか。
一応思春期なので異性を意識するのは当然なのだが、やはり壱華の思惑が掴めない。
「あ、そうだこれあげる。帰りの町で見つけたの。ういろう…珍しいでしょ?」
「えっ! ういろうってすごく高価なのにいいんですか?」
差し出されたそれを、勘右衛門は本当にいいのかと遠慮がちに受け取る。
ういろうは高価な菓子であまり出回っておらず、珍しい品だ。
包みを開けば、白、茶、緑の三色が並んでおり黒文字も添えられている。
「三つしか買えなくてごめん。よかったら五年生で分けて食べて。もちろん勘右衛門は一つ丸々だよ」
「!」
人差し指を立ててウインクするその破壊力たるや、実年齢より少々上に見える壱華の色香がほんのり垣間見えた。
これは反則だと悔しいような苦しいような嬉しいような謎の感情がせめぎ合う。
「ありがとうございます…! 壱華さんからはいつも貰ってばかりで俺、何も返せてなくてすみません」
「いいのいいの。気にしないでって何度も言ってるでしょ? 勘右衛門は私の憧れなんだから、こうしてただ隣にいてくれるだけでありがたいよ」
「壱華さん…」
会う度に団子や饅頭を差し入れる壱華に、彼は申し訳なく思っていた。
以前、御礼として刺繍入の手拭いを渡したものの、大層喜ぶももう充分だとはっきり言われたのだ。
"勘右衛門とこうして共に過ごす時間が御礼になっているから"、と。
なぜ────?
なぜ二人で会うこの時間が御礼になるのか。
なぜ彼女は自分に憧れているのか。
勘右衛門はその理由が微塵もわからなかった。
その時はいくらか食い下がるも、これからもたまに会って様々な話しを聞かせて欲しいと懇願され頷くしかなかった。
先輩にこう言われて断れるわけがない。
冷えた茶を飲み勘右衛門と会えて上機嫌の壱華は、今度は木下先生の話しを聞かせてくれと
ちなみに木下先生とは、五年い組の実技担当教師・木下鉄丸のことだ。
彼は熱血指導が有名であり、壱華は直接関わりはないが何かと噂は耳に入る。
「ああ…木下先生なら先月の始め、寝込みをわざわざ襲って問答を仕掛けてきましたよ。あれには驚きましたし、結構…いやかなり大変だったんです」
思い出したそれに、勘右衛門は不機嫌を隠せない。
ターゲットは五年生全員で、見事にみんな寝不足になった。
「五年に上がった最初から熱血指導でいくぞとは言われてましたけど、相当寝不足になったしあれは訓練になったのかどうか…」
「随分面白い訓練だね。でも不意をつかれた場合の対処法は学べたんじゃないかな。潜入忍務だと気を抜いた一瞬が命取りになるから、それに対応する力は必要だよ。寝込みだって襲われかねないしね」
「はい、それは確かにそうです。学園内だからつい気を抜いてしまいがちですが、一歩外に出たら周りは敵に等しい。いつ如何なる時も油断は禁物ってことですね」
言われてみればあらゆる想定で動く訓練にはなった。
プロの忍になれば甘い考えは一切許されない。
壱華の言葉は妙に説得力があり、勘右衛門はますます彼女のことが気になる。
「木下先生って熱血で厳しい面の裏で、本当は生徒思いなんだよ。きっと普段は優しい顔を見せないようにしていて、だから笑っている時も常に青筋を立ててると思うんだ。そういう不器用なところがなんだか長次にも似てる気がして…。長次は顔の傷のせいで無口になっちゃったしちょっと怖がられたりもするけど、本当は優しい子だもん。赤の他人でも似てる部分ってあるよね」
壱華は勘右衛門を見つめながらそう言うと、内心で君もねと加えた。
「中在家先輩と木下先生が…?うーん…」
いまいちピンと来ない勘右衛門。
そんな中、壱華は悩む勘右衛門の顔も可愛らしいと見つめている。
それに声もやっぱり長次によく似ていると浸る。
そう─────
実は彼女は、尾浜勘右衛門の"顔"に憧れていた。
丸い大きな愛嬌のある瞳を見て、ああこんな顔に生まれたかったと常に思っているのだ。
壱華は自身の綺麗系の顔立ちが気に入らず、かわいい系の顔に強い憧れを抱いている。
一年生で入ってきた勘右衛門を見て、この子は可愛いと。
そして何より彼の声は弟・長次とそっくりなのだ。
声を聞いていれば長次といるようで癒され、憧れの顔も存分に見られるまさに至福ではないか。
あと一年足らずでこの素敵で素晴らしい時間も終わるが、それまでは存分に堪能しようと密かに決めこうして定期的に二人きりで会っている。
ちなみにこの二つの理由を勘右衛門本人には告げていない。
"あなたの顔と声がとても気に入っているから、度々会って話しをしてくれ"
そう真っ向から告げるのはどうにも私利私欲に傾いている気がしたのだ。
なので本当の理由を誰にも言わず、こうして秘密の時間を過ごしている。
だがそれは勘右衛門にとって謎でしかなく、壱華の振る舞いは明らかに自分に気があるとしか思えない。
壱華さん、俺のこと好きなのかな?
しかし堂々訊くような自惚れ屋ではない勘右衛門は、謎ながらも何も訊かずにいる。
というか違っていたらあまりに恥ずかしい。
ちなみに近いうちに勘右衛門を上回る理想の顔が壱華の前に現れるのだが、それが波乱の幕開けになることはこの時点で誰も知らない。
そして長次と声が似ていると一人勝手に確信しているが、後に弟の同室から完全否定される。
くのたま六年生・中在家壱華は、尾浜勘右衛門の顔と声がお気に入りであり、そこに恋愛感情は一切ない。
